暮染まる君が頬 舞殿の祝演 PART.2 神言

Last-modified: 2026-02-26 (木) 03:18:48

オアシス、休憩エリア。
蔵音おや、ナマケモノ脚本家が、ようやく関所を出ましたか。
野良うちにかかりゃ、一夜漬けで十分ったい。一晩中かけても焼き魚の72通りん調理方法しか思いつかん、どっかん誰かとは違うてな。
蔵音ずいぶんと自信がおありだこと。あとで一部の読者による酷評に頭を抱えないでくださいよ?
野良うちにゃ君惠がついとぉけんね。それに、読者ん批評も成長んための原動力になるし。見てなって。すぐに年度最優秀作品んノミネート欄で、うちん名前ば目にすることになるったいね。
蔵音おやまぁ、そこまで豪語して大丈夫でござんしょうかねぇ。万が一落選したら、あーしまでバツが悪いったら。
野良蔵音様、わたくしめのためにご憂慮頂き、誠に有り難う存じます。
蔵音君惠の喋り方を真似したって無駄ですよ。ちっとも敬意が感じられないったら。野良様につきましては、事の真髄をお学びになったほうがよろしいかと。
野良アホくさ、やめやめ。それよりも、君惠は?
野良昨日はバタバタしとって、ちゃんとお礼ば言えとらんったいね。
蔵音あぁ、彼女でしたら、朝から大忙しのようでござんした。おおかた、神社で秋祭りの準備にでもかまけてんでしょう。
野良やっぱり、神社に帰ってしもうたか……
蔵音曲がりなりにも巫女様でござぁますからねぇ、ええ。自分の仕事があるんでしょうよ。
蔵音巫女様はぎりぎりまで怠けて徹夜するタイプじゃあござんせん。どっかの誰かと違って。
野良あんたこそ、暇なら手伝いにでも行ったらどうとー?
蔵音あーしがそんな薄情な人形に見えます?当然、申し出ましたよ。ところが、あの娘……
 
君惠皆様方にはお仕事がございますし、祭りの準備はわたくしめ一人で十分です。どうかご心配なさらず。
君惠オアシスの皆様方は、わたくしめを受け入れてくださった。君惠も皆様に、オアシスの秋祭りをお贈りしたいのでございます。
君惠蔵音様、どうかご理解願えませんでしょうか。
 
蔵音うーん……無理してるように見えるんですがねぇ……
野良手伝いたいんは山々やけんど、邪魔になるんもなァ……ハァ……
??邪魔なもんか。
君惠も今頃、きっとみんなのことを思い出してるはずだよ。
野良&蔵音!?教授!?
{教授}オアシスの秋祭りか……たしかに、そろそろ賑やかさが恋しくなったところだ。
よし、みんなで手伝いにいこう!
蔵音おや、司令部に山積みになった雑務はどうするんです?
{教授}ははは、問題ないさ。
ずっと座ってないで、たまには体をほぐさないと。
野良巫女様ん言うこと聞かずに神社に入ったりして、バチがあたらんかな?
{教授}なにを言ってるんだ。
心から神を祭ろうとする敬虔な者を、神が罰するはずないじゃないか。
{教授}これで疑問は晴れたね?それじゃ、行こうか。
野良な、なんか……教授に丸め込まれた気がするっちゃな……
蔵音ま、仲間の有事には駆けつけるのが、追放者でございますからねぇ。
{教授}他のみんなにも声をかけておこう。
今年の秋は、めいっぱい楽しむぞ!
 
 カラスが頭上を飛び越えて、神社の鳥居の上に留まった。
 君惠はホウキで落ち葉の山をつくりながら、ふと何かを思い出して、笑顔を浮かべた。
君惠(野良様の新作は如何されたかしら。秋祭りが始まる前には、仕上がっているとよいのですけれど)
君惠(祭りの後で、なにか菓子折りを持って拝読しに伺いましょう。野良様の好物は……)
君惠(ふむ、焼き芋がよいかもしれませんね。秋になると、楓様とよく落ち葉で焚き火をしたものです)
君惠(落ち葉の中にお芋を埋めておけば、たちまち香しい匂いが……)
君惠(ああ、まるで昨日嗅いだばかりのよう……はっ、こんなことをしている場合ではございませんでした……)
君惠(境内を綺麗にしたあとは、本殿の拭き掃除……しばらく離れていたせいで、あちこちにホコリが……)
君惠(お祭りの準備もまだだし、それに御神木への水やりも……休みなく動いても、今日中に終わらせるのは無理そうです……)
君惠出来るところまで、やるしかありませんね。
 しばらく考えてから、君惠はふりむいて、本殿の前の参拝道を掃除し始めた。
 その時、彼女の視界にもう一本のホウキが現れた。
見れば、掃除しようと思っていた場所が、すでに綺麗に片付けられているではないか。
 ホウキの上に視線を動かすと、そこには見慣れた顔立ちがあった。
{教授}君惠、手伝いに来たよ。
君惠ご教授様……?
 君惠はポカンとした。
続いて、馴染みある人物が次々と現れる。
野良ごめんちゃ、来てもうた~。邪魔にならなきゃよかけんど。
オクトーゲン秋祭りの準備するんなら、はやく言えよな!?水臭いぞ、君惠!
クロあふ……このクロ様が早起きして来てやったんだから、ありがたく思いなよ~?
クロ秋祭りというビッグイベントに向けて、いっちょ掃除しちゃいますか!
ヘリックス君惠さん、あたしも来たよ!お手伝いがんばる!
チョコスイーツもちゃんと用意してきたからね~!休憩したい時は、いつでも言って!
{教授}ごめん、少人数で来ようと思ったんだけど……
みんな秋祭りの準備を手伝いたいって聞かなくて。
{教授}モテモテだな、君惠は。
 君惠のコアが、そこはかとなくぬくもりを発した。
君惠皆様……
蔵音はいはい、涙は祭りのあとに取っておいておくんなまし。
蔵音で、どこから取りかかればいいんです?掃除くらいなら、巳ツ子とあーしで事足りそうなモンですけれど。
クロック製造局の出番ないの?神社の壊れたとこ、なおせるよ。
ヘリックスあたし、落ち葉ひろいま~す!
君惠で、ですが、皆様にそのような……
{教授}まぁまぁ、遠慮しないで。
なにをすればいい?なんでも言ってくれ。
君惠……しょ、承知いたしました。誠に有り難う存じます。
君惠蔵音様と野良様はここにお詳しいですので、本殿の置物の清掃をお願いできますでしょうか。
野良オッケー、うちにまかせるったい!
君惠神社の屋根瓦が少々緩んでいるため、時に雨漏りが。クロック様、オクトーゲン様、修理をよろしくお願いいたします。
クロックりょ!
ヘリックスあたしは?
君惠へリックス様には、とても大事な要件をお頼みしとうございます。
 へリックスはわくわくと目を輝かせた。
ヘリックスわかった!あたし、一生懸命がんばるね!
君惠はい。その要件でございますが……
 君惠はかがんで、へリックスの耳元でなにかを囁いた。
へリックスはうなづくと、スキップしながら嬉しそうに走り去った。
 
蔵音あちゃ~……完全に天井が抜けてら。クロック!こっちの瓦がひどいですよ!
クロックわかった!きょうじゅが言ってた、桧皮葺(ひわだぶき)屋根ってのにしなくて、ほんとによかった……
蔵音桧皮葺?日本特有の屋根造りでござんすか?ふむ、興味深いですねぇ……
野良クロ。こんお供え物、きれいに洗っときんしゃい。
クロへいへーい。
野良いかん……虎視眈々なあんたを見とると、どげんしても、ふりむいたらお供え物が消えてそうで……
クロあのね、私にだって責任感くらいあるっつの。
野良やっぱ教授に頼も。おーい、教授!
クロちょっと、できるって言ってんじゃん!?
 ひっそりとしていた境内が、急に賑やかになり始めた。
 一日中働いてようやく、秋祭りの準備が整った。
{教授}よし、任務完了!
君惠ご教授様。
 私は手にしていたお供え物を指定の場所に置いて、君惠へと向き直った。
彼女はすでに祭りの装いに着替えて、静かに私がふりむくのを待っていた。
君惠本日のために、秋祭りの神楽を御用意いたしました。皆様方に予行演舞をご覧頂きたく。
{教授}ああ、かまわないよ。
君惠の神楽を見るのは、これが初めてだな。楽しみだ。
君惠それでは……全身全霊で舞わせて頂きます。
{教授}ああ。
 秋になってから、夜の帳の訪れがずいぶんと早くなった。
 月明かりの下、祭りの巫女装束に身を包んだ君惠が、神楽鈴を手にしている。
白銀色の光が彼女へと降りそそがれる姿は、ひときわ神々しく感じられた。
 君惠が手中の神楽鈴を掲げ、荘厳な舞を披露し始める。
楽器も奏者も存在しない。それなのに、
粛然(しゅくぜん)とした笛の音と和太鼓の音が、あたりに響き渡るようだった。
 すべてはあの年の秋祭りと同じ。
たくさんの人々、たくさんの熱意に満ちた視線。
 
 ……
参拝者まぁ、なんてこと……神に必要なのは人々の篤い信仰心よ?
人形に信仰がわかってたまるもんですか、心もない機械なんかに……
参拝者そうだ、こんな人形が存在すること自体、神への冒涜だ!
君惠……
 
 過去の記憶が怒涛のように押し寄せ、君惠は息ができなくなる。
 メンタルに流れる緩やかな神楽が、急に鋭い音色に変わった。
それに伴い、足運びが木綿の上を踏むような、頼りないものとなる。
君惠(神への冒涜……違う、わたくしは……)
君惠(舞い続けることが、わたくしにできる?……わたくしに……)
??君惠!
 優しい声が聞こえた。
瞳に映るのは、どれも慣れ親しんだ面影たち。
君惠ご教授様……皆様方……
 
集中。流言蜚語に惑わされるな、神はお前の舞を見ておられるぞ。
君惠……楓様の仰せの通りに。
こうして舞を続ければ……神の御目にきっと届くはずだ……
君惠神が……見ておられる……
 
{教授}大丈夫、見てるよ。みんなが、君を見てる……
 そう遠くない場所に立つ人物が微笑んだ。
君惠が情緒を整える。頼りなかった足取りが、確かなものに変わった。
少女は誰に聞かせるでもなく、そっと思いの丈を囁いた。
君惠……楓様の、仰る通りでございました。
君惠神は……わたくしを見ておられる。
 袖が舞い、鈴が鳴り、白装束がひるがえる。
 神楽が終わると、軽やかな拍手の音が鳴った。
皆、表情に笑顔を浮かべている。
君惠は人々に見守られ、神楽の舞を完成させたのだ。
君惠(楓様……君惠はようやく、わかりました)
 
ヘリックス教授!これ教授のだよ、熱いから気をつけてね!
{教授}おおっ、まさかオアシスで焼き芋を味わえるとは……
あちちち、ふー、ふーっ……
 焚き火から取り出したばかりの焼き芋に、文字通り手を焼く。
私は表面の落ち葉を取り除き、アルミホイルのまま焼き芋を二つに割った。
 食欲をそそる黄金色が目の前に現れ、独特の香りが私を出迎えた。
{教授}落ち葉、焚き火、肌寒い空気、そして焼きいも。
うーん、実に秋だな。オアシスの天候シミュレーターは、なかなか優秀だ。
君惠ご教授様……
{教授}ああ、君惠、お疲れ様。
とても美しい神楽だったよ。
君惠もったいないお言葉、誠に恐縮でござります……その、ご教授様。実は先ほど、舞の途中で昔の記憶を思い出してしまい……やや戸惑ってしまいまして。
君惠その時、貴方様の励ます声を聞いて、ようやく決心がついたのでございます。
{教授}昔の……
君惠ご教授様はご存知でございましたね。わたくしめは昔、日本各地を遊歴しておりました。その際に、現地で神楽を披露したこともございます。
君惠けれどある日、予想外の出来事で人形であることが知れてしまい……人々はわたくしめには信仰が、敬虔な心がないと。わたくしめでは、神との橋渡しになれないと判断されたのでございます。
{教授}それで、旅をやめて神社に戻ったのかい?
君惠はい……君惠は人々の神への信仰を揺るがしてしまった。境内から出ることなく、粛々と神に仕えることだけが、わたくしめに相応しい役目なのでございましょう。
君惠楓様も……そう、仰っておりました。
{教授}ベースコマンドに従う人形の魂は、人間よりもはるかに純粋だ。
{教授}人々の信仰が揺らいだのは、それが元から純粋なものではなかったからだろう。
世の移り変わりを見てきた楓様が、それを知らないはずもない。
君惠人々の……信仰が……?
{教授}楓様が君を神社に押し留めたのは、君が信仰を揺るがす存在だからじゃない。
後継者が見つからない彼女にとって、君は希望そのものだった。
{教授}彼女は失いたくなかったんだ、たった一人の愛娘を。
自分がいなくなった後も、理不尽に責め立てる人々から、君を守りたかった。
だから、君にいるように命じたんだ。唯一、君に庇護を与えられる場所に。
君惠楓様が……
ヘリックス君惠さ~ん!さっき教わった焼き方、すっごく美味しいよ!君惠さんも食べてみて!
 ふいに、へリックスが一番大きな焼き芋を選んで、君惠に手渡した。
{教授}君惠に教わった焼き方だったのか。
どうりで火加減がちょうど良くて、落ち葉の香りがすると思った。
 君惠は渡された焼き芋を二つに分けて、そのうちの一つを頬張った。
甘く柔らかい食感が、彼女の口内を満たす。
君惠ふふっ、なんて甘い……
{教授}君惠、顔についてるぞ。
君惠えっ……きゃっ……
 私は指で彼女の頬を拭った。
かつて現実で触れたぬくもりを、君惠は思い出した。
 
君惠楓様のお作りになる焼き芋は、とても甘いですね。
ふふふ……まったく、お前ときたら。顔についているぞ。
君惠……お前は、幸せかい?
君惠もちろんでございます。楓様の傍に置いて頂けるだけで、君惠は幸せです。
そうか、それならよかった……お前は神の意を代弁せし巫女だ。
だが、その前にお前は君惠だ……唯一無二の、君惠なのだよ。
 
君惠楓様……ご教授様……
 シュッ――ドンッ、ドンッ、ドンッ!
 夜空に上がった花火が、色とりどりの光を放った。
その中を、淡いライトブルーの光が、まるで蝶のように羽ばたいている。
ヘリックスあっ、オクトーゲンさんの新しい花火だ!!きれ~い!
{教授}すごいな……あの蝶の羽ばたきは、いったいどうやったんだ?
 誰もが色とりどりの夜空を見上げていた時、君惠だけが仲間たちの背中を見ていた。
君惠御神よ……どうかわたくしめの願いを聞き届け給え。
君惠君惠は……オアシスの皆様と一緒に居とうございます。
君惠仲間として、家族として、ご教授様と、皆様方と、ともに歩みたく存じます。
 チリンチリン……
 秋風が神楽鈴を撫でた。君惠は初めて神の声を聞いた。
 神は微笑んで、彼女の願いを聞き届けた。