墟上之歌 戦憶探溯 STAGE 4 是正-2

Last-modified: 2026-02-06 (金) 07:49:11

キュクロプス、ジンのバー。
 蔵音が立ち去ると、バーは再び頑なな静寂に包まれた。
ジン少々、静かすぎますね。
 レコードプレイヤーを開けて、小さなバーをピアノのメロディで満たす。
 しかし音楽を流しても、普段のような心地よさは感じられなかった。
 多くの感情が、彼の脳内にひしめいていた。
これまで傾聴してきた客たちの人生が、メンタルの中をぐるぐると駆け巡る。
ジン心が落ち着かない……レコードを換えてみよう。
 彼はメンタルの中の奇妙な情緒を取り除こうと、いくつものレコードを試した。
音楽に合わせて、彼の思考が過去へと漂ってゆく。
 
 ジンに襲いかかろうとしていた下位浄化者が、ふいに砕け散った。
ペルシカよかった、間に合った!ジンさん、怪我はありませんか?
ジンベストタイミングでした。助けて頂きありがとうございます。
ジンお久しぶりですね、ペルシカさん。それと……教授。
ペルシカ教授、ジンさんのメンタルはほとんど失われていないようです。
{教授}話は後だ、まずはここから撤退しよう。
ペルシカわかりました。大量の浄化者がいつ襲ってくるともわかりません、戻りましょう。
ジンクラウドセクターはすでに失われています、どこへ戻ろうと言うんです?
ペルシカ私たちのために、教授が新たな拠点を用意してくださったんです。名前は「オアシス」。
 
オアシス、司令室。
ジン教授、ジンがお仕えいたします。
{教授}……
ジンおや、顔色が優れないようですね。エスプレッソ・マティーニはいかがです?
ジン頭がスッキリするだけでなく、リキュールの香りも楽しめますよ。深夜残業のお供に最適です。
{教授}ありがとう、一杯もらおうかな。
 ジンは調合し終えたカクテルを教授の傍に置いた。
そして彼の横顔を見つめる。
ジンオアシスは人手が足りていません、演算サポートの手段を講じてみては。
{教授}大丈夫、まだなんとかなるよ。
会計専門のラムが見つかれば、おのずと状況は良くなるさ。
ジン人々は、似たもの同士で惹かれ合います。僕がオアシスへ来る前の経験からして、人形とセクターもまた同様。
{教授}つまり、財務や会計に関連するセクターを探せと?
ジンそのほうが、見つかる確率は高いでしょう。
ジン……ですが、浄化者の動きは活発です。我々への脅威になりかねない。今動くのは、得策ではないように思えます。
{教授}たとえ危険でも、できるだけ早く向かわないと。
{教授}マグラシアをさまよう人形も、浄化者の標的には違いないんだ。
{教授}現実に戻るまでは、オアシスが人形たちの安息の地だ。
道に迷っている家族たちを、私たちが迎えにいかないとね。
ジン仕方ありませんね。それでしたら、僕もメディックとして随行させてください。
 あの「教授」はとてもユニークだ。ジンは気づいていた。
彼は現実で出会った、プロジェクト責任者である教授とは大きく異なる。
 鋭い思考力を持ちながら、とても落ち着きがある。
オアシスのオペランドに限りがあるとわかっていても、
誰一人として人形を諦めようとはしない。
ペルシカ教授、以前提出した通信関連の要望に、オリヴィアさんが同意してくださいました。
ペルシカですが、キュクロプスはまだ再建段階にあるため、ロッサムのように直通チャンネルを開通するのは困難だそうです。そこで、こちらの人形を連絡係として派遣し、キュクロプスに駐在させてはどうかと提案してきています。
{教授}ジン、君に頼めるか?
 なぜそんなことを人形に尋ねるのだろう。
直接命令を下せばいいだけなのに。
 これは単なる建前じゃない、本当に訊ねているのだ。
ジンにはわかっていた。教授は人形の拒否を受け入れてくれる。
ジンもちろんです。お客様を満足させることが、バーテンダーの使命ですから。
 
 ジンは記憶に浸りながら、無意識にカクテル用の道具を洗浄し始めた。
ジン(蔵音さんと教授は似ている)
ジン(人を助けようとするのは、プログラムされたからじゃない。プログラム以上の何かに突き動かされているんだ)
ジン(人間の最も本能的な願い、それは形ある存在で形なき絆を伝承することに他ならない)
ジン(願い)
 ジンは無意識に、手中の道具を撫でた。
ジンもし、僕にも願いがあって、それを成し遂げたいと考えたなら……
ジン……既存のブレンドに新しいリキュールを加えれば、どうなる?
 ジンは何かを考えながら、すぐそこにあったレコードケースに気づかず、
棚から酒のボトルを取り出そうとした。
 ガシャンッ!
ジンおやおや、なんてことでしょう。大変申し訳ございません。
 ケースが落ちてレコードが散らばり、お酒のボトルが割れる。
自分の他には誰もいないバーで、ジンはとっさに謝罪を口にすると、
腰をかがめて床を片付け始めた。
 ボトルの束縛から逃れたお酒が、床に小さな水たまりを作った。
その中に、ジンは自分の姿を見つける。
 お酒の中の人物はこちらを凝視して、ゆっくりと口を開いた。
ジンは自分の声を聞いた。
ジン「新たなブレンドも、素晴らしいカクテルになるだろう」
 
 時を同じくして、蔵音は第三主要道路を急いでいた。
蔵音はやくしないと……太陽が沈む前に……!
蔵音もっと速く……速く!
 彼女のメンタルに、過去の記憶が浮かび上がっては消えてゆく。
 滕教授の笑顔、彼の失われた両足。
その後の、別れの一つ一つ。
蔵音爺さまは、止められなかった……でも、今度こそ絶対に、ネームレスを止めてみせる!
蔵音たとえ、アレを使おうとも……
 光輝く立方体を握りしめながら、彼女は真っ暗な夜闇へと駆けていった。