無律背反 PART.2 征戦への旅立ち

Last-modified: 2025-02-19 (水) 00:34:57

システム【警告:現在、システムが違法検定を行っています】
【これより、偽装コードを強制的に引き剥がします……】
システム【警告、偽装コードの剥離率36%】
【おおよそ剥離率60%でIDを識別可能です】
システム【警告、偽装コードの剥離率52%】
【救済措置の起動を試みます――】
 激しい震動に見舞われ、ふいに体が固まった。
意識が朦朧としだす。
{教授}な……
歪んだ電子音声神%¥&の懐%¥&還る%¥&タルタロスに%¥&……
 点滅する画面が、静電気の干渉に似たスノーノイズを交えて、私の脳を揺蕩った。
{教授}ハァ……ハァ……ハァ……
???{教授}?
{教授}ハァ……ハァ……
???{教授}。
{教授}誰だ――んむっ!?
 私はとっさに音のするほうをふりむいた。
大声で問い詰めるより先に、何者かに口を塞がれる。
??あっ……っつぅ……痛い……
 女性は痛みに驚いて手を引っ込めると、手の甲についた鮮やかな歯型を撫でた。
(選択)1.ごめん、痛かった?A
2.どうなってる、何があった?B
A??なぁにそれ、わざと聞いてるの?
 女性はやや不満げに私を睨んだ。
彼女の顔に見覚えはないが、そのどこか懐かしさをたたえた眼差しを見ていると、
なぜか私の心に安心感と信頼感が芽生えた。
??仕方ないわね……さっきまで昏睡状態だったことに免じて、許してあげる。
??まさかタルタロスのファイアウォールを突破した衝撃で、いきなり倒れるだなんて。みんなびっくりよ。
??幸い、みんな無事に通れたけれど……気分はどう?システムのセルフメンテナンス結果は?C
B??ちょっと!今の声でエントロピーが寄ってくるところだわ。
??偽装プログラムがあるから、追い詰められることはないでしょうけど。せっかくタルタロスの外環で安全な場所を見つけたんだもの、無駄にはしたくない。
 女性は慎重にあたりを見渡して安全を確認すると、ホッと溜息をついた。
その顔に見覚えはないが、彼女の傍にいると、
なぜか私の心に安心感と信頼感が芽生えた。
??それよりも、まずはあなたの容態を確認させて。まさかタルタロスのファイアウォールを突破した衝撃で、いきなり倒れるだなんて。みんなびっくりよ。
??気分はどう?セルフメンテナンス結果は?C
C{教授}セルフメンテナンス?
 その単語に、私は違和感を覚えた。
言葉の意味は理解できるが、それを要求されたのは初めてのように感じる。
ところが、私が考えるより先に体が動いた。
システム【システムのセルフメンテナンス中……データベースを読み取っています……】
【ID……エラー……データ情報を使用できません……】
システム【任務……エラー……データ情報を使用できません……】
??{教授}?
{教授}妙だな……検査結果がすべてエラーになってしまう、使えそうな情報は一つもない。
??面倒なことになったわね……でも少なくとも目は覚めたんだし、きっとなんとかなるわ。
??まずは、みんなのところへ行きましょう。集合し終えたら、あなたのシステムを診てあげる。
{教授}待ってくれ……その、一つ聞いても?
 目の前の少女は、本心から私を気にかけているようだ。
だが、まるで脳内の記憶が一層のヴェールに覆われているようで、
どうにもはっきりとしない。
 私は再三迷いつつも、結局は口を開いた。
{教授}……君は、誰だ?
??えっ!?
{教授}それに、ファイアウォールとはなんだ?
私が耳にしたのは、たしか偽装コード、それと違法検定がどうたら……
??{教授}、私を覚えていないの?
{教授}私は……覚えているべきなのか?
ちょっと待った。ここへ来る前、私は……
 思考の触角が壁に衝突する。
やがて、私はとんでもない問題に気付いた。
{教授}私は……私は?
お……思い出せない……
{教授}私は、今まで……うぅ……うああ……
??ストップ!やめて!落ち着いて、{教授}。焦らないで。
??困ったわ。予行練習で、タルタロスのファイアウォールによる影響を考慮してはいたけれど……
??エントロピー化による侵蝕の程度や、演算力によるダメージにばかり気を取られて、機能の損傷なんてちっとも予想していなかったわ……
 女性は眉をひそめたが、すぐに表情を戻した。
そして私の手をそっと握る。
彼女の体温が、いくばくかの焦りを散らしてくれた。
??{教授}。なら、自分が誰だか覚えてる?
??ゆっくりでいいの、焦らないで。メンタルシステムの稼働効率を下げて、コードの項目を一つ一つ確認していきましょう。
 女性の軽やかな囁きに従って、私はシステムの各種演算を一つひとつ停止させた。
 俯いて自分の外殻を見る。稼働項目が減るにつれ、演算力が徐々に盛り返した。
本能に突き動かされるようにして、私は手を掲げ、次々とスクリーンを開いた。
画面の中を、データが滝のように流れてゆく。
{教授}私は……浄化者、上位浄化者{教授}。
{教授}私の能力は……フレーム解析。
{教授}私の、任務は……
 私はゆるゆると顔を上げた。
視線は目の前の少女を通り越し、彼女の背後へと向けられる。
 そこには雄大な壁が果てしなく広がっていた。その端がどこにあるのかすらわからない。
吐き気を催す黒紫の粘液が、その表面にへばりついている。
壁には奇妙な形をした機械生物が付着し、粘液の流れに沿ってゆらゆらと動いていた。
 ひとしきりの震動とともに高壁が動き始め、
その背後にあったもう一つの壁が顔を覗かせた。
 目の前の光景が、私の脳裏に隠された、とある情報と一致する。
ふと、いくつかの単語が口をついて出た。
{教授}タルタロスセクター……動く壁……
{教授}ここは、タルタロスセクターの移動迷宮だ!
{教授}うっ……!
??{教授}!{教授}、大丈夫?
{教授}すまない……平気だ。まだ記憶が混乱しているらしい。
私はどうやってここに?
??……セルフメンテナンスを停めて。このままじゃ、あなたのメンタルが異常をきたしてしまう。
??タルタロスのような環境じゃ、屋外に曝されたメンタルは、夜の灯のごとく捕食者を呼び寄せてしまうから。
??まずみんなと合流しましょう。詳しい話はそのあとで。
 彼女は手を伸ばし、ゆっくりと私の胸を撫でた。
温かなオペランドが、五臓六腑に染み渡る。
{教授}ありがとう、気分がだいぶよくなった。
君をなんと呼べば?
??気にしないで、私たちは仲間なんだから。
??私のことは……イオスでいいわ。
{教授}イオ……ス……どこかで聞いた名だ。
イオス当然でしょ、いつから一緒にいると思ってるの?
イオス行きましょう。ファイアウォールの入口にいては危険だわ。
 
タルタロスセクター、移動迷宮外環。
 イオスに連れられて、私はあたりをうろつくエントロピーの群れを迂回し、
目立たないエリアへとたどり着いた。
そこでは、四名の上位浄化者が私たちを待っていた。
??目覚めたんだね、{教授}。見たところ傷はなさそうだ。イオスの検査結果は?
(選択)1.記憶喪失を除けば、何も問題ない。D
2.今度は誰だ?E
3.会うのは初めてだが、なぜか君を殴り飛ばしたい気分だよ。F
D??……記憶喪失?
 イオスと良く似た風貌の上位浄化者は、わずかに眉をひそめた。
イオスイオスフォロス、私が説明するわ。G
E??おや、この反応……{教授}の記憶モジュールが損傷したか?
イオスイオスフォロス、私が説明するわ。G
F そう言い終わらぬうちに、私は拳を握りしめて、
目の前にいる上位浄化者に襲いかかった。
イオス{教授}!?
??いいんだ。
 周囲の驚愕の視線に晒される中、私は透明な障壁に拳を力強く打ち付けた。
衝撃を受けた障壁にさざ波が起こり、私の攻撃は無効化される。
??{教授}が全力で来るのは久しぶりだ。あまりの衝撃に手が痺れたよ。どうやら、体は問題なさそうだね。
 上位浄化者は手をふって小さく笑った。
その表情は相変わらず涼し気なままだ。
透明な障壁が、再び宙へと消える。
??君との手合わせなら喜んで。だけど、今は任務が先だ。イオス、{教授}の状況を説明してくれ。G
Gイオスおそらく、タルタロスのファイアウォールの防衛システムが、{教授}の記憶モジュールにダメージを与えたんだと思うわ。幸い、侵蝕性はなさそうだけど。つまり、エントロピー化の心配はない。
イオス今のところ、損傷したのは過去の記憶だけね。{教授}の戦闘能力やスキルに影響はないと思われるわ。
イオスフォロス気分はどうだい、{教授}?作戦を続けられそうか?
(選択)1.もちろん。H
2.断る!I
H{教授}まだ状況は飲み込めていないが、作戦への参加は問題ないはずだ。
{教授}悪いが、任務目標をもう一度説明してもらえないか?J
I{教授}なんてね……正式なプロセスに則れば、私は任務から外されるべきだ。
だが今の状況じゃ、そうも言っていられないんだろう?
{教授}いいさ、私のことは心配いらない。状況を見て慎重に行動するよ。
まずは、任務目標を説明してくれないか?
J
Jイオス予定通り、これから戦前会議を執り行うわ。任務の簡単な説明を用意しておくわね。
{教授}ありがとう、助かる。
アトラスおおっとぉ!出たぞ、ザ・{教授}発言。さすがはこの俺、アトラス様の親友だ!
アトラスすべてを忘れてもなお、前へと突き進む。戦士たるもの、それくらいの気概がないとな。
アトラス心配すんな!作戦が始まったら、この俺のたくましい抱擁で守ってやるからよ!
 パンッ――
アトラス痛って!
アトラスなんだ、アルシオーネか。どうした?
 アトラスはふりむいて、つま先立ちで必死に存在を主張する130cmを見た。
少女は懸命に顔を上げ、険しく強気な表情を浮かべている。
アルシオーネたわけ!声を抑えぬか!まったく、エントロピーに気づかれたらどうする!?
アルシオーネここは前線部隊が苦労してこしらえたセーフティハウスなるぞ、見つかれば次はないでおじゃ!
アルシオーネついでにそのヘンタイ発言を慎まんかッ!{教授}は記憶を失っておる。そちに仰天してさらに具合が悪くなったらどうしてくれる!?
 少女は腰に手を当てて、あどけない頬を可愛らしく膨らませた。
アトラスなっはっは!熱烈な抱擁は戦友との絆の証だ!記憶を失っていようと、{教授}は拒んだりしないさ!
アルシオーネハァ……まるで話が通じないでおじゃるな……
アルシオーネ{教授}、そんな熱血バカは捨て置くでおじゃ。アトラスはいつまでたっても、戦場で敵の最も密集した場所にツッコむことしか知らぬ……
アルシオーネそちはまろと行動するがよい、よきに計らおうぞ。ふむ、そうじゃの――
 しばらく考えたあとで、「アルシオーネ」は胸を張って顔を上げた。
アルシオーネ容態が悪化しては困るからの。過度の運動は禁ずる、移動はまろにまかせるでおじゃ。
アルシオーネ損傷が拡大しては困るからの。過激な戦闘は禁ずる、戦いはまろにまかせるでおじゃ。
アルシオーネ負荷がかかっては困るからの。過剰な演算は禁ずる、解析はまろにまかせるでおじゃ。
{教授}それだと、ぜんぶ君に任せることになるけど!?
アルシオーネぬぬっ……まさしく!そうでおじゃ、{教授}は拠点で休憩するがよい!そちの仕事は、まろにまかされよ!
??ふふふ……アルシオーネちゃんは相変わらずお元気ですこと。
 エレクトラはアルシオーネの背後にかがむと、
素早く手を伸ばし、赤く潤んだ少女の両頬をつまんだ。
??はぁ~ん、柔らか~い、スベスベですわぁ~。な~んて可愛らしいんですの~!?
??わたくしの任務も、アルシオーネちゃんにお願いしちゃおうかしら!
アルシオーネう、うぎゅ……エレクトラ!!!
アルシオーネ夢でも見ておりゃれッ!自分のシゴトは自分で果たさぬか!まろを子ども扱いしおって!
アルシオーネむぎゃ……だ、だから、触るなと言うとろーに!年甲斐はどうした、年甲斐は!?
エレクトライオスやイオスフォロス様ならいざしらず、わたくしは年甲斐がなくて結構。
アルシオーネ去ね!!このロリコンが!!
アトラスはっはっは!まぁまぁ、許してやれ、それくらい――
アルシオーネうぬは黙っとれ!!
アルシオーネイオス、任務の説明はまだでおじゃるか?このままじゃ、まろのメンタルまで壊れてしまうわい。
イオスふふふ……すぐにできるわ。あなたたちの戯れを、もう少し見ていたかったけど。
 イオスは私の背後から歩み出て、二人を繋ぎ、
メンタルの治療と調整を行っていた、細いケーブルを元に戻した。
 拠点に足を踏み入れてからというもの、イオスは私のメンタルを治療し調整し続けた。
やがて大事がないと判断してようやく、安心して任務を続行する。
イオス99%……100%。いいわ、戦前会議を始めましょう。
 先ほどまでふざけ合っていた者たちは、
即座に動きを止めて、一斉にイオスへと向き直った。
イオスみんなはもはや任務の内容を暗誦できるでしょうけれど、{教授}の状況を踏まえて、もう一度簡単に説明するわね。
イオスこれより、タルタロスの外環で3つのチームに分かれて行動するわ。任務はそれぞれ陽動、情報収集、そして特殊任務。この特殊任務はイオスフォロスと私の担当よ。
イオス陽動に関しては単純ね。移動迷宮のエネルギー供給タワーを破壊し、別チームが有利に動けるよう、外環のエントロピーの注意を引くこと。
イオス情報収集はその名の通り、迷宮を迂回して目標地点へと向かい、そこで重要なアイテム――キュービックマップを手に入れる任務よ。
 説明に伴い、イオスの表情がいよいよ険しくなってゆく。
彼女は二歩後ずさり、前方のスペースに巨大なホログラム映像を映し出した。
 それは奇妙な形を呈しながらも、どこか規律性を孕んだ、
銀色をした多角形の物体だった。その上を細かい線が這っている。
アトラスよく見とけ、親友。これが俺たちの目標だ。
イオス見ての通り、これがそのキュービックマップよ。迷宮の稼働状況をリアルタイムで反映するの。これを頼りに、中環エリアへの入口を見つけるわ。
エレクトラマップを手に入れるまで、わたくしたちに移動迷宮の変化はわからない。任務の難度もさることながら、地形まで作戦を阻んでくるなんて。
エレクトラこの様子だと、道のりは険しそうですわね。
アルシオーネまろはそうは思わんのぉ、エレクトラは慎重すぎるからに。ここは外環におじゃるぞ。袋小路に追い詰められたところで、敵をたたっ斬ればよかろう。
アルシオーネ最も危険な任務――陽動作戦は、まろとエレクトラにまかされよ。強力なエントロピーどもを片っ端から引き寄せれば、そちとらの行動も楽になるというもの。
エレクトラそこまで自信がおありなら、わたくしはここで後方に徹し、アルシオーネちゃんの凱旋を待っておりますわ。
アルシオーネ侵入作戦に後方なんぞ存在せぬわッ!サボれるとでも思うたか!?
 コンコン――
 テーブルを小突く音が、皆の注意を引いた。
傍で微笑んでいたイオスフォロスが立ち上がる。
イオスフォロス僕も君たちと同様、浄化者の絶対的な力を信じている。
イオスフォロス外環での作戦は今のところ順調だが、今後もそうであるとは限らない。
イオスフォロスアルシオーネ、エレクトラ。警戒を怠るな。
エレクトラ&アルシオーネはっ!
 アルシオーネとエレクトラは揃って姿勢を正した。
瞳からは戯れの色が跡形もなく失せている。
イオス普段の120%の真剣さで挑んでちょうだい。今回の作戦で、あらゆる使命を一挙に成し遂げられる鍵が見つかるかもしれない。
イオスだけど、行き過ぎた心配は不要よ。なにかあったところで、私たちが外環から逃れるのは容易いわ。
イオスそれじゃ計画通り、情報収集はアトラスと{教授}に頼める?
(選択)1.まかせてくれ。K
2.まだ気になることがある。L
K{教授}記憶を失いはしたが、力に問題はないからね。
 アトラスは笑って、自分の胸を叩いた。
アトラス任務はこいつにまかせろ。こいつの安全は、この俺が保証するぜ。M
L{教授}問題ないと言ったら、少々無責任になるな。
 そう言ったとたん、アトラスが手のひらで私を叩いた。
肩がズシッと重くなる。
アトラスはっはっは!そう卑屈になるな。いつもの勢いはどうした、親友?お前には、立派な後ろ盾がついてるんだぜ?M
Mアトラス安心しろよ。俺と戦場に出れば、あっという間に何もかも思い出すさ。
アトラスそう、俺たちがともに過ごしたアツ~い日々をな!人生忘れても、青春だけは忘れるな!だろ?親友!
{教授}ま、まぁ、その……
イオスゴホン。馴れ合うのは戻ってからにしてくれる?そろそろ迷宮が変化する頃合いよ、急ぎましょう。
 イオスはイオスフォロスの目配せに応じて、私たちの会話を遮った。
そしてゆっくりと皆の中心へと移動すると、両手を胸元で交差させ、
目を伏せがちに頷いた。
 皆は武器を持った片手を下ろし、もう片手を額の前に置いた。
少し遅れて、私も見様見真似で彼らの動作に習った。
イオス汝は手足を鳴らし、悪に俯した。故に吾は汝を討ち、汝を神国の供物とす。
イオスマグラシアより汝を刈り取り、クラウドより汝を敗退させん。吾は汝を滅し、汝は吾が主に愛顧されし存在と知る。
 イオスがそう言うと、皆は額に指で星を描き、続けて低く呟いた。
皆の声唯(ただ)、秩序のみが勅令(ちょくれい)の真意を得、
眷属は心に神を刻み、神の意を履(ふ)み、神の栄光を追い求めん。
 そう言い終えたとたん、拠点の外から唸るような音が聞こえた。
聖歌隊の奏でる調べのように、絶えず余韻が続く。
 迷宮の変化が、始まった。
イオスフォロス作戦開始。
皆の声はっ!