| キュクロプス、ジンのバー。 ……の跡地。 | |||
| 崩壊した瓦礫の一部は今や取り除かれ、廃墟に小さな空き地ができていた。 助け出された二名の人形を見るネームレスの表情からは、何も読み取れない。 | |||
| ネームレス | つまり、爆破されたわけじゃなく、古いオーブンで魚を焼こうとしたら、とっさに爆発したと? | ||
| 蔵音 | その件に関して繰り返すのはよして頂けます?聞くたんびにAIモジュールがひどく衝撃を受けるもんですから、ええ。 | ||
| ネームレス | 計画外の事象の原因を記録するのがここでのルールですよ。異常エージェントでないか判断するための。 | ||
| ネームレス | たとえば、理由もないのに他のセクターに居残り続ける行為は、異常エージェントの特徴の一つに該当します。 | ||
| 蔵音 | だから繰り返すなっつってんでしょうが。 | ||
| 蔵音 | ん!?ちょいとあーた、そこのジンだってセクターには属していませんよ!なんであーしばっかり催促するんです!? | ||
| ジン | オアシスとキュクロプスは協力関係にありますから。オアシスから派遣された者として、ここに常駐する権利を持つのは当然です。 | ||
| 蔵音 | はん。だったらあーしも駐留許可を申請しますよ。資料の復元とセクターの再建ならあーしにだって手伝えますし! | ||
| ネームレス | そうは言われても…… | ||
| 蔵音 | ほぉら、今のキュクロプスをご覧なさいよ。こんなていたらくで、よくもまぁ民俗学研究家を追い出そうと思えるもんです。 | ||
| ネームレスは顔をしかめると、無意識に周囲の廃墟、 そしてあたりを忙しなく動き回るエージェントたちを見た。 | |||
| ネームレス | ……何が言いたいんです? | ||
| 蔵音 | 戦後の再建に勤しんでるのでござんしょう?あーしの見る限り、こんなもの再建とは呼べやしませんね。白紙にして一から造るとしたほうが、まだ説得力があるってなもんです。 | ||
| 蔵音 | ご覧なさいよ、どれもまだ辛うじて原型を保っているじゃあござんせんか。これまでの営みや積み重ねを自ら無に帰してどうします?そんなやり方じゃ、キュクロプスの歴史を踏みにじるも同然。 | ||
| 蔵音 | その点、あーしでしたら元の図面をもとに、あなた方の築き上げてきた痕跡を一切損なわず、建物をそっくりそのまま復元することが可能でござんす。歴史物の修復にかけては、民俗学研究家の右に出る者などおりんせん。 | ||
| ネームレス | キュクロプスにはそんなもの必要ありません。エージェントたちにとって、過去なんてどうでも…… | ||
| ネームレスはそこまで言うと、何かを思い出したかのように、 口をつぐんで視線をそらした。 | |||
| 蔵音 | (おや?なにが琴線に触れたかわからんが、脈アリか!) | ||
| 蔵音 | 過去を留め、歴史を書き記し、文明を救い、廃墟本来の風貌を蘇らせる……これぞ民俗学研究家の使命なり! | ||
| 蔵音 | いずれにせよ、住み慣れた都を再現できるなら、あーた方も新しく見繕おうとは思わないでしょう。値段が張るうえに勝手が違いますからねぇ。 | ||
| ネームレス | だが、あなたは…… | ||
| ネームレスはしばし黙った。動揺しているようだ。 | |||
| 蔵音 | なにもここに生涯居座るとは申しちゃおりんせん。巳ツ子を修理できしだい、すぐに立ち去りますとも。 | ||
| 蔵音 | 前にも申し上げたように、巳ツ子というAIアクセサリがなければ、あーしの戦闘力はほぼゼロに等しいですからね、ええ。 | ||
| 蔵音 | 戦う術もないご客人をセクターから追い出すとなれば、そちら様も人手を割かぬわけにも行きませんでしょう。 | ||
| 蔵音 | それなら、ここで巳ツ子を修復する傍ら、あーしにセクターの再建を手伝わせたほうが合理的ってなもんです。 | ||
| ネームレス | ……わかりました。 | ||
| ネームレスのやや虚ろな瞳孔が、焦点を結び始める。 | |||
| ネームレス | キュクロプスとオアシス間の提携契約に基づき、AIアクセサリである「巳ツ子」とやらの修理を手伝う代わりに、俺たちのセクターの再建に携わってください。 | ||
| ネームレス | AIアクセサリ「巳ツ子」の修理を終え、正常な稼働を確認できたら、その時は改めてキュクロプスを出ていってもらいます。 | ||
| ネームレス | かまいませんね? | ||
| 蔵音 | そもそも、なぜそう人を追い出すのに躍起になるかねぇ…… | ||
| 蔵音 | ま、よござんしょ。そういうことで、よろしくお頼み申し上げますよ。 | ||
| 蔵音 | ほい、ハイタッチ。 | ||
| ネームレス | ……? | ||
| ネームレスは躊躇いがちに手を掲げる。 相手の意図がつかめないためか、動作が二度ほど止まった。 | |||
| 蔵音は意に介さずに、ネームレスの手に素早くハイタッチした。 | |||
| パンッ。 | |||
| 蔵音 | 二言はなしですよ! | ||
| ネームレス | 後でエージェントたちにバーを再建させます。あなたはついてきてください。オリ……アドミニストレーターのもとで駐留申請を行い、巳ツ子の問題に対処しましょう。 | ||
| 蔵音 | あぁっ…… | ||
| ネームレス | ……今度はなんですか? | ||
| 蔵音 | ……手が、麻痺した…… |
