黄昏のラメント 真紅の葬儀 PART.1 夜中の返事

Last-modified: 2026-02-10 (火) 22:18:35

オアシス、屋外。
 薄暗くひっそりとした小道を、二人の少女が手を繋いで歩いている。
ドゥシェーヴヌイねぇ、マックス。やっぱりもう帰ろうよ。もしお部屋にいないのが教授に知られたら……
マックスバレるわけないって!ほら、司令室の明かり、まだついてるじゃん!
ドゥシェーヴヌイで、でも……寝る時間に勝手にお部屋を出たら、叱られちゃうのだ……
マックスどーでもいいもんねー!あたしだって毎日残業漬けなのに、へリックスばっかり夜食にありつけるなんてズルいよ!今日こそ思う存分食べてやるんだから!
ドゥシェーヴヌイアンジェラお姉ちゃんが知ったら、きっと悲しむよ。
マックスへぇ?「悪い子は怪物に連れ去られてしまいますよ~」ってやつ?そんな子ども騙し、あたしに通用するかっての!
 マックスが言い終わらぬうちに、にわかに路地裏の奥から静かな歌声が響いた。
??♫ Соловьи, соловьи,
(ナイチンゲール、ナイチンゲール……)
ドゥシェーヴヌイマ、マックス……今の聞いた?
マックスき、聞こえたけど……
??♫ не тревожьте солдат,
(兵士を起こさないで……)
 リズムを刻むかのようなハイヒールの音と歌声が、徐々に近づいてくる。
ドゥシェーヴヌイヒッ……ま、まさか、本当に、怪物が……
マックスこ、怖がるな!チェルシーのイタズラに決まってる!
ドゥシェーヴヌイで、でもこれ、チェルシーの声じゃないよ……
マックスへ、変声機だ、変声機!
??♬ Пусть солдаты немного поспят,
(眠らせてあげて……)
 見知らぬ輪郭が、暗い路地裏から少しずつ浮かび上がる。
建物の合間、背後から差し込む月明かりを受けて、時折地面に長い影が伸びた。
ドゥシェーヴヌイマ、マックス。チェルシーって……あんなに背が高かったっけ?
マックスあ……新しいイタズラでも発明したんでしょ!オアシスに怪物なんかいるわけないし!
マックスチェルシー!イタズラはそこまでだ!きょ、教授に突き出してやる……
 ふいに歌声が止んだ。だが、足音は依然として近づいている。
輪郭だけだった人影が、月明かりの下に姿を現す。
 それは、すらりとした背の高い女性エージェントだった。
少なく見積もっても2mはある何かを背負っている……棺桶だ。
 女性は目を伏せ気味に、マックスとドゥシェーヴヌイを見下ろした。
マックスあ、ああああああんたは……
 マックスは必死に冷静さを保ちながら、目の前の招かれざる客を問いただそうとした。
だが、マックスに答えたのは女性エージェントではなく……
??オマエら……
 奇妙な声が、棺桶の中から響いた……
マックス……
マックスピッ――
 マックスは白目をむいて、その場に立ったままフリーズした。
ドゥシェーヴヌイマ、マックス!こんな時にフリーズしないでよ!わ、吾はどうしたらいいの!?
ドゥシェーヴヌイぴっ、ぴぇぇっぇええええ教授ペルシカアンジェラお姉ちゃんごめんなさい吾が悪かったのだ二度とマックスと出歩いたりしないからおねがい助けてぇぇぇぇーーー!!!
 エージェントは身動きもせずに、金色の瞳でただただ二人を見下ろしている。
??迷える子羊たちよ……
ドゥシェーヴヌイう、ううう……
??私とともに、帰途につくつもりは……?
ドゥシェーヴヌイ……
ドゥシェーヴヌイピッ――
??……
??あれ、こっちのもフリーズしちまったか。
??死の追いつかぬエデンへたどり着いたかと思ったけれど、ここの生者がかくも脆弱だったとは……
??で、どうする?道を聞けそうなヤツぁもういないぜ?
??……迷霧には、自ずと引導の灯火あり……
 マックスとドゥシェーヴヌイを見下ろしていたエージェントの視線が、
この時間にオアシスで唯一光の灯る建物――司令室へと向けられた。
 
オアシス、司令室。
{教授}……ふぅ、よかった。
人形の構造には詳しくないが、見たところ二人とも問題なさそうだ。
 マックスとドゥシェーヴヌイを隣室のソファーに横たわらせ、私は接客室に戻った。
そして巨大な棺桶を背負った、見知らぬ人形に向き直る。
{教授}二人を送り届けてくれて助かった。
それで、何があったんだ?
??幼き苗は死の気配を受け入れがたいもの。亡者はそこかしこに存在するにも関わらず。
{教授}ふむ。だからこそ温室を作ったわけだけど――
誰かが外の風を連れてきてしまったようだ。
 私の鋭い反応を聞いて、先ほどまで二人の少女に微塵も遺憾を
感じていなかったであろう人形が、ようやく顔色を変えた。
??ガーッハッハッハ!さすがはオアシスの教授だぜ!オレたちの会話についてこれるたァな!
{教授}仕事柄、奇妙な人物との付き合いも多くてね。
??ほーん。オレたちが入ってきても、驚かなかったってわけか。
{教授}セキュリティシステムは異常なしだ。
私もしくはペルシカの発行した通行許可証を所持しているんだろう?
{教授}それなら、君たちはオアシスにとって安全だ――
アントニーナ以上のハッキング技術で、なんの痕跡も残さずに
ファイアウォールを突破してきたのなら、話は別だが。
??ヘヘッ、そうだったらどーするよ?
{教授}その点は警戒していたさ、君たちが部屋に入ってきた時から。
{教授}ついさっきまでね――今、ようやく安心できたよ。
 私は情報処理端末をタップして、来訪者の映写をスクリーン上に映し出した。
 UAS出身、そして元クラウドセクター所属エージェント。
7時間前にペルシカが通行許可証を発行している。
{教授}これで正式に迎えられそうだ――オアシスへようこそ。
自己紹介のチャンスは、君たちに残しておこうかな。
 人形はやや驚いたあとで、にっこりと笑った。
クロト邪魔をした。私は運命を紡ぎし者、死の送葬者、名をクロト。
クロトこちらは我が下僕、ヘル。気性が荒く、先ほどは失礼を。
ヘル失礼だァ~?んなわけね~よなァ!?この教授ってヤツ、けっこうやるじゃねーか!仲良くできそうだぜ、ナハハハハ!
{教授}私は{教授}、オアシスの教授だ。
クロト噂はかねがね。
{教授}オアシスは気に入ってもらえたかな?
ヘルああ、悪くないぜ!なかなか快適だ!
 クロトは小さく手をふって、ヘルに会話の邪魔をしないよう示した。
クロト……生気に満ち溢れている、死の気配をほとんど感じない。
{教授}みんながオアシスの建設のために、始終エネルギーを注いでいるからかもしれないな。
クロトこういった生気は、嫌いじゃない。
{教授}それならよかった。
君のその冷静さや沈着さも、オアシスは同じように歓迎するよ。
クロト……好意には感謝を、けれど断る。
{教授}……理由を聞かせてもらえるか?
クロト旭日(きょくじつ)は浮き沈み、星河は明き滅す。潮汐は満ち引き、花葉は枯れ栄える。万物の生死は無常なれど、終わりは必ず訪れる。
クロトオアシスもしかり、この身もしかり。その訪れの前に、我が運命の者を見つけ出さなくては。かくも美しい景色に焦がれている場合ではない。
クロトそもそも、オアシスは私の力を必要としない。
{教授}君の協力が必要になる場面は、必ず見つかるさ。
それについては心配いらない。
{教授}ふむ、探し人か……
だが、休みせずに探し続けていては、疲れてしまうだろう。
クロト……ええ。けれど、歩を止める理由にはならない。
クロトもちろん、教授の手助けには感謝している。この恩は必ず返そう。
{教授}なにも恩返しが目当てで、君を引き留めているわけじゃない。
それに、より良い旅立ちに適切な休憩は不可欠だ。
{教授}こうしよう。しばらくオアシスに滞在してはどうかな?
ここに残るかどうかは、その後で決めればいい。
{教授}こちらもできる限りのもてなしはする。
それでも離れたいと思うなら、私たちは止めないよ。
クロト貴方がそこまで言うのなら……承知した。
 どうやら引き延ばしの策はうまくいったようだ。
私はほんの少し胸をなでおろした。
{教授}よし。ここで待っていてもらえるかい?
君の宿舎を手配しておこう。
それとこの二人も、なんとかしないとね。
 私はクロトを接客室に残し、オフィスに戻ってデスクに腰かけ、通信を立ち上げた。
相手はすぐに応答する。
センタウレイシーご主人様、まだ司令室においでなのですか?
センタウレイシー一時間前にお約束したはずです、本日は時間通りにご休憩なさると。
{教授}ああ、そのつもりだったよ。
ハプニングさえなければ。
{教授}マックスとドゥシェーヴヌイのメンタルがフリーズしてね。
センタウレイシーそれはまた、どうして……?
{教授}大丈夫、危険はない。
ただ、君に彼女たちを部屋へ送り届けてほしいんだ。
センタウレイシーご無事なのでしたらよかった。承知いたしました、私におまかせください。
{教授}それと、女子宿舎をひとつ手配してくれないか。
人形が一人と……箱が……
{教授}いや、やっぱり二人部屋にしよう。
二人部屋のセッティングを頼むよ。
センタウレイシーおおせのままに、すぐに手配いたします。
 ピッ。
 通信を切った瞬間、私は空気中にある種の異様な気配が漂うのを感じた。
陰気かつ冷ややかな何かが、私の背中へと襲いかかる。
私が本能的に背後をふりむくと、そこには漆黒の人影が無言で佇んでいた。
{教授}君……
 私は突然現れたクロトを警戒しつつ、素早く冷静さを取り戻した。
{教授}どうかしたのか?何か思い出した?
クロト……
 驚くべきことに、これまで本心のつかめなかったクロトは、
今や目尻にいくつもの涙を溜めていた。
クロトさっきの、声……は……
{教授}さっき?声って?
クロトずっと……ずっと、探していた……
クロト硝煙と戦場、現実とクラウド……ずっと、ずっと探していた……
{教授}まさか、君の探し人というのは……
 混乱の最中、司令室の扉が開かれた。
センタウレイシーお待たせいたしました、ご主人様。
 来訪者を目にした瞬間、クロトはすぐさま彼女の名前を口にした――
クロトレイシー!
センタウレイシー……!
 センタウレイシーは驚愕していた。
だがそれもほんの一瞬で、すぐに彼女の口角に一抹の笑顔が宿る。
センタウレイシー久しぶりね、クロト。
 孤高な少女は、今度は躊躇わなかった。
彼女はセンタウレイシーに抱きつくと、始めは途切れ途切れにすすり泣き、
やがて大声で泣きじゃくった。
 センタウレイシーは彼女の肩を優しく叩きながら、微笑んでいる。
センタウレイシーもう大丈夫……もう大丈夫よ。
{教授}……あ、あの……感動の再会を邪魔して悪いんだが、
まずはドゥシェーヴヌイたちを運んでもらえないかな……
センタウレイシー申し訳ございません、ご主人様。少しだけお時間を頂けますか。ほんの少しだけでかまいませんので……
 クロトの背中を優しく叩く音と、彼女の悠長な語尾が、
透き通ったレクイエムに寄り添う和音のように、遠い昔の物語を語り始めた……