暮染まる君が頬 舞殿の祝演 STAGE 4 神隠し-3

Last-modified: 2026-02-26 (木) 03:12:01

 夕陽が西へと沈み、神社の本殿には柔らかな黄金色があしらわれている。
 その時、野良は神社の片隅にしゃがんで、
チョークで地面にインスピレーションの断片を書き記していた。
「編集のハゲ頭に育毛剤は効果なし」
「あ……眠くなってきた。まだ一文字も進んでない……」
「クリスマスのイルミネーションがなかったら、蔵音のヘビを壁に飾ればOK」
野良ぬあああーーッ!!これんどこが小説ん題材たいね!?うちゃ、なんばやりよったい!!
??野~~良~~~……
 聞き慣れた声が遠くから響き、野良はすっくと立ち上がった。
野良蔵音!?なしてここが……!?
野良原稿ば書き始めてすらおらんのに……アイツに知られたら、また馬鹿にされる……!
??野良様、こちらにおいでですか?
野良ヒッ、君惠まで……ヤバいヤバいヤバい、ここにおるんがバレてしまう!!
野良ど、どーすると……!?
 ギシッ……ギシッ……
 神社の床板がギシギシと音を立てる。
足音は徐々に迫ってきていた。
蔵音野良ーー、今出てきたら許してあげますよ。さもないと……オホホホ……
 野良は腹をくくって、本殿から飛び出した。
野良とりあえず神社ば出て、あいつらがおらんのぉたら戻って来るったい……
 ドンッ!
 何かぶつかって、野良はあやうく転びそうになる。
その時、誰かの両手が彼女の体を支えた。
君惠野良様……危ない!
蔵音おやおや……とんでもない怪力ですこと。数日会わないうちに、まーた太ったんじゃあござんせん?あーたにふっ飛ばされるところでしたよ。
蔵音まったく、こっちは散々心配したのに、こんなところでノンビリしてたとは。
野良な、なんのことだかサッパリ……人違いですよ、私は近くに暮らす好奇心旺盛なモブN子。
野良野良なんて人、会ったことも聞いたこともありませんなぁ。
 嘘に信憑性を持たせるべく、天才脚本家はわざわざ野太い声に切り替えた。
野良ああっと、夕飯の準備の途中でした。はやく帰らないと……
蔵音逃がしゃしませんよッ!!
 蔵音は野良の帯をひっつかんだ。
逃げようにも逃げられない。
 野良は瞳をくるっとさせて、不満げに言い放った。
野良ハァ……つらか。
野良せっかく姿くらました思ぉとったんに……どげんしてうちば見つけたとー?
君惠この暮之夢神社の建設当初、俗世の紛擾(ふんゆう)から逃れるため、通信の遮断処理をご教授様にお頼み申し上げたのでございます。
君惠野良様が神社に入られてからというもの、位置も特定できず、通信も繋がらなかったのはそのためかと。奇しくも神隠しと状況が重なりますね。
野良っちゅうか……うち、書き置きしたっちゃね?「心配しなしゃんな」って。
蔵音あーたね……今やあーたの宿舎の真ん前が、編集どものキャンプ場になってますよ。
野良ウソやろうもん……なんば書いたらよかか、まだち~っとも浮かばんのに。
君惠あの、締め切りは具体的にいつ頃……?
野良明日。
蔵音あーた、よもや神社に願掛けに?今度は神にインスピレーションを請おうとでも?
野良それが役に立つんなら、こげんところでお喋りしとらんで、とっくに元気に筆ば走らせとぉよ。
君惠野良様。もし怪談話をご執筆なされるのでしたら、僭越ながらわたくしめがお力になれるかと。
君惠現実世界では、各地を遊歴しておりました故。
野良えっ、ほんなこつ!?そんじゃ、お言葉に甘えて!
 野良は両の手のひらを合わせて、目を輝かせ小さく頷いた。
まるで希望の曙光を目にしたかのように。
 君惠は二人を境内の奥へと連れていき、その場に座らせた。
そして優しい声で語り始める。
君惠楓様――わたくしめの主と各地を旅しておりました際、とある辺鄙な川沿いの山村を訪れたのでござります。
君惠山に囲まれ、通信手段もない。村人は数十年、ひいては百年前の暮らしを続けておいででした。そこには今もなお、多くの神職者様方が神に仕えておられました。
君惠あの日は夏真っ盛り、連日暴雨が続いておりました。河川は氾濫し、ついに村の堤防の一部が崩壊。
君惠堤防が決壊すると見るや、村長は神社の巫女を人柱にするとご決断なされたのです。
蔵音ほう、要は生贄ですな。
君惠ええ……その通り。
 君惠は目を閉じて、遥か昔に交わした会話を思い出した。
 
君惠村長様、もうじき洪水が……このままでは村は崩壊してしまいます。どうか、巫女様方を人柱とする旨は、お考え直しくださいませ……
君惠山のほうに高台がござります。そこへ避難すれば皆様は助かります。命さえあれば、村を再建することも可能でございましょう。
村長……なんじゃと?そこな巫女、ここは我らの村じゃ。
この村の繁栄のために、我らがどれだけの心血を注いだかわかるか?
村長我らは先祖代々、この土地で慎ましく暮らしてきた。
この土地が失われてしまえば、我ら村人に行くあてはござらぬ。
村長我らは愚かにも神の怒りを招いた。
さすれば、我ら自身で神を鎮めるのが道理というもの。
これが神の試練ならば、我らは甘んじてそれを受けよう。
村長おぬしのような部外者……それも人造の巫女など、神への冒涜に他ならぬ。
我が村の掟に口出しする資格なぞない!
君惠……
 
野良ひどか村長もあったもんっちゃなぁ。
蔵音古くから遺された観念てのは、どこもそんなもんですよ。村社会に固執する者ほど排他的になる。
蔵音その巫女――ま、この際はっきり言いますけれど、あーたがどう努力しようと、奴らの観念を捻じ曲げることは難しい。
君惠仰る通り、わたくしめには村長様を説得する力も、村人様方を避難させる方法もございませんでした。唯一、説き伏せられた者といえば……
 
君惠本当に、よろしいのですか……?
君惠貴村の伝統や、御神の思し召しを疑っているわけではございません。ですが……それでは貴方様は……
村の巫女君惠様……私は、幼い頃から巫女として育てられた身の上。
いつの日かこうなるとは、わかりきっておりました。
村の巫女神に代わって人々に旨意(しい)を伝え、人々に代わって神に祈りを捧げるのが私の使命。
神の怒りを買ったならば、身代わりとなって神の怒りを鎮め、罰を受けるべきなのです。
君惠ええ、ええ、わかっております。けれど、それでは貴方様方が……
村の巫女私たちは……とっくの昔に、私自身ではなくなっておりますから。
君惠……
村の巫女この生も死も、すべては御神の、ために……御神の……
 人柱となる巫女は、言葉とは裏腹に震えを抑えきれないでいた。
君惠は彼女の手を握った。手のひらがひどく冷たい。
村の巫女う、うう……うぅぅ……わ、わかっているんです、怖がっちゃいけないって……
生まれた時から……神のために、捧げられたのに……
村の巫女そうとわかって……覚悟もしてたのに……それなのに……
村の巫女君惠様……それなのに、どうしても……体の震えがおさまらないのです……
どうしても……ううっ、うぅぅ……
 まだあどけないはずの少女はその時、大人を装い、
ぶかぶかの巫女装束を身に着けていた。
 彼女には見渡す限りの、鮮やかな青春の日々が待っているはずだった。
そのすべてに、終止符が打たれようとしている。
村の巫女死にたくないです、死にたくない……もっと生きていたかった……
神様に、私の声は届いていますでしょうか?
 君惠は、その痩せ細った小さな体を抱きしめた。
その時、彼女の心の中に何かが芽生えた。
彼女は深呼吸をして、震える声でこう言った。
君惠神は……神はお聴き入れになられました。
信仰深き者は、誰一人として死なせはしない、
貴方様に生きていてほしいと、そう仰られました。