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Last-modified: 2011-08-15 (月) 00:51:18

 それは今より10年ほど前。まだヘクトルやロイが幼い頃の話・・・。

「ろい、いいな。たくさんお兄さまやお姉さまがいて」
 ここは兄弟家の近くにあるオスティア家の部屋の中。
庭に面した、大きな窓から明るい日が差し込む部屋で、青い髪の少女がポツリ
とつぶやく。
「なんで?りりーなにも、うーぜるさんがいるでしょ?」
 羨ましい、と言われた少年。目の前の少女、リリーナに付きあってままごと
をしていたロイが、ごはんを食べている(ふりをしている)手を止めて少女に
疑問を返す。
 その視線の先には、庭で自分の兄ヘクトルとキャッチボールをして遊んで
いる少年、ウーゼルがいる。
 年はヘクトルやエリウッドよりもやや上。
兄弟家で言うと、アイクやエリンシアと同じくらいだろうか。
 まだ顔にあどけなさが残っているものの、意思の強そうな、しっかりとした
顔つきをしている少年だ。もっとも、弟同然に可愛がっているヘクトルと遊んで
いる今の顔は、年相応の無邪気な顔だが。
「うーぜる兄さまは好きよ。でも・・・へくとるさんや、えりうっどさんとはちがうわ」
「なにがちがうの?うーぜるさんは、りりーなのお兄ちゃんじゃないの?」
「・・・」
 ロイの疑問に、リリーナも何と答えていいのか分からずに黙ってしまう。
まだ幼いロイにはリリーナが何を言いたいのかが分からず、リリーナもまた、
自分が何を羨ましがっているのかを、上手く言葉にすることができない。
 黙り込んでしまう二人に、横から助け船入る。運動を医者に止められており、
家の中で二人の面倒を見ていたエリウッドだ。
「ロイ。リリーナは、僕やヘクトルのように、年の近い兄弟が欲しいんじゃないかな?
・・・違うかい?」
「うん!そう、そうなの!」
 エリウッドの言葉に顔を明るくするリリーナ。しかし、ロイの顔はいまだ
「よく分からない」といった表情だ。
「・・・あのね、ロイ。僕やヘクトルにリンディス、マルスやアルム達も、
ロイとあまり年が離れていないだろう?」
「うん」
 エリウッドが、幼いロイにも分かりやすいようにと、言葉を選びながら説明
を始める。
「だから、ロイと一緒に、たくさん遊んであげられる」
「しぐるどお兄ちゃんや、あいくお兄ちゃんも、ぼくと遊んでくれるよ?」
「でも、シグルド兄さんやアイク兄さん達は学校で遅くなって、いつもロイと
遊べるわけじゃないよね?」
「うん」
「それに、兄さん達はもう大きいから、ロイと同じ遊びばかりじゃ、つまらないかも知れない」
「・・・うん」
 エリウッドの言葉に素直にうなずいていたロイだが、シグルド達が自分と遊ぶ
のをつまらないと感じてるかも知れないと言われ、表情がやや暗くなる。
なにか、自分が嫌われてしまったような気がしたのだ
「あぁ、ゴメンよ。ロイと遊ぶのがつまらないと言ったわけじゃないんだ。
兄さん達も、もちろん僕も、ロイが大好きだから、ロイと一緒にいるのは
とても嬉しいし、楽しいよ」
 エリウッドがそう言ってロイの紅い髪をくしゃくしゃと撫でると、ロイは
嬉しそうに笑って、機嫌を直す。

「でも、シグルド兄さんやアイク兄さん達と、僕やヘクトル達とでは同じ
お兄ちゃんでも、違うのは分かるだろう?」
「うん。わかるよ」
 ロイの言葉に、エリウッドは満足そうにもう一度ロイの頭を撫でてやる。
「だから、リリーナは年の近いお兄ちゃんやお姉ちゃんがいっぱいいるロイが、
いいなって言ったんだよ。
ウーゼルさんはいい人だけど、リリーナとは少し年が離れているからね」
 そこまで聞いてようやく納得したのか、ロイは「そっかぁ」と言いながら
大きく頷き、目の前のリリーナをまっすぐ見る。
「りりーなは、さみしいの?」
「え?」
 今度はリリーナが疑問符を浮かべる。
「だって、リリーナにはエリウッドお兄ちゃんやヘクトルお兄ちゃんみたいな
人がいないから、さみしいんじゃないの?」
 ロイの言葉の意味をゆっくりと捉え、そしてリリーナは「うん」と小さく頷いた。
「うーぜる兄さまは、いつもお忙しそうだから・・・。
わたし、さみしくて、だから『ろい、いいな』っていったの」
「・・・そうなんだ」
 ロイはそれを聞いて少し考えるような表情を作ると、何かを思いついたのか
再びリリーナの顔をまっすぐ見る。
「そうだ!りりーなも、えりうっどお兄ちゃんや、へくとるお兄ちゃんの妹に
なればいいんだよ!」
「えぇ!?」
 突然のロイの提案に、リリーナが大きな声を上げる。エリウッドも声こそ
上げないものの、目を丸くしている。
「だって、リリーナはお兄ちゃん達みたいな人がほしいんでしょう?」
「うん。だけど・・・」
 リリーナは戸惑いを隠せずエリウッドの顔を伺ったが、エリウッドは今や
楽しそうに笑顔を浮かべている。
「ねぇ、いいでしょ?えりうっどお兄ちゃん!」
 弟の言葉を微笑ましいと思いつつ、エリウッドが答える。
「あぁ。もちろん、僕は構わないよ。でも、それならヘクトルにも聞かなくてはね。
リリーナは、僕よりもヘクトルによく懐いているからね」
「わかった!」
 そう答えるやいなや、ロイは窓の方に駆け寄り、庭にいるヘクトルを呼びに行く。
「え・・・ちょ、ちょっと待って、ろい!」

「あぁ?リリーナを妹にしろだって?」
「うん。いいでしょ、ヘクトルお兄ちゃん!」
「あうぅ・・・」
 さっそくヘクトルに事情を話すロイ。しかし幼い説明はヘクトルには理解不能
だったようで、エリウッドが横から補足を入れる。
 リリーナは、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
「・・・まぁ、俺は別に構わねぇけどよ」
「ほんとうですか!?」
「やったぁ!ありがとう、お兄ちゃん!」
 ヘクトルの言葉に、俯いていた顔を勢いよく上げるリリーナ。
「あぁ。もう家には妹弟は溢れてるしな。一人くらい増えたって平気だぜ」
「よかったね、りりーな」
「うん。ありがとう、ろい!」
 ロイが嬉しそうにリリーナに話しかける。リリーナの顔も、やはり嬉しそうだ。
「・・・あの、へくとるさん」
「『さん』づけはやめろよ。妹になったんだろ」
 その言葉に、リリーナはますます笑顔を明るくし、そして少し恥ずかしそうに、
「・・・はい。ねぇ、へくとる兄さま。わたしとろいと、いっしょにあそんでくれる?」
「おう、いいぜ!先に部屋の中に戻ってな。ボールを片づけて、すぐ行くからよ」
「うん!!」
 そうして、ロイと手を繋いで部屋に戻っていくリリーナ。
エリウッドは、終始笑顔で様子を見ていた。

「・・・さてと。それじゃあ、ウーゼル兄ちゃん。俺らも部屋に入ろうぜ」
 ボールを片づけて、ウーゼルに声をかけるヘクトル。
「あぁ。・・・ヘクトル」
「なに?」
 ウーゼルに呼び止められ、振り返るヘクトル。
「気を使っていたつもりでも、やはりリリーナには寂しい思いをさせていたようだ。
・・・お前たち兄弟のおかげで助かっているよ。これからも、リリーナを頼む」
「・・・任せとけって」
 兄と慕う少年に正面から言われ、ヘクトルは恥ずかしくなってぶっきらぼうに答える。
 そして、ふと考えるのだ。
(そっか。リリーナにとっては、俺がウーゼル兄ちゃんみたいなもんなのかもな)
 そう考えると、なにか責任感がわいてくる。あの子が自分を慕ってくれるのならば、
自分もこの頼れる少年や、自分の兄たちのようにしっかりしなければならない。
そう考えながら、ヘクトルは新しい『妹』の下へと向かう。

 これは今より10年ほど前。まだヘクトルやロイが幼い頃の話・・・。
 子供同士の、他愛のない約束のお話だ。

 ~10年後~

「ヘクトル兄様。新しいお菓子を作ってみたの。エリウッド兄様達と召し上がって」
「おう、サンキュな」
 ここは兄弟家の居間。遊びにきたリリーナとヘクトルが仲良く話している。
 あれからリリーナと兄弟家の面々は更に仲良くなり、10年後の今も、
お互いの家を行き来している。
「中学はどうだ、リリーナ。なんか困ったことがあったら、いつでも来いよ」
「・・・勉強以外は、でしょ?兄様」
「そういうことだ。ははは!さすが分かってるじゃねぇか」
 ヘクトルが豪快に笑うのを見て、リリーナも口に手を当ててくすくすと笑う。
 良く似た青い髪を持つ二人は、他人が見たら本当の兄弟に見えるほどに仲睦まじい。

 が、それを面白くなさそうに見る一人の少年の姿。
(・・・なんだろう。なんだかとってもムカムカするぞ)
「ほら、ロイ。しっかりと問題に集中するんだ。
そんなんじゃ何時までたっても終わらないで、みんなと遊べないぞ」
 台所のテーブルでエリウッドに宿題も見てもらっていたロイは、二人の様子
を見て眉根を寄せている。
(なんで、リリーナがヘクトル兄さんと仲良くしてるのを見るとこんな気分に
なるんだろう?)
「・・・ロイ?さぁ、はやく片づけて僕たちも向こうに行こう」
 その言葉も、ロイの耳には届かない。エリウッドは小さくため息をついた。
「・・・ねぇ、エリウッド兄さん」
「なんだい?」
 エリウッドが先を促す。
「・・・なんで、リリーナとヘクトル兄さんは、あんなに仲がいいの?」
「――さぁ。僕よりも、自分に聞いてみた方が早いんじゃないかな?」
「えぇ?なんでさ~」
 10年前、自分がしたことなどすっかり忘れて苦悶している弟の姿をどこか
楽しげに見守るエリウッド。
向こうでは、リリーナとヘクトルが楽しそうに話しているのが見える。

「ねぇ、ヘクトル兄様。そのお菓子、ロイにはあげちゃダメよ?」
「あ?なんでだよ」
「だって、『新しいお菓子を作ってみた』って言ったでしょ?
まだロイにはあげられないもの」
「なんだよ、俺は毒見役かよ!こいつめ!」
「ふふふふ。ごめんね、兄様」

 二人の楽しそうな声が響く。
少女に、かつて少年を羨んでいた時の寂しさは無かった――。

「一体、なにを話してるんだろう!?
くそ、ヘクトル兄さんめ。また太っても知らないんだからね!」

 楽しそうに話す青髪の兄妹。
紅髪の兄弟は一方は楽しそうに、しかし一方は理由の分からないイライラに
苛まれながら、今日も平和な一時が過ぎていく――。

おわり