墟上之歌 戦憶探溯 PART.2 外伝

Last-modified: 2026-02-06 (金) 08:02:25

 一週間後、キュクロプスではセレモニーが執り行われていた。
ジン「犠牲となったすべてのエージェントたち、そして二度と戻らぬターシャの記念日を設立する」……
ジン提案が実現するだなんて驚きですね、蔵音さん。
蔵音あーし一人の提案じゃあござんせん。数多くのエージェントたちの願いですよ。
ジン彼らがそう願っていただなんて、知りませんでした。
蔵音民俗ってのは無理強いじゃなく、人々の願いが発端ですからねぇ。
蔵音口にしなくとも、無意識に影響を与えてしまうもんです。
蔵音最初の一人が動き出せば、それに共鳴する者たちが感化されて、あとに続く。
蔵音それが次第に積み重なって「習わし」は生まれる。
ジン予想外の事態によって、井戸が川になったというわけですね。
蔵音河川は例外なく海へと還る。もともと感情ってのは、共鳴し合うものでございますからねぇ、ええ。
ジン「カクテルグラスに揺れるのは酒ではなく、百人百様の人生である」
蔵音ほぉ?悪くない展延でございますこと。
ジン僕の言葉ではありません。とあるバーテンダーの本の序章に、そう書かれていたんです。
ジン民俗学とお酒がこうして結びつくのは、感慨深いものがありますね。
蔵音おほほほ……あーたが教授にカクテルをご馳走する横で、祭日におけるお酒の意味ってのを小一時間説明してさしあげますよ。
 ジンは微笑んだ。
ジンその前に、蔵音さん。あなたをお探しです。
ネームレス蔵音さん。
 蔵音が振り向くと、ネームレスが少し離れた場所に立っていた。
蔵音おや、久方ぶりだこと。ここ一週間、お見かけしませんでしたねぇ。Monitor101の話しじゃ、オリヴィアと残業してらしたんですって?
蔵音仕事は終わったんで?
ネームレスいえ、まだです。今日はターシャさんの記念日なんで、花を捧げに来ました。
蔵音なるほど、ご気分は如何です?
 蔵音はそう言いながら、同じように花束を一つ手に取ると、
並んでいるエージェントたちの後ろに向かった。
ネームレスがその後を追う。
ネームレス妙な気分ですよ。あなたの言っていた、端午節を思い出します。
ネームレスターシャさんが戦った場所に花を供えても、彼女は受け取れない。ただ単に、自分に言い聞かせてるだけです。俺がリセットされない限り、想いは途切れないと。
蔵音それこそが祭日の意味するところでございますから。
蔵音きっと……爺さまが身を挺して文明を守ろうとしたのも、それが理由でござんしょう。
蔵音亡くなった者を覚えてさえいれば、彼らは違った形で存在し続ける。
ネームレスでも、やっぱり納得いきません。ターシャさんが、どうして戻りたくなかったのか。
ネームレスもしかしたら、俺たちに二度と会いたくなかったのかもしれませんね。それでも俺たちは稼働し続けて、彼女を想い続けてる。
蔵音もしターシャが本当に嫌がっていたらどうします?
ネームレスそれなら、ターシャさんの口から直接伝えてもらうしかありませんね。いつか俺が彼女と同じ考えを抱いた時、俺のデータは彼女とともに封じられるはずです。
ネームレスその時になったら、データの海で彼女とまた出会えるかもしれない。
蔵音ご存知ですか、ネームレス。
ネームレスえ?
蔵音人間も似たようなことを言いますよ、来世に希望を託すだとか。
 やがて、二人の番がやってきた。
 広場の記念碑の前に、蔵音は花束を置いた。
ネームレス来世は、俺にはよくわかりません。だけど未来なら――ここにはやがて、キュクロプスで唯一の花畑ができるでしょう。
蔵音素敵じゃあございませんか。ここは随分と殺風景ですからねぇ。
蔵音今度来る時は、一面の花畑を拝めるわけか。何の花を植えるか決めたんです?
ネームレストレーダーが来た時に、生態セクターか芸術セクターから種を分けてもらえないか聞いてみるつもりです。
ネームレス蔵音さんは、いつここを発つんですか?
蔵音今日の祭典が終わったら、立ち去りますよ。
蔵音忌々しい奴ですけれど、ジンの言葉は正しい。あーしにキュクロプスは変えられない。
ネームレスでも、俺たちが変われたのは、あなたのおかげだ。
蔵音いいええ。道を選び取ったのはあーた方でござんす。あーしはただ、その過程をほんの少し早めて、見てくれをほんの少しマシにしたというだけで。
蔵音あーしがキュクロプスのためにできることは、もうありんせん。
蔵音あとはさっさと現実に戻って、一番大切な人のもとへと帰らなくては。
ネームレス一番、大切な人ですか?
蔵音家族よりも大切な存在なんて、ありゃしませんよ。
蔵音爺さまに残された時間は少ないんです。顔を合わせるたびに、次の機会が減ってゆく。
ネームレス……あなたはいつも、さっきの概念が理解できたかと思うと、またさらなる概念を容赦なく放り込んでくる。
蔵音あのジジイのロクでもない習慣を受け継いでしまったのかもしれませんねぇ。学生の中じゃ、それはもう嫌われ者でして。
ネームレス俺は、あなたを嫌ったりしません。
ネームレスそうだ、これを受け取ってください。
 ネームレスは真新しい立方体を取り出した。
蔵音これは……?
ネームレスあなたの要望どおりに、監理型に作らせた「巳ツ子」です。
ネームレスこいつが、オアシスまであなたを守ってくれますように。
蔵音なるほど、ものは試しでござんすね。ポンコツだったら即送り返してやりますから、覚悟なさいな。
ネームレスはい。
 蔵音は立方体を受け取って、セレモニー会場の外へと向かった。
ネームレス蔵音さん、待ってください。
蔵音まだ何か?
ネームレスあなたがセクターを出る時、俺はオリヴィアの業務を手伝ってると思います。
ネームレス今のうちに、伝えておきたくて。
 蔵音は訝しげに彼をまじまじと見つめて、次の言葉を待った。
ネームレスあなたが現実に戻るまで、キュクロプスはいつでもあなたを歓迎します。
蔵音……くくく。次に会う時は、立派な花畑を見せておくんなまし!
 
半日後、キュクロプスセクター周辺のNullエリア。
蔵音……まさかこいつが、あーたの言う案内人で?
ジンええ、何か問題でも?
野良ええ、何か問題でも?
蔵音大ありですよ!!今どきリピート機なんざ流行らんっつの!!このベタ塗りホルスタイン女が!!
野良気分良うなっとぉところ申し訳なかけんど、うちゃ取材しにきただけやけん。
ジンおや、教授からの情報と食い違っているようですね。確認してみます、少々お待ちを。
蔵音教授からのメッセージになんて書かれてるんです、見せておくんなまし!!
野良あっ、ま、待って……!!
蔵音ほぉ~……これはこれは……
野良うぅっ……!
 ジンの通信機から顔を上げた蔵音は、皮肉めいた表情を浮かべている。
蔵音「蔵音が心配だから出迎えを申請する」……いったいぜんたい、どこの野良猫が書き記したものでしょうかねぇ?
野良と、通りすがりン野良猫が焼き魚がなかと生きてけん貧乳の蛇ば心配しとっただけやけん。
蔵音おやおや、それならニャーニャー鳴いてその蛇とやらを悦ばせてみたらどうなんです?乳ばっかり膨れ上がった能無しの猫を哀れんで、この事を言いふらさずにいてくれるかもしれませんよ?
野良……話題ば変えるったい。
野良ここまでん旅で、悪うなかネタが手に入ったっちゃ。
蔵音ほぉ?
野良キュクロプスん様子ば見よったら、初めてあんたに評論書かれた作品ば思い出してもーて。
蔵音あ~、あのデタラメだらけの内容で事実をひん曲げた三流脚本でござんすね。はいはいはい。
野良ま、まぁ、確かに、あん時はうちも未熟だったけんど……
蔵音えーー?なにかおっしゃいました?風が大きくてなーーんにも聞こえませんねぇ!?
野良だ・か・ら!あん時は確かに未熟やったって言いよーと!あん後で、うちや大勢のファンたちが、そん文化ばちゃ~んと学んでるけんね!
蔵音……今日はやけに正直じゃあございませんか。太陽が西から昇ったりしませんかねぇ?
蔵音ま、そういった結果もよござんしょ……娯楽作品の宣伝効果は、論文のそれに遥かに勝ることは周知の事実でございますから、ええ。
野良フフン……メディアと学問、どっちも一長一短やね。
蔵音勘違いしないでおくんなまし、あーたの腕を認めたわけじゃあござんせん。三流脚本家なんざ、箸にも棒にもかかりゃしませんよ。
野良あんたこそ、できるモンならうちのサポートなしでオアシスに行ってみんしゃい?
蔵音ハナっからお呼びじゃないっつの。なんせ、あーしには巳ツ子がおりますから。現実世界じゃ二人であちこち旅したもんです。
 蔵音がそう言うと、カラフルなブロックで構成された蛇が、
彼女の背後から顔をのぞかせた。
野良ぐぬぬ……華やかさにおいては負けたような気がするけんど、こりゃ第一ラウンドに過ぎんもんね!
蔵音ほぉ?なら次は戦闘能力でも競います?
蔵音そこの巨大な岩ですら、巳ツ子は容易く壊せますよ?
 そう言って、蔵音は巳ツ子に白い岩を破壊させた。
 ところが、白い岩は砕けなかった。
岩に亀裂が入ったかと思うと、その内側から白いオペランドが溢れ出す。
野良なんやこれ、どっかで……見たような……
蔵音……あーしも、妙に見覚えがありますねぇ……
ジンおそらく、下位浄化者の一種でしょう。
浄化者【攻撃信号を検知、支援を要請します】
【座標:キュクロプスセクター周辺、No.4哨戒タワー】
野良……
蔵音……
ジン……困ったことになりました。
蔵音ナレーションしてないで、さっさと逃げるんですよ!!!!!
 いくつもの鋭くも騒がしい叫び声は、Nullエリアに長らく響いていた。