| ネームレスとオリヴィアは、広場で激しい戦いを繰り広げた。 | |||
| ジン | ここのステップに腰かけてください、細かい瓦礫は片付けておきました。 | ||
| 蔵音 | こんなていたらくじゃ、どこに座ったっておんなじですよ…… | ||
| 口ではそう言いつつも、蔵音はジンが片付けた場所に座った。 そして広場の中央で火花を散らす二人を眺める。 | |||
| 蔵音 | あいつ、あーしには手加減してたのか…… | ||
| ジン | ネームレスさんは、現存する戦闘型の中で、最も優秀なエージェントです。 | ||
| 蔵音 | オリヴィアとの約束だと、到着は10分後だったはず……あーたが呼んだんです? | ||
| ジン | 人の顔色を伺い、情勢を分析するのが、僕の得意分野ですから。 | ||
| 蔵音 | まったく……まるで使いっ走りの某人工知能でござんすね。 | ||
| 蔵音 | あーたみたいな自画自賛男、映画ならあっという間におっちんじまってますよ。でもこれは残念ながら、映画でも小説でもない。 | ||
| ジン | はは……本当にそうなる運命でしたら、それが遅れてやってくるのを祈ります。 | ||
| ジン | 今はまず、大事なお客様の怪我を診ませんと。 | ||
| 蔵音 | 結構ですよ、あーたの酒は不味くてかなわない。 | ||
| ジン | 承知しました。 | ||
| ジンはブレンダーに入っていた液体を、宙に撒き散らした。 | |||
| 純粋かつ上質なオペランドが飛散し、頭上から蔵音を包み込んで、 戦いでできた傷口をそっと癒やす。 | |||
| 蔵音 | ……なんの香りです?やけに芳しい。 | ||
| ジン | 単純なブレンドの一つですよ。全脂粉乳を25グラム、水を4オンス、オレンジシロップを0.75オンス。それらに氷を加えて混ぜ合わせたものです。 | ||
| ジン | 甘く濃厚な香りに、ほんのわずかな酸味。戦闘後の景気づけに最適です。 | ||
| 蔵音 | ……つまりは単なる粉ミルク? | ||
| ジン | まぁ、そうなりますね…… | ||
| ジン | それよりも、一つだけ訂正しておきたいことが。 | ||
| 蔵音 | 話題を逸らすな! | ||
| ジン | 僕がオリヴィアさんに連絡をしたのは、教授の命令でも、他者に頼まれたからでもありません。 | ||
| ジン | 僕の願いが、そうさせたのです。 | ||
| 蔵音 | ほーん……そりゃまた、どういう風の吹き回しです? | ||
| ジン | 蔵音さんは仰いました、人の心はまるで井戸のようだと。 | ||
| 蔵音 | なるほど。あーたの井戸が、ようやく通ったと。 | ||
| ジン | もしかするとこれまでも、大勢の方が僕の井戸に水を注いで、水源を作ろうと試みていたのかもしれません。 | ||
| ジン | 僕は今、ようやく水の存在に気づきました。 | ||
| 蔵音 | ぶるるる、キザったらしいったらありゃしない。 | ||
| ジン | ありがとうございます、蔵音さん。 | ||
| ジン | この件を終えたら、井戸に水を注いでくれた彼にも、きちんとお礼を述べなくては。 | ||
| 蔵音 | 彼ってのは? | ||
| ジン | すぐにお会いできますよ。オアシスの教授――{教授}さんです。 | ||
| ジン | やはり感謝の気持ちを伝えるには、僕を好きなだけお使い頂くほかに、新しいブレンドのカクテルを味わって頂くべきでしょう。 | ||
| 蔵音 | ……さっきの粉ミルクを? | ||
| ジン | まさか。教授は成人しておいでです。お酒のなんたるかは心得ていらっしゃいますよ。 | ||
| 蔵音 | なんですかそれ……あーしが未成年に見えるとでも? | ||
| ジン | 大人を装ってバーを訪れる少年少女は大勢いますから。 | ||
| ジン | 誰一人として成功した試しはありませんが。年齢を見抜くことに関しては、ちょっとしたものでして。 | ||
| 蔵音 | あーたね……あーしにボトルごと押し付けておいて、よくそんなことが言えたもんです!酒嫌いだと知ってて嫌がらせしてるに決まってますよ! | ||
| ジン | とんでもない、ジンが嫌がらせなどするはずありません。使いっ走りの某人工知能はどうだかわかりませんが。 | ||
| 蔵音 | だったら目を逸らすな!あーたね―― | ||
| ジン | オリヴィアさんとネームレスさんの勝負がついたようです。 | ||
| 蔵音 | ……あっ。 | ||
| 大地を揺るがすほどの熾烈な戦いは、すでに終わっていた。 | |||
| 蔵音はジンの視線を追って、片膝をついているネームレスを見た。 | |||
| 蔵音 | ネームレスが……負けた。 |
