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Last-modified: 2011-06-02 (木) 21:11:45

328 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリカの章 仏罰 [sage] 投稿日: 2011/04/04(月) 14:35:34.17 ID:20/iWTwW
寒風吹きすさぶよく冷える夜の事―――――
ギシギシと音を立てて板張りの廊下を歩んでいたノーマ和尚は子供のすすり泣く声を聞いた。
これは異な事と思い、泣き声のする方に足を向ける。

そこは薄暗い部屋であった。
ミラ仏の仏像がいくつも置かれている広い部屋の中央にすすり泣く赤い髪の娘がいる。
とうに寝たものと思っていたノーマは小さく溜息を吐くと娘に歩み寄った。
「これセリカ。この様な夜更けにいったいどうしたのじゃ?」
「和尚様、和尚様は嘘をつかれたのですか?」
話が見えない。
なんの事かと先を促すと娘は仏像の一つを指差した。
「和尚様はミラの仏様はお心優しいものとおっしゃいました。
 なのにこちらのミラ様は恐ろしいお顔をしておられます」

それは剣を手にし今まさに術を放たんとする巨像だった。
仏説に伝わる悪神ドーマとの戦いの一幕を再現した像である。
眼前の敵を睨みすえる恐ろしい形相をしたミラ。
猛り立った戦意と怒りが形となったようであった。
セリカのような幼い娘が薄暗い部屋で見てしまったらそれはそれは恐ろしく映るであろう。
ノーマはしばし口を閉ざし…言葉を選んで語りかけた。

「ミラ様はお心優しくてあられる。じゃがこちらのミラ様は悪い魔物を降参させるためにあえて恐ろしいお顔をされておられるのじゃ。
 お顔は恐ろしいがお心はお優しくあられるのじゃよ」
「悪戯した子を叱る時の和尚様みたい…」
「…御仏も時には心を鬼にするものじゃ。そなたに語って聞かせておる仏説にもそういう話はあるしのう。
 悲しい事かも知れぬが仏はこの世に慈愛のみ降り注ぐ方ではない。厳格な裁定者でもあるのじゃ。
 地獄というものがあるのも仏敵や悪人が絶えないからじゃな…おお、まだセリカには難しい話であったかのう。
 さ、もう寝なさい」

セリカの手を引いて他の子達が雑魚寝している部屋へと連れて行った。
メイもジェニーもよく眠っている。
みな戦乱で親を亡くした孤児や捨て子たちだ。この子達だけではない。
ここミラ宗の総本山ノーヴァ寺院にはこうした子が何百人も養われている。
セリカを寝かしつけて部屋を出たノーマは心の中で念仏を唱えた。
子等に幸あれと祈らずにはいられなかった。

都の南方ソフィア国を中心に栄えるミラ宗は紋章国仏教の中でも大きな勢力を持っており各地に信徒がいる。
総本山たるノーヴァ寺院には数千人の僧侶がおり全国の信徒の数も多く、
最近ソフィア国を下克上で支配した大名ドゼーといえどもうかつに手を出せる存在ではない。
この寺にセリカが引き取られたのは九年前の事である。
何も珍しい事ではない。他の子供達と同じような事情であった。
329 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリカの章 仏罰 [sage] 投稿日: 2011/04/04(月) 14:36:19.95 ID:20/iWTwW
九年前のその日―――――
近郊の村で行われた葬式の帰り道…
数人の仏弟子を連れて歩いていたノーマは道の傍らにうち捨てられた遺体を見かけた。
見たところ旅の商人のようだ。
盗賊にでも襲われたのであろう。荷物袋が空になっていた。
まだ遺体が新しいところを見ると彼が襲われたのは数時間前の事のようだ。
荒んだ世の中を憂いつつノーマは供養をしてやろうと遺体に歩み寄り…赤子の泣き声を聞いた。
うつぶせに倒れて死んでいる中年の男が抱きしめていたのはまだ生まれて間もない赤子であった。
ノーマは弟子たちを顧みて呟いた。
「…よく見るがいい。我が子を身を盾にして守り抜いたのであろう。
 親の情愛の深いことじゃ…」
実際にはこの子供は死した男…マリナスという商人の養子であったがそこまではノーマの知るところではない。
ノーマはマリナスの腕の中から赤子を抱き上げた。
赤子の産着には名札が差し込まれていたが……泥で酷く汚れてしまっていた。
五、六字程度の名前のようであったが…かろうじて読み取れたのは五文字目のセの一字のみ。
「…セ…か…今日よりこの子はセリカと名付けよう…本当の名前から一文字でも入っておったほうが父親も喜ぶじゃろうて」
この日より新たな名を得た少女はノーヴァ寺院で他の多くの子達と共に育てられる事となった。

仏弟子として育てられたセリカは熱心に仏説やお経を読んだ。
術も学んだ。他の子達と比べても信心は篤い方であっただろう。
年少の子の面倒をよくみたし年長者の言う事はよく聞いた。
その成長をノーマは瞳を細めて微笑ましく見守っていた。
330 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリカの章 仏罰 [sage] 投稿日: 2011/04/04(月) 14:37:57.64 ID:20/iWTwW
ある日の事である。
その日のセリカは問答に勤しんでいた。
「和尚様、ミラ様の慈悲の教えがあまねく紋章の国に広まれば戦乱は収まり人々は救われるはずです。
 なのにどうして戦は収まらず世は混沌としているのでしょうか?」
「うむ…戦というものは人の宿業と儂は考えておる。
 それにの…我が国はミラ宗の信徒ばかりではない。
 仏道のみを取っても多くの宗派があるし、この国の帝は神道じゃしな…
 じゃが開祖リプリカ上人が仏道を学んで大陸より帰って以来五百年…地道に信徒は増えておるし焦る事はないぞセリカ」
不満気に口を閉ざす弟子にノーマは穏やかに語りかけた。
「仏道にも様々な解釈があるのじゃよ。それこそ人の数だけな。
 一国を救うなどという事は儂らのみでできることではない」

何を思ったかその日以来セリカは修行の合間に異宗の経典に目を通すようになった。
時には大陸や異国の書物まで読み漁った。
幸いというべきかミラの総本山であるノーヴァ寺院には多くの経典や神学仏学研究の為、異教の文物が多く保管されていたのだ。
瞑想に耽る時間も長くなった。
ノーマはそれをセリカなりに神仏と対話して…己の内を見つめているのであろうと微笑ましく見守っていたが…
あるいはこの時ノーマがセリカをもっとよく見ていたらこの後の歴史の展開は違った物になっていたかも知れない。
セリカはノーマが思うより遥かに外向きで状況を変えようという意欲に満ち溢れていたのだ。
良くも悪くも…それは衆生を救おうとする熱心さ…信心深さゆえの事であったが。

強烈な意思と個性はカリスマを帯びる物。
自然とセリカの周囲には同世代の子供達が集まるようになっていった…
ボーイもメイもジェニーも…彼らはセリカの話をよく聞きその考え方に影響を深めていった。

ノーマは知る由もない。
数年後にはこの総本山が巨大な石垣と塀に取り囲まれあたかも城のような様相を呈する事を。
知る由もない。
多くの僧が武具を纏い僧兵として刃を振るう事を。
知る由もない。
多くの武装した信徒が集まりミラ宗一揆が始まる事を。

老僧が施した慈悲が…救い出した一人の赤子が多くの流血をもたらす事を。
正義は野望以上に災厄をもたらしうる事を。

次回

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