| 軍事基地付近、戦場へと至る公道。 | |||
| ヘル | チッ、ロクでもねー職場だぜ! | ||
|---|---|---|---|
| クロト | ……ヘル、外勤では静かに。 | ||
| ヘル | やってらんねーよ!オマエは平気なのかよ? | ||
| ヘル | あの後方部門の軍人ヤロー、人をナメくさりやがって!オレを指さして不吉だのなんだの! | ||
| ヘル | しかも「前の人形ほど出来がよくないな」だとか「安物」だとか好き放題言いやがって……愚痴を聞き終えたら今度は任務に直行かァ!? | ||
| ヘル | っていうかよ、このちっこいバイクはどーゆーこった!?こんな狭っ苦しいモンで戦場を片付けろだとォ~~!? | ||
| クロト | 落ち着いて、ヘル。迷える魂が驚いて逃げてしまう。 | ||
| クロト | 感じる、この先にたくさんの魂が…… | ||
| ヘル | チェッチェッチェッ、わぁったよ。仕事、仕事。あーあ、棺桶はつらいぜ…… | ||
| 戦場。 | |||
| 熾烈な戦いは四時間前に終結し、瓦礫だけが戦場に残されている。 小さなバイクを路上に停め、大きな棺桶を軽々と背負い、 クロトは凸凹した瓦礫の上をゆっくりと歩み始めた。 | |||
| 葬儀師のヒラヒラとした黒と白の衣装は、 硝煙の満ちた戦場にはやや不釣り合いに見える。 | |||
| ヘル | こんなとこ来んの初めてだ、散らかってんな~ | ||
| ヘル | はやく行こうぜ、クロト。このへんじゃ空襲があるってハナシだ! | ||
| クロトは答えずに、目を閉じて小さく歌い出した。 彼女の瞼の下から、強い光がほんのりと透き通る。 | |||
| クロト | …… | ||
| クロト | 見つけた…… | ||
| ヘル | へっ、なになに? | ||
| クロト | まだ温かい……現世に未練のある魂…… | ||
| クロト | ここにいる。 | ||
| 崩壊した壁の下から、微弱な呼吸音が聞こえているようだ。 | |||
| クロトは慎重に、それでいて素早く手を動かし、瓦礫をどけた。 死の間際にある兵士が、彼女の前へと姿を現す。 | |||
| 負傷兵 | ま……ぶし、い…… | ||
| 負傷兵 | 私、は……助かった、のか…… | ||
| クロト | 私たちが、引導を渡してあげる。 | ||
| 負傷兵は頭上を仰いだ姿勢のまま、動けなくなっていた。 瞳からは希望への熱意が溢れている。 だが、クロトを目にしたとたん、希望の光は恐怖に変わった。 | |||
| 負傷兵 | な、なんだ……鉄クズが、何の用だ……! | ||
| クロト | 導かれし者は、いまだ冥河の彼岸にいる。 | ||
| 負傷兵 | なんの話だ……?失せろ……! | ||
| クロト | 横になりなさい、私が生者の国土へと送り届けてあげる。 | ||
| クロトがヘルを指さすと、ヘルの蓋が勝手に開いた。 | |||
| 負傷兵 | き、きさま……私に、棺桶に横たわれと……!? | ||
| 負傷兵 | 私は生きてる、まだ死んでないんだぞ……この、クソ人形が!わかってるのか……!? | ||
| クロト | 導きは正しい、あなたが生きとし魂であることは知っている。怖がらないで。 | ||
| クロトは真剣に説明したが、負傷した兵士の精神はやや錯乱していた。 | |||
| 負傷兵 | 私は、死ぬんだろう……背中が、ひどく痛む……だが、そんな場所で死にたく、ない…… | ||
| クロト | 現世をあきらめないで…… | ||
| 負傷兵 | 背中が、足が……わかってるさ、私は終わりだ……私は、ここで死ぬ…… | ||
| 負傷兵 | ダニエルは死んだ、セルゲイも……私たちは、みんなここで死ぬんだ……最初から、わかってた…… | ||
| クロトは何も言わずに、できるだけ小さな動作で負傷兵に近づき、 彼の傍にある瓦礫を片付けた。 | |||
| 兵士の延ばした左手が、棺桶の側面に当たった。 彼の眼差しが散漫としだし、指は無意識に棺桶をつかもうとする。 | |||
| ヘル | ヒャッ……こ、こそばい…… | ||
| クロトはすぐさまヘルを叩いて、彼女をたしなめた。 | |||
| 負傷兵 | 冷たい……はは……鉄の、においがする…… | ||
| 負傷兵 | 爺さんが、鍛冶職人、だったんだ……小さい頃、毎日、仕事場を覗きに行って…… | ||
| 負傷兵 | そこで、ソフィアと、知り合った……春の日の、夜……二人とも、幼かった……徴兵されずに、済んで…… | ||
| 負傷兵 | 結婚して……私の番になった……ソフィアが、靴とコートを縫ってくれたんだ…… | ||
| 負傷兵 | 見てくれ……私の、靴……足が、どこにあるかわからんが……そうだ、私は、砲撃されて…… | ||
| 負傷兵 | ソフィア……タチアナは、どうする……まだ、3歳なんだぞ…… | ||
| 負傷兵の声がだんだんと弱まってゆく。 彼はクロトに手を伸ばして、希望を手繰り寄せるかのように、空をつかんだ。 | |||
| 負傷兵 | ソフィア……タチア、ナ…… | ||
| ヘル | クロト、はやくしねーと!次の空襲が近づいてる! | ||
| 負傷兵の手が落ちる前に、クロトが彼の手を取った。 | |||
| ヘル | クロト! | ||
| クロト | 魂に、引導を渡さなくては…… | ||
| 負傷兵 | 死に、たくない……帰りたい…… | ||
| 負傷兵 | 死にたくないよ……母さん……助けて……母さん…… | ||
| ヘル | 空襲だ!クロト! | ||
| 頭上から唸るような音がした。 ヘルはとっさに断壁に寄りかかり、クロトと負傷兵のために陰を作った。 | |||
| ドンッ! | |||
| 負傷兵 | あ、ああ…… | ||
| 大地が轟き、空は燃える。 | |||
| 負傷兵の泣き声が、徐々に止んだ。 |
