| オアシス、司令部。 | |||
| 珍しく穏やかな午後、今日はゆっくりとアフタヌーンティーを楽しめそうだ。 | |||
| {教授} | ふむ、甘い…… | ||
| {教授} | お茶のほかに、季節のフルーツまで育てているとは、さすがは藪春。 | ||
| {教授} | このザクロが素晴らしい。 外見から甘さにいたるまで、これまでの品種とは比べ物にならないな。 | ||
| {教授} | 君惠、君も味わってみなさい。 | ||
| 君惠 | ザクロ……神事では、しばしばお供え物として扱われておりますね。もうザクロを収穫する季節でございましたか。 | ||
| 君惠 | わたくしめが中心部を訪問してから、すでに日が経ちます。そろそろ神社に戻り、秋祭りの準備に取り掛からなくては。 | ||
| {教授} | えっ、もう戻るのかい? | ||
| {教授} | (せっかく神社から引っ張り出せたのに……ここでの暮らしが楽しくなかったか?) (メンタルケアに、もっと気を配るべきだったな……) | ||
| 君惠 | ご教授様、どうかお気になさらず。皆様は君惠に大変親身にしてくださいました。 | ||
| 君惠 | 皆様との邂逅で、わたくしめは「仲間」とは何か、「信頼」とは何かを、ようやく存じ上げたのでございます。だからこそ、君惠は恐ろしいのです…… | ||
| {教授} | 恐ろしい?何がだ? | ||
| 君惠 | ……現世にあらせられる楓様の教えに、背いてしまうことに…… | ||
| 君惠 | 楓様は、わたくしめの善後に当たってくださった。己が私心から楓様のご期待に背くことなど、君惠にはできませぬ。 | ||
| 君惠 | わたくしめは除霊のためにここへと参じました。今や霊障は消え失せ、オアシスは平和そのもの。諸朋輩方も平穏健やかであらせられます。 | ||
| 君惠 | 君惠の役目は、これにて果たされました。そろそろ、皆様にお暇を請わなければ。 | ||
| {教授} | えっ……霊障がなくなった……? | ||
| {教授} | 妙だな……まだ未解決事件がいくつか残ってる気がしたんだけど…… | ||
| 私が君惠を引き止めるための理由を必死にしぼり出していると、 カゴを手にしたチョコがスキップしながら司令室へと入ってきた。 | |||
| チョコ | きょーじゅ!今って、アフタヌーンティーの途中ですか? | ||
| チョコ | あっ、あなたが教授の言ってた巫女さまね?こんにちは! | ||
| チョコ | 巫女さまもお一つどうぞ、チョコラトリーの新作チョコレートだよ! | ||
| {教授} | ほう、新作か……あぐ…… | ||
| 私が口を開いたとたん、口内が甘さで満たされた。 サクサクとした表面を砕くと、濃厚な酒の香りが溢れ出てくる。 | |||
| {教授} | これは……アルコール入りのチョコレートか。 | ||
| チョコ | ピンポーン♫藪春のザクロで作ったお酒だよ~! | ||
| チョコ | お酒のヒリヒリした感じを取り除いて、本来のフレーバーだけを残したんです。ぱくっ……う~ん、濃厚な甘さがサイコー!傑作ですよ、これ! | ||
| チョコ | これを完成させるまで、大変だったんだから~!おかげでチョコラトリーは失敗作だらけ……チョコの山に埋もれかけたこともあったし…… | ||
| {教授} | さすがにアルコール入りだと、君が食べるわけにもいかないしね…… | ||
| チョコ | でも、変なんですよ!次の日にチョコラトリーに行くと、失敗作がぜんぶ消えてるの! | ||
| チョコ | てっきり、お掃除のエージェントが処理してくれたのかと思ったんだけど……誰もチョコレートなんか見てないって…… | ||
| {教授} | それはたしかに……あっ! | ||
| 私は自分の頭を「ポンッ」と叩くと、真面目な表情で君惠に向き直った。 | |||
| {教授} | そうだ、思い出したぞ。チョコラトリーでの心霊現象は、私も耳に挟んでいたんだ。 いやぁ、仕事に追われてすっかり忘れていたよ! | ||
| チョコ | えっ、心霊現象じゃな…… | ||
| 異論を述べようとするチョコに、私は素早く目配せをした。 | |||
| 君惠 | つまり……チョコレートが消えたのは、霊のしわざであると……? | ||
| チョコ | そ、そうそう!前の日の失敗作のチョコレートが、いつも朝になると消えてて……きっと、ユーレイのしわざに違いないよ! | ||
| 君惠 | ……どなたかが誤って、正規品として販売してしまった可能性は? | ||
| チョコ | それはないない。チョコラトリーのエージェントたち、すっごくちゃんとしてるから。 | ||
| チョコ | わたしの許可がないと、スイーツをお店に出せないようになってるの。 | ||
| チョコ | もし失敗作が出回ったら……チョコラトリーのブランドが台無しになっちゃうじゃん!そんなの、絶対に許せないもん! | ||
| 君惠 | 物を隠し、悪戯を好む……座敷童子の類でございましょうか。 | ||
| チョコ | 「ザシキワラシ」?なにそれ…… | ||
| 君惠 | 古い文献には、こう記されております――「座敷や蔵に棲まう神、家人に悪戯を働く。この神の宿りたまう家は、富貴自在(ふきじざい)なり」 | ||
| 君惠 | おそらく、チョコ様の手掛けられた甘味が、あまりにも美味しそうだったのでしょう。 | ||
| 君惠はしばし考えた後で、先ほどの自分の意見を否定した。 | |||
| 君惠 | ですが……このクラウド世界に、霊異や妖怪が存在するのは不可能かと存じます。 | ||
| 君惠 | 似たような現象が起きたとしても、すべてはオペランドやデータの変動によるもの。真の怪異には成り得ませぬ。 | ||
| {教授} | 君惠、どうかチョコのために、事件を解決してやってくれないか? 信仰深い信者が、こうして困っているんだ。 | ||
| 君惠 | それにつきましては、ご安心くださいませ。この君恵が、チョコ様の困難を解決してご覧に入れましょう。 | ||
| {教授} | ああ、頼んだよ。 だけど、君が解明すべきは真相だけじゃない。 | ||
| 君惠 | と、仰いますと……? | ||
| {教授} | もっと大切なものが、君に見つけられるのを待っているはずだ。 |
