| ロッサムセクター、アドミンセンター。 | |||
| エントロピー液が外壁を紫一色に染め上げている。 敵による砲撃で、建物全体が今にも崩れそうだ。 地表ではエントロピーが群れを成し、隙間という隙間から建物内へと流れ込んでゆく。 | |||
| ゲートが落石で潰される直前に、 クロックが傷だらけになったディラックを操縦して道を作った。 | |||
| クロック | ソル、はやく!長くはもたない! | ||
| ソル | ロッサムのみんなはここから逃げて!先鋒小隊、あたしとエントロピーを迎え撃つよ! | ||
| ハンナ | 無理しないで!前方の臨時避難所に向かってください、エージェントたちに案内させます! | ||
| ソル | えっ、ハンナはどうするの!? | ||
| ハンナ | ほとんどの研究員は避難し終えたんですが……チューリングに連絡がつかないんです! | ||
| ハンナ | チューリングを探さなきゃ……! | ||
| クロック | チューリング!?たしかさっき、オペランドを解凍しに……まさか、ガレキで身動きがとれないんじゃ…… | ||
| ソル | クロック、小隊の指揮は頼んだ!中に戻って見てくる! | ||
| クロック | はいよ、いってら! | ||
| ソルは迷わずアドミンセンターに戻った。 その後に続こうとするハンナを、ディラックの手が遮る。 | |||
| クロック | ハンナ、あんたはこっち! | ||
| ハンナ | だめ!アドミンセンターに詳しいのは私です!チューリングを探さなきゃ! | ||
| クロック | 中はもうメチャメチャなんだよ、ソルにまかせときなって!あの子なら大体の位置はわかる! | ||
| ハンナ | それじゃ効率が悪すぎます!もしチューリングになにかあったら……!! | ||
| クロック | 戦えないヤツが行ったって、足手まといだって言ってんの! | ||
| ハンナ | いやです!どいてください!チューリングがいないと、私―― | ||
| クロック | あのさ、いい加減にしなよ!?ガレキの中を探すって、どうやって!?ソルを信じてないの?あの子は救助のプロだよ!? | ||
| ハンナ | し、信じてないわけじゃ……でも、またチューリングを失うわけには…… | ||
| クロック | それに、あんたにもしものことがあったらどうすんのさ。今はソルを信じよ。ソルなら絶対に、チューリングを連れ戻してくれるから。 | ||
| ハンナ | …… | ||
| クロック | こういう時は、自分にできることをする。あたしらがエントロピーを蹴散らすから、ハンナはエージェントたちを守って。ここを安全な場所にすんの。 | ||
| ハンナ | わかりました……ソルさん、チューリングを頼みます…… | ||
| ハンナの独り言に嗚咽が混じる。あどけない外見とは裏腹に、 きつく握りしめられた彼女の拳には、青白い筋が浮き出ていた。 | |||
| ハンナ | 遠隔攻撃を行う敵の位置を特定しつつ、エージェントたちの撤退を先導します! | ||
| クロック | そのチョーシ!オアシス先鋒小隊、出撃ッ! | ||
| アドミンセンター、内部。 | |||
| ソルは力を込めて瓦礫をどかすと、 周囲を偵察しながら、慎重に前へと進んでいた。 | |||
| ソル | 動力が完全に切れてる。真っ暗だし、あちこちエントロピー液だらけだ。ヤバいな…… | ||
| ソル | 落ち着け、怯えてる場合か。おーい、チューリング!どこにいる!? | ||
| エントロピー | ギッ! | ||
| 剣が抜かれた瞬間、エントロピーの残骸が地に落ちる。 それは痙攣したまま、紫色の液体へと融けていった。 | |||
| ソル | 群れならまだしも、ザコ一匹じゃ死にに来るようなもんだっつの。 | ||
| ソルはゆっくりと消えてゆくエントロピーをまたいで、 チューリングの名前を大声で呼び続けた。 | |||
| ソル | チューリングーー!聞こえてたら返事してーー!! | ||
| 数匹のエントロピーを倒し、とある角を曲がった時、 小さく聞き慣れた声が、廊下の奥から響いた。 | |||
| チューリング | ……ソルさん? | ||
| ソル | チューリング?怪我はない!? | ||
| ソルは奥の部屋へと走った。 見れば、ストレージ容器を抱えたチューリングが、部屋の隅に縮こまっている。 | |||
| チューリング | 私は平気、ただエントロピーに道を塞がれてしまって。ここにいれば見つからないから。 | ||
| チューリング | ソルさんは、なぜここに? | ||
| ソル | チューリングを助けに来たんだ。ここを出よう、出口の方向はわかる? | ||
| チューリング | ええ、近道を知ってるわ。 | ||
| ソル | よし。あたしが道を切り開くから、後ろで案内を頼むよ! | ||
| チューリング | ……ええ。 | ||
| チューリングはやや訝しげにソルを見た。 そしてとある方向を指し示す。 | |||
| ソル | あっちだね? | ||
| チューリング | 一つ目の角を左よ。だけど、角のところにエントロピーが数匹いるわ。 | ||
| ソル | あたしにまかせといて! | ||
| ソルは前へと突き進むと、あっという間に敵を斬り伏せた。 | |||
| チューリング | 次の曲がり角は右。廊下に出たら、左から数えて四つ目の部屋が、緊急通路に繋がってるの。そこから一階に降りられるわ。 | ||
| チューリング | 瓦礫で通れなくなってる可能性もあるけど…… | ||
| ソル | 安心して。ほら、砲撃の音が止んだでしょ? | ||
| ソル | きっとハンナとクロックが、砲撃手をやっつけたんだ。 | ||
| チューリング | ハンナが…… | ||
| ソル | 大丈夫だって、あの子なら安全だから。すぐに合流できるよ! | ||
| 爆破されたアドミンセンター内は、あちこちに細かい瓦礫が散らばっている。 ソルはチューリングを連れて障害物の間を器用に通り抜け、 あっという間にエントロピーの追手を背後に振り切った。 | |||
| ところが、追ってきたエントロピーたちは深追いせずに、 一斉に頭上を仰ぐと、身を翻して反対方向へと去っていった。 | |||
| ソル | もう諦めたのか?いや……一斉に動いたってことは、誰かが指揮してる……? | ||
| チューリング | 前の階段から下に降りれば、アドミンセンターから出られるわ。 | ||
| ソル | わかった。まずはこっから出ることだけ考えよう。 | ||
| ソルはチューリングを守りながら、アドミンセンターの一階へとたどり着いた。 そこには世にも恐ろしい光景が広がっていた―― | |||
| 出口の前にはエントロピーの大群がひしめき合い、 廊下全域に広がるエントロピー液が、床を深い紫色に染めていた。 | |||
| ソル | なんて数だ…… | ||
| ソル | チューリング、他に出口は? | ||
| チューリング | 一番近いのはこっちよ…… | ||
| チューリング | ……だ、ダメみたい。エントロピーで埋まってる。 | ||
| ソル | チッ……こんなんじゃ近づけないよ…… | ||
| ソル | 建物内のエントロピーがまばらだと思ってたら、あちこちの出口に集まってたのか。さっきの撤退もこれが目的だったとはね。 | ||
| ソル | やっぱり、誰かが指揮してるんだ。オディールか?でも、あいつは教授を狙ってたはずじゃ…… | ||
| ソルは素早く思考を巡らせつつ、迫ってくるエントロピーの群れから後ずさる。 | |||
| チューリング | ソルさん…… | ||
| ソル | 平気だよ、あたしがついてる。内側から突破できないんなら、クロックたちの助けを待つしかないね。 | ||
| ソル | この近くに、扉が頑丈で、最低でも出入り口が二つの部屋とかあったりする? | ||
| チューリング | あるわ、ついてきて。 | ||
| ソル | 行こう。 | ||
| アドミンセンターからそう遠くないビル群の中。 | |||
| クロック | アドミンセンターを砲撃してたエントロピーがこの近くに? | ||
| ハンナ | はい、でも気をつけて……ここのエントロピーたちは私たちとの近接戦を避けています。大型の個体が、影から奇襲をしかける個体をカバーしてる…… | ||
| クロック | 「フィルスベルチャー」と「アセディア」か。ここに来る時も見た。それとあの「グルームラーカー」……安心しなって、あたしのイージスがヘイト稼ぐから。 | ||
| ハンナ | そうだったんですね、私、知らなくて――あっ、隣のビルにターゲットが出現! | ||
| クロック | えっ、はやっ……待って、まだクールダウン終わってないんだけど!? | ||
| ハンナ | こちらには気づいていないようです、ここは私が。建築座標の特定完了……解体プログラム起動! | ||
| ハンナがきっぱりと命令を下す。 するとしばらくして、隣接したビル全体がオペランドとなって消失し、 足がかりを失ったエントロピーたちが、次々と地表へと叩きつけられた。 | |||
| クロック | うっしゃ、チャンス到来!!インパルス爆撃ッ!! | ||
| ディラックの放った光が、 地表であたふたするスプラッシャーたちを一撃で消し去った。 | |||
| クロック | よし、ここのはオッケー。 | ||
| 戦闘エージェント | クロック隊長、こちらのエントロピーも撃退しました! | ||
| クロック | おっ?やるではないか、チミたち。 | ||
| 戦闘エージェント | ハンナさんが敵の位置を特定してくださったおかげです、砲撃手を逃さずに済みました。 | ||
| クロック | おおっ!見事だぞ、ハンナ! | ||
| ハンナ | それよりも、ソルさんのほうはどうですか?何か連絡はありました? | ||
| クロック | そっけなッ!今、連絡しようとしてんじゃん。 | ||
| その時、タイミングを見計らったかのように、クロックの通信機が鳴った。 | |||
| クロック | ソル?こっちは片付けたよ、チューリングは見つかった? | ||
| ソル | うん、チューリングは無事だよ。今は安全な場所に隠れてる。 | ||
| ハンナ | すみません、チューリングと話をしても? | ||
| チューリング | 私はここよ、ハンナ。 | ||
| ハンナ | チューリング、怪我はない?エントロピー免疫プログラムはちゃんと起動してる?もし怪我したり感染したら…… | ||
| チューリング | 大丈夫よ。ソルさんが資料室まで連れてきてくれたの。ここならエントロピーはしばらく入ってこれないわ。 | ||
| ハンナ | よかった……くれぐれも気をつけてね、じゃないと…… | ||
| チューリング | ええ…… | ||
| ソル | ……ってわけ。アドミンセンターは完全にエントロピーに包囲されてる。数もますます増えてきてるね。 | ||
| ハンナ | エントロピーたちには戦術が存在します。先に遠隔ユニットで大部隊の注意を引き付け、防御が手薄になったアドミンセンターを一気に攻め落とす気です。 | ||
| クロック | 外のエントロピーよりもタチ悪いな……きょうじゅに教えてあげなきゃ。 | ||
| クロック | ってか、裏口から逃げらんないの?たった二人っしょ。 | ||
| ソル | どの出口もエントロピーで塞がれてるんだ、付け入る隙もないよ。 | ||
| クロック | ヒェッ……待ってて、すぐに助けにいく! | ||
| ソル | 話聞いてってば!ここのエントロピー、とんでもない数だよ! | ||
| ソル | もしここに奴らを指揮するボスがいて、まだ姿を現してないんだったら、こっちが罠にかかるのを待ち伏せてる可能性が高い。 | ||
| クロック | じゃどうすれば…… | ||
| ハンナ | ……ソルさん、チューリング。今、資料室にいるんですよね? | ||
| チューリング | ええ。ここの扉は比較的頑丈だから、今のところは安全よ。でも出口と扉が廊下の両端にあるせいで、脱出は大変だろうけど。 | ||
| ハンナ | わかった。 | ||
| ハンナ | クロックさん。ディラックで資料室を爆破してもらえますか? | ||
| チューリング | ハ、ハンナ!? | ||
| ハンナ | アドミンセンターに解体プログラムは使えない。資料室の扉はまだ持つんでしょ?敵に扉を破壊される前に、反対側の壁を壊してそこからソルさんとチューリングを助け出すの。 | ||
| チューリング | でも、そんなことして、アドミンセンターが崩壊したら……資料室にある研究データだって、ぜんぶ吹き飛んじゃうし…… | ||
| ハンナ | そうなる前に、あなたたちを逃がすから。研究データなんてどうだっていい。 | ||
| チューリング | どうでもいいって……そんな…… | ||
| ハンナ | クロックさん、できますか?資料室の一角だけを吹き飛ばすんです。 | ||
| クロック | どうかな……パワーが足りないと壁を壊せないし、力を込めすぎても二人が危険だし…… | ||
| ハンナ | 資料室の一部の壁は、先ほどの砲撃ですでに脆くなっています。ディラックの副砲による攻撃だけで十分でしょう。 | ||
| クロック | ……それなら、いけるかも…… | ||
| ハンナ | ソルさん、聞こえていますね?チューリングと一緒に、廊下側のキャビネットの裏に隠れていてください。これからクロックさんが壁を壊します。 | ||
| ハンナ | きっと上手くいきます、どうか信じてください。私の計算に狂いはありません。 | ||
| ソル | あたしが…… | ||
| ソルが何かを言いかけたが、ふと、メンタルに過去の記憶がよぎった。 | |||
| ハンナ | なに笑ってるの?このままじゃ、チューリングは死んじゃうんだよ? | ||
| ハンナ | なんで私を止めたの!?私がシミュレートした中で最高の計画だったのに! | ||
| あらん限りの声を振り絞って、幼い少女はそう叫んだ。 その時の声が、通信の中の穏やかな声と重なり合い、ソルは一瞬茫然とした。 | |||
| ソル | 子どもの成長って、速いもんだね…… | ||
| ソル | ……わかった。クロック、ハンナの言う通りにしよう。 | ||
| クロック | そんな大任、あたしだけに押し付けられても困るんだけど…… | ||
| ソル | なら、あたしとハンナで責任取るよ。あはは! | ||
| クロック | その言葉、忘れないでよ?準備はいい? | ||
| ソル | よし……キャビネットで安全なスペースを作った。いつでもいいよ。 | ||
| ソル | チューリング、ここに伏せて。 | ||
| チューリング | わかったわ。 | ||
| クロック | 舌、噛まないようにね。ハンナ、座標は間違いない? | ||
| ハンナ | 演算結果に間違いありません。クロックさん、お願いします! | ||
| クロック | 吼えろ――ディラック!! | ||
| エントロピー | !! | ||
| 砲弾が放たれるにつれ、建物の一角の外壁が振動とともに崩れ落ちた。 エントロピーが避けられずに、次々と瓦礫に押しつぶされてゆく。 | |||
| クロック | いけた……ソル、今だ!! | ||
| 硝煙の立ち込める中、オレンジ色の炎がきらめいた。 二つの影が濃い煙を切り裂いて飛び出してくる。 | |||
| 戦闘エージェント | ソル隊長が出てきた!救出を急げ! | ||
| ソルとチューリングがアドミンセンターの上階から、地面へと着地した。 すぐさま戦闘エージェントたちが駆け寄り、二人を支えて危険なエリアから脱出する。 数秒後、建物は轟音を立てて崩壊した。 | |||
| クロック | やった! | ||
| ハンナ | チューリング!ソルさん!ご無事ですか!? | ||
| チューリング | 私は大丈夫よ、でもソルさんが…… | ||
| ソルに抱きかかえられていたおかげで、チューリングはほぼ無傷だった。 それとは対照的に、ソルは傷だらけになっている。 | |||
| ソル | あたしも平気だよ。これくらいの傷、どってことないって! | ||
| ハンナ | あ、ありがとうございます……ありがとうございます、ソルさん……! | ||
| クロック | 感動するのはまだ早いよ、エントロピーどもがこっちに向かってきたら厄介だ。 | ||
| クロック | ディラックで掩護するから、はやく避難所へ! | ||
| 時を同じくして、廃墟と化したアドミンセンター内。 | |||
| 致命傷を逃れたエントロピーたちが、必死に瓦礫の中から這い出て、 エージェントのいる方へ向かおうとしていた。 | |||
| ??? | 止まって。 | ||
| ふいに、とある人影が現れ、エントロピーたちを制した。 | |||
| ??? | 脚本にはないけれど……まぁいっか…… | ||
| ??? | みんな……この廃墟を調べて。 | ||
| エントロピー | ギッ…… | ||
| その者の指示に従い、エントロピーたちが一斉に行動を始める。 | |||
| ??? | オペランドをみつけて、砲台が手に入れば…… | ||
| ??? | あいつらを追う必要はないもの……わたしたちの仕事は、「舞台」の掃除。 | ||
| ??? | この素晴らしい物語を……「主」に捧げるために…… |
