| キュクロプス、隔離壁旧跡、ジンのバー。 | |||
| 蔵音 | こいつ……ただのバーテンダーかと思いきや、立派な「ドングル」だったとはね! | ||
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| 血相を変えた蔵音を前に、ジンは静かに彼女を見つめるだけだ。 | |||
| ジン | お客様のご要望にお応えするのが、バーテンダーの使命です。教授は失踪した人形を一人残らず連れ帰ることをお望みです。 | ||
| ジン | それに、今のキュクロプスは長居するにふさわしくありません。 | ||
| 蔵音 | 完ッ全ッに人の話を聞かないタイプでござんしたか……ですがその論理だと、あーしだってあーたの「お客様」に違いありんせん。 | ||
| ジン | もちろんです。 | ||
| 蔵音 | フン、だったら何か出したらどうなんです。長いこと瓦礫に押しつぶされて、腹が減って仕方がないったら。 | ||
| ジン | 何になさいますか? | ||
| 蔵音 | いやなに、たいした注文じゃあござんせん。焼き魚を一匹頼みましょうかね。 | ||
| ジン | それは……僕の得意分野からは少々、かけ離れていますね。 | ||
| 蔵音 | おや、どこの誰でしょうねぇ?客の要望には必ず応えると豪語していたのは。 | ||
| ジン | いえ、つまり……理想的な結果には至らないかと。 | ||
| カウンターに座る蔵音が、大きく背伸びをした。 | |||
| ジン | ……承知いたしました、少々お待ち下さい。 | ||
| そう言って、ジンはカウンターの奥に消えた。 | |||
| 蔵音 | (……ちょいとやりすぎた?) | ||
| 蔵音 | (まぁいいか。OKしたんだし、大丈夫でしょ) | ||
| バーの奥からかすかに聞こえてくるオーブンの音に耳を傾けながら、 蔵音はつまらなそうに店内を見渡した。 | |||
| 蔵音 | (まるで軍人が武器を並べるような陳列、キュクロプスにもともとあった家具かもしれない) | ||
| 蔵音 | (ミリタリー調の家具であつらえたバー、か。雰囲気はあるわね、客は少ないけど) | ||
| 蔵音 | (そもそも、キュクロプスのエージェントが全員あのネームレスとかいう男と同じだったら、商売あがったりなんじゃ?) | ||
| バーにはゆったりとしたメロディのピアノ曲が流れている。 周囲を眺めていた蔵音のメンタルに、ふと、哀れみの情が湧いた。 | |||
| 蔵音 | 閑古鳥が喚いてる店のバーテンをいじめるのは、さすがに気が引けるな…… | ||
| 蔵音は立ち上がると、カウンターテーブルを迂回して、キッチンの扉を叩いた。 | |||
| 蔵音 | あーた、大丈夫なんです? | ||
| ジンの声 | ああ、蔵音さん。 すみません、もう少しお待ち頂けますか? | ||
| 蔵音 | なにやら焦げてるようですけど?できないものはできないと正直におっしゃい。 | ||
| ジンの声 | そうですね……少々お待ちを。 | ||
| 蔵音 | 少々少々って、いったい何をやってるんです?その音、オーブンで魚を焼いてるんでござんしょう?まずは電源を止めなさいな! | ||
| 蔵音 | ……まさか、丸焦げになった魚を慌てて片付けてるんじゃあござんせんよね? | ||
| ジンの声 | いえ、そういうわけでは。 | ||
| ジンの声 | 実は、誤って自分の手を焦がしてしまいまして……作業に手間取っております。 | ||
| 蔵音 | ……いや、そこまでします?できないと認めるのがそんなに難しいんですかねぇ? | ||
| 蔵音は扉に耳を押し当てて、中の物音を聞こうとした。 | |||
| 扉が微かに震動し続ける一方で、聞こえる声は相変わらず穏やかなままだ。 | |||
| ジンの声 | お酒は、お客様に愉しんで頂くために存在します。 もちろん、バーも同様に。 | ||
| 蔵音 | あーた……まさか、注文と冗談の区別もつかないんです? | ||
| ジンの声 | 蔵音さんが冗談を仰るのも、愉しさを求めてのことでしょう。 | ||
| ジンの声 | あなたにとっては、これが心へのカクテルに相当する。 | ||
| 蔵音 | 間違ってはいませんけどね。それはそうと、片付きました? | ||
| ジンの声 | 申し訳ありません、まだお時間がかかりそうです。 | ||
| 扉の震動がいっそう激しくなった。 | |||
| 蔵音 | これは……地震?なんだか嫌な予感が…… | ||
| ジンの声 | もしかしたら、オーブンの蓋が閉まらないせいかもしれません。 | ||
| 蔵音 | ……!! | ||
| 礼儀もそこそこに、蔵音は即座に扉を押し開いた。 | |||
| 鼻につくような焦げた臭いが、キッチンに充満していた。 見れば、ジンが焼け焦げた素手で、旧式オーブンの取っ手をつかんでいる。 ガタガタと揺れるオーブンの針は、危険な赤いゾーンを示していた―― | |||
| 蔵音 | なにをやってんです、あーたは!? 爆発寸前じゃあござんせんか!!? | ||
| ジン | どうにかして蓋を閉めようと思ったのですが、 なにせ古いオーブンですから、立て付けが悪くて…… | ||
| 蔵音 | これを事故といわずしてなんと!? | ||
| ジン | 結果的に、そうなりますね。 | ||
| 蔵音 | なんでそんなに落ち着いてられるんです!? 逃げるんですよ!! | ||
| 考える暇もなく、蔵音はむんずとジンの袖をつかみ、彼を連れてバーの外へと走った。 | |||
| 彼らがホールを抜けてバーを飛び出そうとした瞬間―― | |||
| ドォンッ!! | |||
| バーが轟音をたてて崩壊し、二人の人形を呑み込んだ。 |
