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Last-modified: 2011-06-04 (土) 12:19:46

休日の午後。弟妹たちはすでに出かけているのか、家は静けさに包まれている。
ミカヤは家事に一段落ついたので居間に戻り、寛いでいた。

「こう静かだと、違う場所みたいねぇ・・・」
昔は幼い弟妹の世話に忙しかったけれど、今では自分の意思を持ってしっかりと行動をとっている。
自分の手から離れていくのは喜ばしいことなのだけれど、少し寂しい思いもする。
喧嘩をして泣き喚いた、逆上がりが出来たと喜んでいた、嫌いなものを残して自分たちを困らせた。
そんな弟妹たちの過去を思い出し、感慨にふけっていた。

不意に、扉の開く音がした。
音の方向に振り向くと、マルスが立っていた。その顔にはいつもの悪戯っ子の元気はない。
パタン、と扉を閉めた後、
「・・・ただいま」
と、張りのない声で呟いた彼は、ミカヤを見ることなく椅子に座って机に突っ伏した。

どうしたのかしら、と不安に思った。
普段は有り余るほどの元気で紋章町のあらゆる人物に対して悪事を働いていそうな彼らしくない。
そう思ってしまうと、疑問を口にせずにはいられなかった。
「元気がないけれど、どうしたの?」
と。

「今日はリーフの気持ちがなんとなくわかる日だったよ・・・」
マルスが返した。
どうやら悪戯の報復を受けて帰ってきたようである。
しかし、疲労からの表情の暗さではない。年長者であるミカヤにはそのように見えた。
「それだけじゃないんでしょう?」
そう思ったから、ミカヤはマルスに尋ねた。
穏やかな笑みから紡がれる柔らかい言葉に、マルスは困惑した。図星だったのだろう。
驚いた表情でミカヤに向き直った。

少し時移った。
穏やかな、しかしすべてを見透かすような姉の瞳からマルスは目を離せなかった。
そのうち頭を掻きながら、参ったなぁ、と観念した様子を見せた。

「僕はみんなが知ってるようにさ、情報収集力が長けてるよね」
ポツリとマルスが話し始めた。
確かに、彼は自他共に認める能力を持っている。
と言うよりも、この家族はある一面に対して大きな力を持っている。
農業に関する知識に長けていたり、純粋に力に長けていたり、幼女に対して強かったり、と。
特筆せずとも重々承知しているだろうと思われる。

「そんな僕だから、弱みを見せるってことがどれだけ重いものになるのかがよくわかるんだ。
少しでも弱みを見せると、その情報を握られて相手に優位に立たれてしまう。
それは立ち回り次第ではどうにでもなるけれど、
それでもやっぱり苦しくなってしまうことに変わりはないんだ」
と、マルスは続けた。
彼の言うとおり、情報の持つ力と言うのはとてつもなく大きい。
情報収集力に長けている彼だからこそ、その重みを誰よりもよく理解している。
「だからこそ僕は本当に辛い時も悲しい時も、それを表面に出すことはあまりできない。
家族に頼ることもあまりしちゃいけないと思ってる。
それが僕の弱点に成り得るのなら、それをできる限り露呈させたくないんだ」
一息で話したあと、喉が渇いたのか彼は茶を淹れてきた。
丁寧に、ミカヤの分もあった。
夏が近いとはいえ冷え込みが厳しく、肌寒さを感じるこの時分、
ぬるめの茶が彼の冷えた体を温めた。

「でも、僕だって人間だしね。覚悟をしていても、辛くて我慢ができないときもある。
そういう時は家族を頼ったっていい、とは思ってるんだ。
けど、そう思っていても素直にすべてをさらけ出して甘えることを拒む自分がいるんだ」
心のどこかで虚勢を張っているんだと思うけど、と彼は付け足した。
一通り話を終えた彼はため息をついた。

「それでいいんじゃないかしら?」
と、彼女は思ったことを口にした。
その言葉にキョトンとしている彼に続ける。
「それがあなたの持ち味なら、私はそのままでいいと思うの。
無理に取り繕おうとしなくていい。ありのままのあなたがいていいの」
伏し目がちに話す彼女の言葉は透き通っていて。
先ほどまで淀んでいた彼の心のほつれを解きほぐすのにそう時間はかからなかった。
「本当に辛いとき、本当に悲しいとき、本当に誰かに頼りたいと思うとき。
そういうときって、誰に何を言わないでも、必ず理解してくれる人が現れると思うの」
一旦言の葉を切り、顔をあげる。
そこで、先ほどより穏やかな表情をしている弟を確認した彼女は続ける。

「基本的に、私は傍観者。
ちょっとしたことはエリンシアやシグルドがなんとかしてくれるから。
でも、家族が何かに対して本当に心を痛めているとき、そういうときは
心の拠り所となる大木になるつもり」
なれているかどうかは分からないけれど。
最後にそう付け足した彼女は、マルスが淹れてくれた茶を啜る。

「まったく・・・我が家の年長者達には本当に敵わないなぁ」
と、照れ臭そうに頭を掻きながらマルスは呟いた。
椅子から立ち上がり、伸びをした彼は朗らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、姉さん」