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Last-modified: 2009-01-06 (火) 22:59:19

262 名前: 20年後 [sage] 投稿日: 2008/11/30(日) 19:09:02 ID:gizo0Bkl
「はぁ…」
パソコンのモニーターの前で両目を閉じ指をあて、日々のデスクワークで疲れきった瞳を軽く揉む。
そういえば最近あまり休んでいない。大きなプロジェクトに取り掛かっている最中で、休む間がないのだ。
家族とも出かけてないな…と、今週末くらいは出かけようかとカレンダーとにらめっこを始めたとき、
彼の傍らに置いてある携帯電話が点滅と振動を始めた。
ディスプレイには ☆★☆マルス兄さん☆★☆ の文字
「はいもしもし…」
「セリス、大変なんだ!今すぐに家に来てくれ!実はっ…!」

玄関前に立って家や庭を見回すと、久々の”家”は一見何も変わることがないようだった。

何度も破壊と修復を重ねた塀、
アイクが毎日素振りをしていた庭、
その片隅にあるマギヴァル庵や隣のアルムの畑、
エリンシアが鳥翼族と昼間団欒をしていた縁側、
そして開く前から響く家の喧騒を聞きながら開ける玄関ドア――

それが今や、しんと落ち着き、自分にとって開けがたいもののようにそびえていた。

263 名前: 助けて!名無しさん! [sage] 投稿日: 2008/11/30(日) 19:09:41 ID:gizo0Bkl
最初はヘクトル兄さんだった。今でも鮮明に覚えている。高校卒業と同時にヘクトル兄さんは家を出たのだ。
当初はグレイル工務店にお世話になるかと思われた兄さんだったが、
老舗オスティア建設が遠く離れた極寒の地イリアの土地開発事業に乗り出したのに加わったのだ。
進路も何も決めていなかったヘクトル兄さんがこの道を決めたのは、フロリーナさんのお願いだったらしい。
そして、彼一人立ちの決断も同時にしたのだ。

兄さんの旅立ち前夜の送別会は忘れられない。
最初はご馳走に目を輝かせアイク兄さんと肉の取り合いをし、
珍しくOKをだしたシグルド兄さんからチューハイを頂き、
まったく元気な様子だったが、ロイがみんなからの寄せ書きを差し出した途端、
酔っ払ってハイだったのが急にさめ、鼻をすすり始めた。

一人ずつヘクトル兄さんにプレゼントを渡していったのだが、
そのたびにどんどん「ありがとな」の声が小さくかつ震えた声になり、
エフラム兄さんが「お前みたいながさつな奴が一人で生きていけるかどうかはなはだ疑わしいな」
と言いながら武器コレクションの中の黒斧ガルムを押し付けたとき、ついに「うるせぇロリコン!」と叫ぶやいなや泣き始めた。
トドメはシグルド兄さんとアイク兄さんの二人だった。
「辛いこともあるだろうが耐え抜け。それが男だ」とアイク兄さん、「お前ならできないことはない。大きな男になってこい」とシグルド兄さん。
二人から新品の鎧、しかも(ユンヌのだが)女神の加護付をもらったとき、
ヘクトル兄さんはマジ泣きを始めた。
僕がヘクトル兄さんのマジ泣きをみた最初で最後だった。

264 名前: 20年後 [sage] 投稿日: 2008/11/30(日) 19:10:33 ID:gizo0Bkl
それから一人、また一人と
あるものは結婚、あるものは就職、自立がしたい、留学をする、俺より強い奴に会いに行く…、
僕もまたその一人だった。
20になったときこの家を出た。

いつまでも僕は兄さんたちに守られる弟でいてはいけない。
いつまでもこの家にしがみついてちゃいけない。一人で生きていけるようにならなくちゃ。
兄さんたちを心配させないような人間にならなくちゃ。
そう思って家を出た。
とは言っても僕とロイが一緒に家を出たので、結局は一番最後だったのだけれど。
家を継ぐ家長のシグルド兄さんは、
「私なら気にしないのだから、別にお前たちもここで暮らしたってかまわないんだぞ」
と言ってくれたが、僕たちがいたら結婚もしにくいだろうと丁重に断った。

あれから家にはめったに来ていない。
辛いなったら帰ってこよう、そう思っていたら、なんだか帰るのが申し訳ない気持ちになってしまったのだ。
今はシグルド兄さんの家であり、"僕らの家”ではないのだ。
なんの用もなく帰っても一体何になるというのか――
結局僕は一人立ちなんてできていなくて、素直にシグルド兄さんの思いやりを受け取っていればよかったんじゃないのか。
そんなことを考えてしまい、家に赴く気持ちになれなかったのだ。

そして今、僕は家の前に立っている。
そのドアは静かに閉まっている。手をかけたそのドアノブは質量以上に重い。

その瞬間、ドアは内側から開かれた。
あっと息をのんだ瞬間、銀色の髪に目を奪われた。
「おかえりなさい、セリス」

そこにはあの時とまったく変わらない顔が、ミカヤ姉さんの優しい笑顔があった。