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Last-modified: 2012-08-22 (水) 19:57:35

544 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 エリンシアの章 懐に帯びる一本の刃:2011/07/30(土) 20:15:58.07 ID:DEnRPURx

「随分と過保護な事ではないか、ええ? 龍神よ?」
「…そなたの民のこの所の暴虐、いささか目に余ると思うたのでな」
「是非も無い。乱が極まれば治が始まり、治が極まれば乱が起こる。大陸の歴史はその繰り返しよ。
 好きにさせておけばよいのだ。いつまでも我々があれこれ手を出すものではない」
「…和をもって尊しとなす。我が主アスタルテ様はかつて神勅を下された。儂には捨て置く事はできぬ」
「好きにするがいい。私の預かり知る事ではない。狼が縄張りの外で戦えるかどうか。縄張りが広がるかどうか。
 それを判断するのは当人達だ。いつまでも私が面倒を見るものでもあるまい」
「…それはそなたの民にいささか厳しいのではないか?」
「ならばここでそなたと私が一戦交えようか? それも面白いが子の喧嘩に親が出るものでもあるまい。
 そなたが何をしようと私は知らぬ。それよりも一献飲らぬか?分捕り品だが私の祭壇によい酒が献じられたのだ」
「そなたはもらう物はもらうのに面倒は見ぬと言うのか?」
「縄張りは揺り篭だ。そこに納まる赤子なら面倒を見るさ。だが今やその地を出て久しい。
 子が親に忠孝を尽くすのは当然だが大人が親に頼るのは恥であろうよ。そら、飲め。そなたと酒を酌み交わすのは何百年ぶりになろうかな」

~ どことも知れぬ場所の誰も知らぬ龍宮にて ~

炎正十三年一月二十九日。
西国クリミアは本城メリオルの城は朝廷よりの使者を迎えていた。
この国を治める大名ジョフレは正装をし上座に使者を出迎える。
いくら権威が失墜したとはいえ朝廷は朝廷、帝は帝である。
格式は守らねばならない。

上座に座した大納言エイリークは重々しい声を絞り出して帝より預けられた文を読み上げる。
「西方は大陸よりサカが我が国に野心を抱いておる折に、西の守りを預かるべきクリミアとデインが争うておる事は真に遺憾であり、
 朕これを戒めるもの也。朝臣として尊皇の志あらば矛を収めともに相携えて西の守りを固めんと欲す」
文を読み終えたエイリークは場に集まったクリミアの重臣たちを見渡す。
予想はしていたが不満げな顔をしている者が多い。
そのうちの一人。侍大将ルドベックが口火を切った。
「お待ちあれ。我がクリミアとデインは戦う事三十九年に及びまする。ここに居並ぶ将たちの中にも父や兄弟を討たれた者が少なからずござる。
 ましてデインの大名アシュナードは自ら我らが殿となるべきお方であったレニング様の首を取ってござる。
 いまさら轡を並べて戦うなど考えられませぬぞ使者殿。この仇を討たずしてなんの武門か」
その言葉に周囲の者達も同調して声を挙げ始めた。
「左様、奴らとは共に天を戴くべきではない」
「いかに帝の勅命とあっても受け入れられませんぞ」
彼らを諌めるべき大名ジョフレはうろたえて家臣たちとエイリークを交互に見つめるばかりだ。

545 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 エリンシアの章 懐に帯びる一本の刃:2011/07/30(土) 20:16:43.29 ID:DEnRPURx

この時エイリークはジョフレが家臣を充分に掌握していない事を悟った。
聞けば入り婿で大名になったらしく元は一臣下の身だったという。
それでは侮られてもやむをえないのかも知れない。
本来大上段に構えるのは好きではないが…エイリークは大きく息を吸い込んだ。
「黙らっしゃい!」
周囲を圧する圧力が場に満ちていく。
「そなたらは畏れ多くも帝の勅命を反故にせんとするのですか。そなたらが相争う間にサカの大軍が西国を踏み荒らしたらなんといって天下万民にお詫びをするのですか。
 一族郎党腹を切った程度で済むとお思いか」
場は一瞬静まり返った。だがルドベックが再び口を開く。
「使者殿はそう言われるが和議は両者納得の上で初めて成立するもの。
 我らはまだしもあのアシュナードが受け入れましょうか?
 奴めは旧習を無視し西国を荒らした例、枚挙に暇ありませぬぞ。尊皇の心など欠片も見出す事はできませぬ」
「それはそなたらが心配する事ではありませぬ。このエイリーク、これよりクリミアを発ってデインに向かいます。
 そなたらは和議の会談の用意をして待たれなさい。よろしいか? まだ朝命に異議のある者はおりませぬか?」
強烈な意思を込めて周囲を睨みつける。
中には帝の威光をかさにきて威張りおって…との不満を抱いた者もいるようだがこの程度の事ができぬようでは使者などとても務まりはしない。
エイリークは無理やりに場を纏めると早々に客間へと引き上げていった。

「殿…よろしいのですか?我らレニング様の仇と肩を並べる気にはなれませぬぞ!」
武将たちがジョフレに詰め寄る。
ジョフレは痛みそうになる腹を押さえながらどうにか彼らを宥めねばならなかった。
「あ…ああうむ…そなたらの気持ちはよーくわかる。わかるがここはこらえてくれい。
 使者殿の言うとおりここで戦っておっては我らが領地は大陸の兵に踏み荒らされてしまう。これは一時の和と思うてこらえてくれい…」

こうしてクリミアという一国での大事が天守閣で述べられた一方。
客間では別の大事が起こっていた。

客間ではエイリークの供をしていた巫女のミカヤが旅の疲れを癒していたが、彼女は供応役の侍女達に当家の奥方であるエリンシアとの面会を願い出たのだ。
それはよい。それはよいがその時の言葉が上手くなかった。
「この国の亡き先代ラモン様と我が父とは親しいお付き合いがございました。私の妹が一人ラモン様の養子として引き取られたと伺っておりまする」
侍女達は怪訝そうに顔を見合わせる。誰の事を言っているのか?
「エリンシア…様にお取次ぎ願います。私はミカヤ。エリンシア様の実姉に当たる者です」
たとえ血の繋がりがあれども一度もあった事は無い身。まして相手は大名の奥方だ。
ミカヤなりに慎重に言葉は選んだつもりであった。だが……

それはささやかな願いではあったがそれを認める事はかなわないのである。
エリンシアはいまやラモンの実子。それを否定する事はもはやクリミアを滅ぼす事に等しい。
「奥方様…これはどうした事にございましょう?」
侍女達は顔を見合わせてエリンシアに事の次第を申し伝えた。
ジョフレがどうにか大名と臣下や民衆から認められているのはラモンの血を継ぐ……という事になっている自分の婿に入ったからだ。
血統ゆえの正当性が否定されれば一臣下に過ぎなかったジョフレの風下に立つを面白からず思っているルドベックをはじめとする諸将はたちまち離反してしまうだろう。
ユリシーズが骨を折った工作がすべて水の泡になってしまう。
「……知りませぬ。わらわはたしかに先代の実子。先代は他に子などおりませぬ。
 その者は何か勘違いをなさっておいでなのでしょう。それよりもそなたら、この事は他言無用。
 いらぬ流言を起こすようなことがあってはなりませぬ」
きつい口調で侍女たちに厳命するとエリンシアは家老のユリシーズを呼び出した。
彼が来るまでの間……エリンシアは決して豪奢では無いが品よく纏められた自らの部屋の中を落ち着き無く歩き回る。
わかってはいる。自分は本来は養子としてこの家に入った身。実家に兄弟がいてもおかしくはあるまい。
だが……物心ついた時からクリミアの娘として育ち……まして大名家としてクリミアの民草に重い責任を負っている身だ。
情に置いては忍びないが知らぬ存ぜぬを決めこむよりあるまい。
それに冷たいようだが一度も会った事の無い姉よりもエリンシアの心を占める家族は、
夫のジョフレであり義姉のルキノであり亡き養父のラモンであり、エリンシアを慈しみ武術を教えてくれた叔父のレニングであった、

546 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 エリンシアの章 懐に帯びる一本の刃:2011/07/30(土) 20:17:24.22 ID:DEnRPURx

ほどなくしてエリンシアの意を受けたユリシーズがミカヤの客間を訪ねる。
彼も心苦しくはあったが……
「巫女殿は何か誤解をされておられる。エリンシア様は確かに先代の実子。ご兄弟はおりませぬぞ?」
「え?し…しかし私が父より受けた手紙には確かに……」
ミカヤに引く気配が無いと悟るとユリシーズは声を低めた。
まず障子の向こうに気配が無いか伺ってから小さく「お耳を…」とミカヤに囁きかける。
「…恥ずかしながら…今のクリミアが治まっておりますのはエリンシア様が先代の子という…そういう事にしている一点に他なりませぬ。
 この正当性が失われればジョフレ様に従う事をよしとせぬ者共はたちまち謀反を起こしまする。
 クリミアの民草が戦に焼かれぬためにもどうか堪えていただきたい。
 兄弟の情誼は天下国家の安寧と引き換えにはできぬのです」
「……………」
その場に長い沈黙が訪れる。それを破ったのは巫女の肩に乗っていた小鳥であった。
「ああん?それが遥々何十里も歩いて尋ねてきた姉上への返事だっつーの!?
 お宅の奥方の躾けはどーなってんのよコラ!顔くれー見せたっていいじゃないのこのチョビ髭!」
「お静かに!」
一瞬面食らったユリシーズではあるが大声を出してユンヌの声を掻き消す。
「…何者が聞いているやもわかりませぬ。どこからか他の者に漏れるともわかりませぬ。
 お引き合わせる事かないませぬ…申し訳ござらぬがどうか…どうかご理解いただきたい」
瞳を閉じて沈黙を守っていたミカヤはその胸に何を想ったのであろうか。
だがしばしの時がすぎ……
「わかりました。我侭を言って申し訳ございません。なれど…一つだけ貴方様の口からお伝え願います。
 姉はどこにいても妹の幸福と御家の安寧を祈っているとお伝えくださいまし。クリミアの方々に神々の恩寵がありますように」
「かたじけのうござる…」
部屋を出るユリシーズを見送ったユンヌはミカヤに囁きかける。
この我侭で破天荒な女神らしからぬ声色はミカヤを気遣っている事を伺わせる。
常に感情がはっきり出るのがこの女神らしい。
「いいの? ミカヤ?」
「…そうね…寂しくはあるけれど…みなそれぞれの生を生きているのだもの。エリンシアが元気で頑張っているとわかれば私には充分よ…」
まだ春を感じるには遥か遠い季節の事であった。

その翌日。
エイリークはデインへ向けて発った。
今度は帝の文をデインに届けアシュナードを和議の席へ引っ張り出さねばならない。
デインはクリミアの北隣の隣国だ。
だがミカヤの目的地は南であった。
「…神託が告げているの。求めるものが南にある。南…山……その場がきっとちかい…
 はっきりしてきている…神の声が…」
「姉上…それはこの危急を救いえるものなのでしょうか?」
「きっとね…デギンハンザー様は頑固だけれど慈しみの深い神様よ。その昔アスタルテ様と約束をされているの。
 龍神として武神としてこの国を守るとね。信仰が廃れた今やせめてご自分にできるをなさろうとしているのよ。
 私を通して何かを伝えてきている」
「わかりました姉上。それではお互いに出来る事をなしましょう。私は北へ…姉上は南へ…
 またお会いする日を楽しみにしております。ユンヌ様。姉上をどうぞよろしくお願いしたします」
肩の上の小鳥は偉そうに踏ん反り返る。
「姉の面倒を見たお礼は後日都で三日三晩の宴会でいいわ。特に酒飲ませい酒」
どうにもこの神を見ていると気が抜けるというか心が軽くなる。
くすくすと小さく微笑みながらエイリークは後日の再会を約束して北へと向かった。

547 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 エリンシアの章 懐に帯びる一本の刃:2011/07/30(土) 20:18:58.30 ID:DEnRPURx

それから一週間……エイリークを出迎えたデインの大名アシュナードは周囲が拍子抜けするほどあっさりとクリミアとの会談に応じた。
しかしながらその条件の一つに人々は目を見張った。
「クリミアの正統は今の奥方であると聞く。ならば儂と奥方で話を付けるのが筋であろう。
 臣下での小童では話にならぬ」
エイリークが今の大名はジョフレであると説いてもこの一点のみをアシュナードは譲らなかったのだ。
クリミア方でも異論はあったが結局はこれを飲まざるを得なかった。
こうして数日後に両者はデインクリミアの国境に位置するオルリベスの寺で会談を持つ事と相成った。
寺は基本的に中立地帯であり、敵国同士の交渉や会談に場を貸すというのはこの時代ではよくあったことである。
「こちらでございます」
住職のキルロイがクリミア側の一行を案内する。
エリンシアは白備えの鎧に身を包み万一に備えている。
随伴するのは夫のジョフレと家老のユリシーズ、他数名の者だ。
寺の堂内にはすでにデインの大名アシュナードが傲然たる姿を見せ、ブライスやプラハといった者達が控えている。
「おうよくぞ来られたなクリミアの奥方とそのおまけの大名よ」
さっそくの言葉にクリミア側はいきりたった。
「そ…その言葉無礼であろう!」
噛み付いたジョフレに対するアシュナードの嘲りは止まらない。
「自らの武を持って掴み取るにあらず。女の手にしがみついてやっと大名になった程度の男が儂と対等の口を聞くつもりか?」
悔しそうに唇を噛みしめるジョフレの前に出たのは堂々たる武者姿のエリンシアだ。
「アシュナード…私の夫を侮辱する事は許しませんよ?」
「許さねばどうする?ここで一戦交えるか?儂は一向に構わぬが」
ここで帝の勅使として場の成り行きを見守っていたエイリークが口を開いた。
「お控えなさい!そなたは帝の御意に背き奉りそのお心を軽んじて和議の詔を台無しにするおつもりか!」
…告げる事はかなわぬがエイリークにとってもエリンシアは姉である。
それが軽んじられてはエイリークとて面白くは無い。
次いで住職のキルロイも穏やかな口調で懇々と諭した。
「ここは御仏の教えを説く場。刃を抜く事まかりなりませぬぞ」
「ほう…」
だがアシュナードは不遜な態度を崩さない。力のみを頼みとするこの男には朝廷の権威も仏の威光も一切が関わりなかった。
ただ武威のみがあった。
「ならば帝や仏の威光を持って儂の口を閉ざすがよい。そなたらにそれができようか?」
彼はデインに伝わる名刀グルグラントを堂々と抜き放った。

548 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 エリンシアの章 懐に帯びる一本の刃:2011/07/30(土) 20:19:49.09 ID:DEnRPURx

この時代の作法に背く暴虐な振る舞いにクリミア側は青ざめた。だがただ一人エリンシアのみは落ち着き払った姿を崩さない。
静かに佇むエリンシアにアシュナードは瞳を向けた。
「そなたとて儂が憎かろう? そなたの叔父レニングの首を取ったのはこの儂よ」
その一瞬…ほんの一瞬であったがジョフレは見逃さなかった。
日頃たおやかなるエリンシアの瞳に憎悪が宿るのを。
だがその口から出る言葉はアシュナードにかからんとする体を懸命に押さえ込んだ強い精神の言葉だった。
「私は帝の勅命とともに大陸の兵火から西国の民を守らんがためにデインとの和を望むものです。
 これが私どもクリミアの心と…回答とご理解ください」
言うが早いかエリンシアは腰に差した名刀アミーテを鞘ごと床に投げ出したのだ。
「ほう……」
ドシンと床を踏み鳴らしてアシュナードが巨躯を進める。
すでにエリンシアは彼の太刀の間合いだ。
抜き放たれたグルグラントが鋭い輝きを放っている。
思わずジョフレらが腰の物に手をやるのをエリンシアは片手を挙げて制した。
エイリークも息を呑む。なんという豪胆さだろうか。これが自分の姉上なのか。
エリンシアの目の前に立ったアシュナードは傲然と見下ろしながら殺気を放っている。
「その心とやらで儂の太刀が止められようか。んん?」
「アシュナード…私は甘い理想論のみで貴方の前に立ったのではありませんよ?」
その時である。エリンシアは咄嗟に懐から隠し刀…細い一振りの懐刀を抜き放ったのだ。
「私が貴方の間合いにあるように貴方も私の間合いにある。我らの心が入れられぬならば最後の一兵まで戦いぬく覚悟もまた出来ております。
 切らば切りなさい。なれどただでは死なぬ。貴方の腕の一本も道連れにしてくれましょう」
「ほぅ…これは…」
凍りついたかのように誰もが身動き一つ取れない。
誰かがゴクリと息を飲みこむ硬直した空気の中で最初に声を発したのはアシュナードであった。
「甘っちょろい戯言のみを申すのであらば大陸兵との戦にも糞の役にも立たぬ。味方とする価値も無しと斬るつもりであったが…
 面白いではないか。豪放ではないか。よかろう。貴様らと一時の和議を結んでやろう……ブライス、早々に軍議の用意をせよ!」
その言葉にようやく我を取り戻したジョフレもユリシーズを顧みる。
「和議は成った!諸将を集めてこれよりデインと共同で大陸軍を迎え撃つ支度をせよ!」

こうして世に言うオルリベス和約は成立しクリミアとデインは一時休戦して西国の西海岸に防御陣を築く事と相なったのである。

炎正十三年二月十二日の事であった。

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