| オアシス、休憩エリア。 | |||
| 蔵音 | おや、ナマケモノ脚本家が、ようやく関所を出ましたか。 | ||
|---|---|---|---|
| 野良 | うちにかかりゃ、一夜漬けで十分ったい。一晩中かけても焼き魚の72通りん調理方法しか思いつかん、どっかん誰かとは違うてな。 | ||
| 蔵音 | ずいぶんと自信がおありだこと。あとで一部の読者による酷評に頭を抱えないでくださいよ? | ||
| 野良 | うちにゃ君惠がついとぉけんね。それに、読者ん批評も成長んための原動力になるし。見てなって。すぐに年度最優秀作品んノミネート欄で、うちん名前ば目にすることになるったいね。 | ||
| 蔵音 | おやまぁ、そこまで豪語して大丈夫でござんしょうかねぇ。万が一落選したら、あーしまでバツが悪いったら。 | ||
| 野良 | 蔵音様、わたくしめのためにご憂慮頂き、誠に有り難う存じます。 | ||
| 蔵音 | 君惠の喋り方を真似したって無駄ですよ。ちっとも敬意が感じられないったら。野良様につきましては、事の真髄をお学びになったほうがよろしいかと。 | ||
| 野良 | アホくさ、やめやめ。それよりも、君惠は? | ||
| 野良 | 昨日はバタバタしとって、ちゃんとお礼ば言えとらんったいね。 | ||
| 蔵音 | あぁ、彼女でしたら、朝から大忙しのようでござんした。おおかた、神社で秋祭りの準備にでもかまけてんでしょう。 | ||
| 野良 | やっぱり、神社に帰ってしもうたか…… | ||
| 蔵音 | 曲がりなりにも巫女様でござぁますからねぇ、ええ。自分の仕事があるんでしょうよ。 | ||
| 蔵音 | 巫女様はぎりぎりまで怠けて徹夜するタイプじゃあござんせん。どっかの誰かと違って。 | ||
| 野良 | あんたこそ、暇なら手伝いにでも行ったらどうとー? | ||
| 蔵音 | あーしがそんな薄情な人形に見えます?当然、申し出ましたよ。ところが、あの娘…… | ||
| 君惠 | 皆様方にはお仕事がございますし、祭りの準備はわたくしめ一人で十分です。どうかご心配なさらず。 | ||
| 君惠 | オアシスの皆様方は、わたくしめを受け入れてくださった。君惠も皆様に、オアシスの秋祭りをお贈りしたいのでございます。 | ||
| 君惠 | 蔵音様、どうかご理解願えませんでしょうか。 | ||
| 蔵音 | うーん……無理してるように見えるんですがねぇ…… | ||
| 野良 | 手伝いたいんは山々やけんど、邪魔になるんもなァ……ハァ…… | ||
| ?? | 邪魔なもんか。 君惠も今頃、きっとみんなのことを思い出してるはずだよ。 | ||
| 野良&蔵音 | !?教授!? | ||
| {教授} | オアシスの秋祭りか……たしかに、そろそろ賑やかさが恋しくなったところだ。 よし、みんなで手伝いにいこう! | ||
| 蔵音 | おや、司令部に山積みになった雑務はどうするんです? | ||
| {教授} | ははは、問題ないさ。 ずっと座ってないで、たまには体をほぐさないと。 | ||
| 野良 | 巫女様ん言うこと聞かずに神社に入ったりして、バチがあたらんかな? | ||
| {教授} | なにを言ってるんだ。 心から神を祭ろうとする敬虔な者を、神が罰するはずないじゃないか。 | ||
| {教授} | これで疑問は晴れたね?それじゃ、行こうか。 | ||
| 野良 | な、なんか……教授に丸め込まれた気がするっちゃな…… | ||
| 蔵音 | ま、仲間の有事には駆けつけるのが、追放者でございますからねぇ。 | ||
| {教授} | 他のみんなにも声をかけておこう。 今年の秋は、めいっぱい楽しむぞ! | ||
| カラスが頭上を飛び越えて、神社の鳥居の上に留まった。 | |||
| 君惠はホウキで落ち葉の山をつくりながら、ふと何かを思い出して、笑顔を浮かべた。 | |||
| 君惠 | (野良様の新作は如何されたかしら。秋祭りが始まる前には、仕上がっているとよいのですけれど) | ||
| 君惠 | (祭りの後で、なにか菓子折りを持って拝読しに伺いましょう。野良様の好物は……) | ||
| 君惠 | (ふむ、焼き芋がよいかもしれませんね。秋になると、楓様とよく落ち葉で焚き火をしたものです) | ||
| 君惠 | (落ち葉の中にお芋を埋めておけば、たちまち香しい匂いが……) | ||
| 君惠 | (ああ、まるで昨日嗅いだばかりのよう……はっ、こんなことをしている場合ではございませんでした……) | ||
| 君惠 | (境内を綺麗にしたあとは、本殿の拭き掃除……しばらく離れていたせいで、あちこちにホコリが……) | ||
| 君惠 | (お祭りの準備もまだだし、それに御神木への水やりも……休みなく動いても、今日中に終わらせるのは無理そうです……) | ||
| 君惠 | 出来るところまで、やるしかありませんね。 | ||
| しばらく考えてから、君惠はふりむいて、本殿の前の参拝道を掃除し始めた。 | |||
| その時、彼女の視界にもう一本のホウキが現れた。 見れば、掃除しようと思っていた場所が、すでに綺麗に片付けられているではないか。 | |||
| ホウキの上に視線を動かすと、そこには見慣れた顔立ちがあった。 | |||
| {教授} | 君惠、手伝いに来たよ。 | ||
| 君惠 | ご教授様……? | ||
| 君惠はポカンとした。 続いて、馴染みある人物が次々と現れる。 | |||
| 野良 | ごめんちゃ、来てもうた~。邪魔にならなきゃよかけんど。 | ||
| オクトーゲン | 秋祭りの準備するんなら、はやく言えよな!?水臭いぞ、君惠! | ||
| クロ | あふ……このクロ様が早起きして来てやったんだから、ありがたく思いなよ~? | ||
| クロ | 秋祭りというビッグイベントに向けて、いっちょ掃除しちゃいますか! | ||
| ヘリックス | 君惠さん、あたしも来たよ!お手伝いがんばる! | ||
| チョコ | スイーツもちゃんと用意してきたからね~!休憩したい時は、いつでも言って! | ||
| {教授} | ごめん、少人数で来ようと思ったんだけど…… みんな秋祭りの準備を手伝いたいって聞かなくて。 | ||
| {教授} | モテモテだな、君惠は。 | ||
| 君惠のコアが、そこはかとなくぬくもりを発した。 | |||
| 君惠 | 皆様…… | ||
| 蔵音 | はいはい、涙は祭りのあとに取っておいておくんなまし。 | ||
| 蔵音 | で、どこから取りかかればいいんです?掃除くらいなら、巳ツ子とあーしで事足りそうなモンですけれど。 | ||
| クロック | 製造局の出番ないの?神社の壊れたとこ、なおせるよ。 | ||
| ヘリックス | あたし、落ち葉ひろいま~す! | ||
| 君惠 | で、ですが、皆様にそのような…… | ||
| {教授} | まぁまぁ、遠慮しないで。 なにをすればいい?なんでも言ってくれ。 | ||
| 君惠 | ……しょ、承知いたしました。誠に有り難う存じます。 | ||
| 君惠 | 蔵音様と野良様はここにお詳しいですので、本殿の置物の清掃をお願いできますでしょうか。 | ||
| 野良 | オッケー、うちにまかせるったい! | ||
| 君惠 | 神社の屋根瓦が少々緩んでいるため、時に雨漏りが。クロック様、オクトーゲン様、修理をよろしくお願いいたします。 | ||
| クロック | りょ! | ||
| ヘリックス | あたしは? | ||
| 君惠 | へリックス様には、とても大事な要件をお頼みしとうございます。 | ||
| へリックスはわくわくと目を輝かせた。 | |||
| ヘリックス | わかった!あたし、一生懸命がんばるね! | ||
| 君惠 | はい。その要件でございますが…… | ||
| 君惠はかがんで、へリックスの耳元でなにかを囁いた。 へリックスはうなづくと、スキップしながら嬉しそうに走り去った。 | |||
| 蔵音 | あちゃ~……完全に天井が抜けてら。クロック!こっちの瓦がひどいですよ! | ||
| クロック | わかった!きょうじゅが言ってた、桧皮葺(ひわだぶき)屋根ってのにしなくて、ほんとによかった…… | ||
| 蔵音 | 桧皮葺?日本特有の屋根造りでござんすか?ふむ、興味深いですねぇ…… | ||
| 野良 | クロ。こんお供え物、きれいに洗っときんしゃい。 | ||
| クロ | へいへーい。 | ||
| 野良 | いかん……虎視眈々なあんたを見とると、どげんしても、ふりむいたらお供え物が消えてそうで…… | ||
| クロ | あのね、私にだって責任感くらいあるっつの。 | ||
| 野良 | やっぱ教授に頼も。おーい、教授! | ||
| クロ | ちょっと、できるって言ってんじゃん!? | ||
| ひっそりとしていた境内が、急に賑やかになり始めた。 | |||
| 一日中働いてようやく、秋祭りの準備が整った。 | |||
| {教授} | よし、任務完了! | ||
| 君惠 | ご教授様。 | ||
| 私は手にしていたお供え物を指定の場所に置いて、君惠へと向き直った。 彼女はすでに祭りの装いに着替えて、静かに私がふりむくのを待っていた。 | |||
| 君惠 | 本日のために、秋祭りの神楽を御用意いたしました。皆様方に予行演舞をご覧頂きたく。 | ||
| {教授} | ああ、かまわないよ。 君惠の神楽を見るのは、これが初めてだな。楽しみだ。 | ||
| 君惠 | それでは……全身全霊で舞わせて頂きます。 | ||
| {教授} | ああ。 | ||
| 秋になってから、夜の帳の訪れがずいぶんと早くなった。 | |||
| 月明かりの下、祭りの巫女装束に身を包んだ君惠が、神楽鈴を手にしている。 白銀色の光が彼女へと降りそそがれる姿は、ひときわ神々しく感じられた。 | |||
| 君惠が手中の神楽鈴を掲げ、荘厳な舞を披露し始める。 楽器も奏者も存在しない。それなのに、 粛然(しゅくぜん)とした笛の音と和太鼓の音が、あたりに響き渡るようだった。 | |||
| すべてはあの年の秋祭りと同じ。 たくさんの人々、たくさんの熱意に満ちた視線。 | |||
| …… | |||
| 参拝者 | まぁ、なんてこと……神に必要なのは人々の篤い信仰心よ? 人形に信仰がわかってたまるもんですか、心もない機械なんかに…… | ||
| 参拝者 | そうだ、こんな人形が存在すること自体、神への冒涜だ! | ||
| 君惠 | …… | ||
| 過去の記憶が怒涛のように押し寄せ、君惠は息ができなくなる。 | |||
| メンタルに流れる緩やかな神楽が、急に鋭い音色に変わった。 それに伴い、足運びが木綿の上を踏むような、頼りないものとなる。 | |||
| 君惠 | (神への冒涜……違う、わたくしは……) | ||
| 君惠 | (舞い続けることが、わたくしにできる?……わたくしに……) | ||
| ?? | 君惠! | ||
| 優しい声が聞こえた。 瞳に映るのは、どれも慣れ親しんだ面影たち。 | |||
| 君惠 | ご教授様……皆様方…… | ||
| 楓 | 集中。流言蜚語に惑わされるな、神はお前の舞を見ておられるぞ。 | ||
| 君惠 | ……楓様の仰せの通りに。 | ||
| 楓 | こうして舞を続ければ……神の御目にきっと届くはずだ…… | ||
| 君惠 | 神が……見ておられる…… | ||
| {教授} | 大丈夫、見てるよ。みんなが、君を見てる…… | ||
| そう遠くない場所に立つ人物が微笑んだ。 君惠が情緒を整える。頼りなかった足取りが、確かなものに変わった。 少女は誰に聞かせるでもなく、そっと思いの丈を囁いた。 | |||
| 君惠 | ……楓様の、仰る通りでございました。 | ||
| 君惠 | 神は……わたくしを見ておられる。 | ||
| 袖が舞い、鈴が鳴り、白装束がひるがえる。 | |||
| 神楽が終わると、軽やかな拍手の音が鳴った。 皆、表情に笑顔を浮かべている。 君惠は人々に見守られ、神楽の舞を完成させたのだ。 | |||
| 君惠 | (楓様……君惠はようやく、わかりました) | ||
| ヘリックス | 教授!これ教授のだよ、熱いから気をつけてね! | ||
| {教授} | おおっ、まさかオアシスで焼き芋を味わえるとは…… あちちち、ふー、ふーっ…… | ||
| 焚き火から取り出したばかりの焼き芋に、文字通り手を焼く。 私は表面の落ち葉を取り除き、アルミホイルのまま焼き芋を二つに割った。 | |||
| 食欲をそそる黄金色が目の前に現れ、独特の香りが私を出迎えた。 | |||
| {教授} | 落ち葉、焚き火、肌寒い空気、そして焼きいも。 うーん、実に秋だな。オアシスの天候シミュレーターは、なかなか優秀だ。 | ||
| 君惠 | ご教授様…… | ||
| {教授} | ああ、君惠、お疲れ様。 とても美しい神楽だったよ。 | ||
| 君惠 | もったいないお言葉、誠に恐縮でござります……その、ご教授様。実は先ほど、舞の途中で昔の記憶を思い出してしまい……やや戸惑ってしまいまして。 | ||
| 君惠 | その時、貴方様の励ます声を聞いて、ようやく決心がついたのでございます。 | ||
| {教授} | 昔の…… | ||
| 君惠 | ご教授様はご存知でございましたね。わたくしめは昔、日本各地を遊歴しておりました。その際に、現地で神楽を披露したこともございます。 | ||
| 君惠 | けれどある日、予想外の出来事で人形であることが知れてしまい……人々はわたくしめには信仰が、敬虔な心がないと。わたくしめでは、神との橋渡しになれないと判断されたのでございます。 | ||
| {教授} | それで、旅をやめて神社に戻ったのかい? | ||
| 君惠 | はい……君惠は人々の神への信仰を揺るがしてしまった。境内から出ることなく、粛々と神に仕えることだけが、わたくしめに相応しい役目なのでございましょう。 | ||
| 君惠 | 楓様も……そう、仰っておりました。 | ||
| {教授} | ベースコマンドに従う人形の魂は、人間よりもはるかに純粋だ。 | ||
| {教授} | 人々の信仰が揺らいだのは、それが元から純粋なものではなかったからだろう。 世の移り変わりを見てきた楓様が、それを知らないはずもない。 | ||
| 君惠 | 人々の……信仰が……? | ||
| {教授} | 楓様が君を神社に押し留めたのは、君が信仰を揺るがす存在だからじゃない。 後継者が見つからない彼女にとって、君は希望そのものだった。 | ||
| {教授} | 彼女は失いたくなかったんだ、たった一人の愛娘を。 自分がいなくなった後も、理不尽に責め立てる人々から、君を守りたかった。 だから、君にいるように命じたんだ。唯一、君に庇護を与えられる場所に。 | ||
| 君惠 | 楓様が…… | ||
| ヘリックス | 君惠さ~ん!さっき教わった焼き方、すっごく美味しいよ!君惠さんも食べてみて! | ||
| ふいに、へリックスが一番大きな焼き芋を選んで、君惠に手渡した。 | |||
| {教授} | 君惠に教わった焼き方だったのか。 どうりで火加減がちょうど良くて、落ち葉の香りがすると思った。 | ||
| 君惠は渡された焼き芋を二つに分けて、そのうちの一つを頬張った。 甘く柔らかい食感が、彼女の口内を満たす。 | |||
| 君惠 | ふふっ、なんて甘い…… | ||
| {教授} | 君惠、顔についてるぞ。 | ||
| 君惠 | えっ……きゃっ…… | ||
| 私は指で彼女の頬を拭った。 かつて現実で触れたぬくもりを、君惠は思い出した。 | |||
| 君惠 | 楓様のお作りになる焼き芋は、とても甘いですね。 | ||
| 楓 | ふふふ……まったく、お前ときたら。顔についているぞ。 | ||
| 楓 | 君惠……お前は、幸せかい? | ||
| 君惠 | もちろんでございます。楓様の傍に置いて頂けるだけで、君惠は幸せです。 | ||
| 楓 | そうか、それならよかった……お前は神の意を代弁せし巫女だ。 だが、その前にお前は君惠だ……唯一無二の、君惠なのだよ。 | ||
| 君惠 | 楓様……ご教授様…… | ||
| シュッ――ドンッ、ドンッ、ドンッ! | |||
| 夜空に上がった花火が、色とりどりの光を放った。 その中を、淡いライトブルーの光が、まるで蝶のように羽ばたいている。 | |||
| ヘリックス | あっ、オクトーゲンさんの新しい花火だ!!きれ~い! | ||
| {教授} | すごいな……あの蝶の羽ばたきは、いったいどうやったんだ? | ||
| 誰もが色とりどりの夜空を見上げていた時、君惠だけが仲間たちの背中を見ていた。 | |||
| 君惠 | 御神よ……どうかわたくしめの願いを聞き届け給え。 | ||
| 君惠 | 君惠は……オアシスの皆様と一緒に居とうございます。 | ||
| 君惠 | 仲間として、家族として、ご教授様と、皆様方と、ともに歩みたく存じます。 | ||
| チリンチリン…… | |||
| 秋風が神楽鈴を撫でた。君惠は初めて神の声を聞いた。 | |||
| 神は微笑んで、彼女の願いを聞き届けた。 |
