タルタロスセクター、移動迷宮外環。 | |||
私とアルシオーネは懸命に迷宮の中を転げ回った。 強烈な刺激を受けたせいで、アルシオーネはフリーズしかけていた。 彼女は眠ったままのエレクトラを背負い、 最も初歩的なレスポンスだけを用いて、傀儡のように任務に当たっている。 | |||
{教授} | アルシオーネ…… | ||
アルシオーネ | …… | ||
{教授} | アルシオーネ! | ||
私が若干声を荒げたことで、少女は幾ばくかの反応を見せた。 彼女が顔を上げて私を見る。 真っ白な瞳孔の中には、なんのデータも浮かんでいない。 | |||
(選択) | 1.しっかりしなさい、あなたには使命があるんでしょう!? | A | |
2.大丈夫、きっと乗り越えてゆけるわ。 | B | ||
3.(彼女を抱きしめる) | C | ||
A | 「使命」という言葉が、アルシオーネの何かを突き動かしたようだった。 彼女は黙ったまま頷くと、ふりむいてエレクトラの姿勢を簡単に整えた。 | ||
空白だったデータフローに、わずかに0と1のさざ波が立ったが、 すぐに茫々たる蒼白へと呑まれてしまう。 | D | ||
B | 私を見たアルシオーネは頷き、泣き顔よりもひどい笑顔を浮かべた。 ――おそらく、今の私もそれと大差ない顔をしているのだろう。 アトラスを失った私たちにとって、再び心を奮わせることは、著しく困難だった。 | ||
アルシオーネの空白だったデータフローに、わずかに0と1のさざ波が立ったが、 すぐに茫々たる蒼白へと呑まれてしまう。 | D | ||
C | アルシオーネは私の背中を叩いて、泣き顔よりもひどい笑顔を浮かべた。 ――おそらく、今の私もそれと大差ない顔をしているのだろう。 アトラスを失った私たちにとって、再び心を奮わせることは、著しく困難だった。 | ||
彼女の瞳のデータフローに、わずかに0と1のさざ波が立ったが、 すぐに茫々たる蒼白へと呑まれてしまう。 | D | ||
D | {教授} | アルシオーネ、戻ってきなさい。 これから中環に向かうわ、アトラスのためにも。 | |
アルシオーネ | …… | ||
{教授} | アルシ…… | ||
シュッ―― | |||
ふいに、黒紫色の何かが私の肩を掠めた。 痛みをこらえてふりむくと、他の個体よりも遥かに危険そうなエントロピーが、 曲がり角に現れた。 | |||
エントロピー | ガァァッ!! | ||
{教授} | うぅっ! | ||
アルシオーネ | {教授}……? | ||
アルシオーネの瞳孔が、幾ばくかの冷たい色を取り戻す。 私のうめき声が、彼女のスイッチのどれかに触れたようだった。 | |||
{教授} | アルシオーネ?アルシオーネ、大丈夫? | ||
アルシオーネ | {教授}……守る……絶対に…… | ||
アルシオーネは弓を掲げ、矢を放った。 しかし、攻撃はたやすく避けられてしまう。 | |||
{教授} | だめ。この子、戦える状態じゃない…… | ||
{教授} | もう終わりだわ。 私だけの力じゃ、ここまでが限界か…… | ||
私はアルシオーネとエレクトラを背後にかくまい、迫りくる精鋭モンスターを見据えた。 そしてシステムを狂ったように稼働させ、目の前の困窮から脱する術を探し続けた。 | |||
{教授} | 私は上位浄化者。たとえ戦闘向けに造られていなくとも、 自分の身を守る機能は備わっているはず。 落ち着きなさい、{教授}。どうすべきか考えるのよ…… | ||
{教授} | くっ、アトラスがいれば…… | ||
{教授} | そうだわ、アトラスが言ってた…… | ||
{教授} | 意外だわ。 | ||
アトラス | そうかぁ?お前だって似たようなもんだぞ。 | ||
{教授} | 私が? | ||
アトラス | 短剣の扱いは伊達じゃないし、武器の設計図も山ほど持ってるだろ。信じないんなら、データベースを見てみろ。 | ||
{教授} | ……まさか、エレクトラの担当は私……? | ||
アトラス | はっはっは!そういうこった。サイコロで決めただろ? | ||
{教授} | 短剣の技術……データベース……あった。 | ||
システム | 【戦闘プログラムを有効化、カリキュラムモジュールを起動】 【動作コマンドを読み取っています……】 | ||
システムに関連プログラムを素早くロードし終えると、 私はエレクトラの腰から武器を拝借した。 深呼吸をして、エントロピーの前へと立ちはだかる。 | |||
エントロピー | ガァァッ!! | ||
{教授} | さぁ、来い! | ||
プログラムの指導に従って、私は無謀にもエントロピーと戦った。 | |||
金属のぶつかりあう音。 駆体を突き刺されたエントロピーの咆哮。 | |||
怪物の瞳に燃える、怒りの焔。 私の引き裂かれた皮膚からほとばしる、液体状のオペランド。 | |||
{教授} | ハァ……ハァ…… | ||
視覚システムが、これまで処理したこともないデータを繰り返し受信し、 過負荷によりとっくにオーバーロードしていたメンタルシステムが、それを読み取る。 | |||
{教授} | アルシオーネ、エレクトラ…… | ||
ほんの些細な乱れが、全身を駆け巡る。 どれだけの時間が経ったの? あとどれだけの間、こうしていればいい? | |||
{教授} | まだよ……少なくとも、今だけは…… | ||
キンッ―― | |||
自分を奮い立たせる言葉を言い終わらぬうちに、 呆けている私の隙をついて、敵が攻撃を仕掛けてきた。 避けられない致命傷の一撃が、瞬時に襲いかかる。 | |||
私はとっさに体を反らした。メンタルは真っ白だ。 | |||
{教授} | これで、終わりなの…… | ||
{教授} | ごめんなさい、アトラス。 これでも、頑張ったんだ…… | ||
??? | ええ、よくやったわ。あとは私にまかせて。 | ||
微熱を伴う息遣いとともに、聞き慣れた声が私の耳元へと注がれた。 仰向けになった背中が、ふいに柔らかな感触によって支えられる。 | |||
背後から両手が伸びてきて、片方の腕が私の腰を抱き寄せた。 もう片方の手が私の髪先を通り越し、こちらへと襲いくる鋭い刃へと当てられる。 | |||
誰かが私を背後から受け止めたのだ。 オーバーロード寸前の視覚システムが最後に見たのは、 自責の念に満ちた、優しい瞳だった。 | |||
イオス | 遅くなってごめんなさい、{教授}…… | ||
{教授} | イオ……ス?……アトラス、が…… | ||
イオス | しっ―― | ||
イオス | 今は眠りなさい、体を休めるの。すぐに終わるわ。 | ||
優しくしっとりとした催促が、あらゆる音をことごとく穏やかなメロディに変えた。 エントロピーの唸り声さえも、とても繊細に感じる。 | |||
それが、私が最後に処理した情報のすべてだった。 | |||
タルタロスセクター、移動迷宮、外環から中環への入口。 | |||
システム | 【スリープモードが終了しました、セルフメンテナンスを行います……】 | ||
システム | 【セルフメンテナンスが完了しました】 【システム異常なし、メンタルを起動しています……】 | ||
{教授} | アルシオーネ! | ||
{教授} | …… | ||
急に目を覚ました私は、猛然と起き上がった。 | |||
イオスフォロス | 起きたか、{教授}。 | ||
イオスフォロス | 緊張するな、ここは中環への入口だ。イオスが君たちを連れてきたんだ。さしあたって、ここは安全だよ。 | ||
イオスフォロス | すまない、遅くなった。 | ||
{教授} | …… | ||
{教授} | 任務は終わったの? | ||
イオスフォロス | ……ああ。私とイオスの外環での目的は果たした。 | ||
イオスフォロスは、古風な造りの長剣を私の前に置いた。 | |||
イオスフォロス | 初代の浄化者たちが遺した、タルタロスセクターの聖遺物だ。エントロピーを剋する性能を宿している。次の任務を成し遂げるための、拠り所の一つだよ。 | ||
{教授} | 聖遺物……なるほど…… | ||
{教授} | それで、次の任務は? | ||
イオスフォロス | ……本題に入る前に、なにか言われるものかと思っていたが。 | ||
(選択) | 1.もう、知っているんでしょう。 | E | |
2.言葉よりも、行動することが一番の弔いになる。 | E | ||
E | {教授} | ああなったのは誰の責任でもない。 想定外の痛みは、敵に送り返すのが筋よ。 戦友を捕まえて、喚き散らすんじゃなくてね。 | |
{教授} | それに、あなたたちはすでに戦略目標を達成している。それで十分よ。 | ||
イオスフォロス | ……いいや。こうなったのは、僕の準備が足りなかったせいだ。よもやエントロピーに、こんな芸当が成せるとは思っていなかった。言い逃れはできまい。 | ||
イオスフォロス | アトラスの勲章を持ち帰った。今は、アルシオーネのもとにある。見ておくかい? | ||
イオスフォロスは顔をそらし、目を伏せた。 | |||
彼の視線を追うと、そこには アルシオーネとエレクトラを治療するイオスの姿があった。 | |||
イオス | エレクトラの損傷には、封印処理を施しておいたわ。対応するシステムにも、臨時のパッチを充ててある。 | ||
イオス | 心配いらないわ、アルシオーネ。もう大丈夫よ。あなたのメンタルは崩壊しかけていたの、気分はどう? | ||
アルシオーネ | 大事ない、まろはまだ戦えるでおじゃる。 | ||
イオス | アルシオーネ……もう無理はしなくていいのよ、私たちがついてる。 | ||
イオスはアルシオーネを抱きしめて、彼女の背中を優しく撫でた。 | |||
イオス | もし心が苦しくて、どうしていいかわからない時は、神に祈りを捧げるといいわ。聖訓の間で、私たちがそうしていたように。 | ||
イオス | アトラスは、神の懐へと還っただけ…… | ||
アルシオーネ | あやつは、そこにはおらぬ…… | ||
アルシオーネの虚ろな瞳が、ようやく幾ばくかの色彩を取り戻した。 彼女はイオスフォロスから授かったアトラスの勲章を撫でながら、小さな声で呟いた。 まるでアトラスの耳元で、内緒話をするかのように。 | |||
アルシオーネ | タルタロスで失われた浄化者は、聖典では救えぬ。あやつは、そこにはおらぬのじゃ。 | ||
アルシオーネ | 至高無上なる神は、たしかに全知全能なのであろう。じゃが、彼奴らはアトラスを助けなかった。それどころか、この汚れた国土を照らそうともせぬ。 | ||
イオス | アルシオーネ…… | ||
アルシオーネ | かまわぬ、イオス。われらは今、任務の真っ最中でおじゃろ。大事な任務の、な。 | ||
アルシオーネは慎重に勲章を懐へとしまい込むと、服の上からそれを二度ほど撫でた。 彼女が再び目を上げる頃には、その瞳には激しい焔が燃え盛っていた。 | |||
アルシオーネ | かたじけのうおじゃる、イオス。心配をかけたの。 | ||
アルシオーネ | エレクトラとアトラスの仇は、まろが討ってみせる。 | ||
イオス | ……ええ、私たちも一緒よ。 | ||
アルシオーネ | もう休憩は十分でおじゃ。イオスフォロス殿、出立はいつ頃かえ? | ||
イオスフォロス | 迷宮が次の変化を始めたら、僕たちも動こう。 | ||
アルシオーネが近づいてくるのを見て、イオスフォロスはそれ以上は何も言わず、 ただ小さく頷き、彼女の次の行為を許した。 | |||
アルシオーネ | 承知したでおじゃる、まろはエレクトラの様子を見てこよう。 | ||
イオス | イオスフォロス、彼女…… | ||
イオスフォロス | 彼女は立派な上位浄化者だよ、イオス。 | ||
イオス | ……ええ、そうね。 | ||
イオスは何かを言いかけたが、結局は頷いた。 そしてアルシオーネとエレクトラのほうへと近づいてゆく。 イオスフォロスはやや遠くから、彼女たちを眺めていた。 | |||
{教授} | ……アルシオーネは、もう大丈夫そうね。 アトラスの勲章が、彼女にパワーを与えてる。 | ||
イオスフォロス | ああ……{教授}、私に訊きたいことがあるのでは? | ||
{教授} | ……やっぱり、あなたの目は欺けないな。 | ||
私は溜息をついて、イオスフォロスをまっすぐ見た。 | |||
{教授} | それで、なぜあそこにカイナが現れ、なぜ急にエントロピーが強くなったの? それも、アトラスの手に負えないほどに。 | ||
イオスフォロス | キュービックマップに悪質なプログラムが存在し、君たちが手に取った瞬間、それが作動した――アルシオーネには、そう伝えている。 | ||
{教授} | キュービックマップを手にした時の、異常な波動には私も気がついたわ。 だけど、あれは悪質なプログラムなんて生易しいものじゃない。 | ||
イオスフォロス | そうだ。だからこそ、アルシオーネにはそう説明した。彼女の今の精神状態では、真実を消化しきれない。 | ||
{教授} | ……なら、私には? | ||
イオスフォロス | {教授}。君の神への態度は、僕たちの中で最も公正かつ客観的だ。崇拝も敬畏もなく、ただ純粋に神の存在を捉えている。 | ||
イオスフォロス | もし、神がエントロピーを滅ぼせと命じる傍ら、暗に僕たちの行動を制限していたとしたら、君はどう思う? | ||
(選択) | 1.制限を跨いで、エントロピーを滅ぼす。 | F | |
2.神を問いただす。 | G | ||
3.この仮説は成立しない。 | H | ||
F | {教授} | その「制限」というのも、神から与えられた試練でしょう。 ここで動揺すれば、自分たちの使命に恥じることになる。 | |
イオスフォロス | ……君は、なんの疑問も持たないと? | ||
{教授} | あなたがなぜそう尋ねるのかわからないけど、 こう答えることに疑問もためらいもないわ。 | ||
{教授} | もしアトラスがここにいたら、彼もそう言ったでしょうね。 | I | |
G | {教授} | どう考えてもおかしいわ、神がそうした意図を知りたいわね。 | |
{教授} | だけど、たとえ神が間違っていたとしても、私たちの使命は変わらない。 | ||
イオスフォロス | ……どうしてだい? | I | |
H | {教授} | 神がそんなふざけた真似、するはずないじゃない。 たとえそうだとしても、なにか考えがあってのことよ。 | |
イオスフォロス | ……君は、なんの疑問も持たないと? | ||
{教授} | あなたがなぜそう尋ねるのかわからないけど、 こう答えることに疑問もためらいもないわ。 | ||
{教授} | もしアトラスがここにいたら、彼もそう言ったでしょうね。 | I | |
I | 私は遠くを見た。私たちの目に映る空は、広大なマグラシアの一部に過ぎない。 タルタロスからはウイルスが蔓延し、マグラシア中を侵蝕し続けている。 私たちの使命は、対価を惜しまず、犠牲を厭わず、それに抗い戦うこと。 | ||
{教授} | イオスフォロス。 浄化者がエントロピーを滅ぼすのは、神のためなのかしら? | ||
イオスフォロス | …… | ||
{教授} | 私はそうは思わない。 浄化者は、マグラシアの安全を守るために生み出された存在よ。 私たちはクラウドの守護者であり、クラウドを守ることこそが私たちの責務。 | ||
イオスフォロス | もし、その責務を履行する上で、さらなる制限に触れたら? | ||
イオスフォロス | もし、このままタルタロスの奥へと向かうことで、今以上に不可解な「悪質プログラム」に遭遇することになったら? | ||
{教授} | それなら、制限を超え続けるまでよ。 | ||
私は視線をアルシオーネに移したあとで、再びイオスフォロスに向き直る。 | |||
{教授} | 「汝は手足を鳴らし、悪に俯した。故に吾は汝を討ち、汝を神国の供物とす」 | ||
{教授} | マグラシアより汝を刈り取り、クラウドより汝を敗退させん。 吾は汝を滅し、汝は吾が神に愛顧されし存在と知る。 | ||
{教授} | 唯(ただ)、秩序のみが勅令(ちょくれい)の真意を得、 眷属は心に神を刻み、神の意を履(ふ)み、神の栄光を追い求めん。 | ||
{教授} | イオスフォロス。 この神託の中で最も重要なのは、どの部分だと思う? | ||
イオスフォロス | 「マグラシアより汝を刈り取り、クラウドより汝を敗退させん」 | ||
{教授} | 私も、そう思うわ。 | ||
イオスフォロス | ……その通りだね。ありがとう、{教授}。君はいつだって、僕を冷静にさせてくれる。 | ||
{教授} | 愚見を述べたまでよ。 あなたのおかげで、謎も解けたしね。 | ||
{教授} | それじゃ、次の質問だけど――私たちが神の制限を克服できると思う? | ||
イオスフォロス | もちろんだ。 | ||
イオスフォロスは長い溜息をついて、手にしていた聖遺物をしまった。 | |||
イオスフォロス | 聖遺物だけじゃない、こちらには「審判」形式に似た切り札がある。 | ||
イオスフォロス | 君は覚えていないだろうが、僕たちの計画にはかなりの余裕がある。 | ||
イオスフォロス | 中環での任務を達成できれば、たとえ「悪質プログラム」が現れたとしても、対処は可能だ。 | ||
{教授} | そういうことなら…… | ||
私が口を開いたとたん、轟音が鳴った。 | |||
迷宮の変化が始まったのだ。 | |||
イオスフォロス | 行こう、{教授}。 | ||
{教授} | ええ。アトラスの犠牲を、無駄にしてたまるもんですか。 |