無律背反 PART.21 狩猟の刻

Last-modified: 2025-02-19 (水) 01:02:32

タルタロスセクター、中環エリア。
 アンテノーラと呼ばれる上位エントロピーは、満面の笑みをたたえ、悠然としている。
私とイオスがすでに、彼女の手中に収まっているとでも言いたげだ。
 私たちは、上位エントロピーが入念に設えた罠へと陥っていたのだ。
それが何を意味するか、イオスと私にははっきりとわかっていた。
{教授}走って!
 私はイオスの攻撃とほぼ同時に言い放った。
アンテノーラへと撃たれたオペランドの光が一瞬の隙を作り、
私たちは一斉に出口のほうへと撤退する。
アンテノーラキシシシ……急ぐことないじゃ~ん!あたしの罠、不満だった?
イオス!?
 出口だったはずの場所に佇む、恐ろしげな人影。私たちは思わずふりかえった。
アンテノーラのいた場所こそが、私たちがタワーへと入った時の入口だ。
{教授}(出口が二つ!?……それとも……)
アンテノーラどーしたの?浄化者って、そんなに無口だったっけ~?
(選択)1.偽物のタワーで釣るのは、良い趣味だとは言えないわね。A
2.これも、お前の用意した罠の一部なの?A
Aアンテノーラうっわ、聞いてた通りだぁ。ドロメアちゃんが気に入るの、わかっちゃったかも……こっちのこと探りながら、仲間に逃げる準備させとくとか、ヤル~う。
 刃よりも先に、空気の変動が訪れた。
アンテノーラは鋭い前肢を動かし、それを私めがけて振り下ろす。
気づけば透明な障壁があたりに展開し、私の前にはイオスが立っていた。
アンテノーラで、そっちは浄化者の中でもイチバン情け深いヤツ。ぜったい仲間をかばうと思ったんだよね~……
{教授}イオス、危ない!!
 奇妙な直感に突き動かされた私は、
すぐさまイオスを抱きかかえ、全力で横へと飛び退いた。
 ドォン――
 先ほどまでいた場所に一発のエントロピー弾が命中し、床の石畳が緩やかに融けてゆく。
イオスはぁ……助かったわ、{教授}……
{教授}あのエントロピー、こっちにずいぶんと詳しいみたい……
戦いに固執してはだめ、まず任務を優先しましょう。
 私たちは出口のほうへと走った。
だが、またしてもアンテノーラと鉢合わせしてしまう。
見れば、出口は私たちの向かっていた方角とは真反対の位置にある。
イオス……どうやらこの罠全体が、彼女の手中にあるようね。
 パチパチパチ――
 拍手する音が小気味よく鳴った。
アンテノーラは玩味するように、私たちを見上げている。
アンテノーラスッゴ~イ!さすがはイオスフォロスくんの両腕、ふたりとも冷静~!
アンテノーラダ・ケ・ド、ハンターの前で逃げる相談するのは、ちょ~っとウヌボレすぎじゃない?
 アンテノーラの声が、にわかに私たちの背後から聞こえた。
空を切る武器の唸り声とともに。
イオスくっ……
 場当たり的な防御では周到な攻撃を防げず、利刃がイオスの腕を貫いた。
だが、彼女の動作にはなんら影響を及ぼさない。
{教授}1時方向よ!
イオス了解!
 イオスの手に集まったオペランドが星の光となり、アンテノーラへと降り注がれる。
アンテノーラザンネ~ン、ハズレでした~!
 ドォン――
 偽物の哨戒タワーからの砲撃が、イオスの障壁に重々しく命中する。
イオスは後退を余儀なくされた。
 アンテノーラの影が、再び天井からぶら下がった。
笑いに満ちた眼差しで、貪欲に私たちを品定める。
{教授}蜘蛛の糸……それに、変形する偽物の哨戒タワー……
アンテノーラあったり~!デ・モ、ご褒美はなしね~!
 次の瞬間、アンテノーラの声がまたしても私たちの背後へと移動する。
イオス{教授}……この罠の法則、分析できそう?
{教授}ダメ、サンプルが足りない……
イオスわかったわ、私がチャンスを創りましょう。
{教授}気をつけて。
 イオスが頷くと、彼女の近くに光が集まりだした。
私たちのいる場所の周囲が、瞬く間に星光に覆われる。
アンテノーラわ~お、フクロのネズミがあがいてるぅ~……
ジタバタしたあとの絶望の眼差しも、なかなかイイよね~
イオス(また消えた……違う、消えたんじゃない。周囲の構造を利用して、身を隠しているんだわ)
イオス(彼女の動きに集中するのよ、きっとチャンスは訪れる……)
アンテノーラどお?ナゾナゾの答え、わかった?
 アンテノーラが方向を変えながら、狭い空間の中を漂っている。
イオスは彼女の動作の一つひとつを、つぶさに観察した。
イオス――つかまえた!
 一筋の流れ星が、イオスの指差すほうへと飛んでいった。
命中時に巻き上がった砂ぼこりで相手の視線を遮り、逃げ出すための端緒をつかむ。
アンテノーラんぎゃッ……!!
イオス{教授}、行くわよ!
アンテノーラへぇ、けっこうヤルじゃん……けど、不正解なんだな、これが。
 アンテノーラが瞬時に私たちの傍へと現れたかと思うと、
その鋭利な足で私の脇腹を突き刺した。
激しい痛みに耐えかね、私は思わずその場に崩れ落ちる。
イオス{教授}!!
アンテノーラキシシシ……
 アンテノーラは、またしても闇へと姿を消した。
その言葉の通り、私たちを死ぬまで弄ぶ気なのだろう。
イオスは私の前で周囲を警戒しつつ、透明かつ脆弱な障壁で二人を守っている。
イオス{教授}、ごめんなさい。私の不手際よ。ここは彼女の領域……環境の変化なんて自由自在なんだわ。
イオス五体満足での撤退は、もはや現実的じゃない……私が彼女を引き付ける。あなたは先に逃げて。
{教授}待って、さっきの戦いのデータを計算してみたの……
この空間は、私たちを捕らえるための罠というだけじゃない。
彼女には哨戒タワーの力が扱える。
アンテノーラビンゴ~!今度はちゃんと正解できたね。
この哨戒タワーは、あたしの制御下にあるってワケ。
ねぇ、まだ抵抗するの?あきらめて……降参したほうがイイんじゃない?
{教授}勝手に結論づけないでほしいわね。
{教授}「あたしの制御下にある」……果たして、本当にそうかな?
アンテノーラん~?
{教授}お前の移動ルート、それに攻撃方法。
どうも見覚えがあると思ったのよね……
 私はキュービックマップを取り出した。
{教授}ようやく、その答えを見つけたわ。
{教授}キュービックマップに誤った情報を入力させたという点からも、
あなたはこのマップのシステムを熟知している……
ううん、タルタロス全域のメカニズムを熟知していると言うべきかしら。
{教授}中環エリアに、無から哨戒タワーを建造するのは極めて困難。
おそらく、ここの半分は元の地形で、半分があなたの創り出したまやかし。
イオスとなると……入口が変化したのは、迷宮の壁が移動したから?
{教授}本物の地形で私たちを欺き、徐々に偽りの比重を増やしてゆく。
嘘と真実の比率を調整するのは、ずいぶんと骨が折れたでしょうね。
{教授}でも、残念。
私も、キュービックマップには詳しいほうなの。
アンテノーラ……間違ってるとも知らないで、いい気になってるようじゃ早死にするよ。
{教授}そう?なら、なぜこの隙に私たちを攻撃しないの?
{教授}――今まさに、迷宮が変動しているからでしょ。違う?
 ドォン――
 二発の砲弾が、私たちの目の前で爆ぜた。
オペランドの障壁を隔てていても、アンテノーラの怒りがひしひしと伝わってくる。
アンテノーラさ・て・と。仕掛けを言い当てた{教授}に、どんなご褒美をあげよっかなぁ……う~ん……
アンテノーラそうだ!あたしの糸で{教授}の口を縫い合わせてやろ~っと!それから、脳みそをほんの少しイジってやるの!
イオス気持ちだけ受け取っておくわ。{教授}、逃げるわよ!
{教授}出口は7時の方向よ!
アンテノーラチィッ……人が心をこめて用意したサプライズ、シカトするとか、まじサイッテーなんだケド!
 私たちはキュービックマップの指示に従い、がむしゃらに走った。
またしても背後から、エントロピー弾の放たれる音が響く。
{教授}(アンテノーラがエントロピー砲台を設置した座標は……おそらくここね)
アンテノーラ逃がすかッ!!
 私はイオスを連れて、エントロピー弾の軌道を避けた。
アンテノーラが再び私たちの背後に出現する。
 鋭い前肢が振り下ろされる。
だが、流れ星の輝きがそれを阻んだ。
イオス私のこと、忘れないでくれる?
アンテノーラくっ……邪魔だッ!!
{教授}イオス、出口は目の前よ!
 背後には蜘蛛の巣と肢(あし)、そして砲火が迫り、
前方からの光に哨戒タワーの幻がかすかに揺らぐ。
 嫌な予感が私の心を覆った。
{教授}まずい……イオス、止まって!!
 わずかな時の中で私に唯一できることは、イオスを突き飛ばすことだけだった。
まやかしが瞬時に砕け散る。液体のように粘ついたエントロピーたちが、
迷宮の通路の両側から、すべての空間を覆い尽くしていた。
私たちは、とっくにその中へと囚われていたのだ。
アンテノーラ餌だ、食え。
 吐き気を催す紫色の塊が壁の束縛から逃れ、急速に膨らみ、私を呑み込んだ。
{教授}逃げ……て……!
 最後の声が、黒紫色の密封された檻の中へと溺れてゆく。
アンテノーラキシシシ……もっと遊んでたかったな~。まぁでも、感動的なワンシーン見れたし、いっか。
アンテノーラあんたは逃げたりしないよね、イ・オ・ス?
イオス{教授}!!
 イオスはアンテノーラの挑発にかまわず、オペランドを凝集させて、
膨らみ続けるエントロピーの塊にそれを放った。
呑み込まれた者を助け出そうというのだ。
イオスまだ意識があるなら!!応えて!!{教授}……!!
 しかし、光はブラックホールへと呑み込まれ、すべては徒労に終わる。
アンテノーラヤバ~、めっちゃ泣けるし~!お望み通り、二人一緒に殺してあげなきゃね?
アンテノーラおいで、あたしの食べ物にしてア・ゲ・ル。
 肢の切っ先がイオスに襲いかかる。
彼女は{教授}の名を叫びながら、それをかろうじて避けた。
イオスハァ……ハァ……ハァ……
アンテノーラうっわぁ、ヒサン~!上位浄化者なのに、あたしにボコボコにされてんじゃ~ん!
 鋭利な前肢は突き刺すのをやめ、今度はそれを鈍器として扱う。
攻撃の一つひとつが、イオスの傷口へと精確に叩きつけられた。
イオスうっ……!
アンテノーライイネ、イイネ~!あ、怒ってる?悔し~い?それとも、あたしが怖い?
アンテノーラ光をゆっくり消してくカンジって……死のサイコーのエッセンスだよね~!
イオスアンテノーラ……
 シュッ――
 その時、遠くから続けて放たれた信号矢が、イオスの言葉を遮った。
浄化者の哨戒タワーの光が、徐々に暗澹としてゆく。
アンテノーラわっ、スゴ~イ!番組のための花火まであるんだ~!
イオスアルシオーネ!?そんな……
 浄化者なら誰しも、信号矢の意味するところを知っている。
タルタロスへと入る時に、定めておいたシグナルだ。
アンテノーラカイナちゃんに頼んどいたプレゼント、やーっと発動したっぽいね~。あーあ、ナマで見られなくてザンネンだったな~
アンテノーラあの浄化者、あたしも覚えてるよ~。たしか、「アルシオーネ」と「エレクトラ」だっけ?キシシシシ……今ごろ、殺し合いの真っ最中かもね?
 アンテノーラは手を広げた。
エントロピーの種子が、彼女の手に咲いている。
アンテノーラあそこで何が起こってるのか、あんたらにも見せてあげたかったな~。そしたらも~っと絶望させてあげられたのに……あ~、もったいな~い。
イオス……
アンテノーラあれっ、悲しみで言葉を失っちゃった?かわいそ~!
アンテノーラでもダイジョーブ。すぐにアイツらに会わせてア・ゲ・ル!
 アンテノーラが再びイオスに襲いかかる。
イオスは悲しみに囚われたかのように微動だにせず、死の訪れを静かに待っていた。
 蜘蛛の肢が振り下ろされる。
その時、敵はようやく、イオスの瞳に宿るのが絶望ではなく、
燃え盛る怒りの炎であったことを知る。
イオス{教授}!!
アンテノーラ!?
 ドォン――
 紫色の牢獄が、目と鼻の先で爆発した。
アンテノーラはとっさに爆発を避けるも、イオスの攻撃がそれに続く。
 星の光が流転し、アンテノーラの両肢が砕かれる。
体の制御が利かず、彼女は真っ逆さまに墜落した。
アンテノーラウソで、しょ……
 イオスがゆっくりとアンテノーラに歩み寄るにつれ、
空から降り注ぐ星の光が、いよいよ輝きを増す。
周囲のエントロピーの群れが、次々と光に呑み込まれてゆく。
{教授}イオス。
イオス{教授}、アルシオーネとエレクトラが……
{教授}……言わなくていい。
 浄化者のシステムの中で、アルシオーネとエレクトラを表す二つの光が、
だんだんと終息していった。
遠くにある哨戒タワーに再び明かりが灯る。
イオス……浄化者の使命のために、彼女たちは命を散らした。二人の犠牲を無駄にするわけにはいかない。
アンテノーラ罠ァァッ!コイツを止めろッ!!
イオスアンテノーラ……獲物を弄ぶのが、ずいぶんとお好きなようね?
 蜘蛛の糸が噴出するも、イオスの体に触れるより先に溶けてしまう。
イオスだけど、上位浄化者を甘く見すぎよ。神聖なる上位浄化者が、そう簡単にイレギュラーの獲物に成り下がると思う?
アンテノーラ!?まさか、下位の群れに放った攻撃は……
イオスあなたに教わったのよ?獲物を狩る時、周到になりすぎて困ることはない。そうよね?
イオス私たちの力を完全に把握していると思っていたようだけれど……狩人にも、自身が獲物となる覚悟は必要よ。
イオスこの一撃は、アルシオーネとエレクトラのため……
 イオスは足を止めて、恐怖に染まったアンテノーラを見た。
イオス{教授}。
(選択)1.真の浄化者の力を見せてあげなさい、イオス。B
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