| 家主が駆けつけてしばらく経たないうちに、 やや混乱していた庭先は、一時的に静寂を取り戻した。 | |||
| デュパン | ――であるからして、今のところは、警察に連絡するべきではないと判断した。 | ||
| 柳生師範 | ……ふむ、わかった。 | ||
| 柳生師範 | この老骨も体力だけはあり余っているが、いかんせん、こういった事には不得手でな…… 捜査の邪魔にならんよう、隅に縮こまっているのがせいぜいだ。 | ||
| デュパン | …… | ||
| 柳生師範 | わしも若い時は、悪党どもと渡り合ったものだがな。 時代は変わった。今のわしには、若人の気を揉むことしかできんよ。 | ||
| 柳生師範 | 秋は……まかせたぞ。 | ||
| デュパン | 最善を尽くそう。 | ||
| 柳生師範は頷くと、背を向けて去っていった。 急いでいたのか、杖を忘れてきたようだ。 老人の背中は健康そのものだが、憂慮のあまり、どこか足取りが頼りなく思える。 | |||
| 咲耶 | 柳生師範にとって秋さんは、本当の御子息のように大切な存在なんですね…… | ||
| デュパン | …… | ||
| デュパン | (初歩的な分析は、どれも行き詰まっている……脅迫状に痕跡は残されていない。これ以上の追跡は難しいな) | ||
| 咲耶 | デュパンさん? | ||
| デュパン | この事件……不明な点が多すぎる、より多くの手がかりが必要だ。 | ||
| 咲耶 | そういえば、秋さんを誘拐した犯人からの連絡もまだです…… | ||
| デュパン | どんな手段で連絡してくるかもわからない。だが、手紙の内容からして、相手は秋に危害をおよぼすつもりはなさそうだ。 | ||
| 咲耶 | 不幸中の幸い、といったところでしょうか…… | ||
| デュパン | 犯人が誰であれ、秋の安全は今のところ保証されている。私たちが相手の言う通りに動けば、過激な行為には出ないはずだ。 | ||
| デュパン | (これがルブランの仕業なら……いや、どう考えても奴の美学とは異なる) | ||
| デュパン | (だが、相手が趣向を凝らしてきた可能性も否めない。今はまだ、ルブランの仕業ではないと言い切れない) | ||
| デュパン | (しかし、なぜルブランが秋を……奴にとって、秋をさらうことになんの価値があるのだ?) | ||
| デュパン | (ルブランからしてみれば、秋は宝刀を贈呈した側の責任者に過ぎない。それに、秋を拘束する手段なら他にいくらでもある。待てよ、秋の角度から考えると……) | ||
| デュパン | (……秋の角度から?) | ||
| 秋 | それで、なぜルブランはこの刀を狙っているんだ?金になるからか? | ||
| デュパン | いいや。もしそうなら、奴に盗まれた宝はすぐにブラックマーケットへと流れるか、転売されているはずだ。 | ||
| デュパン | あの男は、こういった宝物を心から好いているのだろう。もう一つの理由としては……他人をトラブルに巻き込むためだ。 | ||
| 秋 | なるほど、遊び心か。さすがはお前の宿敵だ、敵をよくわかっている。 | ||
| 秋 | しかし、面白いことをするものだ。どうにも、俺にはルブランが悪党だとは思えんな。 | ||
| デュパン | それは否定できまい。奴が目的のために、何かを犠牲にすることはないからな。 | ||
| 秋 | ほれみろ、思ったとおりだ!しかし、なんでまたお前を目の敵に? | ||
| デュパン | 私か……?厳密に言えば、目の敵にされているわけではない。 | ||
| 秋 | ほう?妙だな。ならなぜ、お前はそいつから目を逸らそうとしない? | ||
| デュパン | 私が?奴に執着していると言いたいのか?なにを馬鹿な、私は探偵の本分に従って…… | ||
| 秋 | それは誠か? | ||
| 秋 | さっきからお前は、ルブランの話ばかりではないか。 | ||
| 秋 | 探偵であるお前なら、そんなけったいな男の話よりも、珍妙な案件だとか、印象に残った事件だとか、話題には事欠かないはずだろう? | ||
| デュパン | ……確かにな。このところ、ルブランからの挑戦に気を取られすぎていた…… | ||
| 秋 | はっはっは!やっぱりな!俺の直感もたいしたものだ。 | ||
| 秋 | 焦るな焦るな……剣術の修行で行き詰まることは、俺にもある。そういう時は、他の何かで気を紛らわすことだ。 | ||
| 秋 | 何事もなるようになるさ!すべての訓練を終えたら、問題点も浮かび上がってくるだろうからな。 | ||
| 秋 | そういえば、ルブランの他に奇妙な怪人とは出くわさなかったのか? | ||
| デュパン | (ルブランの他に……) | ||
| デュパン | (他に?) | ||
| デュパン | ……私は思い違いをしていたようだ。 | ||
| 咲耶 | 思い違い、ですか? | ||
| デュパン | すべての注意をルブラン一人に向けるべきではなかった…… | ||
| 事務所長 | 由緒代々伝わるお宝が展示されるんだ。 この機会を狙ってるのは、奴だけじゃないだろう。 | ||
| セキュリティ | 展示会には名だたる面々がお越しになります。セキュリティを万全にしておくのが我々の役目。最善を尽くしますよ。 | ||
| デュパン | やはりな……ルブランから目を逸らせば、視野はぐっと広がる。 | ||
| 咲耶 | それは、つまり…… | ||
| デュパン | あの宝に興味を持つ輩は、ルブランだけではないということだ。それに、ターゲットは天下五剣だけに限らない。 | ||
| デュパン | 誰もが数珠丸恒次に注目している時、それ以外の物事や人物は、公然たる「宝刀」の光にかき消されてしまう…… | ||
| デュパン | 機を伺っていた者ならば、誰しも動機が存在する。 | ||
| 咲耶 | つまり、最初から秋さんが狙いだった、ってことですか!? | ||
| デュパン | いかにも。先入観が強すぎたせいで、ひどい思い違いをしていたようだ。 | ||
| デュパン | ルブランが現場にいかなるヒントも残さないなど、あり得るはずがないのだよ。 | ||
| 咲耶 | なら、犯人は…… | ||
| ピッ―― | |||
| ボディガード | デュパン様!共用チャンネルに通信が! | ||
| デュパン | ――繋げてくれ。 | ||
| デュパン | 私の推理が正しければ……これより、待ちわびていた「次の一歩」が訪れる。 |
