懸光昇変 PART.7 カウンター奪回

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:01:20

浄化者No.05哨戒タワー。
{教授}ナイトを下げる。
ユーカリストなんじゃ、ま~だ攻め込まんのか?
げに我慢強いヤツじゃのぉ。
 私がチェスクロックを叩くと、時間は再びユーカリストのものとなった。
彼女は食後の娯楽を眺めるかのように、戦局を検めた。
ユーカリストポーンを守る気かえ?
なるほど……教授、通信ノードから手をつけるつもりじゃな?
{教授}ゲームに集中しろと言ったのは君だろう。
ユーカリスト相も変わらずユーゼンとしておるの。
かような状況でも冷静さを保てるとは、さすがは教授。
ユーカリストそういうことなら、このビショップはイタダキでおじゃ~る~!
 ユーカリストは白のビショップを取って、口の中に頬張った。
 パキッ――
 ユーカリストは駒を易々と噛み砕いて、あっという間に呑み込んでしまった。
{教授}……
ユーカリストふくくく……驚いたかえ?
{教授}チョコレートの駒か……相も変わらず悪趣味だな。
ユーカリストおろろん、バレてしまってはセンカタあるまい。
この対戦のために、わざわざ用意した逸品におじゃるぞ。
どうじゃ、美しかろ?
ユーカリストうきゃきゃきゃ、一つ目の駒はまっこと美味でおじゃ!
さては、まろが腹を空かせてると見て、オヤツを用意しておったな?
なんと心優しいことか……
ユーカリストま、チョコのチョコレートには遠く及ばぬがのぉ……
ハァ、二度とありつけぬと思うと、涙がちょちょぎれるわい。
 駒を味わったユーカリストは、満足気に唇を舐めて、手を軽く叩いた。
周囲に潜伏していたエントロピーの群れが、距離を縮めてくる。
 地面にはいつの間にかエントロピー液が広がっていた。
液体は靴を伝って、私のふくらはぎへと這い上がる。
フェイス!ユーカリスト、小細工はやめろ。
ユーカリストなにを申すか、これはゲームのルールでおじゃ。はて、説明を忘れておったか?
ユーカリストいずれにせよ、駒を取られて罰を受けるのはトーゼンでおじゃる。教授になら、わかるでおじゃろ?
 椅子に座るユーカリストは、のんびりと両足をブラブラさせた。
私の答えを期待しているようだ。
{教授}……
 このゲームの主導権はユーカリストが握っている。
こちらを探る度胸があるのは当然だ。
 だが、こちらには拒む理由もない。
{教授}ああ、わかるとも。
何かを賭けないと、張り合いがないからな。
ユーカリストうきゃきゃきゃ!さすがは教授、物分りが早い。
フェイス{教授}教授……
 前へ出ようとするフェイスを私は止めた。
{教授}なら、こちらが駒を取った場合はどうなる?
ユーカリストふむ……まろが駒を取られたら、か……
 ユーカリストはテーブルに身を乗り出し、楽しげに私を見た。
ユーカリスト教授は、どうしたいでおじゃ?
{教授}君の駒が取られたら、私が外にメッセージを一通送る。
なんてどうかな?単純な条件だろう?
ユーカリストふむ……な~るほど。教授らしい申し出におじゃる。
よかろう、乗った。
ユーカリストゲームがおもしろくなる要素を、まろが拒むわけがなかろうて。
{教授}こうした公平なゲームは、私も大好物だ。
 同意を得ると、私は白のナイトを動かし、相手の駒を取った。
ユーカリスト……な~るほどぉ。
教授が攻め込もうとせんかったのは、条件がソソられないからでおじゃったか。
 ユーカリストは笑顔を一瞬ひっこめた後で、ゆったりとした表情に戻った。
ユーカリストしからば、教授との約束どおり、ハーフタイムとするかの。
ユーカリストじゃが、オアシスとは連絡がつかぬのじゃろ?今頃、他のセクターもエントロピーでおおわらわにおじゃる。どこに助けを求めようというのかえ?
{教授}私がオアシス以外に切り札を持っていないとでも?
君もまだまだ、私を理解したとは言えないな。
 私は通信機を取り出し、よく知っているようでいて、
どこか馴染みない名前を見つけ出した。
{教授}「こちらは{教授}、オアシスのリーダーだ」
 
Nullエリア。
???ふぇ――っくしゅ!
 茶髪の少女は、その巨大な機械アームで目の前のエントロピーを倒すと、
エントロピー液を振り払う暇もなく、大きなくしゃみをした。
???どないしたんや、リンド?風邪か?エントロピーアレルギーやったりしてな?
リンド人形にそんな意味不明な症状があってたまるか。寝すぎて頭がイカれたんじゃないの?
???せやかて、特殊体質のリンド様やで?妙ちくりんな病気やないとも限らへんやろ~?
リンドクチが減らないな、ハヴォック?あんたに護衛を頼むとは、アルカディアの人手不足もいよいよ深刻らしい。
 口先ではそう言いつつも、リンドとハヴォックは戦いの手を止めない。
小隊のエージェントたちも、慣れた手つきでエントロピーを撃退している。
こういった光景は日常茶飯事のようだ。
ハヴォックハイハイっと、ひ弱なお嬢サマやさかいな?そらクラウドでクシャミの一つもするわ。
リンドいい加減うるさい……誰かに陰口を言われてるんだ。
ハヴォックプッ……あは!!!
ハヴォックあかん、ごっつ笑えるねんけど。最終生命の人形って、そんなん信じとるん?
リンドだから黙れって……
 ピピピッ――
 その時、着信音がリンドの反論を遮った。
彼女は不服そうに舌を鳴らすと、戦闘の合間を縫って通信機を開いた。
ハヴォック噂をすればやな。で、クレームにはなんて書いとったん?
リンドチッ……そんなものより、よっぽど厄介なのが来た。
リンドこのオアシス救援任務、どれだけの糖分で賄えるかわかんなくなってきたな……
リンドせっかくこれが終わったら、部屋で深夜ラジオ聞こうと思ってたのに……
ハヴォックアホか、今頃アルカディアもエントロピーでてんやわんやや。ゆっくり深夜ラジオ聞くとか、どこの世界線に生きとんねんジブン?
ハヴォックあきらめて現実と向き合えや、相棒。で、ボスはなんて?
リンドハァ……ボスじゃない。
ハヴォックはぁ?ほな誰や……ちょう待った、まさか……
ハヴォックあの「教授」からか?オアシスのリーダー直々のご指名かいな!?
リンド……仕事がまた増えた。ハァ、しょうがない。エントロピーどもを片付けたら、行き先変更。
ハヴォックなんや、オアシスに行くんちゃうんか?
ハヴォックほな結果オーライやんけ!オアシスの奴らに会うの、心底嫌やったもんな~?
リンド……
 リンドは答えない。だが、エントロピーへの攻撃がますます激しくなった。
ハヴォックあちゃ~……ごめんて!つい口が滑っただけやんか~!
ハヴォックリンドらしゅうもあれへんな。アセンションで脳でもイジられたんとちゃうか~?
リンド……
 ハヴォックの言葉がキーワードに触れたかのように、
リンドのメンタルにかつての記憶が蘇った。
 
 何度も何度も咀嚼を繰り返すことで、ようやく決心へと変わった、あの光景たち。
リンド……私はただ、過去から逃げるのをやめただけ。
リンドでないと、末宵やドレーシーたちに悪いからな。
ハヴォックウソやろ、ジブンの口からそないなセリフ聞けるとは!ドレーシーが知ったら、干物になるまで抱きついて泣かれるでホンマ!
リンドいないから言ったんだ!……ウォエッ、よく考えたらキモチワルくなってきた……
ハヴォックま、「N」からしたらジブン、ペルシカとは単純に顔見知りやさかいなぁ。オアシスとの協力で主導権握りたいんやろ。せやから、この任務にお前を選んだ。
リンドだろうと思った。
ハヴォック怒れへんの?
リンド何を?適材適所は当然じゃん、私だってできるだけ努力するよ。
ハヴォックほ~ん。ま、ええけど。ここのエントロピーはあらかた片付いたな。その「教授」からの任務ちゅうのは?
 リンドは巨大な機械アームで、最後のエントロピーの死骸を投げ捨て、
もう一方のアームで紫色の液体を振り払った。
人形のほうの手で、ロリポップを口に押し込むのも忘れない。
リンドえーっと……ここから一番近いのは、第2予備通信ノードか。
ハヴォック通信ノード~?なんや、あたしらに修理させる気か?うわ嫌や~~、エントロピーしばいとる方がまだマシやんけ!?直すっちゅうのは壊すよりもエッライ大変なんやで!?
リンドたまにはエンジニアの真似っこすんのも悪くないだろ。修理が必要な通信ノードの位置は、みんなに同期したから。
ハヴォックうっわ、あれか!?メッタメタやぞ、ホンマに直せんのかいな~!?
リンド文句言ってないで手を動かす。時間がないんだ、速戦即決で行くよ。
 リンドは周囲を見渡してから、第4予備通信ノードの方に目を向けた。
 理由はわからないが、そこにある何かが彼女を惹きつけている気がした。
一方で、彼女の直感は危険を告げている。
ハヴォックリンド?なにやっとんねん、ま~たクシャミか?
リンド……だから黙れっての。