| どれだけ時間が経っただろうか、あたりが静かになった。 | |||
| 新しく積み重なった廃墟の下から、整った形の棺桶が顔を出す。 | |||
| ヘル | ペッペッペッ!ハァ~口がなくてよかったぁ~、危うく灰を食わされるとこだぜ! | ||
| ヘル | おい、大丈夫か、クロト? | ||
| クロトは体に付着したいくつかの破片と、 変形した素体のモジュールを一瞥した後で、漠然と視線を逸した。 | |||
| クロト | 問題ない。 | ||
| 彼女は目を閉じて、再び小さな声で歌い出す。 | |||
| 彼女の瞼の下から、強い光が発せられる。 | |||
| クロト | 感じなくなった…… | ||
| クロト | 死は……やはり訪れたか。 | ||
| クロト | ヘル、葬礼を始めよう。 | ||
| ヘル | こんな場所でか?ま、悪かねーけどよ! | ||
| クロト | 生者と死者を慰め、悲しみに暮れる生者を救い、孤独に彷徨う死者を誘う(いざなう)。それが私の使命。 | ||
| ヘル | へいへい…… | ||
| ヘル | 逝者の人種を特定中…… 逝者の宗教を特定中…… | ||
| ヘル | 信仰傾向のアウトプット完了。 | ||
| クロトは立ち上がって、両手の指を交わらせ、追悼の言葉を暗唱し始めた。 | |||
| Бог проводит смертного через жизнь, прежде чем обратить его к свету. (神は一人を光へと変える前に、その生命を引導す) Смерть разрушает тело, но спасает душу. (死はその者の身を滅ぼす、しかしてその者の魂は救われん) | |||
| Лишь в смерти скорбный час душа свободу обретает. (死の悲しみの中で、その者の魂は自由を見つける) Мир светлый праху твоему. (その者の骨灰が、安寧を得られんことを) | |||
| クロトは兵士の遺体を棺桶にしまい、それを背負った。 | |||
| 凹凸の激しい道を、一歩一歩進んでゆく。 | |||
| 葬儀師のヒラヒラとした黒と白の衣装は、先ほどの爆撃でボロボロになっていた。 硝煙の満ちた戦場とも、不釣り合いではなくなった。 | |||
| 27-99軍事基地。 | |||
| クロトの報告を受けて、兵士たちは顔色を暗くした。 | |||
| 兵士A | マトベイ、あいつまで……それじゃ、あの小隊は…… | ||
| 兵士B | 32人もいるんだぞ、持ち帰ったのはこれだけかよ? | ||
| クロト | いくつかの躯体は、もはや不完全…… | ||
| 兵士C | 言い訳だけは立派だな、え!? | ||
| ドンッ! | |||
| ヘル | おい!?殴ったな!? | ||
| 兵士C | 棺桶は黙ってろ! | ||
| 兵士C | どこのイカれ野郎だ、棺桶にメンタルなんざ埋め込んだのは!?この怪物が! | ||
| ゴンッ! | |||
| 兵士の拳がまたしても振り下ろされたが、ヘルに反応はない。 兵士は腫れた右手を押さえながら、悔しげに人形と棺桶を見ている。 | |||
| 兵士C | クソッ……この***が…… | ||
| 兵士A | ぜんぶお前ら鉄クズのせいだ!毎日毎日人が死んでるのに……不吉なモン持ってフラフラしやがって! | ||
| 兵士B | 出てけよ!このグズ! | ||
| クロト | …… | ||
| ???? | そんだけ元気が有り余ってるたァ、早朝訓練が足りなかったらしいな。 | ||
| 兵士たちがクロトを部屋から追い出そうとした矢先、 扉のほうから響いた声が、全員の注意を引いた。 | |||
| 兵士A | 中尉!いえ、あの、そういうわけでは…… | ||
| アルバート | それとも何か?俺たちのルールじゃ、後方の人形に手出しすんのが当然ってか?え? | ||
| 兵士B | 中尉!この鉄クズども、まるで使い物になりませんって! | ||
| 兵士B | 言いつけた死体の回収も満足にできないんですよ!?人数が合わない! | ||
| アルバート | ここで俺がお前をぶちのめしたって、数は合わねェさ。 | ||
| アルバート | こんなところで八つ当たりしてんじゃねェ、ガキどもが!戦場に出て何日だ?いまさら死体を見てないとは言わせんぞ。 | ||
| アルバート | 持ち場に戻れ、時間を無駄にするな!奴らの敵を討ちたかったら、銃をせっせと磨くこった! | ||
| アルバート | 総員、グラウンド周回!始め! | ||
| 兵士C | ……イ、イエッサー…… | ||
| 兵士たちは不貞腐れた様子で、ぞろぞろと去っていった。 アルバートは懐中時計を磨きつつ、クロトに歩み寄る。 | |||
| ヘル | うっひょ~!さすがは中尉、かっちょい~ぜ! | ||
| クロト | ……ありがとう。 | ||
| アルバート | ケッ、よせよ。お前さんはお前さんの、俺は俺の仕事をこなす。それだけだ。 | ||
| アルバート | あいつらのことは気にしないでやってくれ、ありゃ単なるストレスだ。 | ||
| アルバート | こう見えて、俺ァ何度もあいつらの命を救ってんだぜ。奴らが言うことを聞くのはそのせいさ。 | ||
| アルバート | お前さんも同じだ、わかるな?己の使命をきっちり果たせば、周囲は自然とお前さんを尊重する。それが軍隊ってやつだ。 | ||
| クロト | ん……次は、生者の魂をできる限り現世に留めよう…… | ||
| アルバート | そいつが賢明だ。 | ||
| アルバート | そうだ。礼なら、このお嬢さんにも言ってやれ。 | ||
| アルバート | こいつが俺をここに呼んだんだ。今朝そう教えたのは俺だが、すぐに実践しやがるとはな…… | ||
| 中尉が体をそらすと、その背後から金髪碧眼の人形が現れた。 クロトの視線に気づき、人形が小さく頷く。 | |||
| クロト | あなたは…… | ||
| ヘル | おっ、センタウレイシーじゃん! | ||
| センタウレイシー | お疲れさまでございました、クロトさん。 | ||
| センタウレイシー | 改めてご挨拶を――これからは同僚でございますね。 |
