33-259

Last-modified: 2011-06-07 (火) 20:38:05

259 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 アルムの章 瑞穂 [sage] 投稿日: 2011/02/01(火) 14:47:27 ID:Hpol3WUG
目の覚めるような黄金の海原―――――――
丘の向こうまで稲の穂先がずっとずっと広がっている。
風に揺られた穂先がかさかさと音を立てた。
澄み渡るような空の下……広がる水田は農民の労苦の賜物だ。
少年はこの景色がたまらなく好きだった…ずっとずっと見つめていたいと思った………

ラムの村は都の南方ソフィアの国の山間に位置する小村である。
百人ほどの村人が細々とした暮らしを営んでいた。
ソフィアの土地は肥沃でよい米が取れる農業に適した土地ではあったが
この地を治める大名リマ四世は八公二民の重い年貢を領民に課しており暮らし向きは苦しい。
いくら豊作で多くの米が取れても八割を持っていかれるのだ。生計を立てるだけでも容易ではない。

少年もそれはよく知っていた。この黄金のような稲の群れはいくらも自分達の手元には残らない。
「他所の国じゃあこんなに年貢は重くないって言うけど…」
小さく呟くと少年は鎌を振るった。
今日は収穫の日であった。
農民達が水田に入り背負った籠に刈った稲を丁寧に入れていく。
農村では子供といえども貴重な労働力。齢八の少年もこの一年間稲や畑の世話に苦労を重ねてきた。
それだけに喜びもひとしおなのだが―――
「じいちゃん…なんだって殿様はほとんど持っていくのかな…他所じゃあ…」
傍らで稲刈りに励む義祖父に声をかけてみる。
義祖父は手を止めると少年を振り返った。
老人は髭を揺らして低い声を絞り出した。どこかやりきれなさのような物が感じられた。
「今の殿様は駄目な方じゃ…目は城の中しか見えず耳は臣下の意見を聞かぬ。
 こんな時代だ――――ソフィアの御家はもう長くは続かぬ…」

義祖父マイセンの顔には失望と厭世の念が強く感じられた…
少年…アルムはそれ以上開く口を持たず再び田に屈みこんで稲刈りを再開した。

今は農民に身をやつしているがマイセンは元は侍であった。
武士が農民になったり逆に農民が武士になったりというのは時折あったことである。
徴兵に応じて手柄を立てれば農民も武士になれたし商人が金で身分を買う事もあった。
ではマイセンは何故武士から農民になったのか。
主君として仕えたリマ四世の贅沢と悪政を諌めてその怒りを買い城から追放されたためである。
以来義祖父は主君を完全に見限りこの村で土を相手にする暮らしを送っている。

「よっと……」
籠がいっぱいになると田の傍らに敷いたゴザの上に稲を積み上げる。
一定量収穫したら別の場所に運んで乾燥させるのだ。
いつもなら大八車を使った大変な重労働だが友達のグレイの家が牛を貸してくれたため今年は楽ができそうだ。
「お疲れさん、ありがとうね」
大八車に繋がれた牛に声をかけてやる。
牛を飼えるのは農家の中でも小作人を抱えるような裕福な農家だけだ。少しだけグレイの家が羨ましい。
義祖父はリマ四世に仕えていた時代の財産を全て人に分け与えてしまったためアルムの家は貧乏だった。
マイセンに言わせれば「暗君に仕えて得た物などいらぬ」と言う事らしいがアルムにしてみればそこまでしなくても…という思いもある。
その理由の一つには妹のことがあった。

アルムがマイセンの養子となったのはマイセンが農民となってからの事である。
マイセンの古い馴染みの商人マリナスがソフィアの城下を訪ね、マイセンがそこにいない事を知ってわざわざラム村まで足を運んだのだ。
彼は生まれてまもないアルムをマイセンに預けるとこう言い置いた。
「この子は私の友人から養子に頂いたのですが…その…私では育てられなくなってしまって…」
東国リキア地方出身の商人マリナスは全国津々浦々を旅して回る行商人であり、
ソフィアに仕えていた頃のマイセンとは城への武具等の納入で幾度も面識があった。
だがそのマリナスもソフィア国に再び立ち寄った時に詐欺にあい多額の借金を抱えてしまった。
それゆえ自らの養子である二人の赤ん坊を信頼の置ける者の養子として手放す事にしたという。
だがマリナスはマイセンの生活にも余裕が無い事を知ると二人も引き取ってもらう事に引け目を感じ、
もう一人の赤ん坊は他の引き取り手を探すと言い残して立ち去っていったらしい。
祖父からはその娘はアンテーゼという名前であったと聞いている。
260 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 アルムの章 瑞穂 [sage] 投稿日: 2011/02/01(火) 14:48:29 ID:Hpol3WUG
マイセンが財産を手放すようなことをしなければ自分はアンテーゼとともに育てられただろう。
一人っ子の寂しさを知るアルムは自分が彼女と共に育てられていたらどうだったろうと幾度も夢想したものである。
今はこうして牛が引く大八車を一人で押しているがアンテーゼがいれば二人で押していたのだろうか。
「考えても仕方ないけどさ…じいちゃんの馬鹿…」
自宅の傍らまで付くと牛を繋ぎ稲を下ろす作業にかかる。
まだ水気のある稲を吊るして干して乾燥させるのだ。
陽の光の下で作業をしていると汗が噴出してきた。
継ぎ接ぎだらけの着物が蒸れて気持ち悪い。
秋とはいえまだ残暑が厳しい時期であった。

一段落ついて田に引き返そうとすると草を踏む音がする。
振り向くと同じ年頃の友達ロビンの姿が目に入った。
「おぉ~いアルム、マイセンの爺様はいるか?」
「じいじゃんなら稲刈りに出てるよ。何かあったのか?」
相当急いで来たのだろう。ロビンは息が上がっていた。
「戦だよ戦。山向こうで戦があったんだ。大人衆は落ち武者狩りだ」
「…本当?」
「嘘言ってどうする」
戦があると近隣の村人はこぞって戦場跡に集まる。
討ち死にした者達の遺体から武具が手に入るし負けた方の落ち武者の首を取れば勝者から褒美が貰えるからだ。
手に入れた武具は売ってもよいし使ってもよい。
戦国の世では農民といえども山賊や野盗から村を守るためある程度の武装は当然だったし、
大名の徴兵を受けて雑兵として戦を経験した者もいる。武士や野盗ほどではないが荒事の種は誰にでも身近にある時代だった。

アルムは田に向かう道すがらロビンから話を聞いた。
…殿様が家老のドゼーに殺されて下克上が起きた事。
それに反発した別の家臣達とドゼーに味方する者とでソフィア中で戦になった事。
山向こうの合戦でドゼー方が勝った事。
それで落ち武者を狩るのに元侍のマイセンにも手を貸してほしい…との事だった。
アルムにした話をロビンはマイセンにも繰り返したが…
かつての主君リマ四世が殺されたと聞いてもマイセンは眉一つ動かさなかった。
「ワシはもうソフィア家に味方する気はない。じゃがドゼーに手を貸すような事をするつもりもない」
まったく取り付く島も無い。
「いいのか爺様? 褒美の取り分が貰えないぞ?」
「かまわぬ」
……そう言われるとそれ以上何を言いようもない。
ロビンは諦めて戻っていった。
「じいちゃん…いいのか?」
「かまわぬと言っておる。何をしとる。稲刈りを続けるぞ」

その夜の事である……戦場跡から帰った大人達は戦利品を並べてその成果を喜び合った。
太刀や脇差、槍、弓、鎧兜……これらはいくらあってもよいし、銭に換える事もできる。
さらには腕っ節自慢のグレイの親父が雑兵ではない身分のある侍をぶった切ってその首を持ってきた。
酒や魚が並べられ今夜はちょっとした宴会だ。奮発して白米も振舞われるらしい。
…だがアルム達は自宅でいつもどうりの粗末な夕食。粟や稗などの質素な食事。それも当然だ。
マイセンの家は落ち武者狩りに参加しなかったのだから宴会に顔を出す権利はない。
「……いただきます」
…友達のグレイやロビン、それにクリフは今頃白米を腹いっぱい食ってるんだろうか。
正直羨ましい。白米なんて年一回食えるかどうか…
せめてもう少し年貢が低ければ年二回くらいは食えるんだろうな…
それとも殿様が替わったんだから少しは年貢を下げてくれるだろうか。
夕飯を食いながら少年はそんな事を考えていた。
261 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 アルムの章 瑞穂 [sage] 投稿日: 2011/02/01(火) 14:49:43 ID:Hpol3WUG
農家は夜眠るのも朝起きるのも早い。
夕飯を終えるとマイセンは早々に床についた。
アルムもまた布団に入ったのだが…中身の少ない布団に少々の切なさも感じる。
グレイの親父は褒美の取り分を一番多く貰えるだろう。村で一番金持ちな家がさらに裕福になるわけで…
貰った金で牛を増やすんだろうか。それとも小作人を雇うんだろうか。
どっちにしろあれだけの田を持ってるんだから八割年貢に取られてもいい暮らしができるだろう。
晩飯には白米や牛の乳……そんな事を考えていたら腹が減ってきた。
「小便して眠よ…」
考えても仕方ない。少年は布団を抜けると表の厠へと向かった。
土間で草鞋を履いてじいちゃんを起こさぬよう静かに引き戸をあける。
農家の厠は肥料を取る必要上、家から離れに建てている場合が多くアルムの家もそうである。
砂利を踏みながら厠に向かうと…がさりと茂みが音を立てた。
狐か狸でも来たのだろうか。そう思って何気なく茂みを覗いてみると…そこには人が倒れていた。
「わ、わ、わわわっ!?」
…倒れているのは若い男…鎧を纏い傍らには槍が落ちている。
男の肩口と脚には矢が突き刺さっていた。ちょうど甲冑の間接部に受けたようだ。
戦場で傷を負ったままここまで逃げてきて気を失ったのだろう。
「お…落ち武者? た、大変だっ…」
とにかくマイセンを起こして……踵を返したアルムの眼前にはマイセンの姿があった。
「じいちゃん!?」
「気配を感じて来てみれば…ふぅむ…」

それからマイセンは無言で青年を家に運び込み傷の手当をしてやった。
返しの付いた矢を引き抜く要領のよさはさすがに戦場に慣れた手際だ。最小限の出血で済ませている。
「アルムよ」
彼の手当てをしながらマイセンは傍らの義理の孫に声をかける。
「なにじいちゃん?」
「この者の首を取って褒美が欲しいか?」
「……」
マイセンはアルムのひもじさに気付いていたのだろう。
グレイの家を羨ましくも思ったが…こうして目の前で生きている人間を見てしまうと軽々しく首を狩るなどとは言えなくなった。
「……じいちゃん…僕は貧乏は嫌だけど…人殺しはもっといやだ……」
「……そうか」
「貧乏でも…少しでも…自分らで作った米くらいは自分らで食いたいよ…」
それはアルムの偽らざる本音だった。
その時落ち武者が声を上げた。意識を取り戻したようだ。
「う…ぐっ……ま…マイセン…殿?」
「…儂を知っておるのか?」
青年は苦しげに呻きつつも小さく頷く。
「そ…ソフィアに仕えておいででした時に…一度お顔を見ております…それがしはルカと申す者…」
「もうよい、しゃべるでない」
青年は再び意識を失って項垂れた。
「じいちゃん…この人、どうするの?」
「儂はお主に人の情けを教えたつもりじゃ。お主ならどうする?」
「…村の皆には黙っておくよ」
262 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 アルムの章 瑞穂 [sage] 投稿日: 2011/02/01(火) 14:50:33 ID:Hpol3WUG
それから数日の間。アルムは動けないルカの面倒を見た。
傷に当てる布を替えてやり、飯を食わせてやった。
…次第にしゃべれるようになったルカは夕餉の時にマイセンと熱心に話をしたものだ。
「マイセン殿…みな貴方様の帰参を待ち望んでおります。なにとぞ…なにとぞ我らに力添えを!
 ともにソフィアの御家を再興いたしましょうぞ!」
だがマイセンは小さく首を振った。
「そなたらには何もわかっておらぬ。ソフィアはすでに民心に見放されておる。
 御家の再興など誰も望まぬ。リマ四世様が名君であられれば誰もドゼーに手を貸す者はいなかった。
 そなたらが落ち武者狩りなどにあうこともなかった」
「しかし…我らは武士として主家に忠義を…」
「忠誠を受ける方はそれに相応しい方でなければならぬのだ…そち達は誰か一人でも命を懸けてリマ四世様をお諌めしたか?
 それをしたところで聞く耳を持たぬ方であった事は承知、だがそれをするのが誠の臣下ではないか?
 そなたの心に今の禄を失いたくないという気持ちが欠片でも無かったと言えるのか?」
「………」
マイセンの言葉は手厳しくルカは額に大粒の汗を流して黙り込んだ。
しばしの沈黙が流れ…再び彼は口を開く。
「では…ではこのままドゼーにソフィアの国を治めさせるのですか?」
「それを定める資格は儂らには無い。リマ四世様の愚行を止められなんだ儂らにはな。
 ドゼーが仁政を敷けばよし、そうせねば天の定める所に従って相応しい末路があろう。
 じゃがこれだけは言うておく。そなたらがドゼーを打倒したとしてもリマ様の旧臣である限り誰もついていかぬ」
それきりルカは黙りこくり口を開かなかった……

ルカを匿う日々はほんの7日ほどで終わりを告げた。
ドゼーの命を受けたスレイダーと言う侍が三十人ほどの手勢を連れてラム村を訪れたのだ。
彼はまずグレイの家で保管していた落ち武者の首を検分すると村に褒美を授けた。
しかる後に新しい法度を言い渡す。
「お主等は新たな殿にこれまで通りの年貢を供出するように!
 それと念の為、村の中を取り調べる。逆賊を匿っておった者は斬首に処す!」
年貢の割合が変わらない事に村人は溜息を付いたが見られて困る物があるわけでもない。
…ただ一軒を除いて。
263 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 アルムの章 瑞穂 [sage] 投稿日: 2011/02/01(火) 14:51:25 ID:Hpol3WUG
マイセンは大八車の準備をしていた。
一度助けた者を見放すつもりは無いようだ。
納屋から出来るだけの食料も積み込んでいた。
「アルムよ。あやつに事情を話して荷物を纏めてやれ」
「どうするんだじいちゃん!?」
「ルカはまだ歩けぬ。ルカを裏山に運んで隠すしかあるまい」

アルムは母屋に戻るとルカに事情を話した。
「……そうか」
ルカは小さく呟いた。
すでに彼の覚悟は決まっていた……
「童っぱ。マイセン殿にルカが礼を言っていたと伝えてくれ…これから拙者がする事で少しでも恩返しになればよいと…」
「お侍さん?」
……匿ってもらっても見つかればマイセンやアルムがお咎めを受ける。これ以上迷惑はかけられぬ。
そもそもソフィアの御家の命運はすでに尽きており自分達の生きる場はもはや無いのだ。
ならば……
ルカは傍らに置いてあった自分の脇差を引き抜くと自身の腹に突き立て十字に切り裂いた。
鮮血が床を塗らしていく。
「お、お侍さんっ!?なにしてるんだよ!?」
「……ま…マイセン殿に…それがしの首を……それがしごときの首でも幾ばくか……そなたらの暮らしを楽にできよ…う…」
腰を抜かしかかったアルムは瞳に涙と恐怖を湛えて大声を上げて外のマイセンを呼んだ。
すぐに駆け込んできたマイセンは静かに呟く。
「馬鹿者め死に急ぎおって……他に生き方を見つける事もできたろうに…」
床に蹲り血の泡を吐き出して呻くルカはすでに声を出す事も苦しく弱弱しく呻いた。
「か……介錯を……」
もはやかける言葉も無くマイセンはルカの槍を手に取る。
一突きであった。
彼はこれ以上苦しむ事も無く逝く事ができただろう…
「じ…じいちゃん……」
「……」
義祖父は無言で膝を付くと両手を合わせてルカの冥福を祈った。

この日は少年の日のアルムのもっとも忘れえぬ一日となった―――――
それから数年の歳月が流れ…ソフィアの国は計り知れぬ不幸を味わう。
凶作に飢饉、ドゼーの悪政…そして東国からは野盗あがりの武将ギースが、
北からは隣国リゲルの大名ルドルフがソフィアの国を脅かした。
国内では一揆が相次ぎ……一揆勢の中には成長したアルムの姿があった。
彼はルカの遺品となった鎧に身を包み戦乱に身を投じていく。

次回

侍エムブレム戦国伝 生誕編
 
~ マルスの章 銭の道 ~