エニグマセクター、アドミンセンター。 | |||
アントニーナとノイマンは緊張した面持ちで、 スクリーン上に飛び跳ねるコードを凝視していた。 繰り返し検査を行った上で、アントニーナがエンターキーを押す。 | |||
システム | 【第9,354回目の上書きを開始します】 | ||
システム | 【防衛識別モジュール――上書き成功】 | ||
システム | 【索引モジュール――上書き中……】 【…………上書きに失敗しました】 | ||
アントニーナ | もう一度! | ||
システム | 【警告!欠片の防衛システムからの反撃を受けました】 【速やかにログアウトしてくださ……(ジジッ)……】 | ||
鋭い電流音とともに、アントニーナの設備とスクリーンが壊れた。 | |||
アントニーナ | クソッ!***が! | ||
ノイマン | そう焦るな、アンナ。上位浄化者のコードの一部を上書きできるだけで、相当なものだ。君を除けば、エントロピーと人間にしか出来ないことだ。 | ||
アントニーナは首をふった。 | |||
アントニーナ | それは、この欠片に……よく知っているコード配列が使われていたから…… | ||
アントニーナ | でもこれっぽっちじゃ、教授の位置なんて特定できやしない……しかも…… | ||
アントニーナ | 中には持続的に変化し続けるコードまで含まれている。私ではそれらを読み取れません。 | ||
ノイマン | ふむ……内部からコードを読み取り、外部との通信を立ち上げることさえできれば…… | ||
アントニーナ | ふざけてるんですか?教授と連絡がついてたら、わざわざ位置特定プログラムを書き換える必要がどこにあるんです!? | ||
アントニーナ | ……すみません、見苦しい真似を。 | ||
ノイマン | ハァ…… | ||
アドミンセンターが一時の沈黙に陥った。 アントニーナがキーボードを叩く音だけが、依然として響いている。 | |||
ペルシカ | アントニーナさん、私のメンタルを欠片に繋げてください。私が直接中に入って、教授を探します。 | ||
ペルシカが率先して沈黙を破った。 | |||
アントニーナ | …… | ||
ペルシカ | これが一番の方法です。欠片の内部から情報を伝達し、上書きプログラム用のバックドアを設置する必要があるのでしょう? | ||
ペルシカ | それなら、私にもう一度試させてください。休憩は十分取りましたし、いつでも欠片にアクセスできます。 | ||
アントニーナ | 浄化者の権限がないんです。イオスフォロスの欠片には、もう入れっこありませんよ。 | ||
アントニーナは顔も上げずに、コマンド画面に各種命令を入力し続けている。 | |||
ペルシカ | ……でしたら、私に浄化者の権限を付与すればいいのでは? | ||
アントニーナ | なんですって? | ||
ペルシカ | 防衛識別モジュールの一部は、上書きできるのでしょう?私が浄化者を装えば、欠片にアクセスできるはずです。 | ||
ペルシカ | もしかしたら、教授もその状態にあるのかもしれませんし…… | ||
アントニーナ | あなたと言う人は……ハァ。 | ||
アントニーナは両手をキーボードから離し、ペルシカを見て呆れたように溜息をついた。 | |||
アントニーナ | あいつからの影響がますます酷くなってるな……ペルシカさん、あなた、もはや教授と瓜二つですよ。 | ||
ペルシカ | えっ、ほ、本当ですか? | ||
アントニーナ | 褒めてません!でも、その方法なら確かに…… | ||
ノイマン | だが、たとえ強制的に入れたとしても、肝心の座標がなければ、データストリーム内を永遠にさまようだけだ。 | ||
アントニーナ | ええ、ですが……取っかかりにはなります。 | ||
アントニーナは、イオスフォロスの欠片の記憶データを画面に表示した。 | |||
ノイマン | たしかこの記憶は、浄化者とエントロピーの最初の戦争に関するものだったな…… | ||
アントニーナ | ええ。古いデータだったからこそ、暗号化形式が単純だった可能性もありますね。加えて、欠片の不安定さを踏まえると…… | ||
アントニーナ | ペルシカさんをデータの一部に偽装させ、欠片の世界に入りこませることは、不可能ではないでしょう。 | ||
ノイマン | そしてペルシカがキーとなるノードを見つけ出せば、プログラムの上書きを通じて、私たちのためのバックドアを設置できる…… | ||
アントニーナ | それだけじゃありません。中のデータノードを撹乱することができれば、干渉の余地はさらに広がります。 | ||
アントニーナ | ですが、戦争関連のデータは極めて危険です。意識が中で「死亡」すれば……あなたのメンタルは、非可逆的な損傷を負うことになる。 | ||
ペルシカはやや離れた場所に横たわる教授を見た。 そして、キーボードの操作を続けるアントニーナに視線を移し、大きく深呼吸をする。 | |||
ペルシカ | それでも、私は行かなくちゃ……今回は、教授とともに危険を担うと決めたから。 | ||
ペルシカ | 私、本当の意味で、教授の傍に立っていたいんです。 | ||
アントニーナ | ハァ……そう言うと思いましたよ。 | ||
アントニーナは端末から、とあるストレージディスクを取り外した。 | |||
アントニーナ | 上書きプログラムの準備は整いました。今回は、私が直に内部の状況をモニタリングします。 | ||
アントニーナ | あなたのデータを見失いはしませんよ。教授の二の舞いには、絶対にさせません。 | ||
ペルシカ | ありがとうございます、アントニーナさん。 | ||
ペルシカは手を伸ばして、上書きプログラムを受け取ろうとした。 だが、アントニーナが手を放さない。 | |||
アントニーナ | その代わり……ペルシカさん、約束してください…… | ||
アントニーナ | 危険に陥ったら、教授を見つけたかどうかに関わらず、即刻、直ちに、速やかに上書きプログラムを使い、緊急脱出してください。 | ||
アントニーナ | 失敗したってかまわない、あなたさえ戻ってこれるなら!そうすれば、別の方法を探して、何度だって教授を助けにいける。この欠片が完全にクラッシュしたとしても……それでも私がなんとかします……だから…… | ||
アントニーナは自身の声が普段よりも大きくなっていることに気づき、 ゆっくりと深呼吸をした。 | |||
アントニーナ | だから……お願いです、絶対に戻ってきてください。絶対に…… | ||
ペルシカ | ふふふ……わかってます。 | ||
ペルシカはアントニーナを抱きしめた。 | |||
ペルシカ | 安心してください、すぐに戻りますから、ね? | ||
アントニーナ | ペルシカさん……完全にあいつに染まりきってますね…… | ||
ペルシカ | えへへ…… | ||
アントニーナ | だから、褒めてませんてば! | ||
アントニーナは上書きプログラムを、ペルシカの胸元に押し付けた。 | |||
アントニーナ | ナビゲーターは、私にまかせてください。 | ||
ペルシカ | はい。いつもお疲れ様です、アントニーナさん。 | ||
アントニーナ | そういう台詞は、二人で帰って来てからにしてください。 | ||
ノイマン | ペルシカ、アンナ。挿入プログラムの準備が整った。 | ||
アントニーナは手をストレージから放し、ペルシカに久しく笑顔を向けた。 | |||
アントニーナ | さぁ、行って。教授を取り戻すんです。 | ||
ペルシカ | はい、おまかせください。 |