バーバンクセクター、ルーナピエナ劇場。 | |||
無数の弾幕と歓声に包まれていた七花は、 曲を歌い終えると観客に向かって深々とお辞儀をした。 | |||
七花 | みんなー、応援ありがとーー♥ | ||
エージェントたち | アンコール!アンコール! | ||
エージェントたちの歓声とともに、 客席からのプレゼントが次々とステージ上に流れてゆく。 | |||
ガーゴイル | ガッ――ギギ…… | ||
次の瞬間、絢爛たる光をまとうガーゴイルたちが黒く染まったかと思うと、 束縛をふりはらい七花へと襲いかかった。 | |||
エージェントたち | あっ!! | ||
エージェント | あ、あれは―― | ||
クロ | ダークレンジャーの眷属だ! | ||
クロ | 忌々しいガーゴイルどもめ、これでもくらえッ! | ||
観客の驚く声に混じって、オペランドを凝集させた砲弾が放たれ、 それに命中したガーゴイルが音を立てて倒れた。 | |||
エージェント | クロ様ーーッ!! | ||
配信ルームに乗り込んだクロが急降下し、 ステージ上にいた七花をキャッチして再び上昇する。 | |||
クロ | まさかダークレンジャーの眷属が、こんなとこに現れるなんて! | ||
七花 | 異相レンジャーたちの最終決戦が起ころうとしてる……バーバンクのみんな!! | ||
七花 | 突然でびっくりしたよね!悪者たちがまるで楽譜のモルデントみたいに、メロディと互いに同調し合いながら、ルーナピエナの舞台へと集まってきたよ! | ||
七花 | でもね、七花は信じてる。私たちの奏でる大いなる音色なら、この不協和音をコンチェルトに変えられるって! | ||
クロ | さぁて、いよいよ始まるぜ!フェスティバル特別プログラム――「逆音共振《モルデント・レゾナンス》」!! | ||
クロ | セクターの平和はみんなの応援にかかってるからね!期待してるよ~! | ||
エージェント | えっ、うそ、台本だったの……凄すぎない? | ||
エージェント | あの引きこもりアドミニストレーター、今回は大胆に出たなー…… | ||
エージェント | ラスト、やっぱり異相レンジャーだった!異相レンジャーΩとダークレンジャーNの決闘か……どうなるんだろう? | ||
エージェント | 初登場の異相レンジャーSもいるしね、めっちゃ期待! | ||
エージェントたちが熱烈な討論を繰り広げている。 ガーゴイルが稼働停止したのを見て、宙に浮かぶ二人はようやく胸をなでおろした。 | |||
七花 | クロ、さっきのセリフ、すっごくよかった! | ||
クロ | へっへ~、私ってば演技の才能あったりして?ナナっぺもサイコーだったじゃん! | ||
七花 | にゃ……実は、結構緊張してたんだ。ステージは何度も経験してるけど、今回は大事な役目もあるしね…… | ||
七花 | 異相レンジャーΩは絶対に現れるって教授が言ってた……本当に来るのかな? | ||
クロ | 安心しなって。私にゃ遥かに及ばないけど、こういう時の教授って頼りになるんだから。 | ||
クロ | ってなわけで、ステージ任務クリア!こっからの観客席の安全は、クロ様にどーんとまかせとけ! | ||
七花 | うん、そうだね。ここからの主役はソルたちだもん。 | ||
クロは配信ルームを操縦し、観客席の後方へゆっくりと下りてきた。 一方、七花は光の灯る方向を見つめている。 | |||
七花 | がんばれ、ソル、ナシタさん。あとは頼んだからね。 | ||
ステージの端。 | |||
ナシタ | かなり盛り上がってるな。 | ||
ソル | ほんとだね……こんなに賑やかなの久しぶりだよ。 | ||
ナシタ | 他のセクターはこうじゃないのか? | ||
ソル | うん、違う。 | ||
ソルは顔を上げた。遠くにうっすらと輝くセクターの境界、 そして明々と輝くネオンへと順に視線を巡らせると、 彼女は最後に目の前ではしゃぐ人々を見た。 | |||
ソル | あたしたちは教授と一緒に、命を呑み込もうとするデータのブラックホールとか、汚染された桃源郷とか、恐ろしいほど広くて静かな海とか、そういうのを見てきた。 | ||
ソル | だけど、ここはぜんぜん違う。観測隊時代を思い出すよ。みんな笑顔で、お互いを励まし合いながら、理想の未来を追いかけてる。 | ||
ナシタ | まるで主人公の発言だな。 | ||
ソル | そうかな?あたしはただ、彼らの夢を守りたかっただけ。この剣はそのためにあるんだから。 | ||
ナシタ | たとえ、悪役を演じることになっても? | ||
ソル | あー、それは無理かな。ナシタみたいに上手くやれる自信ない。 | ||
ナシタ | なら、ソルは主役でいてくれ。あたしがサポートする。 | ||
ナシタ | 全力で応えるさ、お前の本気にな! | ||
ソル | うん、あたしも頑張る!準備は整ったね、あとは監督の指示を―― | ||
ピピピッ―― | |||
突然の通信音が、二人の会話を遮った。 ソルとナシタは視線を通わせ、これから訪れる正念場への意志を固める。 | |||
メリル | 劇場の西側に異常反応、かなりのスピードでステージに接近してきてる。 | ||
イオス | メリルさんから通信よ、異相レンジャーΩが舞台へと近づいてるわ。 | ||
イオス | 予想が的中したわね、教授? | ||
{教授} | エージェントを守るだけの人手がなければ、 すべてのエージェントを一箇所にまとめてしまえばいい。 エントロピーなら、ターゲットが集中している場所に現れるはず。 | ||
{教授} | 単なる推測だけどね、ほぼ賭けだった。 | ||
イオス | どうやら、賭けには勝てたみたい。 | ||
{教授} | これは始まりに過ぎないよ。賭けの結果は、今後の計画にかかってる。 | ||
イオス | ふふふ、サプライズがお上手だこと。さて、この舞台で一体何が起こるのかしら……? | ||
{教授} | あなたの期待に添えられるといいけど。 | ||
私はイヤホンマイクを軽く押さえて、計画に関わる全メンバーに情報を同期した。 | |||
{教授} | 舞台の幕が上がる。 | ||
ソル | 出番だよ、ナシタ。準備はいい? | ||
ナシタ | ……ああ、準備オーケーだ。 | ||
ナシタは通信を切ると、視線をステージに向けた。 | |||
ガーゴイル | ガガッ…… | ||
黒い霧が立ち込める。倒したはずのガーゴイルたちが、 暗闇の中から再び蘇るかのように、小刻みに震え始めた。 | |||
ナシタはとあるガーゴイルの頭部を踏みつけたまま、 深呼吸をして変身アイテムに手をかけた。 | |||
演算力の稼働効率を限りなく抑える。誰も変身には気づいていない。 | |||
パッ―― | |||
ふいに音楽が止んだかと思うと、劇場全体が闇に包まれた。 | |||
エージェント | な、なに、どうしたの? | ||
エージェント | いよいよ始まるのかな? | ||
話し声が徐々に静まってゆく。 エージェントたちは興奮した笑顔を浮かべ、瞳には輝くような期待を宿らせている。 | |||
ナシタ | (みんなと一緒にエージェントたちの笑顔を守る。そうだ、それがあたしの願い……) | ||
ナシタ | (あたしだけじゃない。みんながフェスティバルの成功を、今までの努力が報われることを願ってる) | ||
漆黒のオペランドが彼女の身を包んだ。ダークレンジャーNが自分の台詞を叫ぶ。 | |||
ダークレンジャーN | 光に濡れそぼつだけの、何も知らない人間どもよ―― | ||
ダークレンジャーN | 貴様らへの罰を届けに来たぞ! |