無律背反 PART.6 暗海の夜明け

Last-modified: 2025-02-19 (水) 00:42:25

数分前。タルタロスセクター、移動迷宮外環、メイン供給タワー。
システム【警告、エントロピーの信号を検知しました】
【警告、エントロピーの信号を大量に検知しました】
【警告、エントロピーの数が多すぎます。作戦方針を慎重に考慮した上で……】
アルシオーネ黙りゃ。
 アルシオーネは高所から襲い来るエントロピーを撃ち落とし、システムの警告を切った。
アルシオーネイレギュラーどもめ、次から次へと……
エレクトラ数だけじゃない……これまでの下位よりも、ずいぶんとタフですわよ。二倍近くのパワーでないと、消滅させられないなんて。
 傷ついた下位エントロピーが再び這い寄るのを見て、
エレクトラは襲い来るエントロピー液を双剣で防いだ。
そしてアルシオーネの背後へと後退し、彼女の死角を補う。
 予定していた撤退ルートは、すでにエントロピーの群れによって覆い尽くされていた。
二人は戦いながらの撤退を余儀なくされる。
エレクトラこっちはオペランドの消耗が激しくなっていますのに、敵が減る気配も、撤退するそぶりもありませんわ。わたくしたちをここで窮死させるつもりですわね。
エレクトラおそらくは偽装コードの失効も、迷宮の変動も、すべて彼らの予想通り。この状況で撤退すれば……
アルシオーネおのれ、恥をかかせおって……
アルシオーネエレクトラ!われらは上位浄化者なるぞ!
エレクトラ……アルシオーネちゃん?
 アルシオーネは視線を動かさずに、再び手中の弓を引いた――
 シュッ!
 矢が空を切って飛んでゆき、エントロピーの群れに金色の道を切り拓く。
エントロピー
アルシオーネ……下位エントロピーごときに、上位浄化者がやられると思うてか!?
アルシオーネあまり大々的ではいらぬ警戒を招き、仲間の行動が危ぶまれると思うたが……こうなってしまっては、コソコソ隠れる必要もあるまいて。
 アルシオーネはつま先でトンッと飛び跳ね、上空へと舞い上がった。
アルシオーネ愚かなイレギュラーどもよ、まろがうぬらに制裁を下してくれるわ!
 そう言ったとたん、アルシオーネの体がまばゆい光に包まれた。
形なき障壁の内側で、金色の光芒が矢じりの先端へと凝集しだす。
アルシオーネエレクトラ。こやつらがわれらの撤退を許さぬのなら、計画通り供給タワーを起爆するぞい。
アルシオーネイレギュラーどもを、唾棄すべき供給タワーもろとも木っ端微塵にしてくれりゃ!
エレクトラアルシオーネ……
アルシオーネじゃが、これでは距離が遠すぎて、エネルギーの充填に時間がかかる。エレクトラ、まろのために時間を稼いでたもれ!
エレクトラ……ふふふ、それもそうですわね……
 アルシオーネの確固たる眼差しを受けて、エレクトラが口角を上げた。
双剣が閃き、数匹の下位エントロピーがたちまち撫で斬りにされる。
エレクトラ上位浄化者を待ち伏せするその度胸は、褒めて遣わしますわ。お望み通り、わたくしどもの実力をとくと味わわせてあげましょう。
エントロピー!!!
 オペランドがアルシオーネの手中へと凝集しつつあることに気づいたのか、
下位エントロピーたちはエレクトラを迂回し、直接アルシオーネへと突撃した。
だが、そのどれもが剣の光によって、瞬く間に切り刻まれてしまう。
エレクトラあら。アルシオーネちゃんに近づいていいと、いつ申し上げましたかしら?
 エレクトラの双剣が一体の下位エントロピーを斬り伏せた瞬間、
ふいに何かが彼女の肩を掠めた。
エレクトラ!?
エレクトラ(やはり、パワーが足りないか……この下位エントロピーども、見た目は変わらないのに、なぜ急にこうも強く?)
エレクトラ(とにかく、何があってもアルシオーネを守らないと……)
 エレクトラは空中でエネルギーを凝集させるアルシオーネを見上げた。
その時、アルシオーネの背後で何かが煌めいた。
アルシオーネエレクトラ!ジャッジメントアローのカウントダウンを……
エレクトラアルシオーネ!!避けて!!
 エレクトラが上空へと飛び上がった。
自身の死角に閃く、赤い影には気づかずに。
エレクトラ!?
赤い上位エントロピーコッチダ、「姉様」……
エレクトラな……
 エレクトラはとっさに右側へと飛び退く。
刹那、真っ黒な何かが、背後から彼女の脇腹を貫いた。
エレクトラあっ……あ、ああぁあぁぁあああッ!!!
アルシオーネエレクトラ!!
 真っ赤な上位エントロピーが、エレクトラの背後から現れた。
漆黒の槍でエレクトラの体を空高く持ち上げる。
赤い上位エントロピー避ケラレ無カッタナァ……思ッタヨリ詰マラァン……
アルシオーネおのれ……!
 アルシオーネは方向を変え、赤い上位エントロピーを狙った。
だが遅々として弦を放そうとしない。相手はエレクトラを盾にしている。
エネルギーの蓄えられた一撃を放てば、エレクトラも無事では済まない。
エレクトラわたくしはいいから!!撃ちなさ……ぐぁぁあっ!?
 赤い上位エントロピーは、剣でエレクトラの体を突き上げたまま、
もう一方の手で彼女の両腕を凄まじい力でねじ伏せた。
その衝撃で、エレクトラの腹部がさらに裂かれる。
赤い上位エントロピーギェギェギェギェ!!!浄化者、コノ程度……?
エレクトラぐっ……な、なんて怪力なの……
赤い上位エントロピー来イヨ、来来来!違ウ場所デ、殺シ合イ、楽シモォウ!!
 赤い上位エントロピーは、エレクトラを携えてエントロピーの波に飛び込むと、
紫色の海へと姿を消した。
アルシオーネエレクトラッ!!?
 
 赤い上位エントロピーがエレクトラを拘束したまま、エントロピーの海を進んでゆく。
エレクトラは激痛を忍んで双剣を振るおうとしたが、つかまれた両腕はビクともしない。
エレクトラはな……せ……!
赤い上位エントロピー此処ダ!此処ガ良ィイ!!
エレクトラがはっ!い、忌々しいイレギュラーめ……
 エレクトラは重々しく迷宮の壁へと叩きつけられた。
激しい衝撃に、エレクトラの全身を刺すような痛みが駆けめぐる。
エレクトラ(なんて恐ろしい力……アトラス以上だわ。だけど、この角度からなら……)
赤い上位エントロピー「ドンッ!」
エレクトラな……がっ、がぁぁぁああああぁぁぁあ!!??
 赤い上位エントロピーの手のひらから不吉な紫色が拡散し、
エレクトラの体内で弾け飛んだ。
システム【警告、システム構造の損壊率50%】
【警告、基礎伝動プログラムがオフラインです】
【警告、システムプログラムが錯乱しています……】
エレクトラはぁっ……ゲホッゲホッ……き……きさ、ま……
赤い上位エントロピーゲギャギャギャ!此レデ終ワリカ?信ジナイ……中位ノ奴ラト、マルデ変ワラァン!!
赤い上位エントロピー知ッテタラ、アノチビニシタノニィィィ!!
エレクトラアルシ、オーネに……手出しは、させない!!
赤い上位エントロピーギャヒヒヒハハハ!!良イネェ、良イ目ダネェ!!ジャア、続ケ……グゲァッ!?
アルシオーネエレクトラ!!
 赤い上位エントロピーが攻撃を避けた。
アルシオーネはその隙を見計らって低空飛行し、
上位エントロピーの手からエレクトラを奪還する。
アルシオーネエレクトラ!目を覚ますでおじゃる!!
エレクトラにげ……て……はや、く……
赤い上位エントロピーオット……危ナイ、危ナァイ……
赤い上位エントロピーグァグァグァグァグァ!!チビ、ナカナカ速イナァ……コレデ終ワリ、詰マラナイ、ソウ思ッテタンダ!!
 上位エントロピーは、真横に突き刺さった金色の矢をやすやすと引き抜くと、
それを真っ二つにへし折った。
赤い上位エントロピー其処ノチビ!!遊ンデクレヨォ!!!
アルシオーネこの、下種がァ!!!!
 アルシオーネは怒りに震えつつ、自身の腕の中で
意識を失いかけているエレクトラを見た。
そして今度は、赤い上位エントロピーを穿つように睨めつける。
アルシオーネおのれイレギュラー!!エレクトラを傷つけた罪、償わせてくれる!!!
 アルシオーネは弓を引き、すばやく光の矢を放った。
赤い上位エントロピーヒギェギェギャハハハッハァ!!来イッ!!
 赤い上位エントロピーが重槍を振りまわし、光の矢を断ち切った!
赤い上位エントロピーグガ?矢ガ分裂シ……ンギャアアッ!?
赤い上位エントロピーゲホゲホッゲフッブホッ……コノ煙、何処カラ……アノ死ニ損ナイガ……
赤い上位エントロピー消エタ!?何処ダ、奴ラ、何処へ行ッタァァァ!?!?
 煙に視界を遮られた上位エントロピーは、斬撃で周囲の濃煙を払った。
赤い上位エントロピー糞糞糞!騙サレタ騙サレタ騙サレタァァ!!チビィィィ嗚呼アアア!!!
赤い上位エントロピー……良イ、良イィサ、構ワナイ……スグニ見ツケ出シテヤル……
 
 その時、タルタロスの仄暗い上空を、金色の矢が切り裂いた。
アルシオーネは弓を戻すと、小さな体で重傷のエレクトラを抱き直し、
宙に浮かんだまま、緊張した面持ちで彼女の容態を確かめた。
アルシオーネ安心せい、すぐに彼奴らが駆けつける……エレクトラ?エレクトラ!目を覚まさんか!?
アルシオーネ基礎構造、損壊……メンタルの安定性、低下……そんな……
 迷宮の壁は飛び越えるには高すぎる。
不慣れな環境の中、アルシオーネは直感だけを頼りに飛び回り、安全な場所を探した。
一方で、金色のオペランドをエレクトラの体内へと注入し続ける。
アルシオーネさっき、矢で直接攻撃していれば……いや、そもそも、なぜ上位エントロピーがこんなところに?
アルシオーネまろが判断を誤った……?あ、ありえぬでおじゃ。あの時はたしかに下位エントロピーしか検知されんかった……
アルシオーネ……よもや、初めから仕組まれていた……?
エレクトラアルシオーネちゃん……
アルシオーネエレクトラ!目が覚めたか!
エレクトラゲホッ。わ、わたくしなら、平気ですわ……
アルシオーネバカを言うでない!そちの体はすでに……まろの、まろのせいでおじゃ……
アルシオーネまろが、エレクトラの話を聞いていれば、こんなことには……
エレクトラ自分を責めないでくださいまし。こうなると誰が予想できて?……イレギュラーどもが、こうも狡猾だったなんて……
アルシオーネじゃが、じゃがまろは……まろは、気づくべきでおじゃった……
エレクトラ誰しも失敗はありますわ。あなただって、いつも姉様の面倒を見てくれるじゃない……今回は言うなれば、わたくしたち二人の不手際ですわ。
エレクトラさぁ、キャンディでも食べて、落ち着きなさ……ゴホッ、ゴホゴホッ……
アルシオーネエレクトラ!もう喋るな!まろがすぐに安全なエリアに……
エレクトラゴホッ……う、しろ……
アルシオーネ!?
赤い上位エントロピーゲヒャヒャヒャ……何処行クンダァ、チビ?
 とっさの反応は攻撃を防げなかった。
斬撃がアルシオーネの脆弱な防御を切り裂き、機械じかけの翼の片方を削ぎ落とす。
赤い上位エントロピーギシシシシ!!堕チロ堕チロ堕チロォ、堕堕堕堕堕!!!
アルシオーネ「ジャッジメントアロー」!!
 墜落する寸前に放った金色の矢が、赤い上位エントロピーを撃退した。
アルシオーネはエレクトラをかばいつつ、おもむろに地表へと叩きつけられる。
やがて彼女はむくりと起き上がると、エレクトラを背負い、
上位エントロピーのいる場所とは真逆の方向へ逃げ出した。
エレクトラゲホゲホ……ゲホッ、ゲホゲホッ……
アルシオーネありえん……彼奴は撒いたはず、それもステルスプログラムまで駆使して……なぜわれらの居場所がわかる!?
アルシオーネチィッ……よもやこの迷宮に、知られざるギミックがまだ存在するとでも……
エントロピーギギッ!!!
アルシオーネ下位エントロピー!?こ、この数は……
エレクトラアルシオーネ……あ、あなた……一人で……お逃げなさ……
アルシオーネそちを放ってなどおけぬ!!イレギュラー、そこを退(の)け!!
 アルシオーネが立て続けに三本の矢を放った。
光の矢は下位エントロピーの命を大量に刈り取りはしたが、
二人の逃げ道を作るには至らなかった。
エントロピーギッ――
アルシオーネこうなったら……全力で……
赤い上位エントロピーギヒャヒャヒャヒャ!!追イツイタァ!!
アルシオーネぬぅっ、不覚ッ……!
 アルシオーネはエレクトラを背負ったまま脆弱な障壁を展開し、
下位エントロピーの攻撃を凌ぎつつ、前へと突進した。
 ……
アルシオーネハァ……ハァ……
アルシオーネハァ……ハァ……ジャ、ジャッジメント、アロー……
 アルシオーネが再び矢を射る。
しかし、矢に宿る光はとっくに暗澹としており、
エントロピーの2~3匹を一時的に退けることしかできない。
アルシオーネイレギュラーの数が……ますます増えておる……
アルシオーネまろは上位浄化者でおじゃるぞ……なぜ下位ごときが散らせぬ……!?
赤い上位エントロピーアレアレアレ、モウ終ワリィ?ダッタラ逃ゲルナ、正々堂々戦エ!戦戦戦戦!
アルシオーネげに執拗な奴でおじゃる……
システム【警告、オペランド消耗率75%……】
アルシオーネかくなる上は……!
 アルシオーネは足を止めて、エレクトラをそっと足元に下ろした。
手中の弓を極限まで引き絞り、赤い上位エントロピーに金色の矢で狙いを定める。
赤い上位エントロピーヤット諦メタカァ?ギャギャギャギャ!偉イナァ、オ利口ダナァ!!
赤い上位エントロピーアダシノ愛スル殺戮ノ時間ダァ!!オマエガ先攻ナ!早クシロ早ク、早早早!!
アルシオーネく、狂っとる……
エレクトラアルシオーネ……ここは、わたくしが……
 エレクトラが歯を食いしばって身を起こし、アルシオーネの前に立った。
アルシオーネじょ、冗談よさぬか、その体でどう……
エレクトラ休憩はもう十分ですわ。あとは、わたくしにおまかせくださいまし。
エレクトラわたくしの戦闘経験は……あなたよりもずっと豊富ですもの!
アルシオーネエレクトラ、やめ……
赤い上位エントロピー……ンギィィイイイッ!!ゴチャゴチャ煩ァァイ!!面倒ダ!!
 上位エントロピーは二人に向かって雄叫びを上げると、
長い武器をふりまわし、空中にエントロピーの波動を迸らせてから、
二人めがけて突進していった――
アトラス「ジャッジメントブレイド」!
赤い上位エントロピーグヒ……?
 赤い上位エントロピーが反応するより先に、
壁のごとき剣身が、彼女の体へと勢いよく叩きつけられた。
赤い上位エントロピーギギャッ……!?
 周囲の下位エントロピーたちが即座に群がり、再び包囲網を成す。
アルシオーネアトラス!{教授}!!
{教授}こっちよ!!
 私はオペランド障壁を展開し、アトラスの掩護のもと、
二人を連れて迷宮の奥深くへと撤退した。