| それは静かな庭園だった。 草木が生い茂る中に、二つの足音だけが混じっている。 | |||
| ボディガード | デュパン様、こちらへどうぞ。 | ||
| デュパンは前へと進みながら、周囲の庭を観察した。 セミオープン空間の照明は、念入りにデザインされたものだ。 庭は隅々まで掃除が行き届いている。普段から客を招いていることは明らかだった。 | |||
| 庭を歩いていると、道の先から数体の小型ロボットたちが現れた。 デュパンがそれを見定めるより先に、ロボットたちは悠々と、 美しくも不揃いな植物の間を横切っていった。 | |||
| ボディガード | デュパン様、どうかなさいましたか? | ||
| デュパン | ……いや、庭の美しさに感嘆したまでだ。臨時の居住先と聞いていたが、木々の配置と手入れがずいぶんと行き届いているな。感心したよ。 | ||
| ボディガード | うちの庭師の仕事です。じきに、彼女にもお会いできるかと…… | ||
| ボディガード | それはさておき、まもなく到着いたします。この先の客間で家主がお待ちです。 | ||
| デュパン | 案内、感謝する。 | ||
| 案内役のボディーガードはそれ以上はなにも言わずに、 デュパンに先立って庭の灌木の間を通った。 白い花が微かな香りを放っている。 | |||
| デュパンは歩きながら周囲を観察しつつも、頭のどこかでは事の顛末を考えていた。 | |||
| 事務所長 | あの挑戦状を見たかい、デュパン? | ||
| デュパン | ああ。まさか怪盗「ルブラン」が、東洋の骨董品に目をつけるとは…… | ||
| 探偵事務所のデスクには、開封された資料フォルダの中身が広げられている。 中でも、金箔のあしらわれた便箋がひときわ目を引いた。 その封筒の下にあるバラの花は、長時間の輸送ですでに色褪せている。 | |||
| 事務所長 | なにせ「数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)」だからな。 ルブランの芸術品へのこだわりようを見れば、これが標的になるのも頷ける。 | ||
| 事務所長 | 由緒代々伝わるお宝が展示されるんだ。 この機会を狙ってるのは、奴だけじゃないだろう。 | ||
| デュパン | しかし、「天下五剣」は大戦で失われて久しいはずだが……なぜ数珠丸恒次だけが、突然表舞台に現れた? | ||
| 事務所長 | 何者かがブラックマーケットから安価で入手したらしい。 現地の剣術師範に貢ぎ物として贈ったんだそうだ。 | ||
| 事務所長 | 師範も隠居して久しいはずだ。 まさかこんなことで、平穏な生活が脅かされるとは、 夢にも思わなかったことだろう。気の毒に…… | ||
| 資料によれば、家主たる剣術師範、柳生はかなりの偏屈者で、 普段は人里離れた土地に引きこもっているのだという。謎多き存在だ。 | |||
| 立身も隠居も早かったために、参考になりそうな映像は残されていない。 | |||
| デュパン | なるほど。師範が数珠丸恒次を手放すのは、厄介事から解放されるためか。 | ||
| 事務所長 | その通りだ。だが今や事態は大事になり、ルブランにまで目をつけられた。 予定していた展示会も影響を免れない。 でなきゃ、主催側が大慌てでお前に連絡してくるはずがない。 | ||
| 事務所長 | ルブランとの対決は、これで何度目だい? | ||
| デュパン | ……それについては、所長もよくご存知のはずだが。 | ||
| 事務所長 | ははは、冗談はさておき。 奴の挑戦を受けたまえ、デュパン!遥かなる東洋の地で! | ||
| 事務所長 | もしかすると、あいつとの腐れ縁に終止符を打てるかもしれないぞ? | ||
| デュパン | 言われるまでもない。ルブランとの決着は、いずれ必ず。 | ||
| デュパン | ……それと、「腐れ縁」以外の言葉で形容して頂けると、こちらとしても有り難いのだが。 | ||
| デュパン | (数珠丸恒次のような刀剣は、その道のコレクターにとっては至高の宝だ。あの「怪盗」も例外ではない) | ||
| デュパン | (ルブランがどんな手段を使ってくるかわからない、早急に手を打たなくては……) | ||
| ??? | 師範……師範!柳生先生! | ||
| デュパン | ん?あれは…… | ||
| ボディガード | 家主の御客人です。おかしいですね、30分前にお引き取り頂いてるはずでしたが…… | ||
| デュパン | なにかあったのか? | ||
| ボディガード | 申し訳ありません、それは私にも…… | ||
| ??? | ……どうかお考え直しください!私は純粋に買い受けたい一心で……! | ||
| ??? | ハァ……わかりましたよ。急いては事を仕損じる、これも東洋のことわざです。次の訪問ならあるいは…… | ||
| ??? | おっと、すまない。邪魔だったな。あんたも柳生師範の御客人かい? | ||
| デュパン | 急ぎの用件があるのなら、私のことは気にするな。ここで待たせてもらうよ。 | ||
| ??? | いやいや、滅相もない。これ以上は無理強いになる、今日のところは引き下がるさ。 | ||
| ??? | ああ、そうだ。俺の名はラチェット、ビジネスマンの端くれだ。で、あんたは―― | ||
| デュパン | ここの家主と、ちょっとした話があるものでね。名はデュパンと。 | ||
| ラチェット | デュパンだと?あんた、まさか……あの巷を賑わせてる探偵人形か……? | ||
| デュパン | 巷を賑わせているとは言い難いな。私は探偵としての責務を果たしているまで。 | ||
| ラチェット | ほう。昨今じゃ人形も、ずいぶんと台頭してきたな…… | ||
| ラチェット | ゴホン。それじゃ、お先に。二人の邪魔はしないでおくよ。縁があったらまた会おう。デュパン――君? | ||
| デュパン | さようなら。 | ||
| 簡単に別れを告げると、商人はそそくさと庭から立ち去った。 | |||
| ボディガード | デュパン様、どうぞ。家主が中でお待ちです。 | ||
| 客間の扉が開かれ、ボディーガードは傍らへと下がった。 デュパンは郷に従って履き物を脱ぎ、部屋へと入った。 正面の椅子には、とある人物が座っている―― | |||
| ? | ズズズ…… | ||
| ? | ズルルッ。 | ||
| ? | ふぅ~む――やはり、ここの蕎麦は間違いないな! | ||
| ? | ん?お前は……ああ、あの探偵か。よくぞ参った! | ||
| デュパン | …… | ||
| 剣術の腕は年齢に左右されないものだが、 天下に名を轟かせる剣術師範として、目の前の人物はあまりにも若すぎた。 | |||
| ボディガード | デュパン様、どうぞ。家主が中でお待ちです。 | ||
| デュパンはふと、ボディガードの言葉を思い出した。 目の前の人物は資料にあった「柳生師範の御子息」とも顔立ちが異なる。 しかし、どう見ても家主だとは思えない。 | |||
| だが、この者が家主でないのなら、 主人の席に座り、悠々と蕎麦を食せる人物とは、いったい何者だ? | |||
| ? | どうした、何を呆けている? | ||
| ? | ……顔に汁がついていたか? | ||
| その時、デュパンは目の前の人物が、なんらかの秘術により 若さを保った柳生本人である可能性を慎重に模索し始めた。 当然のことながら、会話は続く。 | |||
| デュパン | これは無礼を、私の名はデュパン。招待に応じ馳せ参じた。 | ||
| デュパン | 失礼だが、あなたは……ここの家主で……? | ||
| 刹那、部屋の中が奇妙な沈黙に包まれた。 | |||
| ? | ……俺が? | ||
| デュパン | あなたは、その…… | ||
| ? | おお、わかったぞ!爺さんを探しに来たんだな! | ||
| 青年はハッとして、蕎麦の器を傍らに置きポンッと手を叩いた。 それを見たデュパンも、驚愕から我に返る。 | |||
| ? | さ、まずは中へ。 | ||
| 青年はそう言って立ち上がり、手招きをした。デュパンがそれに応じる。 その時デュパンは、この蕎麦をこよなく愛する青年が人間ではないことに気づいた。 | |||
| ? | 爺さんなら部屋で休んでる。客に会いたくないとかで、俺にここでお前を待てと。 | ||
| 秋 | デュパンだな?俺のことは秋と呼んでくれ。 |
