175 :カレー屋と常連客:2010/07/30(金) 00:03:45 ID:dYDYzdGi
「………」
「………」
「………はあ」
マレハウトにあるカレー屋マラドの店主フリーダはため息をついた。
原因は目の前にいる常連客二人の食べっぷりである。
「今日も店にあるだけ全部食べるんだろうなあ…どんな胃の構造してるんだろう…」
フリーダの視線の先では、大男と華奢な女性が向かい合って座り、次々と空になった皿を積み上げている。
「「おかわり」」
「すみません…今日はもう今ので最後です」
「そうか、なら仕方ないな。帰るか、イレース」
「…わかりました、アイクさん」
相変わらず凄まじい食べっぷりだ。二人で食材が空になるまで食べるとか常連客とはいえ怖さを感じずにはいられない。
「あの、お二人にちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…」
「…ん?」
「何ですか…?」
清算を終えた二人に、フリーダは以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「お二人はお仕事は何をされてるんですか?いつも凄い量を注文されますけど…
いや、深い意味は無いんです、ちょっとした好奇心というか…」
正直、この二人以外に全くと言っていいほど客が来ないのに店を畳まずに済んでいるのは、この二人が
来るたびに常人には理解し難い量を注文し、そして膨大な代金をきっちり払っているからなのだ。
「なんだそんなことか、ただの工務店務めだ。イレースもな」
「はい…」
「まあ、給料は悪くないとは思うぞ?そんなに大きいところじゃないけどな」
「危険手当もかなり出ますし…」
「そ、そうなんですか…」
危険手当がかなり出るとか一体どんな工務店なのか、何だか余計に疑問が増えた気がする。
「まあ俺たちは食うのが好きだからな、他の奴らより多く金をかけているかもしれないな」
「…そうですね」
「イレースは俺より食うことがあるからな、たまに俺が奢ってやることもあるくらいだ」
「へえ…意外ですね」
どちらもかなり食べることは知っているが、イレースがアイク以上というのは意外だ。見た目あんなに華奢なのに…
「まあイレースには体で払ってもらっているからな、それほど気にしていないが…」
「…ええ!?」
「……!!?」
アイクの信じ難い発言に叫び声を上げるフリーダ。イレースも盛大にむせている、当り前か。
「こいつは店では新入りな方なんだが…うちは万年人手不足と言っていいところだからな、他の連中の負担が減って助かってるんだ。
頑張ってくれるならたまに飯を奢るくらい何でもない…ってどうした二人とも」
「え?ああそういう意味でしたか…」
「…びっくりしました」
最後まで聞けば別に普通の話なのだが、順番がおかしいだろと心の中で突っ込む。もしかして結構天然なんだろうか。
イレースの方を見てみると、なぜか頬が緩んでいるように見える。まんざらでもない、というやつなのだろうか。
176 :カレー屋と常連客:2010/07/30(金) 00:06:46 ID:dYDYzdGi
「ん…?」
「…どうかしましたか?」
「今…外に熊がいたぞ」
「え?本当ですか!?嫌だなあ…たまに出るんですよ」
場所が場所だけに店の周辺に熊が出没することも稀にある。まあ山だからしょうがないと言えばそれまでだが。
「怖いですよね…この前も登山者が襲われかけたって話を聞きました」
「問題だな…よし、俺が退治してこよう」
「え!?あ、危ないですよ」
「大丈夫だ、食後の体をほぐすのにちょうどいい」
そう言うとアイクは散歩にでも行くかのような気楽な様子で出て行った。
「大丈夫って…それにアイクさん武器も何も持っていかなかったような…もしかして素手で!?」
「大丈夫です…アイクさんは強いですから…」
「そ、そうなんですか…?」
イレースはアイクの強さを信頼しきっているようだが、熊を素手で倒せる人間なんているんだろうか?と思わずにはいられない。
実はラグズでした、とかそういうオチでもあるのだろうか。
「………」
「………」
「………」
(…き、気まずい…)
アイクが外に出てイレースと二人になったが、何を話していいかわからない。自分がよくしゃべる方だとは思わないが
イレースがとにかく無口なので、会話のネタに困る。なんでもいいから何か話してみるべきだろうか。
「あの…」
「…はい」
「いつも二人で食べに来ますけど…お二人は付き合ってたりするんですか?」
「………はい」
そっかー、やっぱりなー、と心の中で呟く。冷静に考えれば若い男女二人で店に来る場合、それ以外の関係は考えられないだろう。
社内恋愛というやつなんだろうか。
「…嘘です」
「違うんですか!?」
思わずよろめきながら突っ込む。信じちゃったよ!冗談に聞こえないにも程がありませんか。
「…まあ…そうなりたいとは思ってるんですけどね……」
ふう、と悲哀の念がこもったため息をつくイレース。そのあまりに沈痛な様子に、周囲の気温が一気に下がったような感覚すら覚えた。
(なんか色々ありそうだけど…下手に首を突っ込むとろくなことにならない気がする…)
「戻ったぞ」
「早っ!?」
まだ数分しか経ってないような気がするんですが。もう片付いたんですか?
「ほら、こいつだ」
かなりの体格なアイクだが、それを一回り上回る熊を無造作に床に転がすのを見ると、この人は本当に人間なんだろうかと
思わずにはいられない。
177 :カレー屋と常連客:2010/07/30(金) 00:08:13 ID:dYDYzdGi
「…よかった、これで解決ですね…」
「ああ、これで熊に襲われることも無くなるだろう」
「…そ、そうですね」
ものの数分で熊を発見して倒すとか何なんですかとか、本当に素手で倒したんですかとか聞こうと思ったが
もう突っ込むことすら無駄だと思い口には出さなかった。
「そろそろ帰るか…結構長居してしまったな、日が落ちる前に帰るつもりだったが」
窓の外を見てみると、かなり日が落ちている。気付かないうちに結構時間が経ってしまっていたようだ。
「夜の山歩きは慣れた人じゃないと危ないですよ、ここ元は結構大きい山小屋でしたから、泊まれる部屋ありますよ。
良ければ泊まっていきますか?」
「気持ちは有り難いが明日も仕事でな、帰らなきゃならん」
「でも…あ、そうだ。イレースさん杖使えますよね?転移の術とか使えないんですか?」
「………!……」
フリーダのその台詞を聞くと、なぜか硬直して表情が固まるイレース。あれ、何か変なこと聞いた?と思わず自問自答する。
「…えっと…その…」
「ああ、俺は修行のために歩くことにしている。術はいい、自分の足で下りるさ」
「…そ、そうですか…じゃあ…私も体力作りのために歩いて下りようかな…」
「……?」
何か釈然としないものを感じるが、気にしても仕方ないのでスルーした。何かもう今日は多少の事では動じなくなっている気がする。
「でもやっぱり危険ですよ、はぐれたりとかしたら危ないですし…」
「だったら手を繋いで行けばいいさ、ほら、帰るぞイレース」
「…はい」
アイクが差し出した手をおずおずと掴むイレース、よく見ると頬が染まっているし、離れてもわかるくらい顔が緩んでいる。
ああそういう事でしたか。野暮なこと聞いちゃったなあと心の中で反省する。私もまだまだ修行が足りないなあ。
「じゃあ俺達は帰るぞ」
「…また来ます」
そう言うと二人は足早に出て行った。最もイレースさん的にはある程度時間がかかった方が幸せなんだろうなあと思った。
「さて…じゃあ掃除を…ってこれ…どうしよ」
床を見るとアイクが仕留めた熊が転がっている。すっかり忘れてしまっていた。これどうしよう。
「熊…捌いたことなんて無いんだけど…まあ折角だし、熊カレー…挑戦してみようかな」
終わり
カレー屋のフリーダの話だと思ってたらいつの間にかアイクとイレースの話になっていたでござるの巻