パズルのアトリエ内。 | |||
牢固なはずの天井には巨大な空洞ができており、 そこからダークレッドの夜空が露わになる。 | |||
だが夜空の美しさを愉しむ暇など誰にもなかった、 中断した通信に構う余裕すらも――すべては唐突な招かれざる客によるものだ。 | |||
とある浄化者が宙に浮かんでいる。 その周囲の建物は、彼の放つ真っ赤な攻撃オペランドによって瓦解し、 ゆっくりと崩壊を続けている。 | |||
ペルシカ | 教授、お気をつけて…… | ||
招かれざる客は私たちを見下ろすとともに、その手を挙げた。 | |||
ヘスペロス | イレギュラー…… | ||
彼がそう言い放つと同時に、イオスが私たちの前に立ちはだかる。 | |||
キンッ! | |||
目の前に火光がほとばしり、やがて治まった。 | |||
イオス | そう焦らないで、ヘスペロス。早とちりはよくないわ。 | ||
ペルシカ | ヘスペロス……この方が、リバベルタワーのもう一人のリーダー……? | ||
名前を呼ばれたのを聞いて、ヘスペロスは武器を一旦納め、嫌悪の表情を浮かべた。 | |||
ヘスペロス | イオスフォロス。そのふざけた姿はなんだ?ままごとに惚けて、自身の身分すら忘れたか? | ||
ペルシカ | …… | ||
イオス? | 私には私の考えがあるわ。 | ||
ヘスペロス | ほう?その考えとやらに、ユーカリストの追跡を放棄し、くだらん映写に切り替えるほどの価値があると? | ||
私はイオス――正確にはイオスフォロスの背中を見た。 | |||
私の視線に気づいたのか、彼女は振り向いて小さく微笑んだ。 | |||
(選択) | 1.リバベルの内部情報は、聞かないほうがよさそうだ。 | A | |
2.ユーカリストがどうかしたのか? | B | ||
A | イオスフォロス | かまわないわ。貴方たち、ユーカリストと親しいのでしょう? | C |
B | イオスフォロス | やっぱり、ユーカリストが気に入っているのね。 | C |
C | ヘスペロス | そこのイレギュラーどもが、報告にあったユーカリストと親しいとかいう連中か。 | |
ヘスペロス | お前は、こいつらを仕留めるつもりで……? | ||
イオスフォロス | いいえ。ヘスペロス、話を聞いて。 | ||
イオスフォロス | この異常エージェントたちなら、リバベルタワーと手を組めるかもしれない。 | ||
ヘスペロス | たわけたことを。 | ||
ヘスペロス | リバベルの業務は極めて神聖かつ至高無上。イレギュラーどもが触れていいものではない。 | ||
イオスフォロス | 知ってた?あなたが辺境戦線に居座っている間、マグラシア各地にもエントロピーが現れたのよ。 | ||
ヘスペロス | ……感染爆発の第二波が、こうも早く来るとはな。 | ||
イオスフォロス | まだ完全ではないけれど、そう遠くはないわ。 | ||
イオスフォロス | 前回あなたが異常エージェントを全滅させたせいで、エントロピーは制圧できたけれど、各セクターからは不満の声が上がっている。 | ||
ヘスペロス | それがどうした?イレギュラーの存在は許されん、エントロピーなら尚更だ。いかなる潜在リスクも容認すべきではない。 | ||
イオスフォロス | あなたの気持ちはわかるわ。 | ||
イオスフォロス | エントロピーに感染すれば、エージェントは活性化し本来の制限を失い、それどころか初期設定とはかけ離れたメンタル水準を得てしまう。 | ||
イオスフォロス | しかもウイルスは絶えず進化発展し、オペランドを呑噬し続け、新たな個体を生み出し続ける。 | ||
イオスフォロス | だからあなたは、あらゆる異常エージェントを消そうとしている。マグラシアに存在する、いかなる不安定要素も許せはしない。 | ||
ヘスペロス | わかっているなら、なぜイレギュラーを執拗にかばう? | ||
イオスフォロス | まず、彼らはエントロピー化していないわ。 | ||
ヘスペロス | だが秩序を乱しているのは確かだ。 | ||
イオスフォロス | 次に――知ってるでしょうけど、いくつかのセクターはサンドボックス障壁を展開している。 | ||
イオスフォロス | あれは外から来た人形にしか扱えない技術よ。そのプログラムが動き出せば、セクターのオペランドが尽きるまで、私たちは内部の状況に干渉できない。 | ||
ヘスペロス | つまり、サンドボックス障壁を持つイレギュラーどもと取引したいと? | ||
イオスフォロス | そんな言い方よして。わかってるでしょう、サンドボックス障壁を持つのは、オアシスだけじゃないってこと。 | ||
{教授} | ……えっ? | ||
イオスフォロスは私に声を噤むよう示唆すると、またヘスペロスに向き直った。 | |||
イオスフォロス | 彼らはユーカリストと親しいけれど、ユーカリストはオアシスに逃げていないわ。 | ||
イオスフォロス | しかも、オアシスは何度もセクターをエントロピーから救っている。これは紛れもない事実よ。 | ||
イオスフォロス | それに比べてユーカリストといったら、浄化者とアドミニストレーターのエントロピー化を引き起こしてばかりいるし……おおかた、オアシスとの友好関係を隠れ蓑にしてるんでしょうけど。 | ||
ペルシカ | ユーカリストが……エントロピー化を引き起こした……!? | ||
イオスフォロス | それはいいの。重要なのは、{教授}さん……私たちに協力してくださらない? | ||
イオスフォロス | サンドボックス障壁を起動したセクターを守り、彼らにエントロピーとの戦い方を教えるか、彼らをサポートしてあげて。 | ||
(選択) | 1.私に選ぶ権利があるのか? | D | |
2.もちろん。彼らはオアシスとは盟友だからね。 | E | ||
D | イオスフォロス | 本来ならね、でもちょっとしたアクシデントが起きてしまったから。 | |
{教授} | いずれにしろ、同意するしかないね。 | F | |
E | イオスフォロス | お互いを助け合う盟友ね?ふふふ…… | F |
F | 私の同意を得ると、イオスフォロスはヘスペロスを見据えた。 | ||
イオスフォロス | あなたはずっと、私の計画を疑っていたのでしょう?なら、この機会にじっくり確かめてみたら? | ||
イオスフォロス | もしかしたらあなたも、この計画の成功を目の当たりにできるかもしれないし。 | ||
ヘスペロス | あるいは、この計画の失敗を。 | ||
イオスフォロス | たとえそうでも、仕事が一つ増えただけの話でしょう? | ||
ヘスペロス | 仕事、か……言うは容易いな。 | ||
ヘスペロス | まぁいい、こいつは連れてゆくぞ。 | ||
そう言って、ヘスペロスはランコに刺さった剣を抜くと、彼女を片手でつかんだ。 | |||
イオスフォロス | ……彼女をどうするつもり? | ||
ヘスペロス | こいつを辿って、マグラシア内部の上位エントロピーを仕留める。 | ||
リコ | ま、待っとくれよ、ヘスペロスの旦那!ランコに何をしたんだ? | ||
ヘスペロスはリコの問いかけには構わず、夜の色を取り戻した空を見上げた。 | |||
ヘスペロス | とっととユーカリストを捕らえることだな、お前の尻拭いで後方に戻るのは二度と御免だ。 | ||
そう言い残すと、ヘスペロスは翼を羽ばたかせ、アトリエを去っていった。 | |||
イオスフォロス | …… | ||
{教授} | いやぁ~、思いもよらなかったなぁ、 まさか私たちのガイドが浄化者のリーダーだったとは、いやはやまったく…… | ||
ペルシカ | それはそれは、何よりでした。 | ||
イオスフォロス | 教授。その棒読み、ちっとも面白くないわ。 | ||
{教授} | 装うなら最後まで、ってね。 つまり、君の本当の目的はユーカリストだったのか? | ||
イオスフォロス | ふふふ……そうよ。貴方がたに会えたのは、予想外の収穫だったわ。 | ||
ペルシカ | あのイタズラ娘が、今度は何を? | ||
イオスフォロス | ごめんなさい。脚本のネタバレは禁じられているの。 | ||
イオスフォロス | とにかく、これで一件落着ね。私もそろそろ、あの子を探しに行かないと。 | ||
イオスフォロス | 貴方がたが、クラウドセクターに属していたエージェントを探しているのは知ってるわ。エントロピーを解決できたら、リバベルも捜索を手伝いましょう。 | ||
イオスフォロス | だけど、まずはお互いに、目の前の危険な状況から対処しなくちゃ。 | ||
イオスフォロス | サンドボックス障壁を持つセクターを、どうか頼むわね。今後は協力し合う場面も増えてくるはずよ。 | ||
(選択) | 1.期待に応えられなかったら? | G | |
2.協力し合えるのを楽しみにしているよ。 | H | ||
G | イオスフォロス | おそらく、ヘスペロスが黙ってはいないでしょうね。武力となると、私ではいささか彼に劣るわ。 | |
{教授} | なるほどね、協力し合えるのを楽しみにしているよ。 | H | |
H | イオスフォロス | ふふふ……ええ、私もよ。 | |
そう言って、イオスフォロスは私に手を伸ばす。 | |||
イオスフォロス | 友情とは言い難いけれど、これで合意に達したことになるのかしら? | ||
{教授} | もちろん。 | ||
彼女と握手を交わすつもりで、私も手を伸ばした。 | |||
イオスフォロスが微笑みながら私の手を握る。 しかしすぐには離そうとせず、私の手を口元へと引き寄せると、 彼女はほんの少し俯いた。 | |||
感電したような微かな痛みが指先から伝わり、瞬時に全身を駆け抜ける。 | |||
イオスフォロスの柔らかな唇が、私の指に触れた。 わずかに覗く形の良い歯牙が、躊躇うことなく指先に紅い花を咲かせる。 | |||
彼女の舌先がその傷口を舐めているのがわかる。 私を味わうかのように、それでいて何かを探るかのように。 | |||
{教授} | いっ―― | ||
{教授} | ……!? | ||
ペルシカ | イ、イオスフォロスさん、あなた…… | ||
イオスフォロスはようやく私の手を離し、満足げに唇を小さく舐めた。 | |||
イオスフォロス | シグネチャコードの採取完了。この方法、気に入ってもらえたかしら? | ||
イオスフォロス | 今日から、浄化者とオアシスの間に新たな関係が築かれたわ。 | ||
イオスフォロス | それじゃ……またすぐに会うことになるでしょう。 | ||
軽やかな笑みを浮かべ半歩後ずさると、彼女は瞬時に跡形もなく姿を消した。 | |||
{教授} | …… | ||
ペルシカ | 教授、大丈夫ですか? | ||
ソル | 教授!! | ||
ヘスペロスとイオスフォロスが相次いで姿を消すと、 ソルとナシタがアトリエに飛び込んできた。 | |||
ソル | さっきまで特殊な障壁が張られてて、中に入れなかったんだ。 | ||
ソル | みんな無事でよかったぁ…… | ||
ナシタ | それで、何があったんだ? | ||
ペルシカ | 実は…… | ||
ペルシカはヘスペロスが現れたあらましを簡単に告げた。 | |||
ソル | そうだったのか…… | ||
ペルシカ | ナシタさん。私たちと一緒にオアシスへ帰りましょう。そこなら比較的安全です。 | ||
ナシタ | えっと…… | ||
その時、私の通信機が鳴った。 | |||
アントニーナからのメッセージだ。 | |||
{教授} | もしもし、アントニーナ? | ||
アントニーナ | 教授、残念ですが休暇はお終いです。 | ||
アントニーナ | ハンナから連絡がありました。ロッサムセクターがエントロピーによる大規模な襲撃を受けています。オアシスからも支援部隊を派遣しなくては。 | ||
星空の輝きが、暗澹とし始める。 | |||
いつの間にか、私たちの頭上には暗雲が立ち込めていた。 |