無律背反 PART.1 命途の残響

Last-modified: 2025-02-19 (水) 00:33:20

システム【警告!異常データの侵入を検知しました!】
????やっぱり見つかったか!?
????チッ、さすがは上位浄化者。メンタルの欠片をハッキングするのが、こうも困難だとは……
システム【浄化システム起動中……エラーZ01、モジュール消失】
【エラーZ58、モジュール消失】
【メンタルコアにアクセスできません……】
???ブラックホールのデータの流れが妙です……アントニーナさん、直ちに接続を切ってください!
????もう間に合わない……欠片の防衛プログラムにロックオンされています!
 【警戒アプリケーションを検索、抹殺プログラム稼働中】
【ターゲットの数――3】
????不明なメンタルが近づいてる、気をつけて!
???教授、私につかまって!
???仕方ありません、いったんログアウトします!
???……教授……?
システム【エラー……プログラムのターゲットエラーです】
【修正、ターゲットの数――1】
 【エラー……メンタルコアを検知、残存率――27%】
【エラーを無視、制御権限を移行します】
 ……
 
 細々とした警告ブザーが、湧き上がるデータストリームの中を、
交差するようにして響いている。データで構成されたブラックホールの中では、
私の体はさながら波に激しく揺れる一艘の船のようだった。
 我に返る頃には、あたりには誰もいなくなっていた。
絶えず方向転換する外からの力に圧迫され、まともに形をとどめていられない。
 その時、うろたえる私の腕に、柔らかい感触がしなやかに覆いかぶさった。
かすかに力を込めて、私をデータ環境の安定した場所へと導いてゆく。
{教授}ペルシカ……?
??……
{教授}アントニーナなの?
??……あなたと一緒に、データの欠片へと入ってきた二つのメンタルなら、もういない。
??ここからログアウトさせたわ。今の私の力では、あなた一人を助けるので精一杯。こうするしかなかったの、どうか許してね。
 優しい声には、一抹の疲労感が漂っている。
データストリームの影響が徐々に退いてゆき、視界が元通りになった。
その時、見慣れた人物の姿が私の目に入る。
{教授}……イ……イオス?
イオス正しく名前を呼んでもらえるなんて、光栄だわ。
{教授}……
イオス教授ったら。「まずい、最悪の事態になった」って顔をしてるわね。
イオスだけど、情緒は安定している。あれこれ問い詰められると思っていたけど、覚悟は無駄に終わったみたい。
(選択)1.何が目的、イオスフォロス?A
2.その姿で現れる必要があった?イオスフォロス。B
3.イオスフォロスじゃないわね、あなたは誰?C
A{教授}まさか、ソルが命と引き換えに欠片を手に入れるのも、あなたの計画だったの?
イオスごめんなさい……私が早く気づいていれば、こんなことには……
イオス謝ったところで、あなたたちの心の痛みは癒せない。だから、私にあなたを手伝わせて。
イオス自己紹介がまだだったわね。私はかつての上位浄化者、イオスフォロスの昔の「戦友」といったところかしら――名前はイオス。D
B{教授}この期に及んで、その姿で私の前に現れるなんて、一体なんのつもり?
それともあなた、本当に女装が趣味なの?
イオスイオスフォロスが私の姿で……?喜ぶべきか、こうなることを見越していた彼の計画性に慄くべきか、判断に迷うわね……
イオスごめんなさい、自己紹介をするべきだったわ。私はイオスフォロスではなく、かつての上位浄化者――名前はイオスよ。
イオスこれは、イオスフォロスの過ちを正し……あなたたちを助けられる唯一のチャンスなの。D
Cイオス一目で私がイオスフォロスではないと気づくなんて。やっぱり、私の目に狂いはなかった。
イオス自己紹介がまだだったわね。私はかつての上位浄化者、イオスフォロスの昔の「戦友」といったところかしら――名前はイオス。
イオスあなたたちなら、今度こそイオスフォロスを止められるかもしれない……どうか私に手伝わせて。D
D{教授}あなたをどう信じろと?
身の安全を守るために、今すぐログアウトしたっていいのよ。
 イオスはわざとらしく、悩ましげなそぶりをした。
だが、データ空間が再び揺れ出すのを見て、すぐにその表情を引っ込める。
イオスひどい場所。せっかくの機会だし、あなたとはじっくり話したかったけれど。この様子じゃ、要点を伝えるしかなさそうね。
イオスあなたたちは、イオスフォロスの……防衛システムを発動させた。あなたと話をするために、今は私がその制御権を預かっているわ。
イオスあなたの言うように、ここからはいつだってログアウトできる。
イオスそれなら、私との取引の内容を聞いてからでも、遅くはないでしょう?
{教授}……たとえその話が本当だったとしても、私たちを助ける理由がない。
イオス教授。
 イオスが突然目を細めた。
華奢な駆体から、初めて危険な気配が発せられる。
イオスたしかに、そう簡単に信じられることじゃない。
イオスだけど私は、誰よりもイオスフォロスを止めたいの。
 その言葉とともに爪牙は収まり、気配が穏やかになる。
イオス今のイオスフォロスは……まるで感謝の心と敬畏を失った、クラウドを彷徨うだけの天使。
(選択)1.浄化者のリーダーがここまで落ちぶれるなんて…悲惨ね。E
2.話を戻そう。F
Eイオスええ。だから、かつての……戦友として、なんとしても彼を止めなくては。
イオス見ての通り、今の私はあまりにも弱い。さっきの防衛プログラムを阻んだだけで、多くのエネルギーを消費してしまった。
イオスメンタルの欠片に残された時間はごくわずか。この意識も、またすぐに消えてしまうかもしれない……そうなる前に私にできることといえば、あなたたちにチャンスを与えることだけ。G
F{教授}その言葉に同情するのが筋だろうけど、
今の私は、謎かけや社交辞令には興味がないの。
{教授}私たちを助けたいのなら、直接行動で示したらどう?
イオスフォロスの弱点を教えるか、あるいはともに彼と戦うか。
イオス残念だけれど、長いあいだ眠り続けていたせいで、私は多くの力を失っている。そうしたいのは山々よ。でも、この欠片に残されている時間はごくわずか。
イオスこの意識も、またすぐに消えてしまうかもしれない……そうなる前に私にできることといえば、あなたたちにチャンスを与えることだけ。G
G{教授}「チャンス」か……成功する確率は高くないようね。
イオス鋭いのね、昔の仲間の一人を思い出すわ。
イオスそう。たとえ危険を冒して、この方法を選んでも、必ず成功するとは限らない。ただ、可能性に賭けているというだけ。
(選択)1.なんの希望もないよりかはマシよ。H
2.その「チャンス」について聞かせて。H
H{教授}困難は乗り越えられるけど、存亡に交渉の余地はない。
いなくなった者と比べれば、些細なリスクなんて、たいしたことじゃないわ。
イオス……わかったわ。
 イオスは思案の末に、自身の体をそらして道をあけた。
前方には、データコードで構成された一筋の裂け目があった。
空洞のその先は、奇怪な様相を呈している。
イオスこのイオスフォロスの欠片の中で、おそらく最も価値のある記憶よ。あなたの必要とするものが手に入るかどうかは、保証できないけれど。
イオスデータストリームの影響を受けずに済むよう、できるだけ断片の状態を安定させておくわ。
イオスそれでも、突入時の衝撃は免れない……もしかしたら、記憶モジュールが損傷してしまうかも。
{教授}また記憶喪失……
イオスそれに、たとえ無事にアクセスできたとしても、欠片の記憶データの中で命を落とせば、永遠にデータストリームに囚われ、二度と目を覚まさない可能性だってある。
{教授}なるほど、思ったより悪くはなさそうね。
 私は片足で裂け目を跨ぎ、ふりむいてイオスを見た。
その容貌から、イオスフォロスとの関係を読み取れないか、試そうとしたのだ。
イオスまたどこかで、会えるといいわね。
 私はイオスに向かって頷くと、裂け目の中へと体をうずめた。
イオス困難なら乗り越えられる、でも、存亡に交渉の余地はない……か。
イオスだけどもし、存亡自体がその意義を失ったら、あなたはどうする?
妥協する?……それとも、抗う?
 教授が完全に記憶の断片へと消えていったのを見て、イオスは目を閉じた。
そして、残り少ないオペランドを周囲の空間に注ぐ。
イオス教授、いい夢を。
あなたの必要とするものが、みつかりますように。
 
エニグマセクター、アドミンセンター。
 広いとは言いがたいスペースに、多種多様かつユニークなPCが所狭しと並べられ、
蜘蛛の巣のごとく張り巡らされたデータケーブルが、そのあらゆる隙間を埋めていた。
 レイアウトから雰囲気にいたるまで、一つとして重苦しさを感じさせぬものはない。
唯一、周囲と相容れないものは、穏やかな表情でチェアに横たわる教授だけだ。
ノイマン浄化者のベースロジックの通釈を推演し終えたぞ。アンナ、確認を頼めるか。
ノイマンこれから、浄化者のファイアウォールのゲーム構築を開始する。すまん、エニアックが目を覚ましていれば……
アントニーナ気にしないでください、あなたの責任じゃありません。事前準備は十分すぎるほどでしたし。
アントニーナイオスフォロスと他の浄化者とでは、あまりにも差がありすぎる。私のプランは通常の上位浄化者の三倍を基準としたものです。それがまさか、防衛システムに不意をつかれるとは。こうなると知っていたら……
 話している傍から、自身の腕部になんらかの熱気が近づいているのを感じて、
アントニーナは無意識に手を引っ込めた。
ペルシカコーヒーでも飲んで、少し休憩なさってはいかがです?アントニーナさん、それにノイマンさんも。
ペルシカハードな演算を何時間も続けているんです。エージェントにとっては、たいした負担ではないでしょうけれど、緊張状態が続けばメンタルに障りますから。
ノイマン……ふぅ。確かに、少しばかり焦っていたな。ありがとう、ペルシカ。
ペルシカマグラシアはエントロピーに蹂躙され、イオスフォロスは浄化者を裏切り、リバベルタワーはエントロピー化……悪いニュースが続けば、誰だって焦るものです。
ペルシカこうしていても、メンタルの稼働速度が普段より速くなっているのを感じます。真っ先に手を貸してくださっただけで、私たちにとっては十分ですよ。
ノイマン当然だろう……それよりも、緊張しているのか?表情はいたって冷静なようだが。
ペルシカそうあろうとしているだけです。もう……後悔するのは嫌だから。
 ペルシカは手の中のマグカップを見た。
ゆらめくコーヒーの表面に、自分の顔が映し出されている。
ペルシカソルさんが残してくれた、イオスフォロスのメンタルの欠片。それが、彼の弱点を知る唯一の手がかりです。
ペルシカどんなに危険でも、前に進まなくては。リスクを避けられないなら、それを解決する方法を探すしかありません。
アントニーナペルシカさんこそ大丈夫なんですか?私よりも遅れてブラックホールから離脱したんです、メンタルへの影響が……
ペルシカ私なら平気です。比較的長くいたにも関わらず、教授を連れ帰ることはできませんでしたが。
アントニーナ……アイツならきっと無事ですよ。マグラシアのエージェントが全員死んだところで、アイツだけは最後まで生き残るでしょうから。
ペルシカええ、きっとそうでしょうね。私は教授を信じます、そして私たち自身も。
ペルシカ今回は、必ず教授を連れ戻してみせる――イオスフォロスの弱点とともに。
 ペルシカはそう言ってチェアに横たわり、ゆっくりと目を閉じた。
傍にあるもう一つのチェアに片手を伸ばし、教授の手をそっと包み込む。
ペルシカオペランドブラックホールへ再びアクセスし、教授を連れ戻す準備は整いました。他はよろしく頼みますね。アントニーナさん、ノイマンさん。
アントニーナまかせてください。直接アクセスできないようなら、中継ポイントを通じて防衛システムを迂回します。
アントニーナ長い道のりになるでしょう。イオスフォロスのいくつもの記憶を経由しないと、教授のいるデータ領域へはたどり着けませんから。
ペルシカわかりました。
 ペルシカの答えを聞いて、アントニーナは指先から力を抜いた。
入れ替わりに、彼女の眼差しに力が宿る。
 チェアに横たわるペルシカは、メンタルシステムの稼働を緩めた。
これまで見た光景が、撮像面を次々と流れてゆく。
ペルシカ心配いりません、教授。
すぐに、あなたのもとへと駆けつけますから。すぐに。