浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
{教授} | ナイトを下げる。 | ||
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ユーカリスト | なんじゃ、ま~だ攻め込まんのか? げに我慢強いヤツじゃのぉ。 | ||
私がチェスクロックを叩くと、時間は再びユーカリストのものとなった。 彼女は食後の娯楽を眺めるかのように、戦局を検めた。 | |||
ユーカリスト | ポーンを守る気かえ? なるほど……教授、通信ノードから手をつけるつもりじゃな? | ||
{教授} | ゲームに集中しろと言ったのは君だろう。 | ||
ユーカリスト | 相も変わらずユーゼンとしておるの。 かような状況でも冷静さを保てるとは、さすがは教授。 | ||
ユーカリスト | そういうことなら、このビショップはイタダキでおじゃ~る~! | ||
ユーカリストは白のビショップを取って、口の中に頬張った。 | |||
パキッ―― | |||
ユーカリストは駒を易々と噛み砕いて、あっという間に呑み込んでしまった。 | |||
{教授} | …… | ||
ユーカリスト | ふくくく……驚いたかえ? | ||
{教授} | チョコレートの駒か……相も変わらず悪趣味だな。 | ||
ユーカリスト | おろろん、バレてしまってはセンカタあるまい。 この対戦のために、わざわざ用意した逸品におじゃるぞ。 どうじゃ、美しかろ? | ||
ユーカリスト | うきゃきゃきゃ、一つ目の駒はまっこと美味でおじゃ! さては、まろが腹を空かせてると見て、オヤツを用意しておったな? なんと心優しいことか…… | ||
ユーカリスト | ま、チョコのチョコレートには遠く及ばぬがのぉ…… ハァ、二度とありつけぬと思うと、涙がちょちょぎれるわい。 | ||
駒を味わったユーカリストは、満足気に唇を舐めて、手を軽く叩いた。 周囲に潜伏していたエントロピーの群れが、距離を縮めてくる。 | |||
地面にはいつの間にかエントロピー液が広がっていた。 液体は靴を伝って、私のふくらはぎへと這い上がる。 | |||
フェイス | !ユーカリスト、小細工はやめろ。 | ||
ユーカリスト | なにを申すか、これはゲームのルールでおじゃ。はて、説明を忘れておったか? | ||
ユーカリスト | いずれにせよ、駒を取られて罰を受けるのはトーゼンでおじゃる。教授になら、わかるでおじゃろ? | ||
椅子に座るユーカリストは、のんびりと両足をブラブラさせた。 私の答えを期待しているようだ。 | |||
{教授} | …… | ||
このゲームの主導権はユーカリストが握っている。 こちらを探る度胸があるのは当然だ。 | |||
だが、こちらには拒む理由もない。 | |||
{教授} | ああ、わかるとも。 何かを賭けないと、張り合いがないからな。 | ||
ユーカリスト | うきゃきゃきゃ!さすがは教授、物分りが早い。 | ||
フェイス | {教授}教授…… | ||
前へ出ようとするフェイスを私は止めた。 | |||
{教授} | なら、こちらが駒を取った場合はどうなる? | ||
ユーカリスト | ふむ……まろが駒を取られたら、か…… | ||
ユーカリストはテーブルに身を乗り出し、楽しげに私を見た。 | |||
ユーカリスト | 教授は、どうしたいでおじゃ? | ||
{教授} | 君の駒が取られたら、私が外にメッセージを一通送る。 なんてどうかな?単純な条件だろう? | ||
ユーカリスト | ふむ……な~るほど。教授らしい申し出におじゃる。 よかろう、乗った。 | ||
ユーカリスト | ゲームがおもしろくなる要素を、まろが拒むわけがなかろうて。 | ||
{教授} | こうした公平なゲームは、私も大好物だ。 | ||
同意を得ると、私は白のナイトを動かし、相手の駒を取った。 | |||
ユーカリスト | ……な~るほどぉ。 教授が攻め込もうとせんかったのは、条件がソソられないからでおじゃったか。 | ||
ユーカリストは笑顔を一瞬ひっこめた後で、ゆったりとした表情に戻った。 | |||
ユーカリスト | しからば、教授との約束どおり、ハーフタイムとするかの。 | ||
ユーカリスト | じゃが、オアシスとは連絡がつかぬのじゃろ?今頃、他のセクターもエントロピーでおおわらわにおじゃる。どこに助けを求めようというのかえ? | ||
{教授} | 私がオアシス以外に切り札を持っていないとでも? 君もまだまだ、私を理解したとは言えないな。 | ||
私は通信機を取り出し、よく知っているようでいて、 どこか馴染みない名前を見つけ出した。 | |||
{教授} | 「こちらは{教授}、オアシスのリーダーだ」 | ||
Nullエリア。 | |||
??? | ふぇ――っくしゅ! | ||
茶髪の少女は、その巨大な機械アームで目の前のエントロピーを倒すと、 エントロピー液を振り払う暇もなく、大きなくしゃみをした。 | |||
??? | どないしたんや、リンド?風邪か?エントロピーアレルギーやったりしてな? | ||
リンド | 人形にそんな意味不明な症状があってたまるか。寝すぎて頭がイカれたんじゃないの? | ||
??? | せやかて、特殊体質のリンド様やで?妙ちくりんな病気やないとも限らへんやろ~? | ||
リンド | クチが減らないな、ハヴォック?あんたに護衛を頼むとは、アルカディアの人手不足もいよいよ深刻らしい。 | ||
口先ではそう言いつつも、リンドとハヴォックは戦いの手を止めない。 小隊のエージェントたちも、慣れた手つきでエントロピーを撃退している。 こういった光景は日常茶飯事のようだ。 | |||
ハヴォック | ハイハイっと、ひ弱なお嬢サマやさかいな?そらクラウドでクシャミの一つもするわ。 | ||
リンド | いい加減うるさい……誰かに陰口を言われてるんだ。 | ||
ハヴォック | プッ……あははははははは!!! | ||
ハヴォック | あかん、ごっつ笑えるねんけど。最終生命の人形って、そんなん信じとるん? | ||
リンド | だから黙れって…… | ||
ピピピッ―― | |||
その時、着信音がリンドの反論を遮った。 彼女は不服そうに舌を鳴らすと、戦闘の合間を縫って通信機を開いた。 | |||
ハヴォック | 噂をすればやな。で、クレームにはなんて書いとったん? | ||
リンド | チッ……そんなものより、よっぽど厄介なのが来た。 | ||
リンド | このオアシス救援任務、どれだけの糖分で賄えるかわかんなくなってきたな…… | ||
リンド | せっかくこれが終わったら、部屋で深夜ラジオ聞こうと思ってたのに…… | ||
ハヴォック | アホか、今頃アルカディアもエントロピーでてんやわんやや。ゆっくり深夜ラジオ聞くとか、どこの世界線に生きとんねんジブン? | ||
ハヴォック | あきらめて現実と向き合えや、相棒。で、ボスはなんて? | ||
リンド | ハァ……ボスじゃない。 | ||
ハヴォック | はぁ?ほな誰や……ちょう待った、まさか…… | ||
ハヴォック | あの「教授」からか?オアシスのリーダー直々のご指名かいな!? | ||
リンド | ……仕事がまた増えた。ハァ、しょうがない。エントロピーどもを片付けたら、行き先変更。 | ||
ハヴォック | なんや、オアシスに行くんちゃうんか? | ||
ハヴォック | ほな結果オーライやんけ!オアシスの奴らに会うの、心底嫌やったもんな~? | ||
リンド | …… | ||
リンドは答えない。だが、エントロピーへの攻撃がますます激しくなった。 | |||
ハヴォック | あちゃ~……ごめんて!つい口が滑っただけやんか~! | ||
ハヴォック | リンドらしゅうもあれへんな。アセンションで脳でもイジられたんとちゃうか~? | ||
リンド | …… | ||
ハヴォックの言葉がキーワードに触れたかのように、 リンドのメンタルにかつての記憶が蘇った。 | |||
何度も何度も咀嚼を繰り返すことで、ようやく決心へと変わった、あの光景たち。 | |||
リンド | ……私はただ、過去から逃げるのをやめただけ。 | ||
リンド | でないと、末宵やドレーシーたちに悪いからな。 | ||
ハヴォック | ウソやろ、ジブンの口からそないなセリフ聞けるとは!ドレーシーが知ったら、干物になるまで抱きついて泣かれるでホンマ! | ||
リンド | いないから言ったんだ!……ウォエッ、よく考えたらキモチワルくなってきた…… | ||
ハヴォック | ま、「N」からしたらジブン、ペルシカとは単純に顔見知りやさかいなぁ。オアシスとの協力で主導権握りたいんやろ。せやから、この任務にお前を選んだ。 | ||
リンド | だろうと思った。 | ||
ハヴォック | 怒れへんの? | ||
リンド | 何を?適材適所は当然じゃん、私だってできるだけ努力するよ。 | ||
ハヴォック | ほ~ん。ま、ええけど。ここのエントロピーはあらかた片付いたな。その「教授」からの任務ちゅうのは? | ||
リンドは巨大な機械アームで、最後のエントロピーの死骸を投げ捨て、 もう一方のアームで紫色の液体を振り払った。 人形のほうの手で、ロリポップを口に押し込むのも忘れない。 | |||
リンド | えーっと……ここから一番近いのは、第2予備通信ノードか。 | ||
ハヴォック | 通信ノード~?なんや、あたしらに修理させる気か?うわ嫌や~~、エントロピーしばいとる方がまだマシやんけ!?直すっちゅうのは壊すよりもエッライ大変なんやで!? | ||
リンド | たまにはエンジニアの真似っこすんのも悪くないだろ。修理が必要な通信ノードの位置は、みんなに同期したから。 | ||
ハヴォック | うっわ、あれか!?メッタメタやぞ、ホンマに直せんのかいな~!? | ||
リンド | 文句言ってないで手を動かす。時間がないんだ、速戦即決で行くよ。 | ||
リンドは周囲を見渡してから、第4予備通信ノードの方に目を向けた。 | |||
理由はわからないが、そこにある何かが彼女を惹きつけている気がした。 一方で、彼女の直感は危険を告げている。 | |||
ハヴォック | リンド?なにやっとんねん、ま~たクシャミか? | ||
リンド | ……だから黙れっての。 |