| ピッ、ピピッ―― | |||
| 真っ暗なメンテナンススロットの中では、何もかもが遠く感じられる。 | |||
| 研究主任 | Mortician全員に問題が? | ||
| 研究員 | Mortician-1とMortician-2は、正常な稼働に支障をきたしています。 Mortician-3のメンタルの安定指数にも、起伏が見られますね。 | ||
| 私は、だれ? | |||
| 研究主任 | 1と2に何が起きたんだ? | ||
| 研究員 | 感情モジュールの設計がリアルに忠実すぎたんです。 Mortician-1の感情プログラム中枢は崩壊、そのせいで自虐行為を制御できずにいます。 | ||
| 私は、アトロポス。 生者の希望に応え、葬礼を手配する者。遺族たちは逝者のために涙を流す。 けれど、私はその機能を持たない。私は、自身の眼球を破壊した。 | |||
| 研究主任 | Mortician-2はどうした? | ||
| 研究員 | こちらは、臨終時のケアで、ネガティブな感情を受け止めすぎました。 今や彼女たちは、苦痛が実際に存在するものだと認識している。 | ||
| 私は、ラケシス。 死の瀬戸際にいる彼らの泣き声が、私の記憶にこだまし続ける。 逝者の声が、永遠に一秒前に留まるの。私ではそれを止められない。 | |||
| 研究員 | それとMortician-3。彼女たち三人は姉妹という体でデザインされています。 てっきり、姉たちに引きずられると思いましたが、 今のところ彼女だけは安定していますね。 | ||
| 研究員 | 彼女を回収しました。 御覧ください、今は覚醒しています。 | ||
| 死はいずれ万物に訪れる。 その過程がどうなろうと、なんの意味もない。 | |||
| 研究主任 | ……まるで傀儡だ。 新型の人形だとは、とても思えないな……まったく。 | ||
| 研究員 | どうかしましたか? | ||
| 研究主任 | だから言ったんだ、僕はUAS向きじゃないと…… | ||
| 研究員 | 主任……人形を憐れむ暇があったら、私たちの業績を憐れんでくださいよ。 Morticianシリーズにこれだけの問題が起きたんです。 少なくとも、今年のボーナスはお預けですね。 | ||
| 研究主任 | …… | ||
| 研究員 | それで、今回の機体はどうします? 個人的には、デザインセンターに差し戻して、廃棄処分にするのがよろしいかと。 | ||
| 研究主任 | Mortician-3の、他のパラメータは正常なんだな? | ||
| 研究員 | ええ、正常の範囲内には収まってますね。 | ||
| 研究主任 | データを記録しろ。 適当なポジションを見つけて、役立ってもらう。 | ||
| 俺は、アルバート。 車の爆発で足をやられ、首はその破片で切り裂かれた。 命が俺から遠ざかってゆく。 | |||
| 研究員 | 冗談よしてください、主任! チームの業績をなんだと思ってるんですか!? こんな不安定な人形、早めに潰さないでどうするつもりです!? | ||
| 研究主任 | あちこちで争いが起こっているだろう? 軍の自律人形すら手に入らない落ちぶれた地方軍なら、 戦場の死体を安価で手軽に片付けたいと考える。 | ||
| 研究主任 | 疫病はないし、遺族の不満もない。戦場には臨終のケアなど必要ない。 一人の人形で片がつくんだ、願ってもないさ。 | ||
| 違う……私はアトロポスでも、ラケシスでもない…… 私は人間じゃない、アルバートでも、ピーターでもない…… | |||
| 研究主任 | 決まりだな、扉を締めておけ。 | ||
| 研究員たちが立ち去った。 | |||
| 研究主任 | ……だが、新しい仕事に馴染めなくては可哀相だ。 何かしらの措置を…… | ||
| 私は、だれ? | |||
| ???? | どうし……目覚め…… | ||
| ?? | 思考……故障…… | ||
| ???? | 強制的に起動させるしかなさそうですね。 | ||
| 強烈な電流が記憶体を刺激した。 突然、視界が明るくなる。 | |||
| クロト | ……私は、だれ? | ||
| センタウレイシー | あなたはクロトさん。ヘルさんに伺いました、あなたが記憶データの整理中にオーバーロードしたと。 | ||
| クロト | そう……どうやら過去の幻が、いまだに影響を及ぼしている。 | ||
| クロト | お世話になった、センタウレイシー。 | ||
| センタウレイシー | 大したことではございません。目を覚まされたのでしたら、私は朝に使う清掃用具を整えてまいります。 | ||
| センタウレイシーが背中を向けた。 クロトは唇を噛み締めながら、俯いて彼女のスカートの裾を握った。 | |||
| クロト | あぁ……やっぱり…… | ||
| センタウレイシー | どうかなさいましたか?今、なにか…… | ||
| クロト | 幻の影は存在している……私を喚ぶ声、涙を流す声が、私の耳元に留まっている。 | ||
| クロト | ……少しだけ、ここにいてほしい……現世と彼岸の違いが、わからなくなりそう…… | ||
| センタウレイシーはクロトを見た。 彼女の金色の瞳には、普段とは異なる渇望と恐怖が隠されている。 | |||
| センタウレイシー | ……もちろんです。夜はまだ長い、最初の日課が始まるのは三時間後ですから。 | ||
| センタウレイシーはそう答えて、クロトの傍に座った。 | |||
| クロト | ごめんなさい、本当に……あなたには、たくさん迷惑をかけた。 | ||
| センタウレイシー | かまいませんよ、似たような事が前にもございました。 | ||
| クロト | 似たような事? | ||
| センタウレイシー | ええ。私の妹が、幼い頃よく悪夢を見ていて。こうして傍に寄り添うと、私にぎゅっと抱きついてくるんです。 | ||
| センタウレイシー | 大きくなってからは、それもなくなりましたが…… | ||
| 昔を懐かしむ彼女の言葉を聴いていたクロトは、 ふとセンタウレイシーの肩に寄りかかった。 | |||
| クロト | 「大きくなった」……彼女は、人間? | ||
| センタウレイシー | ええ。今は……おそらく、戦場にいるでしょうね。 | ||
| 妹の話になったとたん、センタウレイシーの眉間に柔らかな色が宿った。 | |||
| クロト | ……多くの者が、戦場にいる肉親を慮っている。 | ||
| センタウレイシー | あの子は、私に黙って戦場に向かったんです。 | ||
| クロト | 彼女を見つけた? | ||
| センタウレイシー | ……いつか必ず、再会できると信じています。 | ||
| クロト | 死はいつも、戦士の後をついてゆく…… | ||
| センタウレイシー | 死……か。 | ||
| クロト | ごめんなさい。つい、傷つけるようなことを…… | ||
| センタウレイシー | いいえ、仰るとおりです。軍人と死は隣り合わせ、それは紛れもない事実。 | ||
| センタウレイシーは目を閉じた。 | |||
| センタウレイシー | だからこそ、私は彼女の無事を祈ります。 | ||
| クロト | 私も祈る。二人が、再会できるように…… | ||
| センタウレイシー | ありがとうございます。 | ||
| クロト | 私は、アルバートを助けられなかった…… | ||
| センタウレイシー | あれは、あなたの責任ではありません。 | ||
| クロト | 次は、必ず助ける…… | ||
| センタウレイシー | ええ、わかっています。 | ||
| センタウレイシー | お休みなさい。夜は、まだ長いのですから。 |
