Backstory/Chronicles/Kiss_of_the_Soul

Last-modified: 2009-01-04 (日) 14:55:14

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初出

 
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Kiss of the Soul
魂の口づけ

 

15名のPrivy Council(枢密院)のメンバーが,その惜しげもなく飾られた壮麗な部屋に順番に入室すると,円卓の中央には既に皇帝が着座していました.皆が卓に着席し終えると,宮廷執事が形式通りに議会の開会を宣言し,議題を読み上げ始めました.メンバーのうち幾人かは熱心に,また幾人かは無関心にこれを聞いていました.皇帝はと言えば,座席に深く沈みこんで老いた頭を胸にうずくませ,もはや起きているのか寝ているのかも定かではありませんでした.

 

皇帝(と執事)以外の枢密院の全てのメンバーは,形式上,帝国のみに尽くすべく責務を負った貴族ないし官僚であること,とされています.しかし実際には各メンバーはそれぞれ政治組織と強い繋がりを持っています.一つの政治組織が余りにも強大な影響力を及ぼすような事態にならない限り,このことは暗黙の了解とされてきました.長い年月を経るうちに,各組織がそれぞれ一定数の議席を確保し,議席が空いた場合は該当の政治組織が次の候補者を指名する,という形態が定着してしまいました.議席数の変動が殆ど無いということは各組織の勢力が均衡しているということを示していますが,実際には選出されたメンバーが議会の中でどれだけの発言力を持っているかによっても影響力が大きく変わります.

 

この日最初の時間は通常国政にまつわる議題に充てられました.執事が帝国内各地,そして大使館から届いた現状報告書を読み上げ,諸国との取引や協定,会計上の課題,社会問題などに関して議論が成されました.正式手続きの承認などの一通りの問題が片付くと,議題は個々別々の細かな問題に移りました.予想通り,議論を取り仕切ったのは発言力を持つ有力メンバー達でした.すなわち皇后の従兄弟で「大声の」Afrid Sarkon,"Ministry of Internal Order"から派遣された「狡猾な」Sin Callor,"Theology Council"の高助祭で「我の強い」Moritok,帝国首相の代理人で「舌鋒の」Zach Dormondan,等です.

 

議題の一つに,Semouの領主からの報告がありました.この報告は最近Semou周辺で活動が活発化しているBlood Riderに関してのもので,このままでは嘗てのBleak Landsの辺境地域のようにSemouもいずれBlood Riderの支配に屈するか,従わなくば破壊され焦土にされてしまうだろう,という危機を訴えると共に,この脅威に対抗するための宇宙艦隊を編制する許可を求めていました.議会の大多数がSemou領主の言い分を認め,この厄介な問題に対応すべく許可を出すことに合意し,宮廷執事の役職にあるKarsothが議論をまとめていた時のことでした.

 

幻想の縁を彷徨っていると思われていた皇帝の不意の発言が皆を驚愕させました.

 

「それはならぬ.」
皇帝の声は彼の衰えた肉体に似合わず,力強いものでした.

 

「余はAmarr正規軍以外の如何なる者にも,宇宙での武力を持つことを認めぬ.地方領主に武力を持たせるは,行く行く将来に危険の種を撒くことと同じよの.」

 

枢密院のメンバーはとっさにどのように反応してよいか分からず,居心地悪く座り直しました.皇帝がこのように議事に干渉してくることは久しくありませんでした.勿論,皇帝にその権限が有ることは疑うべくもありません.しかし自分達の手で日常的な国務を執り行うことに慣れていたメンバーは,皇帝によるこの突然の介入がこの先も続くことなのかどうかを心配しました.もう数十年も前から,皇帝は自らの内なる世界に没頭し始めたように思われていました.枢密院のメンバー達は皇帝が国政に不干渉になったことをむしろ喜び,自分達の権力を伸ばしてきたのです.今,彼等の心配の大部分は国政そのものではなく,彼等が意のままにしてきた権力が皇帝の突然の「復活」により取り上げられてしまうのかどうかということでした.

 

短い沈黙の後,Karsoth執事が敢えて意見しました.
「お,恐れながら陛下,Semouは危機的状況にあります.我等が思い切った決断を下さなければ,悪しきBlood Riderの手によって数千人の人々が苦しむことになるかと.」

 

「地方の領主は地上軍を持っているであろうが.しかし,余は彼等が宇宙軍を持つことは制限したい.Semouの件はAmarr正規軍に当たらせよう.それともよもや,余はそなた等に「個々臣民の益よりも帝国全体の益を優すべし」ということを改めて思い出させてやる必要があるのではあるまいな?...もしそうならば,皆が思い出すまで,そなた等の誰かを見せしめに懲らしめねばなるまいて.」

 

皇帝が口を閉じると,戦慄が空気を震わせました.Karsoth執事は蒼白になって何か弁解を述べたようでしたが,その声は低くどもっていて誰にも聞こえませんでした.

 

残りのメンバーはお互いの伏せた顔を盗み見合いました.皇帝が精力を取り戻したのだと確信するにつれ,皆の顔には一様に畏怖と焦りが浮かんでいました.「狡猾な」Sin Callorはそれでもなお,微笑をたたえたまま額に当てた手の奥から皇帝を観察していました.しかしほんの一瞬の間,皇帝と目が合った彼は,我にもあらず背筋が震えるの感じました.皇帝の目を見た彼は,皆が囁いている皇帝の「復活」は真実であると瞬時に悟ったのです.

 

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