| 君惠 | やがて楓様が人柱になるはずの巫女様を、山の高台へとお連れになりました。しかし、その地の神を信仰せし村人たちは、村を離れようとはしませんでした。 | ||
|---|---|---|---|
| 君惠 | その地の風習に従えば、必ずや人柱は必要となる。そこで、わたくしめが巫女様に代わり、人柱となることにしたのです。 | ||
| 君惠 | わたくしめは氾濫する川へと飛び込みました。しかし、洪水は結局、村のすべてを呑み込んでしまった。下流へと流された君惠は、楓様のご介抱のもと、幸運にも目を覚ましました。 | ||
| 君惠 | 今となっては、その判断が正しかったのかは存じませぬ。わたくしめはうぬぼれておりました。その地の信仰に背き、あの巫女様を助け、この身をもってすれば神を鎮められると。 | ||
| 君惠 | わたくしめが、彼の地の神に見放されただけでしたら、身を持って罰を受けましょう。けれどもし、人ならざる者が捧げられたために、神を鎮めるどころか、さらなる怒りを買ってしまったのなら…… | ||
| 野良 | そげんわけなかろうもん。 | ||
| 野良 | いわゆる「神ん旨意」なんてのは、人間の欲望ば具現化したもんに過ぎんちゃ。 | ||
| 野良 | それに、もし神が実在して、人々ん声ば聞き届けるなら、信仰深か教徒ん願いば無視するわけなかろうもん。 | ||
| 野良 | 神は、みんなば助けとぉ思ぅとったはずったい。あんたんしたことは、何も間違うとらん。 | ||
| 君惠 | 野良様…… | ||
| 蔵音 | ほほほ、「神の旨意は人間の欲望を具現化したもの」ねぇ……その理論だと、秋なんざ毎日のように牛タン丼の神の小言を聞いてるんじゃござんせん? | ||
| 野良 | あっ……閃いたっちゃ!! | ||
| 野良 | ありがとう、君惠!あんたんおかげで、インスピレーションの神が降臨したったい! | ||
| 蔵音 | おっ、題材が決まったんです? | ||
| 野良 | あーね! | ||
| 蔵音 | 山奥の荒れ果てた村には、夜な夜な女の霊が…… | ||
| 野良 | いやいやいや、そげなんやなか。 | ||
| 蔵音 | 真夜中の牛タン丼に、なんと牛タンが入っておらず…… | ||
| 野良 | ……秋が悲しむっちゃな。 | ||
| 君惠 | でしたら、一体どのようなお話を……? | ||
| 野良 | 巫女の物語……日本各地を遊歴した、巫女の物語ったい。 | ||
| 薄暮時(うすぐれどき)、西日に照らされた三つの影が長く伸びている。 | |||
| 柔らかな橙色が、本殿の中へと降り注がれる。 あたりはぬくもりに満ち、落ち葉と戯れたそよ風が、今度は髪を優しく撫でる。 このような神社に身を置くのは、君惠にとって初めての出来事だった。 | |||
| とても暖かく、それでいて眩しく、心を奪われてしまいそうになる。 | |||
| 野良 | 外界の言葉に引きずられることなく、己の信仰するがままに従う。 | ||
| 野良 | この世の美醜明暗(びしゅうめいあん)を書き記す、 彼女は生きとし生ける者の立会人―― | ||
| 蔵音 | ほう……悪くない題材ですこと。 そうと決まれば、さっさと書くんですよッ! | ||
| 蔵音 | これ以上編集の奴らを待たせて、枕元に立たれても、あーしは知りませんから…… | ||
| 君惠 | なるほど……耳元でこう呟かれるのでございますね。 「原稿はまだか~……」 | ||
| 野良 | あっはは!そりゃ大歓迎ったいね! 夜中に現れて光っとってくれたら、徹夜ん電気代が浮くかもわからんし! | ||
| 蔵音 | それに関しては賛成しますよ。 あのハゲ頭なら、明るく照らしてくれること間違いなし。 | ||
| 野良 | あは、あははは!ヤバい、ハラ痛か…… | ||
| 蔵音 | プッ……あはははは! | ||
| 野良 | あー、笑ぅた笑ぅた。 編集んハゲに告げ口してやろうっと。 | ||
| 蔵音 | あーしはなーんも申しておりんせん! そうでござんしょう、巫女様? ほら、はやいとこ証言しておくんなまし! | ||
| 君惠 | ふふふ……はて、どうでしょう? その場にはおりません故、わたくしめにもよく…… | ||
| 野良 | 奥ゆかしゅうて誠実やった君惠までたぶらかしおって、こん大罪人め! | ||
| 蔵音 | お言葉ですけどね、君惠はオアシスに染まっただけでござんすよ…… | ||
| 三人はそう言って笑った。 ふと気づけば、君惠は野良と蔵音とともに神社を出ていた。 | |||
| そして境内から足を踏み出したとたん、嵐のごとき通信音が三人を襲った。 | |||
| ピピピピピピピピッ―― | |||
| システム | 【メッセージを複数受信しました】 【同一メッセージは折りたたまれます】 | ||
| 教授へのサプライズ、ようやく完成したぜ! お前も見に来いよな、絶対だぞ!――オクトーゲン 君惠!新しいチョコレート、作ってみたんだ!食べてみない?――チョコ 君惠さん、今朝はおいしい朝食ありがとう!お昼ご飯も食べたから、安心してね! イムホテプさんにお菓子をもらったから、あとで届けにいくね!――へリックス 怪奇現象ふたたび!巫女さま神さま仏さま、おたすけーー!!――クロ | |||
| 野良 | うっひゃあ、どげんしたと?まさか時限爆弾でも持っとぉ……って、うちん通信機も鳴りよった。忘れて。 | ||
| 君惠 | あ……クロック様から…… | ||
| ピッ―― | |||
| クロック | あっ、つながった!あんたら、なにやってんの!?なんで、どいつもこいつも通信つながんないの!! | ||
| クロック | エントロピーにでも襲われたのかと思って、サンドボックス障壁確認しちゃったじゃん!! | ||
| 君惠 | も、申し訳ございません、クロック様。わたくしめの神社は、あらゆる通信を遮断しておりまして。ご心配をおかけしてしまいました。 | ||
| クロック | いいよ、無事なら。はやく戻っといで。チョコの新作ができたって、君惠に食べさせたいらしいよ。 | ||
| クロック | それと、蔵音、野良!部屋の前のキャンプ場、かたづけときなよ! | ||
| クロック | 毎晩毎晩、焼き肉のにおい嗅がされて、どう寝ろってのさ。 | ||
| 蔵音 | ええ、ええ、すぐに対処しますとも……どっかのナマケモノ脚本家が原稿さえ提出すれば、万事解決でございますから~ | ||
| ピッ―― 通信終了。 | |||
| 野良 | は……はよう戻ろか。クロックんイージスに部屋ば壊されたら嫌やし…… | ||
| 蔵音 | 君惠、ほら行きますよ。 | ||
| 君惠 | …… | ||
| 野良 | あんなぁ……本人が行きたがるとは限らんやろ?君惠にとっての「家」は、こん神社ったいね。 | ||
| 君惠 | わ、わたくしめは…… | ||
| 蔵音 | なに言ってんです、家に連れて帰るに決まってますよ。こんなところにいちゃ寂しいでしょうに。 | ||
| 蔵音は手を伸ばして、君惠の反応を待った。 | |||
| 君惠 | 家に……帰る……? | ||
| 蔵音 | 左様。仲間のいる場所こそ、帰る処でござんしょう? | ||
| 君惠 | …… | ||
| 君惠は蔵音が伸ばした手を見て、今度はふりむいて神社を見た。 通信機は依然として、メッセージを受信し続けている。 その形なき絆たちは、夕陽の輝きのごとく本殿の入り口を照らし、 まっすぐオアシスの中心部へと続いていた。 | |||
| 君惠 | (楓様、見ておられますか?……どうやら、わたくしめは本当の居場所を見つけられたようです) | ||
| 君惠は目を閉じて、しばらく祈った。 彼女はふりかえると、蔵音と野良の手を取った。 | |||
| 君惠 | わたくしめも……わたくしも、皆様の傍に居とうございます。 |
