| オアシス、司令部。 | |||
| クロック | じょうじゅ、製造局の予算さぁ……きょ……あれっ?きょうじゅ、いないの? | ||
|---|---|---|---|
| クロック | あーあ、またオペランド、オーバーしちゃった……きょうじゅに知られたら、また言われるよ。「クロック、このところ経費が緊迫してるんだ。少しはオアシスのことを考えて……」とかなんとか…… | ||
| クロック | 予算なんか縮めたら、なにするにも後手後手になっちゃうじゃん。ったく、わかってないなぁ……痛った!? | ||
| クロック | ……やば、関節ズレたっぽい……昨日、あんな変なカッコでアニメ見るんじゃなかった、人形でもそりゃガタがくるわ。 | ||
| ?? | あの……お骨を整えて差し上げましょうか? | ||
| クロック | え……いいよべつに、勝手になおるし。 | ||
| クロック | それにしても、今日の司令部、なんかすごい片付いてんな。メイド長さぁ、またケッペキ症悪化した? | ||
| クロック | やっぱお茶ちょうだい、あいたたた…… | ||
| ?? | 朝は、淡いお茶がお勧めでございますよ。 それと、患部に軟膏を塗っておきましょう。 | ||
| クロック | んー?センタウレイシー、今日はやけに優しくない?なんか気味悪いな……ありが、と……え、ええええ??? | ||
| クロックが違和感に気づいてふりむくと、そこには見知らぬ人物の姿があった。 クロックが思わず後ずさる。 | |||
| クロック | あ、あんた…… | ||
| ?? | 暮之夢神社の巫女、君惠と申します。 | ||
| クロック | くれのゆめじんじゃ……?あっ、あの時、きょうじゅに頼まれた特殊プロジェクトの…… | ||
| クロック | な、なぁんだ。いきなり神社を建てるって言うから何かと思えば、そーゆーこと…… | ||
| {教授} | その通り。神社が建てられた時には、彼女はすでにオアシスに来ていたんだ。 ずっとその神社にこもっていたせいで、会うのは初めてになるけど。 | ||
| クロック | きょうじゅ……よく今まで隠し通せたね…… | ||
| {教授} | ははは、それが彼女の希望だったからね。 とにかく、少しずつ距離を縮めていけばいいさ。 | ||
| {教授} | ふむ……そうだな。 クロック、彼女にオアシスを案内してくれないか? | ||
| クロック | えっ、あたし……?それ、マジで言ってる? | ||
| {教授} | ああ、本気だよ。 | ||
| クロック | あのさ……あたしコミュ障なの知ってるよね?初対面のひと接待させるとか公開処刑に近いんだけど…… | ||
| {教授} | それじゃ、よろしく頼んだよ。 | ||
| クロック | ひとの話、すこしは聞こ!?ねぇ!? | ||
| 君惠 | 突然申し訳ございません、クロック様にご面倒をおかけします。 | ||
| クロックはにこにこと笑う君惠を見て、しかたなく溜め息をついた。 | |||
| クロック | ハァ……わかったよ…… | ||
| {教授} | 新しい同僚と仲良くな!ははは…… | ||
| 街をそぞろ歩きする最中、クロックは懸命に、 君惠が来るまでのオアシスの様子を彼女に話して聞かせた。 | |||
| クロック | ……浄化者と、それにエントロピー。両方との戦いで、オアシスはたくさんの代償を支払った。 | ||
| クロック | まぁ、とにかくそんな感じで、みんなで力を合わせて、ちょっとずつ建設してきたってわけ。雨や風は止まないけど、自分たちの居場所はできた。 | ||
| 君惠 | ご教授様の仰る通り、オアシスは特別な場所でございますね。 | ||
| 君惠 | ……クロック様。 | ||
| クロック | う……ク、クロックでいいよ…… | ||
| 君惠 | いえ、そういうわけには……僭越ながら、一つ疑問がございます。 | ||
| クロック | なに? | ||
| 君惠 | これは、古い書籍に描かれていた、機械の傀儡(くぐつ)でしょうか? | ||
| クロック | えっ? | ||
| 君惠の指差す方向には、街角にそそり立つ天候シミュレーター端末があった。 | |||
| クロック | ああ、これか。オアシスの天候シミュレーターの一部だよ。これで天気をコントロールすんの。 | ||
| クロック | これのおかげで、現実みたいな気分を味わえる。最近はちょっと、調子悪いみたいだけど……しばらく雨が降ってないんだよね。 | ||
| 君惠 | 天候を操る……神、でございますか? | ||
| 君惠は眉をひそめて考え出した。 シミュレーターのダクトを見て、瞳を光らせる。 | |||
| クロック | 神だって万能じゃ……って、おおおい!!なにやってんの!?!? | ||
| クロックが余所見をしていた隙に、君惠がダクトの蓋を開けて、中に上半身を忍ばせた。 覚悟を決めた君恵の声が、ダクトからくぐもって響く。 | |||
| 君惠 | かつては、巫女を人柱として捧げ、神からの恩恵を賜っていたそうです。 | ||
| 君惠 | おそらく、わたくしどもの誠意が足りなかったのでしょう。だからこそ、御神は罰を下された。 | ||
| クロック | え…… | ||
| 君惠 | ゴホン……クロック様、仰らずとも結構。巫女として、とっくに覚悟はできております故。 | ||
| 君惠 | 古来より、こういった祭儀に論争は付きものでございました。ですが、わたくしめは人にあらず。墓所に殉葬(じゅんそう)されし人形(ひとがた)と性質を同じくするもの。 | ||
| クロック | あ、あの…… | ||
| 君惠 | ご教授様とクロック様のお力添えに感謝いたします。短い間でございましたが、オアシスの宿した情熱は、この君惠の心にしかと届きました。 | ||
| クロック | あのさ…… | ||
| 君惠 | 他の皆様にご挨拶できなかったのは残念でございますが、君惠は信じております……想いは必ず、通じると。 | ||
| クロック | あのさっ、それ、ダクトだから……!! | ||
| クロックはそう言うと、ホコリまみれになった君惠をダクトから一気に引きずり出した。 その拍子にあたりにホコリが舞い、二人は次々と咳き込む。 | |||
| クロック | ゲホッ……ゴホゴホッ……か、神様とかじゃなくて、これ……ゴホゴホッ……ただの機械だっつの…… | ||
| クロック | ただ壊れてるだけ……ゴホッ……修理すればすぐに直る。 | ||
| 君惠 | ゴホッゴホッ……そ、それはつまり…… | ||
| クロック | 君惠を犠牲にして、雨乞いなんかしなくてもいいってこと。平和のための犠牲は……もう十分はらってる。 | ||
| クロック | じぶんのこと、もっと大事にしなよ。 | ||
| 君惠 | …… | ||
| クロック | ……な、なに黙ってんの…… | ||
| 君惠 | 自分を、大事に……そう仰ってくださったのは、貴方様が初めてでござります。 | ||
| クロック | へー、今後はよく言われると思うよ。オアシスのヤツら、みんな仲間思いだから。 | ||
| 君惠は呆然とクロックの顔を見ていた。 クロックは気まずさを感じ、頬を赤らめてそっぽを向いた。 | |||
| クロック | あたしらに、そういうケーゴとか、べつにいらんから。タメのほうが仲間ってカンジするし。 | ||
| 君惠 | 申し訳ございません、これは性分のようなものでして……ですが、有り難う存じます。クロック様。 | ||
| クロック | ゴホン……ま、まずは製造局にいこ、あたしのナワバリ。 | ||
| オアシス、製造局。 | |||
| クロック | ここがいつもの作業場で、うしろにあんのが推進システム改良中のモルゲンアレス号。 | ||
| クロック | 宇宙船のエネルギー効率がこれで大幅に上昇するはず。 | ||
| クロック | いま、艦内でエージェントたちが飛行データを調整してんの。おいで、なか見せたげる。 | ||
| 君惠 | あ、あの……皆様のお仕事の邪魔ではございませんか? | ||
| クロック | まさか、誰かに見られてたほうがシッカリやるっしょ。なんだっけ……そうそう、ヘラーって人もそう言ってたじゃん。 | ||
| 二人は連れ立って宇宙船に乗り込んだ。 船内で作業をしていたエージェントは彼女たちに挨拶をすると、すぐに仕事に戻った。 | |||
| クロック | 無重力環境に慣れるために、大型設備はぜんぶ船にくっつけてあるんだ。 | ||
| クロック | もうすぐ、無重力真空テストの時間か。 | ||
| システム | 【艦内はまもなく無重力テスト環境へと移ります】 【艦内にいるエージェントは速やかに防護服を装着し、テストに備えてください】 | ||
| クロック | おっ、さっそく来たな。 | ||
| 君惠 | 真空の無重力環境とは……いったい、どのようなものなのです? | ||
| クロック | 物体がぜんぶフワ~って浮かぶよ。なんかほら、あの…… | ||
| クロックの言葉を待たずに、無重力装置が起動した。 二人の両足が徐々に船体の床を離れ、空中にとどまった。 | |||
| 君惠 | まぁ……まるで神による奇蹟のよう…… | ||
| クロック | あっはは、たしかに。科学って、よくキセキみたいな場面に出くわしたりするよね。 | ||
| クロック | 人間はむかし、神サマを崇めてた。けど、じぶんたちで自然や社会を変えられるってわかったら、今度は科学の力を信じるようになった。 | ||
| 君惠 | 貴方様の仰る通りにございます、故に君惠は生み出された。 | ||
| クロック | へ? | ||
| 君惠 | 楓様――わたくしめの主(あるじ)との初めての邂逅(かいこう)では、楓様はとてもお喜びであられました。現実では、神道に興味をお示しになる若者は多くありません。 | ||
| 君惠 | 神事の継承は、日に日に困難となっておりました。楓様は、わたくしめを見て安堵なされたのだと存じます。 | ||
| 君惠 | 御歳を召された楓様にとって、わたくしめは伝統を繋ぐ希望であったのでしょう……それなのに…… | ||
| クロック | べつに、落ち込むことないと思うけど…… | ||
| クロック | 『青春不良少女はメメントモリ装甲の夢を見ない』ってアニメ、見たことある? | ||
| 君惠 | えっ?……いえ…… | ||
| クロック | それに出てくるエースメカニックが、めちゃめちゃカッコよくてさ、あたしの推しなんだけど。 | ||
| クロック | その子、死ぬ前に、じぶんの家族を仲間のライバルに託してくんだよね。ぜんぜんソリ合わないのに、お互いが一番頼りになるって、ホントは知ってんだ。 | ||
| クロック | そのカエデサマって人も、大事な役目をあんたに託そうとしたんでしょ。信頼されてるってことじゃん。 | ||
| 君惠 | そ、そうなのでしょうか…… | ||
| クロック | そうに決まってる。それにさ、みんなもう仲間なわけだし……その、あれ、なんていうか…… | ||
| クロック | ああっ……ごめんあたしマジコミュ障だからこれでも頑張ってんだよほんとに初対面の人にオアシス案内するとかあたしに頼むことじゃなくない……? | ||
| 君惠 | こみゅ……しょう、でございますか? | ||
| クロック | コ、コミュニケーション障碍ってやつだよ……言わせんなよもう……ううぅっ、視線が、視線が痛いぃ…… | ||
| クロック | ゴホン……な、なんちゃって、冗談だよ……あんたは、そこまでニガテじゃない……あ、べつにきょうじゅに頼まれたからじゃないよ? | ||
| 君惠 | ふふふ……左様でございましたか。君惠がご迷惑ではないかと、気がかりでした。 | ||
| 君惠は服の袂から、美しい刺繍の施されたお守りを取り出し、クロックに手渡した。 | |||
| 君惠 | わたくしめのこしらえた御守りです。突然のことで、たいした品も御用意できず、誠に恐縮ではございますが……どうか、よろしければお納めくださいませ。 | ||
| クロック | えっ……あ、ありがと…… | ||
| 君惠 | 中には安全の護符が仕舞われております。クロック様の仰られる通り、楓様だけではない。君惠には、オアシスのご朋輩(ほうばい)様方がおりますれば。 | ||
| ピピッ―― | |||
| クロからの通信だ。 | |||
| クロ | クロック、いまどこ?除霊師の巫女に、オアシス案内してるって教授に聞いたんだけど。 | ||
| クロック | あ、うん、そうだけど。製造局にいるよ。 | ||
| クロ | うわっ、マジだった……!!ねぇちょっと、巫女の時間はとんでもなく貴重なわけよ!?そのエネルギーと時間で除霊に注がんでどーする!? | ||
| クロ | 巫女サマの除霊やお祓いを待ちわびてる被害者が、何人いると思ってんのさ!? | ||
| クロ | さっさと巫女サマを現場に連れてこんか!みんな待ってんだからね!? | ||
| ピッ―― | |||
| 通信が切れた。 | |||
| クロック | えぇ……いきなり、そんな…… | ||
| 君惠 | 齋戒沐浴(さいかいもくよく)は、もう十分にございます。 | ||
| クロック | へっ? | ||
| 君惠 | この君惠、いつでも除霊除災に馳せ参じる所存です。 | ||
| クロックがふりむくと、そこには瞳を輝かせて微笑む君惠がいた。 その時を待ちわびていたかのように。 |
