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Last-modified: 2012-08-24 (金) 20:37:17

170 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:28:41 ID:CZxJJOgE

第四章 封印せし者(その4)

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「いぃぃやッ!!」
「ぬぅんッ!」
 ――ガァンッ!
 ロイの大剣を、ゼフィールの大剣が受け止める。神器同士がぶつかる衝撃
が両者の腕を、全身を貫くが、それに構わずにロイがもう一撃、剣を振るう。
 ロイがデュランダルを、ゼフィールがエッケザックスを振るう度に大気が
震え、グラウンド全体を照らす薄紫の燐光が揺らぐ。
「はぁあああッ!」
 ロイがデュランダルを上段に構え、それを一気に振り下ろす。それを、
「ぬるいわッ!」
 ――ギィンッ
 ゼフィールがエッケザックスで受け流す。上段からの斬撃を、さらに上から
剣を叩きつけていなすと、下げたエッケザックスを逆袈裟に振り上げる。
 その攻撃を、ロイは上体を深く沈めることによって避ける。ロイのすぐ頭上を
風切り音とともに刃が通り過ぎると、剣を振り切った体勢のゼフィールの脇に
隙が出来た。
 その隙を見逃さず、ロイは深く沈んだ上体をばねの様に跳ね上げ、その勢い
で下げられたデュランダルを持ち上げ、切りつける。
「くッ!」
 ゼフィールは振り切ったエッケザックスの勢いを無理やり殺し、体を後ろに
引いてその攻撃をかわす。
 後ろに引くと言っても、ロイが振るうデュランダルは、およそ通常の剣の
範疇から外れた大きさを持つ剣だ。当然、その間合いから脱するにはより
大きく後退しなければならない。そして、攻撃後の隙を突かれた状態から
大きく下がろうとすれば、そこにまた隙が生まれる。
 そこへ、
「はぁッ!!」
 ロイが再び、上段からの斬撃を浴びせる。ゼフィールは体勢を立て直しながら
自らの剣でそれを受ける――。

 ――このような攻防が、数十合と繰り返されていた。ロイが攻め、それを
いなして反撃するゼフィールの攻撃の、さらに隙を突いてロイが追撃を行う。
 基本的な身体能力―腕力や体力はゼフィールに大きく劣るロイだが、身の
軽さや素早さ、手数の多さでは小柄なロイが上回っている。当然、多少身軽な
程度では両者の実力差は埋まらないが、それに加え、お互いの持つ武器の性能差も生きていた。
(――すごい。まるで、体の奥から力が湧いてくるみたいだッ!)
 ロイは、自らの内から今まで出せたことのないような力が引き出されている
のを実感していた。
 デュランダルを握った手に、腕に、そしてそれを通して全身に、力が漲る
感覚がロイを包む。そしてそれは、彼の勘違いでも思い込みでもない。
 『持ち主に力を与える』
比喩でも何でもなく、単純に言葉通りの意味として、持ち主の筋力に大きな
加護を与えることこそが、神将器【烈火の剣】に秘められし『竜殺し』以外の
もう一つの能力なのである。
 ――デュランダルに限らず、他の神将器や封印の剣、ユグドラル地区に
伝えられる十二聖戦士の武具など、この紋章町に存在する多くの神器には
所持者の持つ何らかの能力に加護を与えるものが少なくない。

171 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:30:53 ID:CZxJJOgE

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 剣自身としての鋭さも超一級のデュランダルは、この攻撃能力に直結する
加護によって、全ての神将器の中でも最大の物理的威力を誇っている。
それに対し、エッケザックスにはその様な特殊な加護は存在しない。
この神器としての性能差(優劣ではなく、方向性の差だ)が、ゼフィールより
も力が劣るロイが、彼と剣を撃ち合えている理由だ。
(【烈火の剣】デュランダル・・・。想像していたよりも、ずっと扱いやすい剣だ。
確かに重量はあるけど、まるでずっと使ってきたみたいに手に馴染む)
 神器が手に馴染むのは、その持ち主が神器の主としてふさわしい証明と言える。
例え神器を持とうとも、主の資格を持たないものでは、その加護を受けること叶わないからだ。
 その意味では、この扱いの難しい剣は、エリウッドの弟であるロイを(仮初の)
主として自分を持つに相応しいと認めたのだろう。
 その異名を表すかの如く、燃え上がる炎のように湧き出る力の加護は、ロイ達の
足下にある魔法陣の力、対象の力を奪う効力をも打ち消し、ロイの体からは先ほど
までの吐き気や、空気が絡みつくような感覚が取り払われていた。
(いける!この勇者ローランの、エリウッド兄さんの剣の力があれば――ッ!)
「はぁあああッ!!」
 体の奥から湧き上がる力に任せ、ロイは剣を振るう。
 その瞳は強大な敵を前にして怯むことなく、真っ直ぐにゼフィールを捉えている。

「はぁあああッ!!」
 ロイがゼフィールに向けて突っ込んできながら剣を振るう。ゼフィールはそれを
躱し、いなし、あるいは受け止めながら、徐々に後方に下がって行く。
ロイとゼフィールが最初に剣を打ち合ったのは、グラウンドの中心である場所と、
裏門の中間地点だ。そこから撃ち合いが続き、そのまま真っ直ぐに下がるわけ
ではなく、横に移動したり、あるいは体の軸を回転させながら、グラウンドを
縦横無尽に立ち回る。
 戦っている二人の動き全体を見れば、ロイが攻め、ゼフィールが後退しながら
守っている形に見えるだろう。
一体いかなる力によって描かれたものなのか、ロイ達がどれだけ激しく動いても、
足もとの魔法陣が消えることは無かった。
 ――キィンッ!――ブォンッ!
 ロイの、下から迫る一撃をエッケザックスの剣身で受け止め、その勢いの
まま攻撃に転ずるが、ロイは再び上体を屈めて暴風を避ける。
「ちょこまかしおって――ヌゥンッ!!」
「――! くっ!」
 ロイの頭上をかすめるエッケザックスの動きに無理やり制動をかけ、剣身の
向きを変えて振り下ろす。
 ロイは頭上から迫る一撃を見て、片足の膝を地面に着きながらさらに身を
縮める。同時にデュランダルを振り上げることによって、なんとかエッケザックスが
ロイの額に届く前にデュランダルを頭の上に持ってくることに成功する。
 ――ガァンッ!
 お互いの剣が、そして、剣越しに視線がぶつかり合う。ロイの青い瞳が、
真っ直ぐにゼフィールに突き刺さる。
(――気に食わない目だ)
 その目を見ながら、ゼフィールは猛烈な不快感に襲われる。
(誰かに・・・ワシの最も嫌いな誰かの目によく似ている)
 自分を射抜くロイの目に既視感を得るゼフィール。しかし、その目を
どこで見たのかは思い出せずにいた。そして、それがまた彼を苛つかせる。
(愚か者の目だ。現実を知らず、叶わぬ理想を追いかけることになんの疑いも持たぬ目――)
 ――ギリ、ギリ
 エッケザックスを握る右手に力を込める。
(ワシは違う。ワシは、叶わぬ理想など求めぬ。
そうだ。ワシの理想は、この町を平和な町へとつくり変えるという理想、
この町を開放するという夢は、もう、すぐにでも叶うのだッ!)
 剣の柄に、左手も添える。
「くぅッ!」
 均衡を保っていたバランスが崩れ、【英雄】の剣が【勇者】の剣を下に押し込める。
(そうだ。あと少し。あと、少しでわが夢が叶うッ!あとは――)

172 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:32:53 ID:CZxJJOgE

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 ゼフィールは、己を睨みつけてくる真っ直ぐな瞳に、その持ち主(それは
ロイだけではなく、その後ろに見える誰かの影だ)に向けて叫ぶ。
「――あとは。あとは、貴様さえ消えればあぁーーーーッ!!」
 ――ドゴォッ!!
 ゼフィールのエッケザックスが、完全に振り下ろされる。その威力によって
グラウンドの土が舞い上げられ、土煙が巻き起こる。
 しかし。
(手応えが――無いッ!?)
 そして、土煙を切り裂きながら、烈火の剣が彼の上体に迫って来る!
「いぃぃ、やああああぁッ!!」
「ッ!?」
 状態を逸らし、紙一重でその一撃を避けるゼフィール。彼の眼前を、
振り上げられたデュランダルが通り過ぎていく。
 ――ロイは、上から押しつぶしてくるゼフィールの剣をはじき返すのは
不可能と悟り、自らの剣先を下げることによってデュランダルの剣身上を
エッケザックスに滑らせ、地面へと誘導したのである。
 そして、その際に巻き起こった土煙りを煙幕とし、ロイは渾身の一振りを放ったのである。
 しかし、その渾身の一撃も、ゼフィールには一歩届かなかった。
「いいセンスだ。だが――ッ!」
 全力を避けられたロイに、ゼフィールを追撃することはできない。そして、その隙にゼフィールが体制を整える。
 戦局は、未だ変わらない。

「ロイさん・・・署長・・・」
 剣を打ちつけ合う二人を、魔法陣の中心から眺めるイドゥン。彼女の胸で眠る
ファの翼からは淡い光が漏れ、その光が足元の魔法陣に吸収されている。
 まだ神竜としての力を操りきれないファの力を、イドゥンが自らの力と共に魔法陣へと
送りこんでいるのだ。ファも、正確には眠りに落ちているわけではなく、イドゥンに
意識を委ねている状態で彼女の胸に収まっている。
 イドゥンが、胸の中のファを抱きしめながら言葉を吐き出す。
その表情は、苦しく、切なげだ。
「ゼフィール署長の言うことは、間違っているとは思えません。でも・・・」
 ――でも、それが正しいとは言えない。それは、彼女も感じている。
「――私は、町の、兄弟家の皆さんのお役に立ちたかった。皆さんが危険なことに
立ち向かわなくなれば、怪我もしないで大丈夫・・・。そう、思っていたのに」
 しかし、その為に今、町中で誰かが傷ついている矛盾。
「私にはわからない・・・。でも、ロイさんならばそんな私を助けてくれるのでは
・・・そう、思ってしまいました」
 だから、今朝、ゼフィールと会う前に、ロイのもとを訪れたのだが。
「でも、きっと相談すればロイさんは署長と争うことになる。そうすれば、
ロイさんが怪我をしてしまう・・・」
 そう思い至り、結局、朝は彼に何も言わずに去ったのだ。しかし――。
「あなたは来た。封印の剣も失い、傷だらけになっても、何も言わなかった私のために――」
 何も告げずにいた自分を、何も分からないまま助けに来てくれたロイ。
 ゼフィール署長が間違っているとは思えない。しかし、正しいとも言い切れない。
「ならば、あなたは・・・あなたならば、答えを出せるのでしょうか――?」
 目の前で、必死に剣を振るう、自分よりも年下の少年。そんな少年を巻き込み、
全てを任せることに未だ躊躇いの念はあるが――。
「それでも・・・それでも、私は、あなたを信じたい・・・。
ロイさん――」
 神将器同士の激突で起こる風に、銀の髪を躍らせながら――碧紅の瞳が、戦場で戦う二人の姿を見つめている。

 戦況は、硬直状態にあった。ロイのあの一撃の後も、体勢を整えたゼフィールと
ロイとの攻防に大きな変化は無い。ロイが攻め、ゼフィールは後退しながら反撃し、
ロイが追撃を行う。
お互いに有効打が無いまま剣の撃ち合いが続いていたが、素人目ではどちらが有利か、
一目瞭然だろう。
 攻めるロイと下がり続けるゼフィール。この構図を見れば、ロイが有利に戦いを
進めているのは火を見るよりも明らかだ。
が、それはあくまでも素人目で『は』の話だ。

173 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:33:34 ID:CZxJJOgE

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 見る者が見れば、そして、戦っている当の本人達からすれば、そんな状況分析は
鼻で笑いたくなるような状況だ。
 ロイが攻勢に出ているのは、確かに間違いではない。それに対して、手数に劣る
ゼフィールが守りに入っているというのも正解だ。
 しかし、ロイが『攻めたくて攻めているわけではない』ということには気づけるだろうか?
「はぁッ、はぁッ・・・でぇいやあぁッ!」
 ロイが、デュランダルを一閃する。が、その攻撃はゼフィールまで届かない。
 大きく後退したゼフィールを、ロイが『逃がすまい』と足を踏み出して追撃する。
 そう、『逃がしてはいけない』のだ。それは、ゼフィールに体勢を整える隙を極力
与えたくないという理由ではない。
 そもそも、ロイにとっては攻め続けるといこと自体が相当な苦痛なのだ。
いかにデュランダルが持つ者に力を与えようと、それを振るうロイの体力は中学生のそれだ。
兄であるエリウッドでさえ扱いに苦労するこの大剣は、一振りごとにロイの体力を削っていく。
 そもそも、デュランダルが無ければまともな戦いになっていなかったであろうから、
そのことについては仕方がないだろう。
 問題は、ロイが『攻め続けなくてはいけない』その理由にある。ロイが攻めているのは、
ゼフィールを逃がさないため。そして、ゼフィールは先ほどから後退を繰り返しつつ、
ロイから間合いを取ろうとしているのだ。
 ゼフィールの狙いが間合いを離すということにあるのがロイにも分かっているからこそ、
ロイはそれをさせまいと、前進して攻め続けなければならないのだ。

 間合いを取ろうとするゼフィールとさせまいとするロイ。戦いが始まってから続いている
この状況。いままで均衡を保ってきたそれは、しかし遂に破れる時がきた――。
「そこだッ!!」
「ぬぅッ!?」
 ――ガッ――ギィンッ!
 ゼフィールが上段から振り下ろしたエッケザックスを、ロイは一旦デュランダルの
剣身で受け止め、そしてその勢いを殺さぬまま、さらにデュランダルを振るい、勢いを加速させて弾く。
 振り下ろした剣に、自らが想定した以上の速度を加えられ、ゼフィールの上体が大きく崩れ、
バランスを取ろうとした彼は体重を後ろに寄せようとし、その胸元をさらけ出してしまう。
「はぁああああッ!!」
 ロイがデュランダルを大きく振りかぶり、袈裟掛けに斬りかかる。
「ぬぅ、おぉおおおッ!!」
 ――ガガガガガガッッ!!
 デュランダルが、ゼフィールの左肩から胸を通り、右わき腹にかけてを一閃する。戦闘用に
ゼフィールが身に纏っていた鎧が大きく砕ける音が響き、この戦いが始まってから両者通算初
となる会心の一撃が決まる。

「ぐぅおおおああぁッ!」
 肩を起点として走る衝撃に、ゼフィールの体が『大きく吹き飛ばされる』。ロイは、剣を
振り切った後の硬直に襲われ、追撃の手が瞬間止まる。
 そして、ロイの脳裏に戦慄が過ぎる。
「――しまったッ!」
 大きく振り下ろした両腕に引っ張られ傾いだ上体から、顔だけを上げてゼフィールを
見据えているロイが、自らが一番恐れていた状況を、自らの会心の攻撃によって作り出して
しまったことに動揺する。
 デュランダルの威力に大きく後退させられたゼフィールは、敵の手によって生まれた
この間合いに苦痛の声を洩らしながらも笑みを浮かべる。
「――くっ。見事なカウンターだったが・・・今の一撃で決められなかったのは痛いな」
 ゼフィールが、エッケザックスを握る手に力を込める。
そして、いまだ遠く離れたロイに向けて、剣を振るう。
「――ッ!」
 いかにエッケザックスが巨大な剣であろうと、彼我の距離は剣の間合いではない。しかし――
「ぐあぁあッ!!」
 ロイの体を、衝撃の刃が貫く。
 デュランダルに、持ち主に力を与える能力があるように、同じくエッケザックスにも
特殊な能力がある。それがこの『衝撃波』だ。遠く離れた相手にも、剣撃を届かせる衝撃の刃。
剣にあって剣の間合いに囚われない、神将器エッケザックス最大の能力だ。

174 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:34:52 ID:CZxJJOgE

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 先刻の戦いでロイを打ち負かしたのも、この衝撃波の一撃であった。だからこそ、ロイは
最初からこの攻撃を警戒し、間合いを詰めて攻め続けてきたのだ。
 先ほど町であった時と違い、不意を突かれたわけでもなく、あらかじめ警戒していた攻撃だけに、
一撃で戦闘不能に陥るようなことは無いが、それでも神器の攻撃をもろに受けたロイは、たまらず苦痛の声を上げる。
「ぐっ、はぁ、はぁッ!」
「ほぅ。ワシの一撃を耐えきって見せたか。さすがは、【封印の剣】の主。
いや、今は【烈火の剣】の主見習いと言ったところか?」
 ロイから離れた位置で、しかし自身もデュランダルの一撃を受けたダメージを残し、
苦痛の表情を消しきれずにゼフィールがロイに言い放つ。
だが、その言葉を受けても、エッケザックスの一撃を受けても、ロイの目から光が失われうことは無い。
「――当然だ!この程度で、倒れたりするもんかッ!!」
 そうして、ロイが再びデュランダルを構え、ゼフィールに近づいて行く。
 ゼフィールは真っ直ぐに向かってくるロイに合わせ、エッケザックスを振るう。その剣身から衝撃が
刃となって飛んでくるが、ロイはそれを横に跳んで躱すと、さらに前進する。
 いかに衝撃波と言えど、それを生み出すのはゼフィールの剣の一振りだ。彼の攻撃速度以上に
繰り出されることは無い。
 ロイはデュランダルの間合いにまで接近すると、再度肩口を狙って剣を振り下ろす。ゼフィールは
それを受け止め、返す刃で反撃をする。今度はそれをロイが剣身を縦にして受け止め、それを真っ直ぐに振り下ろして追撃を行う。
 ロイとしては、このまま再び攻勢に転じ、間合いを離さないように戦いを持って行きたかったのだが・・・
「ふん。やはり、エッケザックスの一撃を受け速度が鈍っているようだな」
 ロイがさらに攻撃を重ねようと、足を一歩踏み出す前に、ゼフィールはその巨体からは想像できないほど
身軽に、後ろに向けて跳躍する。そして――
「ぬぅんッ!」
 再び、ロイの体を衝撃が貫く。

 数分後――ロイは、土の地面にうつ伏せに横たわっていた。
「ロイさん――ッ!」
「見ていろと言ったぞッ!イドゥンッ!!
――まだ、勝負はついておらん」
 堪らずロイに駆け寄ろうとするイドゥンを、ゼフィールの一喝が制する。ゼフィールは、
視線を倒れたロイから離さずに、その姿を見つめる。
 二度目の衝撃波がロイを貫いてからも、ロイは果敢にゼフィールに立ち向かった。その懐に潜り、
デュランダルの力を信じて剣を振るう。間合いを離されても、近づき、また離されても、さらに
踏み込み・・・。一体どれほど、そのような攻防が繰り返されたのか、ロイも、ゼフィールも、
傍で見ていたイドゥンさえ分からない。とにかく、それだけの回数、ロイは立ち向かったのだ。
 元々、手数ではロイが勝っていた。間合いの外から飛んでくる反撃不能の攻撃を鑑みても、
手数の上では互角だった。互角だったが、悲しいかな、互角ではこの男(バケモノ)とは勝負にならなかったのだ。
 やがて、傷付き体力を消耗したロイはその手数でさえ目に見えて減っていき、衝撃波にその
体を晒されながら、ついに地面に倒れ伏したのである。
「――くっ」
 ロイの指先が、ぴくりと動く。
「ロイさん・・・良かった!」
 その姿を見て、イドゥンが安堵の声を上げる。まさかとは思ったが、本当に死んでしまったのではないかと思ったのだ。
「く、ぐぅ!」
 ロイが左手に握りこぶしを作り、右手にデュランダルを引きずりながら、立ち上がる。
「まだ、続けるのだな?」
「とう、ぜん・・・だ!僕は、あきらめ、ない・・・ッ!」
「ふ。息も絶え絶えと言ったところだな。だが――」
 ゼフィールの視線がロイを外れ、今はロイの背後の、少し離れた位置にある、封印の剣に注がれる。
「だが――時間切れの様だ」
「なん、だと・・・ッ!?」
 ゼフィールの言葉を測りかね、疑問の声を上げるロイ。しかし、すぐにその体中を包む違和感に気付く。
「ぐぅ・・・ッ!これ、はッ!?」
「言った通り。時間切れだ。どうやら、魔法陣に神竜の力が満ちたらしい」
 ロイの体には、先ほどデュランダルを握った時から消え失せていた空気の違和感、体中に空気が重く
圧し掛かるような感覚が戻っていた。
「神竜の力が満ちた今、この場の精霊はもはや完全に封印の剣の支配下に置かれた。後はワシが封印の剣に
我が意思を注ぎ込むだけで、この紋章町中にその力が降り注ぐ」
「そ・・・んなこと、させるものかッ!」

175 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:36:03 ID:CZxJJOgE

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 ロイの方―封印の剣の方向―に向けて足を一歩踏み出すゼフィールを遮るように、ロイが残る力を
降り注いで大剣を構える。その姿を見て、ゼフィールは心底不思議そうな声を上げる。
「なぜだ?なぜ、そこまで抵抗する?もはや、お前の力ではワシを止めることは出来ん。
ならば、おとなしく倒れ伏していたほうが楽だぞ?」
「止めて、見せるさッ!兄さん・・・達から、リリーナ達から、託された信・・・頼を、
『絆』を・・・裏切るわけにはいかない。だから、僕があなたを止めて見せるッ!!」
「誌にそうな顔をしながらよく吠える。
だが、『わけにはいかない』からといって『成し遂げられる』とは、当然ながら限らんぞ」
「そんなこと、やってみなくては分からないッ!」
「ふん。まぁいい。ならば、我が剣で今度こそ眠りにつかせてやろう」
「望む、ところだッ!」
 ゼフィールが、さらに一歩ロイに近づく。ロイは、それを真っ直ぐに睨みつける。
(その目だ。なぜ、その目は諦めることを知らない?もはや状況は絶望的。
希望など、持ちよう筈が無いのだぞ。
その目が・・・その目が、人を狂わせる。心持たぬ人形に心を与え、勇気持たぬ者に
勇気を与え、そして全てを巻き込み、混沌を生み出す)
 考えながら、やがてゼフィールの口から声が出る。
「その目が、全てを巻き込む。真っ直ぐに理想を見据えるその目がだッ!」
「――ッ?」
「署長・・・?」
 声に出したゼフィールの言葉に、ロイとイドゥンが驚き、疑問の表情を浮かべる。
「ワシは、愚かな理想を、夢を持つ者が憎いッ!叶わぬ理想に巻き込まれ、苦しむのは力無き弱い者たちだ。
巻き込む者がいるから、事件が絶えぬ。
ワシがどんなに平和を願おうと、それはお前達の様な『力』ある者達の手によって容易く崩れ去るッ!」
 ――ズン
 ゼフィールの怨嗟の声に封印の剣が反応したのか、ロイの体に纏わりつく空気の重量が増した気がした。
「・・・ゼフィール」
「・・・」
 しかし、体に圧し掛かるその不快感を感じるよりも先に、ロイはゼフィールが心の底から
この町の平和を願い、人々の安全を憂う警官なのだということを感じる。
 それは、黙って話を聞いているイドゥンも一緒だった。もっとも、ゼフィールからそれを
感じられないようであれば、最初から協力など、迷うまでもなくしなかっただろうが。
「――だから、ワシはワシの理想を、夢を叶える為に、イドゥンの力を、ハルトムートの剣の力を利用したのだ。
それが、道義に沿うかどうかなど、どうでもよいッ!ワシは、ワシの出来うる手段で、ワシの叶えうる理想を実現するのだッ!」
 しかし、ゼフィールの次の言葉を聞き、ロイの頭には何か引っかかるものが生まれた。
(――なにか・・・おかしくないかな?叶えうる・・・理想?)
 そんなことには構わず、ゼフィールの独白は続く。
「ワシが望むのはこの町の平和。ただ、それだけだ。その為ならば、手段は選ばぬ。
そして、この町を平和な町につくり変えるには、町を現在支配している者たちから町を、人々を解放せねばならんのだ」
「町を・・・つくり変えるだって?」
 先ほど、戦いが始まる前にも気になっていた言葉だった。
「そうだ。町に平和をもたらす。その為に、この町を平和な町へとつくり変える。
現在の紋章町からの『開放』だ」
(――あぁ)
 やっと、答えを得た。
(そうか。だから、おかしいと思っていたんだ)
 彼が望むもの。彼が否定するもの。この町の平和と、兄弟家達が持つ絆。
――それは、果たして本当に相容れないものなのだろうか?
(そんなわけない。あるはず、ない)
 それは、確信を持って言える。だとすれば、やはりゼフィールは間違っているのだと、ロイは思う。
 何も、自分の全てが正しいとは思わない。そもそも、正解など、子どものロイには想像もつかない。
しかし、これだけは言える。
(例え正解が分からなくても、そんなもの無いのだとしても・・・。
彼の、ゼフィールの夢が狂ってしまっていることは分かる)
 だから、声に出す。
「そんなこと・・・無意味だよ」
「なんだと?」
「――ロイさん?」
 ロイの言葉に、ゼフィールが、イドゥンが先を求める。

176 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:36:47 ID:CZxJJOgE

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「町をつくり変えるだなんて、無意味だと言ったんだ」
 自分の中で答えを得たとたん、体中を包む違和感が無くなり、傷の痛みを感じなくなった。
言葉が、淀むことなく出てくる。
「――確かに、僕達はたくさんの人達に迷惑をかけてしまっている。そのせいで、怪我を
してしまう人もいるかも知れない。それは、本当に反省して、気をつけなくてはいけないとは思うよ。
でも、だからと言って、僕の周りにいる人達との繋がりを否定することなんて許せない」
「その繋がりが、この町の平和を脅かしているのだぞ?」
「だとしてもだ」
 断言。
「例えそうだとしても、僕の中にある絆は、どんな神器よりも尊いものだ。
さっき、傷だらけの僕のところにリリーナやウォルト、セシリア先生達が駆け付けて来てくれた時の、
あの暖かい思いは、決して、間違いなんかじゃないッ!!」
「だが、お前が自分勝手に町の中に飛び込まなければ、それだけの力が無ければ、お前の友人たちを
巻き込むことは無かった筈だッ!」
「さっきも言ったけど、それはあなたの思い込みだ。例え力及ばなくても、僕達は誰かの為に駆けだしたい。
一人の力では無理でも、みんなの力があれば、必ず成し遂げられるのを、僕は兄さん達の姿から学んできたんだ」
 そうだ。あの自由で、破天荒な兄姉達も、まじめで優しすぎる兄姉達も、一人で何かが出来るほどには強くない。
彼等は、彼らと共にいる者に支えられているからこそ、強いのだ。
「下らん。その様な絆、お前の思い込みかも知れんのだぞ?お前に力がなくなれば、たやすく消え去るものかも知れん」
 いつの間にか、ゼフィールの足が止まっている。
「そうかもしれない。でも、そうじゃない絆があることは、貴方だって知っているはずだ。
人の上に立つ貴方ならば、僕の倍以上も生きている貴方ならば、僕よりもずっとそんなものを持っているはずだ」
「ワシにそんなものは必要無いッ!」
 ――『無い』とは口から出なかった。一瞬、ほんの一瞬だけ、ゼフィールの脳裏に妹や部下の姿が浮かんだが、
彼は急いでそれをかき消す。
「――貴様の戯言に付き合うのは止めだ。そこまで言うならば、今すぐにお前達の力を封印し、
その言葉が真実でないと思い知らせてやろう」
「――させないと言ったはずだ」
 ロイが、デュランダルを握り力をさらに強める。どれだけ力を込めても、強く握れば握るほど、
力が湧いてくるようだった。それは、まるでエリウッドが、他の兄弟や友人達が、ロイに力を貸して
くれているようだった。
「邪魔をするな。ワシは、この町を平和な町へとつくり変えねばならんのだッ!」
 ゼフィールの表情が、険しくなる。それは、己の言葉をこれ以上否定するのは聞きたくないとでも
言っているかのような表情だ。
 しかし、ロイはそれをまるで意に介せずに続ける。
「その言葉だ。その『つくり変える』というのが、最初から気になっていたんだ。
感じていた違和感の正体。それが分かったから、僕はあなたが間違えているとはっきりと言えるッ!」
「何だとッ?」
「ロイさん、それは・・・?」
 ゼフィールはさらに表情を険しくさせ、ロイの背を見守りながら彼の話に耳を傾けていたイドゥンは、
自らの中にある迷いの答えを求めようと、先を促す。
(ロイさん。あなたは、何を考え、どのような答えを出したのですか?)
 続くロイの言葉に、ゼフィールとイドゥンの意識が集中する。
「簡単なことだよ。
僕は・・・この町が好きだ。
今のこの町が、いつも事件ばかりで、苦労が絶えない、でも、楽しくて、大好きな人達が
たくさんいるこの町が大好きなんだッ!
僕だって、この町の平和を望んでいる。だけど、それは今のこの町を否定して、新しく
つくり変えてまで欲しいものじゃないッ!!
僕が望む平和は、今のこの町の先にしかないんだッ!!」
 青い、真っ直ぐな瞳で前を、ゼフィールの立つ位置よりもさらに先を捉えて言い放つ。
淀みのない、一片の迷いすらない言葉が、イドゥンの耳に届く。
(今の・・・この町が、好き――。そうですか・・・そう、ですね。
私も、ユリアやユリウス、ニニアンやニルス、チキにミルラにファに、おじい様達が
いるこの町が好きです。
それに、兄弟家の皆さんと新しく出来た繋がりも。だから――)
 イドゥンの胸にもまた、答えが宿る。その瞬間――

177 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 03:37:43 ID:CZxJJOgE

32

 ――パリン
 まるで、ガラスのコップにヒビが入ったかのような音がロイ達の耳に届く。
「今の町が好きだと?ふざけるなッ!
そのような簡単な言葉で、我が理想を否定されてたまるかッ!」
 その音に、ゼフィールが気付かずに怒号を吐く。
「ふざけてなんかいない。今のこの町が好きだから、その在り方を否定するような
あなたの理想は、僕には間違っていると言い切れる」
 ――パリパリ
「そんなもの、お前の独りよがりな考えだッ!」
「それは、貴方にも言えることだッ!
ならば、その独りよがりな考えで町中をつくり変えようとしている貴方は、一体なんなんだッ!?」
「黙れッ!!貴様に、ワシの何が分かる!ワシがこの町の平和のために、どれだけの血を流して
きたのか、知っているというのかッ!?」
「それは分からない。
でも、町を守るために貴方が戦ってきたというのなら、なおさら貴方が町を否定するなんて、駄目だッ!」
 ロイの目が、ゼフィールを捉える。その目に、ゼフィールは再び既視感を覚える。そして、嫌悪感をも。
 ――パリパリパリ、パリンッ!
「――その目で、ワシを見るなッ!」
「例え叶わない理想だって、真っ直ぐに見つめられれば、貴方もこの町を信じることが出来るんだッ!
例え、どれだけ事件が起きようと!それに、誰かを巻き込んでしまって後悔したとしても!
僕は、僕の『絆』と、この町で積み重ねられてきた『思い』を信じ続けるッ!!」
 ――パリーーーーーンッ!!
「「――ッ!?」」
 そして、ロイのその言葉と同時に、グラウンドの空間全体から、何かが砕け散るような音がした。
 そこでようやく、ロイとゼフィールがこの場所に起きた変化に気付く。
 ――夕日が、ロイ達の姿を照らしている。
 先ほどまで、グラウンド全体を覆っていた薄紫の燐光は跡形もなく消え去り、足もとにあった
魔法陣は、まるでその役目を終えたかのように、輝きを失っている。
 ロイの体をねっとりと包み込んでいた空気は、ただの冬のそれに戻っている。
「これは――?」
「まさか・・・魔法陣の力を『封印』しただとッ!?馬鹿な!一体、どのようにしてだッ!?」
 状況の変化に戸惑うロイと、驚愕の表情を浮かべるゼフィール。唯一人、イドゥンだけがこの
変化に驚くことなくじっと佇んで、ロイを見つめている。
(これは・・・きっと、ロイさんの・・・力です)

 『精霊に強く語りかけることのできる人は、その言霊自体がある種の魔法と――』
 果たして、それが如何なる力なのかは分からない。ロイの言霊が、場を満たしていた精霊に
働きかけたからか、封印の剣が真の主の呼びかけに応えたからか、それとも、魔法陣に力を注いでいた
イドゥンの心に彼の言葉が深く届いたからなのか。
 ――いずれにせよ、説明の出来ない奇跡が起きたのならば、それはきっと『魔法』と呼ばれるものなのだろう。

「こんなことが・・・。魔法陣の力が失われれば、計画を遂げることが出来ん」
 呆然と呟くゼフィールに、ロイが告げる。
「終わりだ、ゼフィール。貴方の理想は、潰えた」
 そう、これで終わりだ。町中に竜をあふれさせたのも、全ては封印の力を魔法陣を用いて増幅させ、
町中に届かせるという最終目標があってこそだ。その魔法陣が失われれば、もはやゼフィールの望みは絶えた。
 これで、一連の事件は終わりを迎えた。
 しかし――
「まだだ・・・ッ!まだ、ワシの理想は、ワシの夢は死んではおらんッ!!」
 しかし、だからといって、全ての戦いが終わるわけではない。
「ならば、最後まで相手になってやるッ!
さっき、イドゥンさんに言った。言葉が無理だとしても、剣を持って、僕の信じる道を証明してみせるとッ!」
 ゼフィールがエッケザックスを構え直し、ロイはデュランダルの切っ先を眼前に上げる。
「ゼフィール署長・・・ロイさんッ!」
 どちらかが倒れるまで終わらないであろう戦いの後見を任されたイドゥンが、それでもこれ以上
二人に傷ついて欲しくなく、声を上げる。
 しかし、皮肉にもその声が、二人の駆けだす合図となった。

178 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 05:05:11 ID:QYDFhiVm

33
「ゼフィーーーーールッ!!!」
「ロイ―――――――ッ!!!」
 エッケザックスの衝撃波が放たれる前にロイはデュランダルの間合いに到達し、ローランのデュランダルが、
ハルトムートのエッケザックスが、空気を切り裂く轟音を上げながら接近する。
 互いの名を叫びながら―ゼフィールは、ここに来て初めて目の前の敵の名を
・・・眼前の相手を強大な敵と認めて呼んだ―、二人が剣を振り下ろす。

――ガカァアアアァッ!!

二人の全力の一撃がぶつかり合い――そのあまりもの衝撃に、二人の体から剣が離れる。
一瞬後に、二人の体もまた、衝撃に弾かれて後方へと飛ぶ。

勝負の行方は、まさにこの瞬間に左右されたと言っていいだろう。

エッケザックスはゼフィールの後方に弾かれ、彼もまたそのすぐそばに吹き飛ばされ、
背中から地面に落ちる。
一方、ロイの持っていたデュランダルはロイから見て真横の方向へ。グラウンドの両脇に
受けられた木の傍にまで弾き飛ばされ、ロイ自身は真後ろへ、イドゥンのすぐ足下まで飛ばされ、仰向けに倒れる。
もしも、ゼフィールがエッケザックスを手に、ロイがデュランダルを手に戦いが続けば、まだ勝負は分からなかっただろう。
実際に、ゼフィール手を伸ばせばすぐにエッケザックスを持ち直せるだろう。が、しかしロイは違った。

「ぬ・・・う」
 ゼフィールが身を起こし、自分のすぐそばに飛ばされていた愛剣を手に取る。
「ロイさん・・・ッ!」
 そして、未だ倒れているロイに、膝をついて声を上げるイドゥン。その目には、いつの間にか
一杯の涙が溢れ、彼女の両頬を濡らしていた。
「ロイさん・・・ごめんなさい、私は・・・私が・・・ッ!」
 イドゥンが、か細い声でロイに謝る。恐らく、自分がこの事件を巻き起こしたこと、自分がロイを
巻き込んだことに対してなのだろうが、ロイの意識は彼女のその表情にこそ囚われ、耳はその言葉を
捉える事が出来なかった。
(あぁ――)
 そして、思う。
(そうだ、もう一つあった)
 ゼフィールの言葉が間違っていると言える理由。
「ロイさんッ!」
 ロイの頭を抱え、膝の上に載せながら、イドゥンが彼の顔に手を当てようとする。
 しかし、それを遮るようにして、ロイの手が上がる。
(そうだよ。そもそも、朝、出会った時も、昼に倒れて立ち上がった時も――)
 結局、自分が戦う理由など、それ位シンプルな方がいいと思う。
「・・・ロイ、さん?」
 ロイの震える右手が、イドゥンの涙をすくう。
 そして、左腕に渾身の力を込めて立ち上がる。
 視線の先では、ゼフィールもまた立ち上がっていた。
「ロイさん!もう、事件は終わりました。竜達も、すぐに戻らせます。
だから・・・だから、もうッ!」
 立ち上がったロイの後ろから、イドゥンの声が聞こえる。
「だめだよ。まだ、終わってはいない」
「え?」
 予想の他、ハッキリとしたロイの声。
「だって・・・あなたが、泣いている」
「ロイさん?」
 確かに、自分は今泣いている。だが、だからどうしたというのだろう?そう、イドゥンは思う。
「町の平和とか、なんとかよりも・・・。僕はもっと単純な理由で戦い始めたんだ」
 ゼフィールがエッケザックスを構える。
 それを真っ直ぐに、兄弟家特有の迷いのない瞳で捉えながら、ロイは続ける。
「だって、目の前で誰かが泣いているんだ・・・!
どんな思いで生まれた夢なのかは分からない。
だけど!その夢で、平和を望んだ筈のその夢を叶える為にあなたが泣くのなら、
そんな夢はどこかで狂ってしまっているんだッ!だから――ッ」

179 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 05:06:27 ID:QYDFhiVm

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 そうして、ロイは自らの目の前にあるものに手を添える。
 イドゥンが立っていた目の前、グラウンドの、魔法陣の中心に突き立っていたものに。

勝負の行方は、二人が激突し、吹き飛ばされた瞬間に左右された。

ゼフィールの手には、彼の分身たる神将器エッケザックスが。
 そして、ロイの手には、彼をこそ主と選んだ剣が。英雄の子孫たるゼフィールではなく、
いずれも劣らぬ他の兄弟達でもなく、主人公兄弟と呼ばれし家族の中から、ただ彼のみを選んだ
『とある主人公の封印の剣(ソードオブシール)』が、今、その半身の手に帰った。

 ロイは地に突き立ったそれを右手で引き抜き、頭上に掲げる。
その刀身には、彼の意思を反映するかのように、紅蓮の炎が宿る。

「だから――、その狂った夢を、封印するッ!!!!」

180 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 05:07:27 ID:QYDFhiVm

35

「おぉおおおおおおッ!」
「ぬぅうううううんッ!」
 各々の剣を手に、二人の英雄が疾走する。
 既に、互いの剣にとっての間合い―エッケザックスの衝撃波と封印の剣が巻き起こす爆炎の間合い―
には入っているが、両者とも、攻撃を繰り出すことは無い。
 ゼフィールは迫って来るロイに対して足を前に出しながら、剣を大きく振る。しかし、それを衝撃波として
攻撃に使うことは無く、振り切った剣の勢いを殺さずに体を回転させる。そして、回転が一周すると同時に
反対の足を踏み出し、さらに回転を加速させ、その遠心力を最大まで高める。
 それに対し、ロイは剣身に炎を宿らせ、それにさらに己の意思力を注ぎ込んでいく。ゼフィールと激突する
その瞬間まで、限界まで力を溜め込み、一気に爆発させるためだ。
 ロイとゼフィールの距離が近づいていく。その差、およそ十足、八足、六足・・・。
「王者の(バシリオス)・・・ッ!」
「エクス・・・ッ!」
 四・・・二・・・零。
「――劫渦(ディーネー)ッ!!!!」
「――プロージョンッ!!!!」
 そして、二振りの神剣に込められし力が、激突する。剣自身の威力、ゼフィールの腕力と剣技、
そして回転による遠心力の全てが込められた王者の劫渦(バシリオス・ディーネー)と、ロイの精神力の
全てが込められ、それを爆発力へと変えたエクスプロージョンとが激突する。
 ――ゴゥ―ッグォオオアアアァアアッ!!!
 この日、一番の衝撃と音が警察署のグラウンドを席巻する。グラウンドの両脇の樹々は揺れ、警察署の窓ガラスが
あまりもの振動に次々と割れていく。
 爆炎と劫渦がぶつかり合い、ロイとゼフィールの周囲を取り囲むように、巨大な炎の竜巻が上り立つ。
「―――ッ!」
 それを、無言で見つめ続けるイドゥン。そのオッドアイは、事の結末を見届けようと瞬きすらせず、
その銀髪は風に泳がされながら、夕日と炎の竜巻が放つ光に照らされ、真っ赤に染まっていた。

「ぬぅうおぉおおおおッ!!!」
「―――ッ!!!」
 炎の竜巻の中で、ゼフィールの声が響き渡る。ロイもまた、歯を食いしばりながら、剣から伝わってくる衝撃に耐える。
 ロイの眼は、今なおまっすぐにゼフィールを捉えている。その目を見ながら、ゼフィールは思い出す。
(そうだ・・・この目は)
 堪らない不快感を感じていたこの真っ直ぐな、恐れを、諦めることを知らない目。それは――
(これは・・・ワシの、昔のワシの目と同じだ)
 エッケザックスを通して伝わる凄まじい衝撃を身に受けながらも、ゼフィールは回想する。
(そうだ。昔のワシは、父上に気に入られようと、必死に努力をしていた。父上の後を継いで
立派な警官となることを夢見て、いつか家族皆で笑い合える日が来ると、そう信じて疑わなかった)
 思い出したくもない思い出が次々と蘇る。
(ワシが努力を続ければ、いつか報われると信じていた。ワシがこの町の平和を守り続ければ、
父上もワシを認めてくださると――。ギネヴィアとワシと、二人の母上と、平和に暮らせると――)
 いつからかは覚えていない。しかし、いつからか確実に、その理想は擦り切れていった。
『僕だって、この町の平和を望んでいる。だけど、それは今のこの町を否定して、新しく
つくり変えてまで欲しいものじゃないッ!!
僕が望む平和は、今のこの町の先にしかないんだッ!!』
 目の前の少年の、つい今聞いたばかりの言葉が思い出される。
(そうだ。ワシも――ワシも家族を愛していた。例えどれだけ思いが踏みにじられようと、
別の父親が欲しいと望んだことなど一度もない。ワシは、ワシの父上に認められたかったのだ――)
 そう、この町の平和に関してだって同じだ。ゼフィールは、この町の平和を『守りたかった』のだ。
それこそが彼の務めであり、彼の望みであった。
 その望みが、いつしか『平和な町をつくる』へと変わり、現在の町を、町の住人の間にある確かな『絆』
を否定してまで『平和な町へつくり変える』ことに変わってしまっていた。もっとも、本当に、兄弟家や他の
住人から力を奪ったところで、その絆を断ち切れたのかどうか、もはやゼフィールには分からなくなっていたが。
(あぁ、そうか。ならばやはり――)
 そうして、ゼフィールは目の前の少年の目をもう一度見る。
 今まで、狂おしいまでに彼を包んでいた夢への渇望が、まるで嘘のように封印されて(おさまって)いくのを感じた。
(やはり、ワシの理想は、夢は――狂っておったのか)

181 :とある主人公の封印の剣(ソードオブシール):2010/02/11(木) 05:08:27 ID:QYDFhiVm

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 一体どれほどの時間が過ぎたのか、あるいは一瞬だったのか。炎が晴れ、そこには剣をぶつけ合った体勢のロイとゼフィールの姿があった。
「はぁッ、はぁッ・・・」
 ロイの息は荒い。もうとっくの昔に、彼の体は限界を迎えていた。が、それでもその目の光は失われていない。
 ゼフィールはそんな、自分がいつか持っていた目を最後にもう一度目に収めながら・・・
「良い目をしている。――ワシの、負けだ」
 そう言って、その巨体を大きく後ろに傾がせながら、意識を手放した。