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Last-modified: 2012-08-21 (火) 15:25:27

「一枚葉の盗賊たちの事を聞きたいって? ならまずは一杯奢ってもらおうじゃないか。
 いや、三杯だな。どっかで連中の耳に入ったら僕の首が飛ぶような話なんだ。それくらいしてもらってもバチは当たらないさ」
ボロを纏ったみすぼらしい男は長椅子に腰を下ろすと運ばれてきた酒に口を付けた。
話の先を急かす商人にボロを纏った男はもったいぶって口を紡ぐ。
商人が酒や食い物を薦めるたびに男の口は滑らかになった。
「一枚葉…その名前を聞くようになったのは五、六年前からかな。
 連中は都の闇を蠢く悪党どもさ。食うためならなんでもする。
 盗み殺しなんて朝飯前の畜生どもだ」

彼らの多くは打ち捨てられた孤児や浮浪児らしい。
食う事生き延びる事が全ての彼らはなんでもする。
どんな非道をも厭わない。
まだ若い連中が多いが首領は相当な手練手管の持ち主として評判となっていた。
牢破りなど当然のようにこなしてしまう。
検非違使に捕らわれても処刑までに影も形もいなくなってしまうのだ。
彼に言わせれば牢に入るという事はその日の宿を得る…と言う事らしい。

話を聞いていた商人は相槌を打ちながら時折質問をはさむ。
話の上手い男だ。愛想もよく聞く事に長けている。

「それほどの腕前ならさぞかし稼いでいるのでしょうね」
団子をほお張っていた浮浪者は大業に頷いてみせる。
「都のあちこちに金を隠してるって噂がある。
 嘘か誠かは知らないがありそうな話ではあるね」
「一枚葉がそれほど都を騒がせているのにその話をしてくださる方も少なくて困ります」
「当然さ。奴らは容赦が無い。
 自分たちの事を役人に語った町人が翌朝は川に浮いてた…なんて二年くらい前はよくあった話さ。
 今では誰もが恐れて口を閉ざす」
浮浪者は上手そうに団子を平らげると途端に口が重くなった。
商人は嫌な顔一つせずに彼に小銭を握らせてやる。

727 :侍エムブレム戦国伝 リーフの章 闇夜の盗賊:2011/06/25(土) 20:27:00.80 ID:cV5A5JD8

「君…つなぎが取りたいんだろう?」
「違いありませんね。都に来てようやく見つけた手がかりです。貴方はその首領を知っているのでしょう?」
「知っているといえば知っている。だがあんな悪党に会ってどうする気だい?
 下手を打てば明日は冷たい土の下で眠る事になる」
浮浪者の言葉は淡々としている。
それだけに事実を語っているという重みがあった。
だが商人はひるんだ様子もない。
「商売と申しますものはそれはそれで命がけなのですよ。
 栄華を誇った大商人が翌朝には借財を背負い奴隷船に乗せられて売られてゆくなんて珍しくも無い事です。
 とりわけ大金を手にしようと思えばね。相応の危険を背負う事になる」
「商人が銭を欲しがるのは本能のようなものだね。
 だがそこまで危ない橋を渡りたがる奴はそうはいない」
浮浪者は飄々とした態度を崩さない。
それに対する商人もまた落ち着いた表情を崩すことは無い。
「そこまでする価値のある事なのですよ。
 貴方が私が追い詰められて自暴自棄に賭けに出ていると思うかも知れない。
 否定はしませんが見返りは大きい……茶番はもういいでしょう…首領…」
場の空気が一変した。
凍りついた空気が都の裏路地に満ちていくようだ。
「……ふふ……馬鹿では無いようだね」
「お褒めいただき光栄至極……貴方の事を嗅ぎ回ればどこかでは接触できると踏んでいました」
「興味が沸いたのでね。役人でも無い商人が僕を探していると……なるほど。とんだ命知らずだ。
 だが…どうなのかな? 僕が今ここで抜いたら君を助ける奴はいない」
首領の手はすでに懐に収められている。
言うまでもなくその手はすでに短刀にかかっているのだろう。
商人は背筋に走る冷や汗を堪えつつも表情には出さずに淡々と告げていた。
あるいはそれが商人の覚悟の大きさを物語っているかもしれない。

728 :侍エムブレム戦国伝 リーフの章 闇夜の盗賊:2011/06/25(土) 20:27:36.19 ID:cV5A5JD8

「先ほども申しましたように危険が大きいほどに見返りもあるのですよ。
 貴方にとってもいい話を僕は持ってきたのです。
 聞いても損はないと思いますよ?」
「人を騙す奴の語り口はみなそうなのさ。
 こんな世の中で相手を信用するからには裏切られたら殺すくらいの覚悟が必要なのだよ。
 ワーレンの商人殿にはその気概がおありかね?」
「そう、それだけの事を僕は覚悟している。幾重にも手は打ってきた。あとは貴方が必要なのです。
 どうです? 二人で世の中を動かしてみませんか?」
「……言う事のでかい奴は信用できない」
「なら腹を割りましょう。世の中なんてどうでもいい。僕が動くのは女のためです。
 ただの欲望です。自分の求めるもののためです」
浮浪者の姿をした盗賊は小さく瞳を見開いたかに見える。
「…相当の銭を動かさなくてはえられないというのかい?
 随分と高い…」
「そう…僕にとってはそれだけの価値がある」
きっぱりと言い切る商人の瞳には迷いは無い。
彼の言葉を聞いて盗賊の胸によぎるものはなんであっただろうか。

「……女は恐ろしいよ。男の人生の要所要所に現れてはその人生を動かしてしまう」
「それだけの力があるのですよ。少なくとも僕にとってはね」
盗賊は懐からそっと手を抜いた。
何も握っていないと示すかのように両手を開いてみせる。
「具体的な話を聞こうか」
「ええ、ですがその前に名乗っておきます。
 私はワーレンの商人マルス。契約が終わるまでの間、どうぞよろしく」
それに応じる盗賊は凍りついたかのような表情を崩さない。
「リーフ…そう呼ぶといい。分け前の話題をしよう。少なくともこちらはそちらが誠意を見せる限りは裏切らない。
 盗賊の言葉は信用できないだろうがそれは君の受け取り方次第さ。
 逆に…裏切るなら命をもって償う事になる」
「ええ…我々商人にとって契約とは神聖なものです。
 違えるならそれも覚悟の事。さ、場所を変えましょうか……」

二人の男は都の暗がりへと消えていった……

次回

侍エムブレム戦国伝 邂逅編 

~ シグルドの章 決死行 ~