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Last-modified: 2011-06-06 (月) 21:39:49

42 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 シグルドの章 士道と権道 [sage] 投稿日: 2011/01/05(水) 22:04:04 ID:xVo5k7bI
その年の冬は凍てつくような寒さだった。
山々を雪が覆いつくし生けとし生きる者はみな冬篭りに余念が無い。
それは人間も例外ではない。
今年の収穫を終えた農民たちは家の中で縄や草鞋を作って冬の収入の宛としている。
冬の間は戦も出来ない。積もり積もった雪が街道を閉ざし隣国に軍勢を向ける事も難しくなる。
そのため侍たちは雪解けの頃の戦に備えて鍛錬に精を出している。
誰もが屋内で息を潜めるような季節…しかもその年一番の吹雪の夜に外を出歩くなど土地の者には絶対に考えられない事であった。

――ザクザクと雪を掻き分けるようにして小さな人影が進んでいく。
腰まで埋まりそうな雪を押し分けて懸命に懸命に歩を進めていく。
夜目の利く者なら彼らがまだ十歳を越したばかりの童達だとわかるだろう。
編み笠とカモシカの毛で作られた防寒着を頼りに寒さを堪えながら歩く彼らの腰には小太刀が差してある。
四人の童は武士の子であった。
最後尾を少年が傍らの少年に振り向いて問いかける。
よく通る声の青髪の少年だった。
「ノイッシュ…城はこちらで間違いないか?」
「シグルド様…ご無理な質問です。この吹雪では…」
一行の先頭を歩いていた大柄な少年が嘆息する。
「民家の一つも見えやせん……このままでは行き倒れだ」
少年はその体を活かしてガシガシと雪を押しのけて後に続く三人の道を作っていく。
彼に応じたのは緑髪の少年だった。
「心配するなアーダン。絵巻物じゃあ主役は必ず助かるものって決まってるんだ」
「脇役はそうとも限らんがな…アレク!足元に気をつけろよ…雪でわかりにくいが崖になっておるやも知れんぞ?」

青髪の少年はふと背後に視線を向けた…一寸先も碌に見えぬ吹雪だ。
追っ手はあるまいが武士の子たるもの常に油断は許されない。
「父上…」
シグルドは小さく呟くと再び視線を前に向けた。
「交代だ。アーダンは殿に入れ。次は私が…」
言いかけたシグルドをノイッシュが制した。
「我らが若殿は陣の中央でドンと構えてくだされ。先陣はこのノイッシュにお任せを」
言うが早いかノイッシュは凍えきったアーダンと替わって雪を掻き分けていく……
43 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 シグルドの章 士道と権道 [sage] 投稿日: 2011/01/05(水) 22:04:46 ID:xVo5k7bI
都から遥か北方。北国グランベルの大名クルトにはバイロンという侍大将が仕えていた。
名刀ティルフィングを振るっては天下無双と謡われた勇猛な武将だが彼は長年子宝に恵まれずとある縁から養子を迎えた。
初老に差し掛かってから得た跡継ぎをバイロンは武士の跡取りと相応しく育てようと厳しい鍛錬を科した。
剣術馬術は勿論の事、兵法、礼節、忠義、士道……少年シグルドにとっては碌に遊びにも行けぬ息苦しい日々であったかも知れない。
屋敷でのバイロンは厳父そのものでありうっかり声をかけられないような雰囲気があった。
優しい言葉一つかけてくれぬ父であったが武士としての心得は常に言い聞かせられた。
「シグルドよ。寝る時は仰向けはいかん。利き腕を下にして横を向いて寝よ」
「何故でございますか父上?」
「寝込みを襲われて切り付けられた場合に片腕を犠牲にしても利き腕と急所を守るためじゃ。
 武士たる者たとえ平時であっても戦いの心構えを忘れてはならぬ」

ある時シグルドが悪戯者のアレクの口車に乗って隣家の柿の木から柿を取った時などは木刀で打ち据えられ、仕置きとして一晩庭の木に吊るされた事もある。
「武士たる者、ならぬ物はならぬ!」
バイロンの頭には鬼の角でも生えておるのではあるまいか。
シグルドなどは子供心にそのようなことまで思ったものだ。
万事がその調子であり記憶の中の父の顔は恐ろしく厳しい顔をしたものばかりである。
だが…その中で最も思い出深い父の姿は隣国の大名バトゥとの戦で一番手柄を上げて帰ってきた時のものである。
バイロンの武者姿は勇壮で威風に溢れたものであった。
立派な黒の甲冑に具足、二本角の兜を纏い馬に乗って屋敷の門を潜った時の顔は百の言葉よりも一つの立ち振る舞いのみで何よりも雄弁に武士らしさを表していた。

そんなバイロンの薫陶を受けたシグルドは自分が立派な武士としてクルト様に仕える事を信じて疑わなかった。
シグルドはめきめきと剣の腕を上げ…バイロンの家来達も次のシアルフィ家頭首として我らの将として期待を深めていった。

とある冬の日。シグルドは庭で稽古に励んでいた。
共に稽古を積んでいるのはシアルフィ家の家臣の子たちアレク、ノイッシュ、アーダンである。
その様子を縁側から見つめていたバイロンはシグルドを呼ぶと一本の薪を渡した。
「切ってみよ」
「はい!」
薪を切り株の上に置いたシグルドは小太刀を上段に構えて振り下ろす。
サックリと真っ二つになった薪を拾ったバイロンはその切り口に指を当てる。
「まだじゃ。まだまだ至らん。もっと鋭い打ち込みならばこうもザラついた切り口にはならぬ……じゃが少しはマシになった」
シグルドは耳を疑った。
バイロンの子になって初めて父から褒められた…
ここで浮かれてはまた厳しく叱られるためシグルドは殊勝にしていたが、内心は嬉しくてたまらなかった。

――その父が死んだのはその日の深夜であった……
44 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 シグルドの章 士道と権道 [sage] 投稿日: 2011/01/05(水) 22:05:31 ID:xVo5k7bI
―――ごうごうと吹雪の中を四人の少年が進んでいく。
ザクザクと雪を掻き分けグランベルの城を目指して進む。
火をかけられた屋敷を逃れた四人の少年達の空気は重苦しい。
時折アレクが陽気な声を出して彼らを励まそうとするがそれも長くは続かない。

あの時……吹雪と夜陰に紛れて来た黒装束の者共は家来や家人達を悲鳴を上げる間もなく殺して回った。
シアルフィの屋敷は血に染まり…ティルフィングを持って黒装束共を切り倒していたバイロンは妖術使いの火炎の術に焼かれて倒れた。
その様をシグルドは屋敷の縁の下から目撃した。燃えながら庭の土に伏す父の姿を。
駆け出していって仇を討ちたかった。
だがそれを必死になって制したのがノイッシュ達である。
「放せノイッシュ!父の仇を討てぬようで武士と言えるか!」
「今討ちかかってもむざむざ返り討ちになるだけですぞ!」
ノイッシュの言葉にバイロンの言葉が重なる。
「―――武士たる者、死を恐れてはならぬ。じゃがこれは無駄に命を投げ捨てるような戦いをせよということではない。
 無駄死に犬死は士道のもっとも戒めるところじゃ。ここぞという時、敵の大将を相打ちでも討ち取るような時に命を投げうって戦うのじゃ」

悔しさに歯噛みしつつもシグルド達は炎に紛れて燃え盛る屋敷を脱出した…
目指す先はグランベルの城。主君クルトの元である…

一夜明けたグランベルの城では大騒ぎとなっていた。
昼を過ぎても重臣のバイロンが出仕しない。
これを訝しんだクルトはバイロンの屋敷に使いを送り…慌てて帰ってきた使いからシアルフィの屋敷が焼け野原になっていた事を聞かされたのだ。
これを受けて直ちに重臣が集められて評定が行われた。
大名クルトの前に顔を並べたのは家老のレプトールを筆頭としてランゴバルト、リング、ヴィクトルといった重臣たちであった。
改めて調査に送った者たちからは「シアルフィの屋敷に生き残りはおりませぬ」と伝えられている。
評定の席で始めに口上を述べたのはレプトールである。
「……いまだ調べの途上ではありまするが、一人も逃さずに武家屋敷を皆殺しなどとは野盗ごときの仕業ではありますまい。
 それがしが思うにバトゥが忍を用いたのではありますまいか」
ランゴバルトも見事な顎髭をさすりつつ同調する。
「バイロン殿は秋の合戦でヴェルダン軍を散々打ち負かしましたからな。
 奴らめ正攻法ではかなわんと見て卑劣な真似をしおる…殿!雪解けの後は儂に仇討ち合戦の先陣をお任せくだされ!」
「う…うむ…そうであるな。おぬしらは冬の間、充分に兵を鍛えておけ。
 さしあたってシアルフィの軍勢の管理はレプトールに任す…」
「心得ましてござる。時に殿…一族皆殺しとなればシアルフィの家督を継ぐものがおりませぬ。
 残念ではありますが…」
「そうじゃな…御家断絶となるか…バイロンの旧領の取り分けも考えねばなるまい…しばらくはそちに預ける」
「ははっ」
指をついて頭を下げたレプトールの歪んだ笑みを見たものは一人もいないだろう。
ランゴバルトもまた欲望に満ちた胸の内を顔に出さない。
「ではこれで評定を終え……」
クルトが言い終えようとした瞬間…襖を開いて取り次ぎ役のフィラートが姿を見せる。
「殿!ただいま城門にバイロン殿の嫡男シグルド殿が参っておりまする!」
「なんと!?」
思いも寄らぬ吉報にクルトは歓喜した。
家臣の中で最も信頼したバイロンの息子、幾度か登城した事もあるシグルド。
愚直だが誠実で剣腕を高めている彼の将来をクルトは期待していたのだ。
「ただちにここに通せ!」
「ははっ」
……襖を閉じてシグルドを呼びに行くフィラートの背を、レプトール、ランゴバルトの両名は苦虫を噛み潰す思いで見送った。
(うつけめ…一人も生かすなと命じたではないか…)
45 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 シグルドの章 士道と権道 [sage] 投稿日: 2011/01/05(水) 22:06:16 ID:xVo5k7bI
死地を脱したシグルド達は吹雪に方向を失い彷徨いながらも辛うじてグランベルの城に辿り着いたのだ。
暖かい物が振舞われ暖をとったシグルドは早速評定の席に呼ばれて様々な事をクルトに話した。
夜陰に紛れて黒装束の集団が屋敷を襲った事、父バイロンが炎の妖術使いに討たれた事…
辛うじて屋敷を逃れこの城を目指してきた事…
「父の仇も討てず…無念でござりまする…」
「今の言葉を聞いたか皆の者。いまだ十の童ながら立派な武士の子じゃ。バイロンの跡取りとして期待しておるぞ」
「ありがたきお言葉…」
「ふむぅ…しかしながらそちの年で家督を継ぐのは無理があるのう」
それに異を唱えたのがレプトールである。
「お待ちくだされ殿。ならばそれがしが後見人となりましょうぞ。それならば家督を継ぐに支障ありますまい」
「そうじゃな。まだ領地や御家を治めるには早いであろう。
 レプトール。諸事面倒を見てやってくれ」
この言葉にシグルドは救われた思いがした。
自分は未だ十歳、それも養子でありバイロンと血は繋がらない。
それを考えると家督を継ぐ許しを得られなかったとしてもおかしくは無かった。
それはすなわち御家断絶。バイロンが守ってきたシアルフィの家が終わるということである。
武士にとって自身の家はよって立つものであり断絶などは耐え難いことであった。
この時シグルドの目には後見人を名乗り出てクルトに取り成しをしてくれたレプトールの姿は地獄に仏と映ったものだ。
「レプトール殿!かたじけのうござる!」
深々と頭を下げるシグルドにレプトールは鷹揚に頷いた。
「なに、バイロン殿には儂も世話になった。その恩返しと思えば安いものじゃ。
 これからは儂を父と思ってかまわぬゆえ万事頼るがよい」
「ははっ!」

内心レプトールはほくそえんだ。
十の童などどうとでも出来る…ましてこの人の良さそうな小童を操る事など造作もない。
バイロンの旧領二万五千石とシアルフィの武士団はこうしてレプトールの手に預けられる事となる……

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侍エムブレム戦国伝 生誕編
 
~ ヘクトルの章 無宿渡世 ~