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Last-modified: 2011-06-05 (日) 22:01:50

「よー兄貴! 頼まれてた絵本持ってきたぜ」
 ざっくばらんな紫の髪が目立つ青年が院の庭へ入ってくると、子供たちはわあっと彼に集まってきた。
此処は身寄りのない子供が集まる孤児院。そこの兄貴分である彼は大変慕われていた。
「っとと、押すな押すな。ほら、此処で読むな、ちゃんと部屋に行けって。皆で仲良く読めよー」
「すまないね、ヒュウ。大学のほうは大丈夫なのかい?」
 モノクルをかけた兄のカナスは、抱き上げていた幼児を年長の子に預け、弟の下へ寄ってくる。
「んー? 今日は精霊学が午前だけだよ。それより兄貴だって、講義はどうしたんだよ」
「昼前に大学が少々崩れてしまったからね、今日は中止になったんだ」
「崩れた、って・・・・・・ああ、あの大兄弟のが突っ込んだっていうやつか」
「今日は古学の実践で、古代魔法を扱う予定だったんだけどなぁ」
 カナスは怪我人がなくてよかったと言いつつも、少し残念そうな表情を見せた。
若くして助教授となった彼は、学ぶにしても教えるにしても古代魔法に関してはこと意欲がある。
「ふーん・・・俺古学は好きだけど、魔法のほうはどうにも好きになれねぇや。
いや、うん、嫌いじゃねぇんだけど、苦手なんだよな」
 ヒュウも幼いころから闇魔道書を絵本代わりに読まされていたが、最終的には理魔法を取った。
彼はどうしても苦手意識が拭えなかったからだったが、正直、努力していた祖母に申し訳なく思っている。
「それでいいだろうさ。ヒュウはヒュウらしい道を選んだんだ。
お祖母さんも口には出さないけど、きっと認めてくれてるよ。
よく小言を言うのもヒュウを思って言ってくれてるのだからね」
「ん、ありがとうな、兄貴。まあそう思っとくわ」
 いつ見ても心の広い兄だ、などと感心しつつ、にっこりと笑い返した。
いつも小言ばかりで敬遠する祖母も、この穏やかな兄にかかれば、本当にそう思っているように聞こえる。
子供たちが絵本を全て持っていった空の箱、それを拾い上げた時に、ふとヒュウが思い出す。
「そーいや、そのばーちゃんは?」
「ああ、お祖母さんならまた闇の樹海だよ。リーダスさんの所の弟君を連れてね」
「うちからリザイア盗もうとしたあいつか? ばーちゃんもよくやる――」

「――誰か、あたしを呼んだかね」
 カナスがすぐ嬉しそうに、ヒュウが少し体を震わせてから、玄関のほうを向いた。
「お帰りなさい、お祖母さん」「ばーちゃん・・・」
 なんという偶然の噛み合わせか。ついさっき話題に上がった祖母、ニイメが扉を開けて立っていた。
今時には古風なローブを上に羽織り、手にはノスフェラートの魔道書を携えるその姿。
一見すれば変わったお婆さんだが、闇魔法の最も先に立つだけあり、威厳を感じさせる。
カナスは嬉しそうに笑い、ヒュウはなんともいえないように顔を引きつらせた。
「はーやれやれ・・・なんだいお前たち、疲れてる人間がいるってのに、お茶の一杯も出さないつもりかぇ?」
「あーあーはいはい、出しますよって。兄貴、席用意してくんねぇ?」
「分かった。それじゃあお祖母さん、ちょっと先に行かせてもらうよ」
 一足先にカナスが孤児院の居間へと入っていく。ヒュウも台所へ行こうとした。
「湯加減も濃さも入れ方も、しっかり覚えてるんだろうね?」
 またか、と思ってしまいしかめっ面になる。いつものことだが、そういったところがヒュウは苦手なのだ。
「はー・・・小言の多い、お祖母様だことで・・・・・・」
「なにいってんだい。・・・・・・それより――――」
「へ?」
「・・・・・・いいや、なんでもないさね。それより早く用意しな。茶菓子はいつものを用意してるだろうね」
「分かってるっての。ったく、本当に注文の多いお祖母様だ」
 でも、彼の耳には何を言ったのかはきちんと聞こえていた、その言葉。
    「お前は、理魔法を選んだからには、きちんと頑張ってるんだろうね?」
初めて聞いた、祖母の肯定的な言葉。理魔法を選んでから、すっと小言ばっかりだったのに、今の一言。
「兄貴の奴言ってたのって、マジだったな」
 思わず似合わないような笑みが溢れつつも、また何か言われぬよう急いで台所へお茶を入れに向かう。
一方のカナスも、部屋に入ってきた祖母の満足そうな表情に頬を緩ませ、お茶菓子を棚から取り出した。
闇と理のきょうだいの、お祖母ちゃんの本音が聞けた昼下がり。

おまけ
「それにしても闇の樹海に行くなんて、随分と危なっかしいじゃないか。どうしてまた・・・」
「自称弟子が頭に血を昇らせてたから、ちょいとばかしお灸をすえてやろうかと思ったのさ」
「あの馬鹿なんかやったのか? まだまだガキだな、やっぱ」
「なに言ってるんだい。お前だってそうそう変わらないだろう」
「・・・ったく、このバーさんはよー・・・」
「ははは・・・やっぱり二人とも素直じゃないねぇ」