数分前。タルタロスセクター、迷宮外環エリア、哨戒タワー。 | |||
システム | 【ターゲットの状態は安定しています】 【シークレットキーのマッチング成功、13番固定位置を解除しました】 【14番固定位置を解除してください】 | ||
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{教授} | あと少しで、キュービックマップが手に入る。 これで最後…… | ||
銀色のブロックを凝視する私の心に、ふと、何者かに窺われる恐怖が沸き上がった。 まるで私の行為が、神を冒涜しているとでも言いたげに。 私はとっさに目の前の物体から視線をそらし、周囲を警戒した。 | |||
――あたりには何もない。 | |||
{教授} | アトラス、そちらの状況は? | ||
アトラス | エントロピーが数匹残ってはいるが、ほとんどがアルシオーネとエレクトラにおびき寄せられてっちまった。 | ||
アトラス | あいつら、やるなぁ。戻ったらしっかり褒めてやらないとな。 | ||
{教授} | ……ええ、ハッキング作業ももうすぐ終わる。 だけど、あまりにも順調すぎない? なんだか、嫌な予感がするの…… | ||
アトラス | 安心しろよ、親友。お前の安全は、この俺が最後まで守ってやるさ! | ||
{教授} | うん、頼んだわ。 | ||
私は深呼吸をして雑念をふりはらい、目の前の仕事に集中した。 | |||
{教授} | ハッキング完了、これよりキュービックマップを回収する……ん? | ||
私の手がキュービックマップに触れた瞬間、 奇妙な波動がマップを中心に、四方八方へと拡散した。 | |||
強烈な不快感によって、突如喉元が締めつけられる。 私は弾かれるようにして、マップから手を放した。 | |||
アトラス | {教授}? | ||
{教授} | へ、平気よ!そっちの状況を教えて! | ||
{教授} | ……アトラス? | ||
ふいに通信が途絶えた。 すぐに通信を立ち上げようと試みたが、なんの反応も得られない。 | |||
ドォォォン―― | |||
その時、聞く者を不安にさせる話中音を、塔の外からの轟音がかき消した。 迷宮の壁が動くに従って、エントロピーたちが四方八方から塔へと迫ってくる。 | |||
耳をろうするような迷宮の変動音の中では、システムの警報音がひときわ鮮明になる。 | |||
システム | 【警告、偽装コードの剥離率100%】 【偽装に失敗しました!】 | ||
{教授} | まずいわ、アトラスが危ない! | ||
私は即座に片手でキュービックマップを持ち去ろうとした。 ところが、その台座の下から伸びてきた触手に腕をつかまれる。 | |||
エントロピー | ギッ…… | ||
{教授} | エントロピー!?一体どこから……!? | ||
もう一方の手で剣を抜き、触手を切断したが、すぐに別のエントロピーが現れる。 台座の下から滲み出したエントロピー液が地面を覆い、 私を深淵へと引きずり込もうとした。 | |||
{教授} | そう簡単には手に入らないってことか……だけど―― | ||
塔内にエントロピーの群れが次々と押し寄せる。 私は歯をくいしばり、キュービックマップをしっかりとつかんだ。 | |||
{教授} | これを――渡すわけにはいかない! | ||
???? | よく言った、親友! | ||
キンッ―― | |||
次の瞬間、頑丈な大剣が目の前へと落下した。 触手を切断すると同時に、私をエントロピーたちの脅威から隔てる。 | |||
{教授} | アトラス!? | ||
アトラス | 間に合ってよかったぜ!無事か、親友!? | ||
{教授} | ええ、大丈夫よ!だけど、外にエントロピーが…… | ||
アトラス | へっ!あの程度の数で、この俺がビビるかよ。心配すんな。 | ||
周囲をさっと見渡すと、アトラスは剣を振りまわし、私の前で攻撃姿勢を取った。 体を逸らして左腕の傷を隠しつつ、そこから溢れ出すオペランドを跡形もなく拭い去る。 | |||
アトラス | 気をつけろ、親友。下位には変わりないが、これまで遭遇した奴らより、ずいぶんと厄介だ。 | ||
{教授} | 私がキュービックマップに触れたとたん、奇妙な波動のようなものが広がった…… そのせいで強化されたのかもしれない。しかも偽装コードまで失った。 | ||
アトラスが戦いで作り出した隙をついて、私は端末を開いた。 増え続けるエントロピーの信号が、塔のマップをたちまち紫色に変えてゆく。 | |||
{教授} | もはや私たちの手には負えない、すぐにでも撤退しましょう。 私が塔から降りるルートを探してみる…… | ||
アトラス | 親友、キュービックマップは手に入れたんだな? | ||
{教授} | ええ、ハッキング道具と一緒にしまってあるわ。 あなたが駆けつけてくれて助かった。 もうすぐ逃走ルートを制定し終える。アトラス、準備は…… | ||
アトラス | そんな暇はない!今すぐここから出るぞ! | ||
{教授} | い、今? | ||
私が反応できずにいると、アトラスは大剣を振りまわし、一筋の道を切り拓いた。 そして私を自身の懐へと引き寄せて、両手で私を抱きかかえる。 | |||
{教授} | えっ……? | ||
アトラス | つかまってろよ、いくぞ! | ||
アトラスが猛スピードで駆け出す。私は彼の目的を瞬時に悟った。 もちろん、知らなかったほうが幸せだったのは間違いない―― | |||
アトラスはフロアの端を勢いよく踏みつけ、塔の外へと飛び出した。 私がとっさに手を伸ばすと、半透明の障壁が私たちを包んだ。 | |||
アトラス | 衝撃に備えろ!! | ||
ドンッ―― | |||
重力と衝撃による吐き気を伴いつつも、私たちは塔から無事に逃げおおせた。 | |||
アトラス | 着地成功!親友、大丈夫か? | ||
(選択) | 1.今度こうする時は、事前に教えてほしい。 | A | |
2.アトラス、下ろして…… | B | ||
A | アトラス | はっはっは!俺とお前の仲だぜ?俺がどうするつもりか、すぐに気づくと知ってたさ。 | C |
B | アトラス | はっはっは!なにせ状況が状況だからなぁ。水臭いぞ、親友! | C |
C | アトラス | それにしても、さっきまではエントロピーなんざほとんどいなかったんだが……お前の直感が当たったな。 | |
{教授} | できることなら、当たらずにいて欲しかったわ。 | ||
アトラス | ……思い通りにゃ行かないな。塔の内部だけじゃない、このエリアのエントロピーもますます増えてやがる。ほぉら、くっちゃべってる間に、俺たちの周りにも…… | ||
アトラス | つかまってろ、親友! | ||
{教授} | ま、待って!この姿勢のまま突破する気? | ||
アトラス | お前はタルタロス攻略の要だ、万が一なにかあっちゃ困る。 | ||
{教授} | い、いいわよ。自分で走れるから、下ろしてちょうだい。 | ||
アトラス | まだ戦闘モジュールの調整が終わってないんだろ、それが一番ベストだと思うぜ。俺はお前とイオスフォロスの盾だ。お前らの行く手を阻むものは、この俺が一掃してやるさ。 | ||
アトラス | どうしてもって言うんなら、さっきみたいにサポートしてくれりゃあいい。 | ||
(選択) | 1.そうじゃなくて、私を抱えてどう戦うの? | D | |
2.他の姿勢じゃだめ? | E | ||
D | アトラス | ふむ、確かにな。両手が塞がってちゃ剣は振るえない。さすがは親友、わかった。 | F |
E | アトラス | なるほど。お前にとっちゃこれが一番楽かと思っていたが、勘違いだったようだ。 | F |
F | アトラスが私の苦悩を理解したのを見て、私はホッと溜息をついた。 | ||
アトラス | となれば、これはどうだ?おっこらしょ……ッと! | ||
どういうこと、思いもよらぬ展開になったわ…… | |||
視界が180°回転するのを見て、私は無力感に苛まれた。 | |||
アトラス | 姿勢を変えれば解決だな!さぁ、出発するぞ!親友、むやみに動くなよ? | ||
私は米袋のように、アトラスの肩へと背負われた。 | |||
{教授} | ちょっと待って…… | ||
アトラス | 待ってられるか! エントロピーどもが包囲してきてる!走るぞ! | ||
そう叫ぶと、アトラスは武器をふりまわし、エントロピーの群れへと突っ込んだ。 | |||
……認めたくはないけれど、それは確かに粗暴かつ有効な手段だった。 エントロピーの波に取り囲まれるより早く、私たちは敵の追撃を振りはらった。 | |||
アトラス | ふぅ……親友、問題ないな? | ||
(選択) | 1.…の、乗り物酔い…じゃなくて…アトラス酔いしたみたい… | G | |
2.まるで羞恥心をズタボロにされた気分。 | H | ||
3.私なら平気、あなたは? | I | ||
G | アトラス | がっはっはっは!そんな冗談が言えるなら、問題なさそうだな。 | J |
H | アトラス | がっはっはっは!そんな冗談が言えるなら、問題なさそうだな。 | J |
I | アトラス | なぁに、ただのかすり傷さ!ピンピンしてるぜ! | J |
J | アトラスはようやく私を肩から下ろした。 | ||
アトラス | それにしても、危なかったぜ。あれだけの数、俺たちの動きが少しでも遅れてたら、敵に呑み込まれてただろうよ。 | ||
{教授} | ハッキングは順調だったわ、警報も鳴っていない。 となれば、唯一あり得るのは…… | ||
私はアトラスに応急処置を施す傍ら、懐にしまってあったキュービックマップを見た。 | |||
アトラス | なんだってかまわんさ、そう浮かない顔をするな!俺たちは任務を立派に成し遂げたんだぜ?はやく他のメンバーに伝えてやらないとな! | ||
{教授} | ええ。さっきの迷宮の変化と奇妙な波動についても、みんなに訊いておきたいし…… | ||
ツー、ツー、ツー……ピッ―― | |||
アトラス | ……妙だな、どうなってる? | ||
アトラスが顔をしかめるのを見て、私もイオスとの通信を立ち上げてみた。 だがノイズだらけの電流音の他に返事はない。 | |||
アトラス | メインの通信だけじゃない、イオスフォロスの用意した予備通信システムまで沈黙しちまってら…… | ||
{教授} | 塔に入った時から? それとも、さっきの波動が原因で…… | ||
アトラス | わからん。こうなったら、仲間と合流する方法を考えるしかないな……ん? | ||
シュッ―― | |||
その時、タルタロスの仄暗い上空を、金色の矢が切り裂いた。 | |||
アトラス | ありゃ……アルシオーネの救難信号だ! | ||
不吉な予感が、再び私の心に芽生える。 | |||
アトラス | まずいぞ……よっぽどのことがなきゃ、あいつが救難信号を送るわけがない……親友、キュービックマップだ! | ||
{教授} | わかったわ。座標を確認、検索開始…… | ||
私はすぐさまキュービックマップを開いた。 迷宮の構造と要所が、余すところなくはっきりと目の前に映し出される。 | |||
{教授} | 南東の方角から、外環に沿って行きましょう…… そうすれば、次の変動まで戦いを最小限にできる。 およそ30分でたどり着けるはずよ。 | ||
アトラス | だめだ、時間がかかりすぎる。他に道はないのか? | ||
{教授} | 北東の方角から、外環の奥を強制的に突破すれば確かに速いわ。 だけど、このルートには大量の罠が仕掛けられてる。 解除するとなると、もっと時間がかかるし…… | ||
アトラス | わかった、その道を行くぞ!罠は解除しなくても、なんとかなるだろ! | ||
{教授} | なにを言ってるの?罠を踏むのは危険すぎるわ! それに、あなたの負担が…… | ||
アトラス | アルシオーネとエレクトラが危険だ、しかも状況はわからない。すぐにでも駆けつけなきゃまずい。 | ||
アトラス | 状況がわからないことに比べたら、わかりきってるリスクなんざ、どうってこたぁないさ。親友、お前は俺の限界を知ってる。俺がどれだけの罠に耐えられるか、ルートの制定は……お前にまかせたぞ。 | ||
(選択) | 1.わかった、私にまかせて。 | K | |
2.罠のダメージは、私も一緒に引き受ける! | L | ||
K | アトラス | 安心しろ、親友。仲間たちの守護者として、お前の安全を守りつつ、この罠だらけの道をくぐり抜けてみせるぜ! | M |
L | アトラス | がっはっは!気持ちは有り難くもらっとくよ。だが任務のためには、お前を安全に中環へと送り届けなきゃならない。 | |
アトラス | 安心しろ、親友。お前は俺が守るさ。仲間たちの守護者として……この罠だらけの道をくぐり抜けてみせるぜ! | M | |
M | アトラス | 戦略的なことは頼んだぞ。作戦の実行は、この俺にまかせとけ。ってなわけで……どうぞ、{教授}様? | |
アトラスは大剣を地面に突き刺すと、自身の肩を叩いてみせた。 | |||
(選択) | 1.ほ、他に選択肢はないの? | N | |
2.自分で歩かせて…… | O | ||
N | アトラス | なら、これでどうだ? | P |
O | アトラス | 親友、お前の心配はわかってる。問題ない、今度はこの姿勢で行こう! | P |
P | アトラスの自信満々な様子を見て、私は仕方なく彼に従った。 | ||
…… | |||
{教授} | アトラス……私、今ものすごく後悔してる。 | ||
アトラス | なんだって!? | ||
アトラス | おお、わかったぞ!な、今度の姿勢はなかなかだろ? アルシオーネは昔、こうして背負ってやると喜んでなぁ。 今となっては、凄まじく嫌がられるが…… | ||
そうね、確かにいいアイディアだわ。 ようやく逆さまの世界を拝まずに済んだし…… | |||
その時の私は、まるで子どものようにアトラスの背中に張り付いていた。 果たしてどの姿勢が一番恥ずかしいのか、もはや私にはわからなかった。 |