L.A.D.事件 謎影解析 STAGE 1 認知バイアス-1

Last-modified: 2026-02-12 (木) 19:37:00

 それは静かな庭園だった。
草木が生い茂る中に、二つの足音だけが混じっている。
ボディガードデュパン様、こちらへどうぞ。
 デュパンは前へと進みながら、周囲の庭を観察した。
セミオープン空間の照明は、念入りにデザインされたものだ。
庭は隅々まで掃除が行き届いている。普段から客を招いていることは明らかだった。
 庭を歩いていると、道の先から数体の小型ロボットたちが現れた。
デュパンがそれを見定めるより先に、ロボットたちは悠々と、
美しくも不揃いな植物の間を横切っていった。
ボディガードデュパン様、どうかなさいましたか?
デュパン……いや、庭の美しさに感嘆したまでだ。臨時の居住先と聞いていたが、木々の配置と手入れがずいぶんと行き届いているな。感心したよ。
ボディガードうちの庭師の仕事です。じきに、彼女にもお会いできるかと……
ボディガードそれはさておき、まもなく到着いたします。この先の客間で家主がお待ちです。
デュパン案内、感謝する。
 案内役のボディーガードはそれ以上はなにも言わずに、
デュパンに先立って庭の灌木の間を通った。
白い花が微かな香りを放っている。
 デュパンは歩きながら周囲を観察しつつも、頭のどこかでは事の顛末を考えていた。
 
事務所長あの挑戦状を見たかい、デュパン?
デュパンああ。まさか怪盗「ルブラン」が、東洋の骨董品に目をつけるとは……
 探偵事務所のデスクには、開封された資料フォルダの中身が広げられている。
中でも、金箔のあしらわれた便箋がひときわ目を引いた。
その封筒の下にあるバラの花は、長時間の輸送ですでに色褪せている。
事務所長なにせ「数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)」だからな。
ルブランの芸術品へのこだわりようを見れば、これが標的になるのも頷ける。
事務所長由緒代々伝わるお宝が展示されるんだ。
この機会を狙ってるのは、奴だけじゃないだろう。
デュパンしかし、「天下五剣」は大戦で失われて久しいはずだが……なぜ数珠丸恒次だけが、突然表舞台に現れた?
事務所長何者かがブラックマーケットから安価で入手したらしい。
現地の剣術師範に貢ぎ物として贈ったんだそうだ。
事務所長師範も隠居して久しいはずだ。
まさかこんなことで、平穏な生活が脅かされるとは、
夢にも思わなかったことだろう。気の毒に……
 資料によれば、家主たる剣術師範、柳生はかなりの偏屈者で、
普段は人里離れた土地に引きこもっているのだという。謎多き存在だ。
 立身も隠居も早かったために、参考になりそうな映像は残されていない。
デュパンなるほど。師範が数珠丸恒次を手放すのは、厄介事から解放されるためか。
事務所長その通りだ。だが今や事態は大事になり、ルブランにまで目をつけられた。
予定していた展示会も影響を免れない。
でなきゃ、主催側が大慌てでお前に連絡してくるはずがない。
事務所長ルブランとの対決は、これで何度目だい?
デュパン……それについては、所長もよくご存知のはずだが。
事務所長ははは、冗談はさておき。
奴の挑戦を受けたまえ、デュパン!遥かなる東洋の地で!
事務所長もしかすると、あいつとの腐れ縁に終止符を打てるかもしれないぞ?
デュパン言われるまでもない。ルブランとの決着は、いずれ必ず。
デュパン……それと、「腐れ縁」以外の言葉で形容して頂けると、こちらとしても有り難いのだが。
 
デュパン(数珠丸恒次のような刀剣は、その道のコレクターにとっては至高の宝だ。あの「怪盗」も例外ではない)
デュパン(ルブランがどんな手段を使ってくるかわからない、早急に手を打たなくては……)
???師範……師範!柳生先生!
デュパンん?あれは……
ボディガード家主の御客人です。おかしいですね、30分前にお引き取り頂いてるはずでしたが……
デュパンなにかあったのか?
ボディガード申し訳ありません、それは私にも……
???……どうかお考え直しください!私は純粋に買い受けたい一心で……!
???ハァ……わかりましたよ。急いては事を仕損じる、これも東洋のことわざです。次の訪問ならあるいは……
???おっと、すまない。邪魔だったな。あんたも柳生師範の御客人かい?
デュパン急ぎの用件があるのなら、私のことは気にするな。ここで待たせてもらうよ。
???いやいや、滅相もない。これ以上は無理強いになる、今日のところは引き下がるさ。
???ああ、そうだ。俺の名はラチェット、ビジネスマンの端くれだ。で、あんたは――
デュパンここの家主と、ちょっとした話があるものでね。名はデュパンと。
ラチェットデュパンだと?あんた、まさか……あの巷を賑わせてる探偵人形か……?
デュパン巷を賑わせているとは言い難いな。私は探偵としての責務を果たしているまで。
ラチェットほう。昨今じゃ人形も、ずいぶんと台頭してきたな……
ラチェットゴホン。それじゃ、お先に。二人の邪魔はしないでおくよ。縁があったらまた会おう。デュパン――君?
デュパンさようなら。
 簡単に別れを告げると、商人はそそくさと庭から立ち去った。
ボディガードデュパン様、どうぞ。家主が中でお待ちです。
 客間の扉が開かれ、ボディーガードは傍らへと下がった。
デュパンは郷に従って履き物を脱ぎ、部屋へと入った。
正面の椅子には、とある人物が座っている――
ズズズ……
ズルルッ。
ふぅ~む――やはり、ここの蕎麦は間違いないな!
ん?お前は……ああ、あの探偵か。よくぞ参った!
デュパン……
 剣術の腕は年齢に左右されないものだが、
天下に名を轟かせる剣術師範として、目の前の人物はあまりにも若すぎた。
 
ボディガードデュパン様、どうぞ。家主が中でお待ちです。
 
 デュパンはふと、ボディガードの言葉を思い出した。
目の前の人物は資料にあった「柳生師範の御子息」とも顔立ちが異なる。
しかし、どう見ても家主だとは思えない。
 だが、この者が家主でないのなら、
主人の席に座り、悠々と蕎麦を食せる人物とは、いったい何者だ?
どうした、何を呆けている?
……顔に汁がついていたか?
 その時、デュパンは目の前の人物が、なんらかの秘術により
若さを保った柳生本人である可能性を慎重に模索し始めた。
当然のことながら、会話は続く。
デュパンこれは無礼を、私の名はデュパン。招待に応じ馳せ参じた。
デュパン失礼だが、あなたは……ここの家主で……?
 刹那、部屋の中が奇妙な沈黙に包まれた。
……俺が?
デュパンあなたは、その……
おお、わかったぞ!爺さんを探しに来たんだな!
 青年はハッとして、蕎麦の器を傍らに置きポンッと手を叩いた。
それを見たデュパンも、驚愕から我に返る。
さ、まずは中へ。
 青年はそう言って立ち上がり、手招きをした。デュパンがそれに応じる。
その時デュパンは、この蕎麦をこよなく愛する青年が人間ではないことに気づいた。
爺さんなら部屋で休んでる。客に会いたくないとかで、俺にここでお前を待てと。
デュパンだな?俺のことは秋と呼んでくれ。