| 廊下、クロトはセンタウレイシーと肩を並べて歩いていた。 | |||
| クロト | さっきは……ありがとう。 | ||
| センタウレイシー | いいえ、私はなにも。 | ||
| クロト | 機械は時間の摩耗を受ける。けれど、種子の種類が変わらぬように、何があろうと模擬人格が変化することは極めて稀……あなたの気品は、紛れもなく光輝く宝石。 | ||
| センタウレイシー | あなただって、私を助けてくださったじゃありませんか。どうかお気になさらず。 | ||
| クロト | いいえ。花にはそれぞれ違った咲き方がある、人形も同じ。あの件にたいした価値はない、花が枯れるに任せて散ればいい。 | ||
| センタウレイシー | ……どうしてそう思うのです? | ||
| ヘル | 許してやってくれ、センタウレイシー……日常的に死に触れてると、人形といえど悲観的になるもんさ。 | ||
| センタウレイシー | そうでしたか。心配いりませんよ。私は、あなたのお考えを尊重いたします。 | ||
| 短い会話を交わし、クロトは自分の部屋の前で足を止めた。 | |||
| クロト | 運命の交差はここでおしまい。センタウレイシー、またいつか。 | ||
| センタウレイシー | ええ、またいつか。 | ||
| クロトは頷いて、自分の部屋の扉を開けた。 | |||
| 次の瞬間、扉の中から強烈な冷風が吹き付ける。 センタウレイシーはとっさに彼女の部屋を見た。 | |||
| センタウレイシー | ……窓ガラスが割れている、それに緊急メンテナンス設備もない……後方部門が手配を忘れているのかしら? | ||
| クロト | 友を失った痛みは、どこかで発散しなくちゃ。 | ||
| センタウレイシー | …… | ||
| ヘル | 人間が誰でも良いヤツだと思ったら、大間違いだぜ!あの後方部門のゲス野郎め、窓が壊れたっつったら、給料から差し引く差し引くってうるせーの!穴が空いた窓ガラスみてェによ! | ||
| ヘル | オレが棺桶でよかったぜ。クロトを中にいれりゃ、雨風をしのげっからさ!あ~あ、これで手足が8本あったらな~ | ||
| センタウレイシー | 棺桶でなければ、手足が8本あるとは限りませんよ。 | ||
| センタウレイシー | それに手足が何本もあったところで、この部屋の住み心地を変えることはできない――それが人形に与えられた部屋だろうと。 | ||
| ヘル | おお~!その言い回し、気に入ったぜ!ちょっとばかし残酷だけどさ…… | ||
| クロト | 生者は破滅へと向かい、人形は崩壊の結末を迎える。 | ||
| クロト | ここが、私の唯一の居場所。他に行けるところなんて、ない。 | ||
| センタウレイシーはクロトのヒビ割れた生体皮膚を見た。 皮膚の下のフレームの一部が変形している。 | |||
| それは鮮血の滴る傷口のように、クロトの頬に静かに横たわっていた。 | |||
| センタウレイシー | ……ハァ。 | ||
| センタウレイシー | ここが片付く前に、私の部屋で寝泊まりなさってはいかがです? | ||
| クロト | 同情は必要ない、これが私たちの運命…… | ||
| クロト | ……えっ? | ||
| クロトは目を大きく見開いた。 | |||
| ヘル | センタウレイシー!オマエ、ホンットに良いやつだな!! | ||
| クロト | で、でも、だけど、えっ……どうし、て……? | ||
| センタウレイシー | 混乱した状況を見過ごすことは、私の信条に反します。それに、このエリアの清掃は私の担当です。乱れた環境が生み出されたのは、私の責任でもありますから。 | ||
| クロト | な…… | ||
| センタウレイシー | あなたの部屋は私が整えておきます。その間、私の部屋をお使いください。 | ||
| センタウレイシー | とにかく、まずはあなたの状態を整えなくては。クロトさん、私と参りましょう。 | ||
| クロト | あなたと…… | ||
| そう命じられたのが初めてとでも言うように、クロトは呆然とそう呟いた。 | |||
| センタウレイシーが背中を向けて進んでゆく―― 考える暇もなく、彼女は冷たい風の吹きすさぶ部屋を後にして、 金髪の人形を追いかけた。 |
