| ロッサムセクター、データセンターへと続く小道。 | |||
| 廃墟と瓦礫の重なり合う中を、乱雑な足音を陰影に潜めながら、 二人のエージェントが先を急いでいた。 | |||
| チューリング | ソルさん、待って、そんなに速く走れないわ…… | ||
| ソル | ごめん、でも頑張って。少しでも早くデータセンターにたどり着かないと。 | ||
| ソル | クロックの奴、オトリ作戦失敗してんじゃん……ぜんっぜん役に立たないんだから、もぉ~……! | ||
| チューリング | ソルさん!前方にエントロピーが! | ||
| ソル | どけっての! | ||
| ソルは前方に突如現れたトゥイナーを一刀両断すると、 チューリングの手を引いて、とある壁の影に隠れた。 | |||
| チューリング | 横の建物を迂回して来たのかも、私たちを挟み撃ちにするために。 | ||
| ソル | 参ったな。戦闘エージェントはみんな殿にさせちゃったし、残るはあたし一人か…… | ||
| ソル | 他に行けるルートは? | ||
| チューリング | 私の知ってるルートは、エントロピーに塞がれているはずよ。他のルートは……まだ良く知らなくて…… | ||
| ソル | えっ?知らないの? | ||
| チューリング | このあたりではトレーダーとのやり取りが行われてるから……普段はハンナが管理しているの。私には近づくなって。 | ||
| ソル | トレーダー……トレーダーか――あっ!思い出した! | ||
| リコ | ここは秘密のリコステーションさ。通貨トレーダーは各セクターのオペランドを調整するのが仕事だからね、作業量は並大抵じゃない。 | ||
| リコ | トレーダー専用の特別ルートがなかったら、ロッサムの仕事だけでも、くたびれて死んじまうよ。 | ||
| ソル | あのキツネ娘に連れてこられたんだった! | ||
| チューリング | キツネ娘?……トレーダーのこと? | ||
| ソル | そうそう、リコって言うんだけど。絶対にここだよ、どうりでさっきから見覚えがあったわけだ! | ||
| ソル | すぐそこにトレーダー専用の駅があるんだ!地下の線路を辿っていけば、データセンターにたどり着ける! | ||
| ソル | 下りるよ、ついてきて! | ||
| 二人は乱雑とした廃墟の中へと入った。 | |||
| 一分も経たない内に、その廃墟の上に黒い影が蠢き始める。 | |||
| トゥイナー | ギギッ。 | ||
| ??? | ここで、消えた?どうして……? | ||
| ??? | 右も左も、前も後ろも塞いだ……上にはなにもない。 | ||
| ??? | ……そうか、この下……地面を攻撃して、今すぐ! | ||
| トゥイナー | ギッ! | ||
| エントロピーが触手を大地に激しく打ち付け始めた。 すぐに、足元から空洞の感触が伝わってくる。 | |||
| 地面が崩壊するにつれ、青白い地下のレールが顔を覗かせた。 | |||
| ??? | 総員、突撃……! | ||
| ロッサムセクター、データセンター付近。 | |||
| ソル | とんでもない作戦だな、乗り物があってよかったぁ…… | ||
| ソル | もうすぐだよ、チューリング。疲れてない? | ||
| チューリング | ず、ずいぶんと激しい運転ね……メンタルデータを整理させて…… | ||
| ソル | しょうがないじゃん、あいつら地面すら貫いて来るんだもん。チンタラ走ってたら追いつかれちゃうよ。 | ||
| ソル | ここでモタモタしてらんないな。チューリング、歩ける? | ||
| チューリングは息を荒げながら、ソルに手を差し出した。 | |||
| ソルは意を察すると、彼女を抱きかかえてデータセンターへと走った。 | |||
| データセンターのゲートの前で、ソルはチューリングを下ろし、 周囲の比較的損傷の少ない建物を眺めた。 | |||
| チューリング | ここが、データセンター…… | ||
| ソル | 来るのは初めて? | ||
| チューリング | ええ、ここの業務もすべてアドミンセンターに移してしまったから。今日までずっと封鎖されていたの。出入りできるのはハンナだけよ。 | ||
| ソル | そっか…… | ||
| ソル | 確かに、ここでは色々あったからね。 思い出したくないのも無理はない。 | ||
| チューリング | 「色々」……? | ||
| システム | 【ID認証完了】【アドミニストレーター、チューリングさん】 【オアシス所属、ソルさん】 【データセンターへようこそ】 | ||
| チューリング | えっ……?どうして…… | ||
| ソル | …… | ||
| ソルがチューリングに教えるべきか迷っていると、背後からかすかな物音がした。 | |||
| ソル | ――伏せろ! | ||
| ドォンッ! | |||
| 紫色の砲火がどこからともなく襲いかかる。 ソルがチューリングを押し倒す形で、二人はデータセンターのホールへと入った。 だが攻撃の余波から逃れられず、ソルが吹き飛ばされてしまう。 | |||
| チューリング | ソルさん! | ||
| ソル | ゲホッ……思ったよりも、早かったな…… | ||
| ソルは素早く身を起こすと、ゲートの傍にあった緊急ボタンのフレームを叩き割った。 データセンター内に警報が鳴り響き、ゲートが固く閉じられる。 | |||
| 電子音声 | 【緊急防衛モードへ移行――】 【緊急防衛モードへ移行――】 | ||
| チューリング | こんな仕掛けがあったなんて…… | ||
| ソル | 前に来たことあるからね。 | ||
| ソル | これで少しは時間が稼げる。行こう、はやくオペランドを解凍して―― | ||
| ソルが剣を抜いた拍子に、その剣が床に落ちた。 淡い青色のオペランドが、彼女の肩から流れ出る。 | |||
| チューリング | ソルさん、怪我を……! | ||
| ソル | あっ、本当だ。言われなきゃ気づかなかったや。 | ||
| ソル | これくらい平気、平気。はやくオペランドを解凍しちゃお! | ||
| チューリング | ダメよ、放っておいたらオペランドが失われていくわ。 | ||
| チューリング | 待って、動かないで。私が手当してあげる。 | ||
| ソル | えっ、でも…… | ||
| チューリング | すぐに終わるわ、修復方法は教わったから…… | ||
| チューリングはソルの傍にやってきて片膝をつくと、 両手をソルの肩に重ね合わせ、オペランドによる治療を始めた。 | |||
| ソル | ……あったかい……オペランドの流れを感じる…… | ||
| チューリング | あともう少し、ほんの少しだけ。 | ||
| ソル | すごいじゃん、チューリング。この治療スピード、医療専門のエージェントに匹敵するよ! | ||
| チューリング | ハンナが用意したプログラムに、エージェントの修復に関する内容が含まれていたの。ずっと使う機会はなかったけれど…… | ||
| チューリング | でも変ね、自分でも良くわからないわ。どうしてとっさにあなたを治療しようと思ったのか。物事の優先順位からして、今はこんなことに時間を使うべきじゃないのに…… | ||
| ソル | そうだよ。なんであたしを置いて、オペランドの解凍に向かわなかったのさ? | ||
| チューリング | そうするべきじゃないと思って……この考えが正しいかどうかは、わからないけど…… | ||
| ソル | 正しさなんかどうだっていいよ。チューリングはあたしを治してくれた、それがチューリングの気持ちなんだから。 | ||
| チューリング | だってソルさんは、私を守るために怪我をしたんだもの。 | ||
| ソル | そんなの気にしなくていいって、仲間を守るのは当然のことだろ?ここへ来るまでだって、みんなで支え合ってきたじゃん。 | ||
| ソル | ハンナがアドミンセンターを壊したのも、あたしらを守るためなんだし。 | ||
| チューリング | …… | ||
| チューリング | 正直言って、まったく理解できないわ。ソルさんやハンナがなぜ危険を冒して、アドミンセンターを崩壊させてまで、私を助けようとしたのか…… | ||
| チューリング | オペランドを確保するだけなら、他にも方法はあったのに…… | ||
| ソル | そんなの、チューリングが治療してくれてるのと同じ理由だよ。 | ||
| チューリング | それは違うわ。今の私はセクターの一般エージェント、あなたはロッサムのお客様。ロッサムとオアシスの友好を代表する方よ。私たちの存在価値は同じじゃないわ。 | ||
| ソル | あぁ~、もう、面倒くさいなぁ。だったらなに、あたしを治療しなかったら、オアシスとロッサムの関係にヒビが入るとでも? | ||
| チューリング | そ、そういうわけじゃ…… | ||
| ソル | でしょ?それに価値で言うなら、ハンナにとってはどんな研究データよりも、チューリングのほうがずっとずーっと大事だと思うよ。 | ||
| チューリング | 私が……?どうして? | ||
| ソル | うーんと……とにかくさ、今の気持ちを覚えておきな。考えるのは後回しでもいいよ。そのうち、ピンと来るかもしれないし?あたしはいつもそうしてる。 | ||
| ソル | 治療、もういいんじゃない?腕もだいぶ調子良くなってきたし。 | ||
| チューリング | ええ、これならもう大丈夫。ソルさん、怪我には気をつけて。 | ||
| ソル | あっはは!大丈夫だって! | ||
| ソルはその場に飛び上がって、腕を大きく振り回し、朗らかな表情を浮かべてみせた。 | |||
| ソル | ありがとね、チューリング。オペランドをたくさん注いでくれて。こっからは、あたしの出番だ! | ||
| ソル | チューリングはオペランドを解凍してきて。解凍し終えたらすぐに転送するんだよ、早ければ早いほどいい。 | ||
| チューリング | わかったわ……ソルさんはどうするの? | ||
| ソル | 緊急防衛モードは起動したけど、そう長くはもたない。 | ||
| ソルは双剣を鞘から抜いた。 | |||
| ソル | あたしがここで、敵を食い止める。 | ||
| チューリング | そんな……あれだけのエントロピー相手に、あなた一人じゃ無理よ! | ||
| ソル | バカ正直に迎え撃てばね。大丈夫、ここの防衛装置のメカニズムなら知ってるから。 | ||
| ソル | ほら、早く行きなって!あんたは戦えないし、あたしじゃオペランドは解凍できない。適材適所ってヤツ、チューリングの演算結果だって同じでしょ? | ||
| ソルの太陽のような笑顔を前に、チューリングは自身のメンタルの中で、 何かがゆっくりと燃え上がるのを感じていた。 | |||
| 彼女は苦渋の表情で唇をキュッと結ぶと、小さく頷いた。 | |||
| チューリング | ……ええ、わかったわ。今すぐオペランドを解凍してくる。 | ||
| チューリング | ソルさん、くれぐれも気をつけて。 | ||
| ソル | あたしにまかせといて! | ||
| ソルに背中を向けて、チューリングは走った。 | |||
| 速く、もっと速く……制御室を探して、彼女は仄暗い廊下の奥へと姿を消した。 |
