墟上之歌 戦憶探溯 STAGE 2 通釈-3

Last-modified: 2026-02-06 (金) 07:34:41

キュクロプス、隔離壁旧跡、ジンのバー。
 数分前までは何事もなく建っていたはずの建物が、今や廃墟と化している。
崩れた建物の下で、人形たちは身動きが取れずにいた。
蔵音……瓦礫の下から這い出て、まだ1時間も経ってないってのに……
蔵音なんでこう焼き魚を食べようとすると、ろくでもない事態になるんだか……
ジンこれでキュクロプスがいかに危険かご理解頂けるなら、悪くない展開かもしれませんね。
蔵音あーたね、どんだけあーしを追い出したいんです?
あのネームレスとかいう男もですよ。
八字不合(はちじふごう)にもほどがあるったら!
ジン八字不合……中国のことわざでしょうか。
蔵音さんは、中国のご出身なのですか?
蔵音ええ、まぁ。八字、またの名を四柱推命(しちゅうすいめい)。
人形だって生年月日で推命くらいしますよ。それの何がいけないんで?
ジンいえ、そういうつもりでは。誰しも追い求めるものは異なります。
僕たちはただ、可能な限り互いの想いを伝え合っているだけに過ぎない。
 ジンは瓦礫の中から片方の腕を引き抜くと、慣れた手付きで通信機の画面をタップした。
ジン救難信号を送りました、すぐに誰かが駆けつけるでしょう。
蔵音その動作、手慣れすぎやしません?あーしですら心が痛みますよ。
ジンありがとうございます。
蔵音褒めてないっつの!まったく、手だけはいっぱしに早いんだから……
蔵音まぁ、かまやしませんけどね。あーしの思考を邪魔しないでおくんなまし。
ジンわかりました。
 そう言ったきり、ジンは黙った。
蔵音……ジン、起きてます?フリーズしたんじゃないでしょうね?
 蔵音の問いかけに答えるのは静寂だけだ。
蔵音ジン?もう考え事は終わりましたよ、なにか喋ったらどうです!?
ジン承知しました、フリーズはしていません。
蔵音あーたの反応ロジックを見てると、今が60年前の21世紀初頭のように思えてきますよ。
ジンなぜです?
蔵音あの時代には、まだ人形と呼べる個体は存在しておりませんでしたから。AIに「ヘイ、ジン!」と問いかければ、「はい」と答える程度の技術力ですよ。
ジン彼らと違って、僕には自主性が存在します。バーに入った瞬間から、あなたは僕のお客様となった。ただそれだけのこと。
蔵音そんなんじゃ、客に虐められるのがオチでしょうに。
ジン理不尽なお客様は、それほど多くはありません。ほとんどの方は、心中を吐露するためにいらっしゃいますね。お客様の言葉に耳を傾け、一杯のお酒をつくる。それが僕の仕事です。
ジン蔵音さんのようなお客様は稀ですよ。
蔵音想像はつきますよ。人間ってのは、水を汲まれるのをたいそう好みますから。
ジン水を、汲まれる?
蔵音故郷(くに)の方言にござんす。井戸はご存知で?
ジンええ。独特な口当たりのために、井戸の水を使い続けている銘柄もありますね。趣きの一つと言えるでしょう。
ジンその他にも、東洋ではしばしばホラー映画の題材として取り上げられています。
蔵音その通り。目には見えない幽深たるモノたち。それらは命を永らえる水を与えもすれば、時に人の命を奪いもする。
蔵音人の心を井戸に喩えるなら、その中を流れる感情は、水にほかならない。
ジンとても巧妙な例えですね。
蔵音おや、少しはわかるクチですか。
ジン現実ではよく、お客様の話を聞き終えると、それを基にしたカクテルをねだられました。
ジンその行為が何を意味するのか、僕にはわからなかった。ですが、あなたの話を聞いて、なんだか理解できたような気がします。
ジン彼らは、自分たちの井戸の水と同じ味わいを、僕にブレンドして欲しかったのかもしれません。
ジングラスの中の自分をみつけ、自分を飲み干す。そうすることで、慰めが得られるのでしょう。
蔵音珍しい話じゃござんせん。民俗学もサービス業も、人の心の流れに沿って成り立つものでございますからねぇ。
ジンですが、僕たちは人形です。
蔵音なにを仰るかと思えば。人形の造物だって、人間の一部と変わらないでしょうに。
ジン僕たちは人間の道具であって、人間の紡ぐ物語の端役です。
蔵音いいえ。人形とは人間にまつわる物語の、新たな紡ぎ手。
ジンなるほど……僕たちも物語の一つだと仰るんですね。お酒から様々なエピソードが生まれるように。
ジンそれでしたら、蔵音さんがキュクロプスで紡ぎたい物語とは、いったい何なのです?
蔵音……
蔵音あのジジイ……あーしの所有者ですがね。あの老骨が戦いに巻き込まれると知っていて、どんな気持ちで現地の民俗学資料を探しに行ったのか、知りたいというだけですよ。
蔵音人形のあーしですらスクラップ同然だったってのに、何を考えてんだか!将軍気取りですかね、まったく。ニワトリ一匹始末できないヨボヨボの民俗学教授がですよ?イカれちまったに決まってます。
ジン彼が行かなかったら、どうなるんですか?
蔵音……
 蔵音は黙った。比較的凹凸のない瓦礫を探して、頭で寄りかかる。
蔵音あすこは戦火で燃やされて、跡形どころか廃墟すら残らない。あーしらが探し続けてきた伝承の手がかりも、そこでパッタリ途絶える。
 蔵音の視線が、瓦礫の隙間を抜けて、地平線へと向けられた。
 記憶が再び、あの日へと舞い戻る。
 老人は蔵音の頭を撫でながら、さよならを口にする。
彼女は暗闇に横たわり、届きもしない恨みつらみを垂れ流すだけだ。
ジン……
ジン彼は、今もご健在ですか?
蔵音ええ、そりゃあもう。
しかも、お望みの資料まで手に入れて。
蔵音両足と引き換えですがね。
ジン……その方のご判断が正しかったかどうか、僕にとやかく言える資格はありません。
ですが、きっと相応の準備……もしくは、覚悟をした上でのことでしょう。
ジンあなたはどうですか?
蔵音え?
ジンキュクロプスは依然として、危険の真っ只中にあります。いつ新たな戦いが起こってもおかしくない。あなたもそれはご存知のはずだ。ならなぜ、ここに残ろうとするんです?
蔵音……爺さまと初めて未開の地を訪れた時、現地の悪習を目の当たりにしたあーしのメンタルに芽生えたのは、憎悪と恐怖にござんした。
蔵音彼らの歴史と地理的な困窮を知ってようやく、徐々に受け入れられるようになった次第で。
ジン反対は不理解を源とするからこそ、教授を理解したかった。そこで、似たような手段を取ろうと?
蔵音「似たような手段」ねぇ……
ジン僕の理解は、間違っていますか?
蔵音いえ、あながち間違いでもありんせん……正直申し上げて、ここに残ろうと決めた時、深く考えてなどいませんでした。
蔵音その言葉にハッとさせられましたよ。「似たような手段」なら、あるいは、爺さまに近づけるかもしれない。
蔵音戦争の脅威にさらされようと、何かを守り、記録し、助け、廃墟の本来あるべき姿を取り戻そうとする……
ジンなにか、納得がいったようですね。
蔵音少なくとも、次に何をすべきかはわかりましたよ。この方法なら、あの赤髪野郎も文句はないでしょう。
ジン……蔵音さんは、どんなお酒が好きなんですか?
蔵音なんでしょうね、藪から棒に。
ジン多くの土地では、なにかを成し遂げるとお酒を飲んでお祝いするのだそうです。これも民俗風習の一部でしょうか。
蔵音何が言いたいのか知りませんけど、遠回しに同意したってことでかまいませんね?てっきりまだ反対するつもりかと。
ジンオアシスでの人形の登録はきわめて単純です。ここでしばらく善後にあたると申し上げても、教授はご反対なさらないでしょう。
蔵音はは……
 ジンの表情は見えないが、蔵音は笑った。
蔵音そういえば……おしゃべりし始めてからずいぶんと経ちますが、
いつまでこうしてればいいんで?
ジン救助がこちらに向かってるはずです。
蔵音すぐ来るって言ったのは、どこの誰でしたか。
ジンあなただってご存知でしょう。
あまり精確な情報を提示しては、顧客を動揺させるだけ……
蔵音なぁるほど。どうとでも取れる曖昧な口ぶりであーしをなだめて、
ついでにあーしの過去を根掘り葉掘り聞いて、
説得できる緒がないか探してたってわけ。
ジン救助が駆けつけているのは、確かですよ。
 蔵音は瓦礫の中でどうにか背後を振り向き、目を見開いて言った。
蔵音この【※地方の方言】
蔵音あーたの焼く魚とまったく同じで
ちっともアテになりゃしない!!!