臨界爆震 PART.12 守護

Last-modified: 2025-02-05 (水) 01:27:10

ロッサムセクター、データセンターへと続く小道。
 廃墟と瓦礫の重なり合う中を、乱雑な足音を陰影に潜めながら、
二人のエージェントが先を急いでいた。
チューリングソルさん、待って、そんなに速く走れないわ……
ソルごめん、でも頑張って。少しでも早くデータセンターにたどり着かないと。
ソルクロックの奴、オトリ作戦失敗してんじゃん……ぜんっぜん役に立たないんだから、もぉ~……!
チューリングソルさん!前方にエントロピーが!
ソルどけっての!
 ソルは前方に突如現れたトゥイナーを一刀両断すると、
チューリングの手を引いて、とある壁の影に隠れた。
チューリング横の建物を迂回して来たのかも、私たちを挟み撃ちにするために。
ソル参ったな。戦闘エージェントはみんな殿にさせちゃったし、残るはあたし一人か……
ソル他に行けるルートは?
チューリング私の知ってるルートは、エントロピーに塞がれているはずよ。他のルートは……まだ良く知らなくて……
ソルえっ?知らないの?
チューリングこのあたりではトレーダーとのやり取りが行われてるから……普段はハンナが管理しているの。私には近づくなって。
ソルトレーダー……トレーダーか――あっ!思い出した!
 
リコここは秘密のリコステーションさ。通貨トレーダーは各セクターのオペランドを調整するのが仕事だからね、作業量は並大抵じゃない。
リコトレーダー専用の特別ルートがなかったら、ロッサムの仕事だけでも、くたびれて死んじまうよ。
 
ソルあのキツネ娘に連れてこられたんだった!
チューリングキツネ娘?……トレーダーのこと?
ソルそうそう、リコって言うんだけど。絶対にここだよ、どうりでさっきから見覚えがあったわけだ!
ソルすぐそこにトレーダー専用の駅があるんだ!地下の線路を辿っていけば、データセンターにたどり着ける!
ソル下りるよ、ついてきて!
 二人は乱雑とした廃墟の中へと入った。
 一分も経たない内に、その廃墟の上に黒い影が蠢き始める。
トゥイナーギギッ。
???ここで、消えた?どうして……?
???右も左も、前も後ろも塞いだ……上にはなにもない。
???……そうか、この下……地面を攻撃して、今すぐ!
トゥイナーギッ!
 エントロピーが触手を大地に激しく打ち付け始めた。
すぐに、足元から空洞の感触が伝わってくる。
 地面が崩壊するにつれ、青白い地下のレールが顔を覗かせた。
???総員、突撃……!
 
ロッサムセクター、データセンター付近。
ソルとんでもない作戦だな、乗り物があってよかったぁ……
ソルもうすぐだよ、チューリング。疲れてない?
チューリングず、ずいぶんと激しい運転ね……メンタルデータを整理させて……
ソルしょうがないじゃん、あいつら地面すら貫いて来るんだもん。チンタラ走ってたら追いつかれちゃうよ。
ソルここでモタモタしてらんないな。チューリング、歩ける?
 チューリングは息を荒げながら、ソルに手を差し出した。
 ソルは意を察すると、彼女を抱きかかえてデータセンターへと走った。
 
 データセンターのゲートの前で、ソルはチューリングを下ろし、
周囲の比較的損傷の少ない建物を眺めた。
チューリングここが、データセンター……
ソル来るのは初めて?
チューリングええ、ここの業務もすべてアドミンセンターに移してしまったから。今日までずっと封鎖されていたの。出入りできるのはハンナだけよ。
ソルそっか……
ソル確かに、ここでは色々あったからね。
思い出したくないのも無理はない。
チューリング「色々」……?
システム【ID認証完了】【アドミニストレーター、チューリングさん】
【オアシス所属、ソルさん】
【データセンターへようこそ】
チューリングえっ……?どうして……
ソル……
 ソルがチューリングに教えるべきか迷っていると、背後からかすかな物音がした。
ソル――伏せろ!
 ドォンッ!
 紫色の砲火がどこからともなく襲いかかる。
ソルがチューリングを押し倒す形で、二人はデータセンターのホールへと入った。
だが攻撃の余波から逃れられず、ソルが吹き飛ばされてしまう。
チューリングソルさん!
ソルゲホッ……思ったよりも、早かったな……
 ソルは素早く身を起こすと、ゲートの傍にあった緊急ボタンのフレームを叩き割った。
データセンター内に警報が鳴り響き、ゲートが固く閉じられる。
電子音声【緊急防衛モードへ移行――】
【緊急防衛モードへ移行――】
チューリングこんな仕掛けがあったなんて……
ソル前に来たことあるからね。
ソルこれで少しは時間が稼げる。行こう、はやくオペランドを解凍して――
 ソルが剣を抜いた拍子に、その剣が床に落ちた。
淡い青色のオペランドが、彼女の肩から流れ出る。
チューリングソルさん、怪我を……!
ソルあっ、本当だ。言われなきゃ気づかなかったや。
ソルこれくらい平気、平気。はやくオペランドを解凍しちゃお!
チューリングダメよ、放っておいたらオペランドが失われていくわ。
チューリング待って、動かないで。私が手当してあげる。
ソルえっ、でも……
チューリングすぐに終わるわ、修復方法は教わったから……
 チューリングはソルの傍にやってきて片膝をつくと、
両手をソルの肩に重ね合わせ、オペランドによる治療を始めた。
ソル……あったかい……オペランドの流れを感じる……
チューリングあともう少し、ほんの少しだけ。
ソルすごいじゃん、チューリング。この治療スピード、医療専門のエージェントに匹敵するよ!
チューリングハンナが用意したプログラムに、エージェントの修復に関する内容が含まれていたの。ずっと使う機会はなかったけれど……
チューリングでも変ね、自分でも良くわからないわ。どうしてとっさにあなたを治療しようと思ったのか。物事の優先順位からして、今はこんなことに時間を使うべきじゃないのに……
ソルそうだよ。なんであたしを置いて、オペランドの解凍に向かわなかったのさ?
チューリングそうするべきじゃないと思って……この考えが正しいかどうかは、わからないけど……
ソル正しさなんかどうだっていいよ。チューリングはあたしを治してくれた、それがチューリングの気持ちなんだから。
チューリングだってソルさんは、私を守るために怪我をしたんだもの。
ソルそんなの気にしなくていいって、仲間を守るのは当然のことだろ?ここへ来るまでだって、みんなで支え合ってきたじゃん。
ソルハンナがアドミンセンターを壊したのも、あたしらを守るためなんだし。
チューリング……
チューリング正直言って、まったく理解できないわ。ソルさんやハンナがなぜ危険を冒して、アドミンセンターを崩壊させてまで、私を助けようとしたのか……
チューリングオペランドを確保するだけなら、他にも方法はあったのに……
ソルそんなの、チューリングが治療してくれてるのと同じ理由だよ。
チューリングそれは違うわ。今の私はセクターの一般エージェント、あなたはロッサムのお客様。ロッサムとオアシスの友好を代表する方よ。私たちの存在価値は同じじゃないわ。
ソルあぁ~、もう、面倒くさいなぁ。だったらなに、あたしを治療しなかったら、オアシスとロッサムの関係にヒビが入るとでも?
チューリングそ、そういうわけじゃ……
ソルでしょ?それに価値で言うなら、ハンナにとってはどんな研究データよりも、チューリングのほうがずっとずーっと大事だと思うよ。
チューリング私が……?どうして?
ソルうーんと……とにかくさ、今の気持ちを覚えておきな。考えるのは後回しでもいいよ。そのうち、ピンと来るかもしれないし?あたしはいつもそうしてる。
ソル治療、もういいんじゃない?腕もだいぶ調子良くなってきたし。
チューリングええ、これならもう大丈夫。ソルさん、怪我には気をつけて。
ソルあっはは!大丈夫だって!
 ソルはその場に飛び上がって、腕を大きく振り回し、朗らかな表情を浮かべてみせた。
ソルありがとね、チューリング。オペランドをたくさん注いでくれて。こっからは、あたしの出番だ!
ソルチューリングはオペランドを解凍してきて。解凍し終えたらすぐに転送するんだよ、早ければ早いほどいい。
チューリングわかったわ……ソルさんはどうするの?
ソル緊急防衛モードは起動したけど、そう長くはもたない。
 ソルは双剣を鞘から抜いた。
ソルあたしがここで、敵を食い止める。
チューリングそんな……あれだけのエントロピー相手に、あなた一人じゃ無理よ!
ソルバカ正直に迎え撃てばね。大丈夫、ここの防衛装置のメカニズムなら知ってるから。
ソルほら、早く行きなって!あんたは戦えないし、あたしじゃオペランドは解凍できない。適材適所ってヤツ、チューリングの演算結果だって同じでしょ?
 ソルの太陽のような笑顔を前に、チューリングは自身のメンタルの中で、
何かがゆっくりと燃え上がるのを感じていた。
 彼女は苦渋の表情で唇をキュッと結ぶと、小さく頷いた。
チューリング……ええ、わかったわ。今すぐオペランドを解凍してくる。
チューリングソルさん、くれぐれも気をつけて。
ソルあたしにまかせといて!
 ソルに背中を向けて、チューリングは走った。
 速く、もっと速く……制御室を探して、彼女は仄暗い廊下の奥へと姿を消した。