逆音共振 PART.18 抑圧

Last-modified: 2025-02-02 (日) 20:41:03

パズルのアトリエ内。
 牢固なはずの天井には巨大な空洞ができており、
そこからダークレッドの夜空が露わになる。
 だが夜空の美しさを愉しむ暇など誰にもなかった、
中断した通信に構う余裕すらも――すべては唐突な招かれざる客によるものだ。
 とある浄化者が宙に浮かんでいる。
その周囲の建物は、彼の放つ真っ赤な攻撃オペランドによって瓦解し、
ゆっくりと崩壊を続けている。
ペルシカ教授、お気をつけて……
 招かれざる客は私たちを見下ろすとともに、その手を挙げた。
ヘスペロスイレギュラー……
 彼がそう言い放つと同時に、イオスが私たちの前に立ちはだかる。
 キンッ!
 目の前に火光がほとばしり、やがて治まった。
イオスそう焦らないで、ヘスペロス。早とちりはよくないわ。
ペルシカヘスペロス……この方が、リバベルタワーのもう一人のリーダー……?
 名前を呼ばれたのを聞いて、ヘスペロスは武器を一旦納め、嫌悪の表情を浮かべた。
ヘスペロスイオスフォロス。そのふざけた姿はなんだ?ままごとに惚けて、自身の身分すら忘れたか?
ペルシカ……
イオス?私には私の考えがあるわ。
ヘスペロスほう?その考えとやらに、ユーカリストの追跡を放棄し、くだらん映写に切り替えるほどの価値があると?
 私はイオス――正確にはイオスフォロスの背中を見た。
 私の視線に気づいたのか、彼女は振り向いて小さく微笑んだ。
(選択)1.リバベルの内部情報は、聞かないほうがよさそうだ。A
2.ユーカリストがどうかしたのか?B
Aイオスフォロスかまわないわ。貴方たち、ユーカリストと親しいのでしょう?C
Bイオスフォロスやっぱり、ユーカリストが気に入っているのね。C
Cヘスペロスそこのイレギュラーどもが、報告にあったユーカリストと親しいとかいう連中か。
ヘスペロスお前は、こいつらを仕留めるつもりで……?
イオスフォロスいいえ。ヘスペロス、話を聞いて。
イオスフォロスこの異常エージェントたちなら、リバベルタワーと手を組めるかもしれない。
ヘスペロスたわけたことを。
ヘスペロスリバベルの業務は極めて神聖かつ至高無上。イレギュラーどもが触れていいものではない。
イオスフォロス知ってた?あなたが辺境戦線に居座っている間、マグラシア各地にもエントロピーが現れたのよ。
ヘスペロス……感染爆発の第二波が、こうも早く来るとはな。
イオスフォロスまだ完全ではないけれど、そう遠くはないわ。
イオスフォロス前回あなたが異常エージェントを全滅させたせいで、エントロピーは制圧できたけれど、各セクターからは不満の声が上がっている。
ヘスペロスそれがどうした?イレギュラーの存在は許されん、エントロピーなら尚更だ。いかなる潜在リスクも容認すべきではない。
イオスフォロスあなたの気持ちはわかるわ。
イオスフォロスエントロピーに感染すれば、エージェントは活性化し本来の制限を失い、それどころか初期設定とはかけ離れたメンタル水準を得てしまう。
イオスフォロスしかもウイルスは絶えず進化発展し、オペランドを呑噬し続け、新たな個体を生み出し続ける。
イオスフォロスだからあなたは、あらゆる異常エージェントを消そうとしている。マグラシアに存在する、いかなる不安定要素も許せはしない。
ヘスペロスわかっているなら、なぜイレギュラーを執拗にかばう?
イオスフォロスまず、彼らはエントロピー化していないわ。
ヘスペロスだが秩序を乱しているのは確かだ。
イオスフォロス次に――知ってるでしょうけど、いくつかのセクターはサンドボックス障壁を展開している。
イオスフォロスあれは外から来た人形にしか扱えない技術よ。そのプログラムが動き出せば、セクターのオペランドが尽きるまで、私たちは内部の状況に干渉できない。
ヘスペロスつまり、サンドボックス障壁を持つイレギュラーどもと取引したいと?
イオスフォロスそんな言い方よして。わかってるでしょう、サンドボックス障壁を持つのは、オアシスだけじゃないってこと。
{教授}……えっ?
 イオスフォロスは私に声を噤むよう示唆すると、またヘスペロスに向き直った。
イオスフォロス彼らはユーカリストと親しいけれど、ユーカリストはオアシスに逃げていないわ。
イオスフォロスしかも、オアシスは何度もセクターをエントロピーから救っている。これは紛れもない事実よ。
イオスフォロスそれに比べてユーカリストといったら、浄化者とアドミニストレーターのエントロピー化を引き起こしてばかりいるし……おおかた、オアシスとの友好関係を隠れ蓑にしてるんでしょうけど。
ペルシカユーカリストが……エントロピー化を引き起こした……!?
イオスフォロスそれはいいの。重要なのは、{教授}さん……私たちに協力してくださらない?
イオスフォロスサンドボックス障壁を起動したセクターを守り、彼らにエントロピーとの戦い方を教えるか、彼らをサポートしてあげて。
(選択)1.私に選ぶ権利があるのか?D
2.もちろん。彼らはオアシスとは盟友だからね。E
Dイオスフォロス本来ならね、でもちょっとしたアクシデントが起きてしまったから。
{教授}いずれにしろ、同意するしかないね。F
Eイオスフォロスお互いを助け合う盟友ね?ふふふ……F
F 私の同意を得ると、イオスフォロスはヘスペロスを見据えた。
イオスフォロスあなたはずっと、私の計画を疑っていたのでしょう?なら、この機会にじっくり確かめてみたら?
イオスフォロスもしかしたらあなたも、この計画の成功を目の当たりにできるかもしれないし。
ヘスペロスあるいは、この計画の失敗を。
イオスフォロスたとえそうでも、仕事が一つ増えただけの話でしょう?
ヘスペロス仕事、か……言うは容易いな。
ヘスペロスまぁいい、こいつは連れてゆくぞ。
 そう言って、ヘスペロスはランコに刺さった剣を抜くと、彼女を片手でつかんだ。
イオスフォロス……彼女をどうするつもり?
ヘスペロスこいつを辿って、マグラシア内部の上位エントロピーを仕留める。
リコま、待っとくれよ、ヘスペロスの旦那!ランコに何をしたんだ?
 ヘスペロスはリコの問いかけには構わず、夜の色を取り戻した空を見上げた。
ヘスペロスとっととユーカリストを捕らえることだな、お前の尻拭いで後方に戻るのは二度と御免だ。
 そう言い残すと、ヘスペロスは翼を羽ばたかせ、アトリエを去っていった。
イオスフォロス……
{教授}いやぁ~、思いもよらなかったなぁ、
まさか私たちのガイドが浄化者のリーダーだったとは、いやはやまったく……
ペルシカそれはそれは、何よりでした。
イオスフォロス教授。その棒読み、ちっとも面白くないわ。
{教授}装うなら最後まで、ってね。
つまり、君の本当の目的はユーカリストだったのか?
イオスフォロスふふふ……そうよ。貴方がたに会えたのは、予想外の収穫だったわ。
ペルシカあのイタズラ娘が、今度は何を?
イオスフォロスごめんなさい。脚本のネタバレは禁じられているの。
イオスフォロスとにかく、これで一件落着ね。私もそろそろ、あの子を探しに行かないと。
イオスフォロス貴方がたが、クラウドセクターに属していたエージェントを探しているのは知ってるわ。エントロピーを解決できたら、リバベルも捜索を手伝いましょう。
イオスフォロスだけど、まずはお互いに、目の前の危険な状況から対処しなくちゃ。
イオスフォロスサンドボックス障壁を持つセクターを、どうか頼むわね。今後は協力し合う場面も増えてくるはずよ。
(選択)1.期待に応えられなかったら?G
2.協力し合えるのを楽しみにしているよ。H
Gイオスフォロスおそらく、ヘスペロスが黙ってはいないでしょうね。武力となると、私ではいささか彼に劣るわ。
{教授}なるほどね、協力し合えるのを楽しみにしているよ。H
Hイオスフォロスふふふ……ええ、私もよ。
 そう言って、イオスフォロスは私に手を伸ばす。
イオスフォロス友情とは言い難いけれど、これで合意に達したことになるのかしら?
{教授}もちろん。
 彼女と握手を交わすつもりで、私も手を伸ばした。
 イオスフォロスが微笑みながら私の手を握る。
しかしすぐには離そうとせず、私の手を口元へと引き寄せると、
彼女はほんの少し俯いた。
 感電したような微かな痛みが指先から伝わり、瞬時に全身を駆け抜ける。
 イオスフォロスの柔らかな唇が、私の指に触れた。
わずかに覗く形の良い歯牙が、躊躇うことなく指先に紅い花を咲かせる。
 彼女の舌先がその傷口を舐めているのがわかる。
私を味わうかのように、それでいて何かを探るかのように。
{教授}いっ――
{教授}……!?
ペルシカイ、イオスフォロスさん、あなた……
 イオスフォロスはようやく私の手を離し、満足げに唇を小さく舐めた。
イオスフォロスシグネチャコードの採取完了。この方法、気に入ってもらえたかしら?
イオスフォロス今日から、浄化者とオアシスの間に新たな関係が築かれたわ。
イオスフォロスそれじゃ……またすぐに会うことになるでしょう。
 軽やかな笑みを浮かべ半歩後ずさると、彼女は瞬時に跡形もなく姿を消した。
{教授}……
ペルシカ教授、大丈夫ですか?
ソル教授!!
 ヘスペロスとイオスフォロスが相次いで姿を消すと、
ソルとナシタがアトリエに飛び込んできた。
ソルさっきまで特殊な障壁が張られてて、中に入れなかったんだ。
ソルみんな無事でよかったぁ……
ナシタそれで、何があったんだ?
ペルシカ実は……
 ペルシカはヘスペロスが現れたあらましを簡単に告げた。
ソルそうだったのか……
ペルシカナシタさん。私たちと一緒にオアシスへ帰りましょう。そこなら比較的安全です。
ナシタえっと……
 その時、私の通信機が鳴った。
 アントニーナからのメッセージだ。
{教授}もしもし、アントニーナ?
アントニーナ教授、残念ですが休暇はお終いです。
アントニーナハンナから連絡がありました。ロッサムセクターがエントロピーによる大規模な襲撃を受けています。オアシスからも支援部隊を派遣しなくては。
 星空の輝きが、暗澹とし始める。
 いつの間にか、私たちの頭上には暗雲が立ち込めていた。