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Last-modified: 2011-06-01 (水) 23:03:14

293 :穏やかな昼下がり:2009/10/10(土) 09:52:17 ID:g7x+3l+V
※注意書き
この作品を思い立ったのは9月です。その時期のイメージでお読みください。

夏の盛りを過ぎ、もう秋に足を踏み入れているこの時期。それでも、陽が高い時はまだ暑い。
自然に囲まれた土地でも、建造物に囲まれた都会でもそれは変わらない。
畑では疎らにではあるが、農作業に勤しむ人々がいる。
その内の一人の少年が、額にうっすらと滲む汗を首にかけたタオルで拭う。
休憩がてらに姿勢を伸ばし、空を見上げる。
麦わら帽子越しに見る太陽はギラギラと光を放ち、周囲の木々からは虫がざわめく声が聞こえてくる。
まだ暫くは日中は暑いのだろう、そう思い、少し滅入った表情を作る。
凝り固まった腰を伸びでほぐし、また作業を続ける。
収穫の秋まであともう少し、彼は畑の面倒をみなければならない。

作業も一段落を終えたので、彼は近くにあった大きな樹の下へと移った。
風が吹くたびに木の葉が擦れ合い奏でる音は、都会では滅多に味わうことのない音であり、
風雅なものを感じさせる。それがまた心地良いものとなる。
麦わら帽子を傍らに置き、自然に一切の感覚を委ねようとする。
「おー、そこにおるのはアルムかい?」
ふと自分を呼ぶ声が聞こえたので、彼――アルムは振り返る。
そこには温和な雰囲気を持った、恰幅のよい男性が立っていた。
「あ、どうも。チャップさん」
日差しが強く、頬から汗が垂れている彼を気遣い、アルムはチャップに木陰に座るよう促す。
これはありがたいとばかりに、彼は腰を下ろす。
「まだまだ暑いですね」
「そうじゃのう」
他愛もない話をしながら、アルムはぼんやりと、少し早く流れる雲を眺める。
思ったよりも早く流れる雲を目で追いかけながら何とはなしに溜息を吐いた。

294 :穏やかな昼下がり:2009/10/10(土) 09:53:19 ID:g7x+3l+V
「・・・なんか、悩みごとでもあるんか?」
「・・・え?どうしてです?」
別に、悩みごとを表に出しているつもりはなかった。時間も時間だし、疲れているのだと思うのが普通だ。
それなのにどうして、なんで。そう思った。
「うちにはおまえさんとおんなじくらいの歳の子がよぉけぇおる。
じゃけぇ・・・父親として鍛えられた勘というやつかねぇ」
どこまでも朗らかな調子の彼に、観念にも似た感情がこみあげてくるアルム。
――この人に隠し事は難しいかな。

「・・・まあ、悩みというほどでもないんですけどね」
始めにそう言ってから、ポツリポツリと続けていく。存在感が希薄であることからの冷遇。
あまり人に話すことがないだけに、一度堰を切ると止め処なく流れだしてゆく。
今までこんなにも溜めこんでいたのか、と思わざるを得ないほどだった。
傍に置いた麦わら帽子にはいつの間にか蜻蛉が足をかけていた。
そんな小さな変化にも気がつかないなんて、と思い苦笑する。

所々で頷き、相槌を打ってくれていたチャップが口を開いた。
「わしゃぁ、そういうことを気にせんからよぅわからんのじゃけどな」
頭を掻きながら、すまなさそうに話すチャップ。
もしかしたら悪い相談だったのかな、と不安になりかけた。
「じゃけどな、アルムよ。わしゃぁ、おまえさんは土じゃと思うんじゃ」
「・・・はい?」
自分が土であると言われて、少し驚いた。
――へ?土ってなに?なんの比喩?大地?いやいやそうでなくて!
いきなりの例えで混乱しているアルムを余所に、チャップは続ける。
「おまえさんにはミカヤやエリンシアといった姉がおって、シグルドやアイクといった兄がおる。
おまえさんにとって、あの人らは太陽みたいなもんじゃろう」
確かに、自分と比べると彼らは輝いている。自分には持っていない何かを持っている気がする。
憧れと同時になんで僕は、という嫉妬が知らず知らずのうちに渦巻いているのも、きっと事実。
「じゃがなぁ、アルム。お天道様の力だけじゃあ作物は育たん」
木々がざわざわと鳴らしていた音が一瞬消えた。

295 :穏やかな昼下がり:2009/10/10(土) 09:54:04 ID:g7x+3l+V
「ほかにも色んなもんが必要じゃけど、特に必要なんは土じゃないかと思うんじゃ。
土地が痩せとったらええ作物は育たんし、荒れとったら種は根付かん」
確かに、土地が荒れていたら人は耕さないといけないし、痩せていたら肥料をまかないといけない。
けれど、それがどういうことだというのかが皆目見当つかない。
そんな感情を表情から読み取ったのか、チャップはアルムの目を見据え、
「人間にも同じことが言えるんじゃないかとわしは思うとる」
と言った。

「いっくら人柄のええ人が上におっても、下のもんがしっかりしとらんとすぐに崩れる。
おまえさんは自分が影が薄いだとかゆうて落ち込んどるようじゃけど、
おまえさんにしかできん仕事っていうのもあるんじゃないのかねぇ」
休みなく、しかし緩やかに話される言葉には力があって。
妙に力の入っていたような肩の力がすっと抜けて、今まで自分は何を考えていたんだろう。
そんな気持ちになった。

「そろそろ疲れも取れてきたろうし、もう一仕事するとしようかねぇ」
立ち上がって背伸びをするチャップを見上げ、僕ももう一仕事しようか、と呟いた。
いつの間にか蜻蛉が飛び立ってしまった麦わら帽子をかぶり、立ち上がる。
収穫まであともう少し。今回はきっと、いつもよりもいい出来になるだろうな。
チャップに倣い、背伸びをしたあと、農場へと足を進めた。