暮染まる君が頬 舞殿の祝演 STAGE 3 夢行-2

Last-modified: 2026-02-26 (木) 02:56:59

オアシス、チョコラトリー。
 何も置かれていない作業台を見て、チョコは溜め息をついた。
チョコほら、ここだよ。なーんにもないでしょ?ここが昨日、どんなことになってたか想像できる?チョコレートの山が、もう、こ~~~んな!!
チョコまぁ、片付ける手間が省けたのはいいけど……やっぱり、真相を突き止めたほうがいいと思うんだ!うんうん!
君惠チョコラトリーにいらしたお客様方はなんと?
チョコちゃんと聞いたよ。でも、キッチンにはほとんど誰も入ってないって。入ったことがある人は、チョコレートには触ってないって言ってるし。
 君惠は作業台の周囲をつぶさに観察し始めた。
そして目を閉じて、空気の流れを感じ取る。
君惠ふむ……やはり、霊の気配は感じられませんね……
君惠現実では霊が現れると、一部の気温が急激に下がり磁場が動きます。当然ではございますが、ここにそういった変化は……
 ピピッ――
チョコあれっ、保安部門からだ。
 慌ただしい通信要請が鳴る。チョコは通信を受けた。
エージェントチョコさんね、いきなりごめんなさい。実は今さっき、昨晩あなたのチョコラトリーに吸血鬼が現れたという報告を受けたの。
チョコは……??
君惠吸血鬼……?
エージェントこのところ、プライベートセキュリティシステムのアップグレードを行っているから、本当かどうかはわからないけど……
エージェントとりあえず、報告だけしておくわ。なにかあったら保安部門に連絡してちょうだい。
チョコあ、はい、わかりました……
 チョコは頷いて、呆然としたまま通信画面を閉じた。
チョコな、なんだか……背筋がゾワゾワしてきた……吸血鬼って、いったいどういうこと?
チョコまさか、その吸血鬼がチョコレートを奪っていったんじゃ……でもなんで?吸血鬼って、人間の血を吸うオバケなんじゃないの?
チョコはっ、人間……ど、どうしよう!?教授が食べられちゃうよ!!
君惠プッ……
 傍で静かに佇んでいた君惠が、思わず笑いを漏らす。
君惠ふふふ……ご教授様でしたら、ご心配には及びませんよ。
君惠怪異は夜に生まれ、朝に解す。日が沈めば、おのずと答えはわかるかと。
チョコそっか、現れるのを待つんだね!アンジェラさんのお話でも言ってた、吸血鬼は夜しか行動しないって!
君惠ええ、単純な方法は、時に最も有効的でございます故。
君惠わたくしめがここへ参じてから数日が経ちますが、安眠のできる日は、そう多くはございませんね。
君惠賢い物の怪は、困ったことに闇を好みますから。
 
深夜、チョコラトリー付近。
 その夜はちょうど朔日だった。
部屋の明かりが消えると、あたりは漆黒の闇に包まれる。
 とある場所にかがんで、君惠の肩に寄りかかっていたチョコが、
知らず知らずのうちに目を閉じた。やがて、かすかな呼吸音が鳴り響く。
チョコすぅ……すぅ……
君惠チョコ様、目をお覚ましください!「あれ」が現れました!
チョコ
 チョコが慌てて目を凝らすと、やや遠くに人影が見えた。
「それ」はチョコラトリーの構造を熟知しているようで、
なんの躊躇いもなく工房内へと入ってゆく。
 作業台にはここ数日のように、ザクロのチョコレートが山ほど置かれていた。
「それ」はチョコたちの思ったとおり、待ち切れないとでも言うように、
両手でおもむろにチョコレートをつかみ始めた。
 ガブッ、ガブッ……
 鮮血のように真っ赤な瞳が、暗闇の中で異彩を放つ。
口元からチョコレートの中のザクロ酒が滴った。
晩餐をむさぼるその姿はまるで……
君惠吸血鬼……
チョコ捕まえたぞっ!!このチョコレートどろぼー!!!
 チョコがそう叫んで、黒い影へと襲いかかった。
 ガシャンッ!!
君惠チョコ様!!
チョコい、いたたた……
 君惠が慌てて照明を灯すと、そこにはチョコにのしかかられた、幼い人物の姿があった。
「泥棒」の正体を見て、チョコが驚く。
チョコえっ――へ、へリックス??????
君惠オアシスの……ご朋輩のようでございますね。
チョコど、どうして……
チョコへリックス?へリックス??
君惠へリックス様のご様子が……どうにも妙です。
チョコあ、ほんとだ……まるで魂が抜けちゃってるみたい……ま、まさか、ユーレイに取り憑かれてるとか!?
 君惠はヘリックスに近づいて耳を凝らした。
穏やかな呼吸音の中に、ちいさないびきが混じり、眼差しはぼんやりとしている。
君惠はとある仮説を立てた。
君惠へリックス様には……睡眠時遊行症がおありなのでは?
チョコすいみんじ……?
君惠いわゆる「夢遊病」にございます。
 ピピッ――
システム【オペランド残量:15%】
【高効率の作業状態を維持できません、オペランドを補給してください……】
君惠もしや、オペランド不足?メンタル承圧が限界に達しているのでしょうか……
チョコえぇ……何日も見かけないと思ったら。アンナさんが、へリックスは医療部門で、えーと……遺伝子の、コンパクト……じゃなかった、コンパイル手術をしてるんだって言ってたな。
チョコへリックス、最初はね、お仕事がなくてずっと塞ぎ込んでたんだ。自分を役立たず、なんて言って……とってもかわいそうだったの。
チョコでも、アンナさんが開発したシステムのおかげで、やっと能力を発揮できるようになったんだよ。
チョコたぶん、頑張りすぎちゃったんだと思う……
 チョコは優しくへリックスの肩をなでた。
君惠へリックス様がこうなられるまで、誰も異変に気づかれなかったのですか?
チョコ医療部門の人たちも、24時間以上働いちゃダメだって言ってたはずだけど……
チョコでもこの子、いっつも無理しちゃうの。チョコだって何度も、医療部門の病室にお見舞いにいったんだから。
君惠オペランドが不足していたせいで、睡眠モードに完全に移行できず、無意識に食べ物を探し求めていたのでございますね。
チョコそっか……だからここでチョコレートを……
チョコへリックス、かわいそう……こんなに無理して……
君惠(「役立たず……」)
 君惠は呆然としているへリックスを眺めた。
目の前の少女は、自分とよく似ている。
君惠(……神社を離れた時、わたくしめにも、同じような事を……)
チョコとにかく、まずはへリックスを起こしてあげなきゃ。
 君惠が首をふる。
君惠夢遊病の場合でしたら、起こさないほうがよろしいかと。
チョコど、どうして?
君惠夢遊病の方を目覚めさせてしまうと、脳に損傷を負うと言われております。真偽のほどは、定かではございませんが……
チョコえぇ、ならどうすればいいの?あっ……もしかして、チョコが大声で叫んだせいで、フリーズしちゃった!?ど、どうしよう……
君惠いいえ、ご心配なく……
 君惠は呆然としたままの少女を優しく抱きかかえ、
ゆっくりと彼女に自身のオペランドを分け与えた。
 温かなオペランドが体内へと注がれ、少女の精神状態が徐々に安定してゆく。
まぶたがだんだんと閉じられてゆき、そのまま君惠の腕の中にすっぽりと収まった。
チョコあ、そっか!オペランドを分けてあげればよかったんだ。ごめん、気づかなくって……君惠さん、大丈夫?
君惠問題ございません。へリックス様がようやく眠りにつけたようで、なによりでございます。
君惠ヘリックス様、どうかよい夢を……