臨界爆震 PART.7 爆破

Last-modified: 2025-02-05 (水) 01:16:20

ロッサムセクター、アドミンセンター。
 エントロピー液が外壁を紫一色に染め上げている。
敵による砲撃で、建物全体が今にも崩れそうだ。
地表ではエントロピーが群れを成し、隙間という隙間から建物内へと流れ込んでゆく。
 ゲートが落石で潰される直前に、
クロックが傷だらけになったディラックを操縦して道を作った。
クロックソル、はやく!長くはもたない!
ソルロッサムのみんなはここから逃げて!先鋒小隊、あたしとエントロピーを迎え撃つよ!
ハンナ無理しないで!前方の臨時避難所に向かってください、エージェントたちに案内させます!
ソルえっ、ハンナはどうするの!?
ハンナほとんどの研究員は避難し終えたんですが……チューリングに連絡がつかないんです!
ハンナチューリングを探さなきゃ……!
クロックチューリング!?たしかさっき、オペランドを解凍しに……まさか、ガレキで身動きがとれないんじゃ……
ソルクロック、小隊の指揮は頼んだ!中に戻って見てくる!
クロックはいよ、いってら!
 ソルは迷わずアドミンセンターに戻った。
その後に続こうとするハンナを、ディラックの手が遮る。
クロックハンナ、あんたはこっち!
ハンナだめ!アドミンセンターに詳しいのは私です!チューリングを探さなきゃ!
クロック中はもうメチャメチャなんだよ、ソルにまかせときなって!あの子なら大体の位置はわかる!
ハンナそれじゃ効率が悪すぎます!もしチューリングになにかあったら……!!
クロック戦えないヤツが行ったって、足手まといだって言ってんの!
ハンナいやです!どいてください!チューリングがいないと、私――
クロックあのさ、いい加減にしなよ!?ガレキの中を探すって、どうやって!?ソルを信じてないの?あの子は救助のプロだよ!?
ハンナし、信じてないわけじゃ……でも、またチューリングを失うわけには……
クロックそれに、あんたにもしものことがあったらどうすんのさ。今はソルを信じよ。ソルなら絶対に、チューリングを連れ戻してくれるから。
ハンナ……
クロックこういう時は、自分にできることをする。あたしらがエントロピーを蹴散らすから、ハンナはエージェントたちを守って。ここを安全な場所にすんの。
ハンナわかりました……ソルさん、チューリングを頼みます……
 ハンナの独り言に嗚咽が混じる。あどけない外見とは裏腹に、
きつく握りしめられた彼女の拳には、青白い筋が浮き出ていた。
ハンナ遠隔攻撃を行う敵の位置を特定しつつ、エージェントたちの撤退を先導します!
クロックそのチョーシ!オアシス先鋒小隊、出撃ッ!
 
アドミンセンター、内部。
 ソルは力を込めて瓦礫をどかすと、
周囲を偵察しながら、慎重に前へと進んでいた。
ソル動力が完全に切れてる。真っ暗だし、あちこちエントロピー液だらけだ。ヤバいな……
ソル落ち着け、怯えてる場合か。おーい、チューリング!どこにいる!?
エントロピーギッ!
 剣が抜かれた瞬間、エントロピーの残骸が地に落ちる。
それは痙攣したまま、紫色の液体へと融けていった。
ソル群れならまだしも、ザコ一匹じゃ死にに来るようなもんだっつの。
 ソルはゆっくりと消えてゆくエントロピーをまたいで、
チューリングの名前を大声で呼び続けた。
ソルチューリングーー!聞こえてたら返事してーー!!
 数匹のエントロピーを倒し、とある角を曲がった時、
小さく聞き慣れた声が、廊下の奥から響いた。
チューリング……ソルさん?
ソルチューリング?怪我はない!?
 ソルは奥の部屋へと走った。
見れば、ストレージ容器を抱えたチューリングが、部屋の隅に縮こまっている。
チューリング私は平気、ただエントロピーに道を塞がれてしまって。ここにいれば見つからないから。
チューリングソルさんは、なぜここに?
ソルチューリングを助けに来たんだ。ここを出よう、出口の方向はわかる?
チューリングええ、近道を知ってるわ。
ソルよし。あたしが道を切り開くから、後ろで案内を頼むよ!
チューリング……ええ。
 チューリングはやや訝しげにソルを見た。
そしてとある方向を指し示す。
ソルあっちだね?
チューリング一つ目の角を左よ。だけど、角のところにエントロピーが数匹いるわ。
ソルあたしにまかせといて!
 ソルは前へと突き進むと、あっという間に敵を斬り伏せた。
チューリング次の曲がり角は右。廊下に出たら、左から数えて四つ目の部屋が、緊急通路に繋がってるの。そこから一階に降りられるわ。
チューリング瓦礫で通れなくなってる可能性もあるけど……
ソル安心して。ほら、砲撃の音が止んだでしょ?
ソルきっとハンナとクロックが、砲撃手をやっつけたんだ。
チューリングハンナが……
ソル大丈夫だって、あの子なら安全だから。すぐに合流できるよ!
 爆破されたアドミンセンター内は、あちこちに細かい瓦礫が散らばっている。
ソルはチューリングを連れて障害物の間を器用に通り抜け、
あっという間にエントロピーの追手を背後に振り切った。
 ところが、追ってきたエントロピーたちは深追いせずに、
一斉に頭上を仰ぐと、身を翻して反対方向へと去っていった。
ソルもう諦めたのか?いや……一斉に動いたってことは、誰かが指揮してる……?
チューリング前の階段から下に降りれば、アドミンセンターから出られるわ。
ソルわかった。まずはこっから出ることだけ考えよう。
 ソルはチューリングを守りながら、アドミンセンターの一階へとたどり着いた。
そこには世にも恐ろしい光景が広がっていた――
 出口の前にはエントロピーの大群がひしめき合い、
廊下全域に広がるエントロピー液が、床を深い紫色に染めていた。
ソルなんて数だ……
ソルチューリング、他に出口は?
チューリング一番近いのはこっちよ……
チューリング……だ、ダメみたい。エントロピーで埋まってる。
ソルチッ……こんなんじゃ近づけないよ……
ソル建物内のエントロピーがまばらだと思ってたら、あちこちの出口に集まってたのか。さっきの撤退もこれが目的だったとはね。
ソルやっぱり、誰かが指揮してるんだ。オディールか?でも、あいつは教授を狙ってたはずじゃ……
 ソルは素早く思考を巡らせつつ、迫ってくるエントロピーの群れから後ずさる。
チューリングソルさん……
ソル平気だよ、あたしがついてる。内側から突破できないんなら、クロックたちの助けを待つしかないね。
ソルこの近くに、扉が頑丈で、最低でも出入り口が二つの部屋とかあったりする?
チューリングあるわ、ついてきて。
ソル行こう。
 
アドミンセンターからそう遠くないビル群の中。
クロックアドミンセンターを砲撃してたエントロピーがこの近くに?
ハンナはい、でも気をつけて……ここのエントロピーたちは私たちとの近接戦を避けています。大型の個体が、影から奇襲をしかける個体をカバーしてる……
クロック「フィルスベルチャー」と「アセディア」か。ここに来る時も見た。それとあの「グルームラーカー」……安心しなって、あたしのイージスがヘイト稼ぐから。
ハンナそうだったんですね、私、知らなくて――あっ、隣のビルにターゲットが出現!
クロックえっ、はやっ……待って、まだクールダウン終わってないんだけど!?
ハンナこちらには気づいていないようです、ここは私が。建築座標の特定完了……解体プログラム起動!
 ハンナがきっぱりと命令を下す。
するとしばらくして、隣接したビル全体がオペランドとなって消失し、
足がかりを失ったエントロピーたちが、次々と地表へと叩きつけられた。
クロックうっしゃ、チャンス到来!!インパルス爆撃ッ!!
 ディラックの放った光が、
地表であたふたするスプラッシャーたちを一撃で消し去った。
クロックよし、ここのはオッケー。
戦闘エージェントクロック隊長、こちらのエントロピーも撃退しました!
クロックおっ?やるではないか、チミたち。
戦闘エージェントハンナさんが敵の位置を特定してくださったおかげです、砲撃手を逃さずに済みました。
クロックおおっ!見事だぞ、ハンナ!
ハンナそれよりも、ソルさんのほうはどうですか?何か連絡はありました?
クロックそっけなッ!今、連絡しようとしてんじゃん。
 その時、タイミングを見計らったかのように、クロックの通信機が鳴った。
クロックソル?こっちは片付けたよ、チューリングは見つかった?
ソルうん、チューリングは無事だよ。今は安全な場所に隠れてる。
ハンナすみません、チューリングと話をしても?
チューリング私はここよ、ハンナ。
ハンナチューリング、怪我はない?エントロピー免疫プログラムはちゃんと起動してる?もし怪我したり感染したら……
チューリング大丈夫よ。ソルさんが資料室まで連れてきてくれたの。ここならエントロピーはしばらく入ってこれないわ。
ハンナよかった……くれぐれも気をつけてね、じゃないと……
チューリングええ……
ソル……ってわけ。アドミンセンターは完全にエントロピーに包囲されてる。数もますます増えてきてるね。
ハンナエントロピーたちには戦術が存在します。先に遠隔ユニットで大部隊の注意を引き付け、防御が手薄になったアドミンセンターを一気に攻め落とす気です。
クロック外のエントロピーよりもタチ悪いな……きょうじゅに教えてあげなきゃ。
クロックってか、裏口から逃げらんないの?たった二人っしょ。
ソルどの出口もエントロピーで塞がれてるんだ、付け入る隙もないよ。
クロックヒェッ……待ってて、すぐに助けにいく!
ソル話聞いてってば!ここのエントロピー、とんでもない数だよ!
ソルもしここに奴らを指揮するボスがいて、まだ姿を現してないんだったら、こっちが罠にかかるのを待ち伏せてる可能性が高い。
クロックじゃどうすれば……
ハンナ……ソルさん、チューリング。今、資料室にいるんですよね?
チューリングええ。ここの扉は比較的頑丈だから、今のところは安全よ。でも出口と扉が廊下の両端にあるせいで、脱出は大変だろうけど。
ハンナわかった。
ハンナクロックさん。ディラックで資料室を爆破してもらえますか?
チューリングハ、ハンナ!?
ハンナアドミンセンターに解体プログラムは使えない。資料室の扉はまだ持つんでしょ?敵に扉を破壊される前に、反対側の壁を壊してそこからソルさんとチューリングを助け出すの。
チューリングでも、そんなことして、アドミンセンターが崩壊したら……資料室にある研究データだって、ぜんぶ吹き飛んじゃうし……
ハンナそうなる前に、あなたたちを逃がすから。研究データなんてどうだっていい。
チューリングどうでもいいって……そんな……
ハンナクロックさん、できますか?資料室の一角だけを吹き飛ばすんです。
クロックどうかな……パワーが足りないと壁を壊せないし、力を込めすぎても二人が危険だし……
ハンナ資料室の一部の壁は、先ほどの砲撃ですでに脆くなっています。ディラックの副砲による攻撃だけで十分でしょう。
クロック……それなら、いけるかも……
ハンナソルさん、聞こえていますね?チューリングと一緒に、廊下側のキャビネットの裏に隠れていてください。これからクロックさんが壁を壊します。
ハンナきっと上手くいきます、どうか信じてください。私の計算に狂いはありません。
ソルあたしが……
 ソルが何かを言いかけたが、ふと、メンタルに過去の記憶がよぎった。
 
ハンナなに笑ってるの?このままじゃ、チューリングは死んじゃうんだよ?
ハンナなんで私を止めたの!?私がシミュレートした中で最高の計画だったのに!
 
 あらん限りの声を振り絞って、幼い少女はそう叫んだ。
その時の声が、通信の中の穏やかな声と重なり合い、ソルは一瞬茫然とした。
ソル子どもの成長って、速いもんだね……
ソル……わかった。クロック、ハンナの言う通りにしよう。
クロックそんな大任、あたしだけに押し付けられても困るんだけど……
ソルなら、あたしとハンナで責任取るよ。あはは!
 
クロックその言葉、忘れないでよ?準備はいい?
ソルよし……キャビネットで安全なスペースを作った。いつでもいいよ。
ソルチューリング、ここに伏せて。
チューリングわかったわ。
クロック舌、噛まないようにね。ハンナ、座標は間違いない?
ハンナ演算結果に間違いありません。クロックさん、お願いします!
クロック吼えろ――ディラック!!
エントロピー!!
 砲弾が放たれるにつれ、建物の一角の外壁が振動とともに崩れ落ちた。
エントロピーが避けられずに、次々と瓦礫に押しつぶされてゆく。
クロックいけた……ソル、今だ!!
 硝煙の立ち込める中、オレンジ色の炎がきらめいた。
二つの影が濃い煙を切り裂いて飛び出してくる。
戦闘エージェントソル隊長が出てきた!救出を急げ!
 ソルとチューリングがアドミンセンターの上階から、地面へと着地した。
すぐさま戦闘エージェントたちが駆け寄り、二人を支えて危険なエリアから脱出する。
数秒後、建物は轟音を立てて崩壊した。
クロックやった!
ハンナチューリング!ソルさん!ご無事ですか!?
チューリング私は大丈夫よ、でもソルさんが……
 ソルに抱きかかえられていたおかげで、チューリングはほぼ無傷だった。
それとは対照的に、ソルは傷だらけになっている。
ソルあたしも平気だよ。これくらいの傷、どってことないって!
ハンナあ、ありがとうございます……ありがとうございます、ソルさん……!
クロック感動するのはまだ早いよ、エントロピーどもがこっちに向かってきたら厄介だ。
クロックディラックで掩護するから、はやく避難所へ!
 
時を同じくして、廃墟と化したアドミンセンター内。
 致命傷を逃れたエントロピーたちが、必死に瓦礫の中から這い出て、
エージェントのいる方へ向かおうとしていた。
???止まって。
 ふいに、とある人影が現れ、エントロピーたちを制した。
???脚本にはないけれど……まぁいっか……
???みんな……この廃墟を調べて。
エントロピーギッ……
 その者の指示に従い、エントロピーたちが一斉に行動を始める。
???オペランドをみつけて、砲台が手に入れば……
???あいつらを追う必要はないもの……わたしたちの仕事は、「舞台」の掃除。
???この素晴らしい物語を……「」に捧げるために……