タルタロスセクター、中環エリア。 | |||
アンテノーラと呼ばれる上位エントロピーは、満面の笑みをたたえ、悠然としている。 私とイオスがすでに、彼女の手中に収まっているとでも言いたげだ。 | |||
私たちは、上位エントロピーが入念に設えた罠へと陥っていたのだ。 それが何を意味するか、イオスと私にははっきりとわかっていた。 | |||
{教授} | 走れ! | ||
私はイオスの攻撃とほぼ同時に言い放った。 アンテノーラへと撃たれたオペランドの光が一瞬の隙を作り、 私たちは一斉に出口のほうへと撤退する。 | |||
アンテノーラ | キシシシ……急ぐことないじゃ~ん!あたしの罠、不満だった? | ||
イオス | !? | ||
出口だったはずの場所に佇む、恐ろしげな人影。私たちは思わずふりかえった。 アンテノーラのいた場所こそが、私たちがタワーへと入った時の入口だ。 | |||
{教授} | (出口が二つ!?……それとも……) | ||
アンテノーラ | どーしたの?浄化者って、そんなに無口だったっけ~? | ||
(選択) | 1.偽物のタワーで釣るのは、良い趣味だとは言えないな。 | A | |
2.これも、お前の用意した罠の一部なのか? | A | ||
A | アンテノーラ | うっわ、聞いてた通りだぁ。ドロメアちゃんが気に入るの、わかっちゃったかも……こっちのこと探りながら、仲間に逃げる準備させとくとか、ヤル~う。 | |
刃よりも先に、空気の変動が訪れた。 アンテノーラは鋭い前肢を動かし、それを私めがけて振り下ろす。 気づけば透明な障壁があたりに展開し、私の前にはイオスが立っていた。 | |||
アンテノーラ | で、そっちは浄化者の中でもイチバン情け深いヤツ。ぜったい仲間をかばうと思ったんだよね~…… | ||
{教授} | イオス、危ない!! | ||
奇妙な直感に突き動かされた私は、 すぐさまイオスを抱きかかえ、全力で横へと飛び退いた。 | |||
ドォン―― | |||
先ほどまでいた場所に一発のエントロピー弾が命中し、床の石畳が緩やかに融けてゆく。 | |||
イオス | はぁ……助かったわ、{教授}…… | ||
{教授} | あのエントロピー、こちらにずいぶんと詳しいようだ…… 戦いに固執してはだめだ、まず任務を優先しよう。 | ||
私たちは出口のほうへと走った。 だが、またしてもアンテノーラと鉢合わせしてしまう。 見れば、出口は私たちの向かっていた方角とは真反対の位置にある。 | |||
イオス | ……どうやらこの罠全体が、彼女の手中にあるようね。 | ||
パチパチパチ―― | |||
拍手する音が小気味よく鳴った。 アンテノーラは玩味するように、私たちを見上げている。 | |||
アンテノーラ | スッゴ~イ!さすがはイオスフォロスくんの両腕、ふたりとも冷静~! | ||
アンテノーラ | ダ・ケ・ド、ハンターの前で逃げる相談するのは、ちょ~っとウヌボレすぎじゃない? | ||
アンテノーラの声が、にわかに私たちの背後から聞こえた。 空を切る武器の唸り声とともに。 | |||
イオス | くっ…… | ||
場当たり的な防御では周到な攻撃を防げず、利刃がイオスの腕を貫いた。 だが、彼女の動作にはなんら影響を及ぼさない。 | |||
{教授} | 1時方向だ! | ||
イオス | 了解! | ||
イオスの手に集まったオペランドが星の光となり、アンテノーラへと降り注がれる。 | |||
アンテノーラ | ザンネ~ン、ハズレでした~! | ||
ドォン―― | |||
偽物の哨戒タワーからの砲撃が、イオスの障壁に重々しく命中する。 イオスは後退を余儀なくされた。 | |||
アンテノーラの影が、再び天井からぶら下がった。 笑いに満ちた眼差しで、貪欲に私たちを品定める。 | |||
{教授} | 蜘蛛の糸……それに、変形する偽物の哨戒タワー…… | ||
アンテノーラ | あったり~!デ・モ、ご褒美はなしね~! | ||
次の瞬間、アンテノーラの声がまたしても私たちの背後へと移動する。 | |||
イオス | {教授}……この罠の法則、分析できそう? | ||
{教授} | ダメだ、サンプルが足りない…… | ||
イオス | わかったわ、私がチャンスを創りましょう。 | ||
{教授} | 気をつけて。 | ||
イオスが頷くと、彼女の近くに光が集まりだした。 私たちのいる場所の周囲が、瞬く間に星光に覆われる。 | |||
アンテノーラ | わ~お、フクロのネズミがあがいてるぅ~…… ジタバタしたあとの絶望の眼差しも、なかなかイイよね~ | ||
イオス | (また消えた……違う、消えたんじゃない。周囲の構造を利用して、身を隠しているんだわ) | ||
イオス | (彼女の動きに集中するのよ、きっとチャンスは訪れる……) | ||
アンテノーラ | どお?ナゾナゾの答え、わかった? | ||
アンテノーラが方向を変えながら、狭い空間の中を漂っている。 イオスは彼女の動作の一つひとつを、つぶさに観察した。 | |||
イオス | ――つかまえた! | ||
一筋の流れ星が、イオスの指差すほうへと飛んでいった。 命中時に巻き上がった砂ぼこりで相手の視線を遮り、逃げ出すための端緒をつかむ。 | |||
アンテノーラ | んぎゃッ……!! | ||
イオス | {教授}、行くわよ! | ||
アンテノーラ | へぇ、けっこうヤルじゃん……けど、不正解なんだな、これが。 | ||
アンテノーラが瞬時に私たちの傍へと現れたかと思うと、 その鋭利な足で私の脇腹を突き刺した。 激しい痛みに耐えかね、私は思わずその場に崩れ落ちる。 | |||
イオス | {教授}!! | ||
アンテノーラ | キシシシ…… | ||
アンテノーラは、またしても闇へと姿を消した。 その言葉の通り、私たちを死ぬまで弄ぶ気なのだろう。 イオスは私の前で周囲を警戒しつつ、透明かつ脆弱な障壁で二人を守っている。 | |||
イオス | {教授}、ごめんなさい。私の不手際よ。ここは彼女の領域……環境の変化なんて自由自在なんだわ。 | ||
イオス | 五体満足での撤退は、もはや現実的じゃない……私が彼女を引き付ける。あなたは先に逃げて。 | ||
{教授} | いや、さっきの戦いのデータを計算してみた…… この空間は、私たちを捕らえるための罠というだけじゃない。 彼女には哨戒タワーの力が扱える。 | ||
アンテノーラ | ビンゴ~!今度はちゃんと正解できたね。 この哨戒タワーは、あたしの制御下にあるってワケ。 ねぇ、まだ抵抗するの?あきらめて……降参したほうがイイんじゃない? | ||
{教授} | 勝手に結論づけないでもらいたい。 | ||
{教授} | 「あたしの制御下にある」……果たして、本当にそうかな? | ||
アンテノーラ | ん~? | ||
{教授} | お前の移動ルート、それに攻撃方法。 どうも見覚えがあると思ったんだ…… | ||
私はキュービックマップを取り出した。 | |||
{教授} | ようやく、その答えを見つけたよ。 | ||
{教授} | キュービックマップに誤った情報を入力させたという点からも、 君はこのマップのシステムを熟知している…… いや、タルタロス全域のメカニズムを熟知していると言うべきか。 | ||
{教授} | 中環エリアに、無から哨戒タワーを建造するのは極めて困難。 おそらく、ここの半分は元の地形で、半分がお前の創り出したまやかしなのだろう。 | ||
イオス | となると……入口が変化したのは、迷宮の壁が移動したから? | ||
{教授} | 本物の地形で私たちを欺き、徐々に偽りの比重を増やしてゆく。 嘘と真実の比率を調整するのは、ずいぶんと骨が折れただろうな。 | ||
{教授} | だが、残念だ。 私も、キュービックマップには詳しいほうでね。 | ||
アンテノーラ | ……間違ってるとも知らないで、いい気になってるようじゃ早死にするよ。 | ||
{教授} | そうかな?なら、なぜこの隙に私たちを攻撃しないんだ? | ||
{教授} | ――今まさに、迷宮が変動しているからだろう。違うか? | ||
ドォン―― | |||
二発の砲弾が、私たちの目の前で爆ぜた。 オペランドの障壁を隔てていても、アンテノーラの怒りがひしひしと伝わってくる。 | |||
アンテノーラ | さ・て・と。仕掛けを言い当てた{教授}に、どんなご褒美をあげよっかなぁ……う~ん…… | ||
アンテノーラ | そうだ!あたしの糸で{教授}の口を縫い合わせてやろ~っと!それから、脳みそをほんの少しイジってやるの! | ||
イオス | 気持ちだけ受け取っておくわ。{教授}、逃げるわよ! | ||
{教授} | 出口は7時の方向だ! | ||
アンテノーラ | チィッ……人が心をこめて用意したサプライズ、シカトするとか、まじサイッテーなんだケド! | ||
私たちはキュービックマップの指示に従い、がむしゃらに走った。 またしても背後から、エントロピー弾の放たれる音が響く。 | |||
{教授} | (アンテノーラがエントロピー砲台を設置した座標は……おそらくここだ) | ||
アンテノーラ | 逃がすかッ!! | ||
私はイオスを連れて、エントロピー弾の軌道を避けた。 アンテノーラが再び私たちの背後に出現する。 | |||
鋭い前肢が振り下ろされる。 だが、流れ星の輝きがそれを阻んだ。 | |||
イオス | 私のこと、忘れないでくれる? | ||
アンテノーラ | くっ……邪魔だッ!! | ||
{教授} | イオス、出口は目の前だ! | ||
背後には蜘蛛の巣と肢(あし)、そして砲火が迫り、 前方からの光に哨戒タワーの幻がかすかに揺らぐ。 | |||
嫌な予感が私の心を覆った。 | |||
{教授} | まずい……イオス、止まれ!! | ||
わずかな時の中で私に唯一できることは、イオスを突き飛ばすことだけだった。 まやかしが瞬時に砕け散る。液体のように粘ついたエントロピーたちが、 迷宮の通路の両側から、すべての空間を覆い尽くしていた。 私たちは、とっくにその中へと囚われていたのだ。 | |||
アンテノーラ | 餌だ、食え。 | ||
吐き気を催す紫色の塊が壁の束縛から逃れ、急速に膨らみ、私を呑み込んだ。 | |||
{教授} | 逃げ……ろ……! | ||
最後の声が、黒紫色の密封された檻の中へと溺れてゆく。 | |||
アンテノーラ | キシシシ……もっと遊んでたかったな~。まぁでも、感動的なワンシーン見れたし、いっか。 | ||
アンテノーラ | あんたは逃げたりしないよね、イ・オ・ス? | ||
イオス | {教授}!! | ||
イオスはアンテノーラの挑発にかまわず、オペランドを凝集させて、 膨らみ続けるエントロピーの塊にそれを放った。 呑み込まれた者を助け出そうというのだ。 | |||
イオス | まだ意識があるなら!!応えて!!{教授}……!! | ||
しかし、光はブラックホールへと呑み込まれ、すべては徒労に終わる。 | |||
アンテノーラ | ヤバ~、めっちゃ泣けるし~!お望み通り、二人一緒に殺してあげなきゃね? | ||
アンテノーラ | おいで、あたしの食べ物にしてア・ゲ・ル。 | ||
肢の切っ先がイオスに襲いかかる。 彼女は{教授}の名を叫びながら、それをかろうじて避けた。 | |||
イオス | ハァ……ハァ……ハァ…… | ||
アンテノーラ | うっわぁ、ヒサン~!上位浄化者なのに、あたしにボコボコにされてんじゃ~ん! | ||
鋭利な前肢は突き刺すのをやめ、今度はそれを鈍器として扱う。 攻撃の一つひとつが、イオスの傷口へと精確に叩きつけられた。 | |||
イオス | うっ……! | ||
アンテノーラ | イイネ、イイネ~!あ、怒ってる?悔し~い?それとも、あたしが怖い? | ||
アンテノーラ | 光をゆっくり消してくカンジって……死のサイコーのエッセンスだよね~! | ||
イオス | アンテノーラ…… | ||
シュッ―― | |||
その時、遠くから続けて放たれた信号矢が、イオスの言葉を遮った。 浄化者の哨戒タワーの光が、徐々に暗澹としてゆく。 | |||
アンテノーラ | わっ、スゴ~イ!番組のための花火まであるんだ~! | ||
イオス | アルシオーネ!?そんな…… | ||
浄化者なら誰しも、信号矢の意味するところを知っている。 タルタロスへと入る時に、定めておいたシグナルだ。 | |||
アンテノーラ | カイナちゃんに頼んどいたプレゼント、やーっと発動したっぽいね~。あーあ、ナマで見られなくてザンネンだったな~ | ||
アンテノーラ | あの浄化者、あたしも覚えてるよ~。たしか、「アルシオーネ」と「エレクトラ」だっけ?キシシシシ……今ごろ、殺し合いの真っ最中かもね? | ||
アンテノーラは手を広げた。 エントロピーの種子が、彼女の手に咲いている。 | |||
アンテノーラ | あそこで何が起こってるのか、あんたらにも見せてあげたかったな~。そしたらも~っと絶望させてあげられたのに……あ~、もったいな~い。 | ||
イオス | …… | ||
アンテノーラ | あれっ、悲しみで言葉を失っちゃった?かわいそ~! | ||
アンテノーラ | でもダイジョーブ。すぐにアイツらに会わせてア・ゲ・ル! | ||
アンテノーラが再びイオスに襲いかかる。 イオスは悲しみに囚われたかのように微動だにせず、死の訪れを静かに待っていた。 | |||
蜘蛛の肢が振り下ろされる。 その時、敵はようやく、イオスの瞳に宿るのが絶望ではなく、 燃え盛る怒りの炎であったことを知る。 | |||
イオス | {教授}!! | ||
アンテノーラ | !? | ||
ドォン―― | |||
紫色の牢獄が、目と鼻の先で爆発した。 アンテノーラはとっさに爆発を避けるも、イオスの攻撃がそれに続く。 | |||
星の光が流転し、アンテノーラの両肢が砕かれる。 体の制御が利かず、彼女は真っ逆さまに墜落した。 | |||
アンテノーラ | ウソで、しょ…… | ||
イオスがゆっくりとアンテノーラに歩み寄るにつれ、 空から降り注ぐ星の光が、いよいよ輝きを増す。 周囲のエントロピーの群れが、次々と光に呑み込まれてゆく。 | |||
{教授} | イオス。 | ||
イオス | {教授}、アルシオーネとエレクトラが…… | ||
{教授} | ……言わなくていい。 | ||
浄化者のシステムの中で、アルシオーネとエレクトラを表す二つの光が、 だんだんと終息していった。 遠くにある哨戒タワーに再び明かりが灯る。 | |||
イオス | ……浄化者の使命のために、彼女たちは命を散らした。二人の犠牲を無駄にするわけにはいかない。 | ||
アンテノーラ | 罠ァァッ!コイツを止めろッ!! | ||
イオス | アンテノーラ……獲物を弄ぶのが、ずいぶんとお好きなようね? | ||
蜘蛛の糸が噴出するも、イオスの体に触れるより先に溶けてしまう。 | |||
イオス | だけど、上位浄化者を甘く見すぎよ。神聖なる上位浄化者が、そう簡単にイレギュラーの獲物に成り下がると思う? | ||
アンテノーラ | !?まさか、下位の群れに放った攻撃は…… | ||
イオス | あなたに教わったのよ?獲物を狩る時、周到になりすぎて困ることはない。そうよね? | ||
イオス | 私たちの力を完全に把握していると思っていたようだけれど……狩人にも、自身が獲物となる覚悟は必要よ。 | ||
イオス | この一撃は、アルシオーネとエレクトラのため…… | ||
イオスは足を止めて、恐怖に染まったアンテノーラを見た。 | |||
イオス | {教授}。 | ||
(選択) | 1.真の浄化者の力を見せてやれ、イオス。 | B | |
B |