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Last-modified: 2012-09-02 (日) 22:18:02

38 :侍エムブレム戦国伝 風雲編 ロイの章 咆哮:2012/06/02(土) 20:02:38.42 ID:l8vMYvxW
炎治五年…東国の情勢は混沌を極めていた。
東国の大半を領有し残るオスティア攻略も差して時間は掛かるまいと思われていた東国の雄ゼフィールではあるが、
炎正十三年にオスティアをネルガルが領有した事によりにわかに戦況は変わっていたのである。
妖術師ネルガルの操る同じ顔をした傀儡らはオスティアの城から際限なく湧き出してきておりこれらを討ち破る事はベルンの精鋭をもってしても容易な事ではない。
戦況は一進一退の呈を示しつつあり、ネルガルのオスティア支配とゼフィールとの争いが始まってより五年の歳月が過ぎ去っていた。

ここベルン本城では連日軍議が開かれていた。
上座にはこの年、二十二歳を迎える若き大名ゼフィールが座し居並ぶ列将を見据えている。
主な議題の中心は北国の平定を完成させたグランベルの大名アルヴィスの事であった。
武将の一人ゲイルが口を開く。
「みなも承知の通り、先月最後までアルヴィスに抵抗していたアグストリアが陥落した。
 この五年…名将エルトシャンのもとでよく持ちこたえていたのだが…」
「将が良くとも将を用いる大名が馬鹿じゃ飾りみたいなものさ。むしろ五年も持った方が驚きだろうよ。
 それでどうするか?奴が南下してくるならネルガルもろとも打ち砕くまでのことさ」
猛将ヴァイダが口を開く。
懸念はまさにそこにある。北国の平定を終えたアルヴィスはおそらく今後は都への上洛を狙って南下してくるであろう。
南北に弧を描くような形をしたこの国では北国から都を目指そうと思えば東国の通過は避けては通れない。
天下取りを目指すアルヴィスを阻むためには一刻も早く東国を平定し磐石の構えで戦わねばならぬのだが現状はネルガルと一進一退。
このままでは漁夫の利のごとく両軍戦い疲れたところをグランベルの大軍に蹂躙されてしまうだろう。
そのためにもグランベルが出兵の準備を終える前にゼフィールはネルガルを片付ける必要に迫られていたのだ。

臣下たちの口論を眺めながらゼフィールは顎を撫でた。
若干だが髭が濃くなってきたようだ。この間まではまめに剃っていたのだがいっそ伸ばすのもよいかも知れない。
天下を取るまで髭は剃らぬ…などと願掛けにもなろうか?
埒もない…他愛もない事を考えたものだ……自嘲的な笑みを浮かべるゼフィールに目線を向けてきたのは武将の一人ナーシェンである。
「…それがしに一計がありまするぞ。それがしにお任せくだされば一月を経ずしてネルガルの首を取ってご覧にいれましょう」
ナーシェンの言葉に将たちはどよめいた。
打ち倒しても打ち倒しても敵軍はオスティア城から無数に湧き出してくるのだ。
この五年間ベルンの精鋭たちが必死に戦って倒せなかった敵将をどうして容易く倒せるというのか?
ゲイルが不快げに口を開く。
「ナーシェン殿。大言されるからには相応の自信がおありなのであろうな?」
「当然だとも。将たるもの戦うからには必勝の方策を整えて当たるものよ。
 そなたたちはただ槍を振るうだけが戦とお思いのようだが戦とはここでするものだよ。ここでね」
嘲るような響きの声でナーシェンは自らの頭を指で小突いてみせた。
この男はこうして他者を見下すような悪癖があり、同輩には余り好かれてはいなかった。
マードックやブルーニャが無言で成り行きを見守る中、かっとしてゼフィールに向き直ったのはヴァイダである。
「殿!姦計を用いるなどベルン武士の名折れ!何卒我等にお命じください!正面から堂々と戦うべしと!」
だがゼフィールは片手を挙げてヴァイダを制するとナーシェンに目線を向けた。
「…今の言葉…間違いはあるまいな?」
「二言はございませんとも」
「よし…大言したからには責任を取れ。事が成った暁にはオスティアの統治はそなたに任せる。
 他の者は後備えに当たるがよい」
39 :侍エムブレム戦国伝 風雲編 ロイの章 咆哮:2012/06/02(土) 20:02:55.38 ID:l8vMYvxW
…こうして軍議がまとまり、諸将が一礼して退室する中、ただ一人マードックが微動だにせず座布団に座している。
おそらく何か一言言いたい事があるのだろう。ゼフィールは上座に留まりマードックに顎でしゃくるような仕草をして発言を促した。
この男の事は幼少からよく知っており概ね言いたい事は察している。
「…殿…あえて申し上げます。ナーシェンは少々知恵が回るだけの小人物。大事を任せるべきではございませぬ」
「だからこそだ」
「は?」
「うまくいけばそれもよし。奴がしくじればそれを理由に切り捨てるだけの事よ。天下取りには相応の人材を集めねばならぬ。
 父上の代からの譜代の臣というだけで将の座にあり続けるのは望ましくない」
マードックは深々と頭を下げた。
「そこまでお考えでしたら申し上げることはございません」
そう…ゼフィールは家臣団の整理を考えていたのだ。
父、デズモンドの代には父に媚びる事で能力も無く高位を得た者が少なからずいた。
ゼフィールはそうした者を疎んじていたが理由も無く地位から追っては謀反の恐れがある。
そこで彼らの手に負えない職務を与えてその失敗を期待していたのだ。まして自分から買って出た以上はどのような罰を受けても文句はいえまい。
それに…ナーシェンなど当てにはしない。ネルガルを討ち取るのは己の手で為さねばなるまい。
ナーシェンに限った事ではない。ゼフィールは心の奥では誰も信用していなかった。
長らく忠節を尽くしてくれたマードックやブルーニャにすら自分はどこかで心を閉ざしている。
「話はそれだけか?ならばもう下がるがよい」
「…御意に…」
深々と礼をして退室するマードックの背を見送るとゼフィールは深々と息を吐いた。
窓口から風が凪ぎ……蝋燭の炎が消え居室を闇が満たす。
囁きかけるような声が響いてきたのはこの時である。

「立派な大名ぶりだこと。天下のためには誰を捨石にするのもかまわないのですね?」
「そなたか……父上といいそなたといいあの世も存外退屈なものと見えるな?」
窓辺に姿を見せていたのは忘れもしないベルンの姫。ゼフィールの妹ギネヴィアである。
五年前から何も変わっていない。変わる筈もない。なぜならギネヴィアはもう年を取らないからだ。
「必要ならなんでもする。わらわの時も父上の時も…次はナーシェンの番?
 その次は誰でしょうや? ゲイルかヴァイダか…それともブルーニャ?マードック?」
「許せとは言わぬ。詫びるつもりもない。呪いたくば呪うがいい」
「天下平定のため…万民の安寧のためと申すのでしょう?
 結構な事。数百万の民のためならばわらわ達の死など小さな事。ですが兄上の本心はそうではないでしょう?
 何故なら兄上は民だろうが家族だろうが誰も他人の事を想っておられませぬ。いつまで寛大な名君の面を被り続けるのですか?」

どこか透き通ったような姿でおよそ存在感も質感も感じられないギネヴィアに向かってゼフィールは呟いた。
「この世の事は生者が為す。死者などせいぜい人の心を乱す程度の事しかできぬ弱者よ。
 暇ならばまた来るが良い。死者の繰言を聞くのもまた一興よ」
鼻で笑うとゼフィールは蝋燭に火を灯して窓辺にかざす。
そこにあったものはただ風に揺られてたなびく薄布に過ぎなかった。
40 :侍エムブレム戦国伝 風雲編 ロイの章 咆哮:2012/06/02(土) 20:03:18.51 ID:l8vMYvxW
さて…オスティアをネルガルが領有した今、元のオスティア大名ウーゼルは激減した手勢を連れて流軍と化し東国を転々としていた。
もはやネルガルと戦うだけの兵力は無く、かといって長年敵対したゼフィールの軍門に降る事もできずその進退は窮まりつつあったのだ。
今はトリア山の奥に作られた隠し砦に潜伏し息を押し殺すようにして東国の情勢を見守る日々である。
その中に…赤い髪をもった青年の姿があった。
やや細身ではあるが引き締まった肉体と長身を持ち鋭い眼光に燃えるような赤毛の若武者。
この年二十歳を迎えたこの男は大名ウーゼルの信頼厚き家臣にして片腕である。
彼は腰に鞘を差し、上半身をもろ肌脱ぎにして巻きわらの前に佇んでいた。
激戦を潜りぬいた武者らしくその体にはいくつかの古傷が残されているが特に大きな物は腹から胸にかけてついた太刀傷である。
かつてゼフィールと戦って受けたその傷は雪辱を望む証………武者の名をロイといった。

一瞬の剣閃が煌き、巻きわらが真っ二つになる。
裂帛の気合とともに放たれた居合いはよほどの者でなければ目に留める事もできなかったであろう。
「お見事なものですな」
従士のロウエンが呟く。だがロイは頭を振って彼の賞賛を否定した。
「いや…こんなものではなかった。ゼフィールの太刀筋はもっともっと鋭くて力強いものであった。
 まだ足りない…まだ勝てぬ…」
「お言葉ですがお館様とて拙者の目からは達人と映りまする。その親方様がそれほどまでに称するゼフィールとはそこまで強いのですか?」
「今の私の十倍は強いだろうよ」
ロイの太刀が鞘に納められる。
ウーゼルの軍の中ではその名を知らぬほどの男にこうまで言わしめるゼフィールとはどれほどの猛者なのか…
ロウエンは思いを致さざるを得なかった。
…あの日…オスティアを追われ…エリウッドが落命し…
その後ウーゼルらと合流してからは多くの激戦を潜り抜けロイはより逞しくなった。
今は立派なフェレ家の当主である。
元々フェレ家の当主エルバートはロイを養子に欲しがっており跡取りに考えているふしがあったが、
それは彼の死後にかなうこととなった。エルバートの妻エレノアはロイを養子に取り、ウーゼルも彼のフェレ家継承を認めた。
そのエレノアも二年前に亡くなり、今やロイは単身で家督を背負っている。

「ロウエン、巻きわらを持て」
「御意に」
ロイはさらに稽古を続けるつもりだ。
ロウエンは知っている。ロイは一日千回は太刀を振るう。
その鞘走りの音はあたかもより高きを目指そうとする若獅子の咆哮のごときものだ。
かつて天才と呼ばれながら真の天才の前に挫折を知った凡才は不屈の男として立ち上がった。
この方ならどこまでも強くなっていく。
歯を食いしばり修羅のごとき形相で巻きわらを断ち切る主の姿を見てロウエンは確信を強めていた。
41 :侍エムブレム戦国伝 風雲編 ロイの章 咆哮:2012/06/02(土) 20:03:34.71 ID:l8vMYvxW
その時である…
風の音に紛れて鐘の音が響き渡ったのは。
「敵襲!敵襲!すぐに備えよ!」
兵達が大声を発しながら走り回っている。
「何があった?」
ロウエンの言葉に足軽の一人が足を止めた。
「この隠し砦がネルガルに見つかりました。傀儡たちが山を登ってきます!ウーゼル様より直ちに迎え撃てとご命令を」
その言葉にロイは動じる色も無かった。
「ロウエン、私の鎧を持て。馬を引け」
「御意に」
ロイは燃える炎のごとき真紅の鎧に身を覆っていく。
兜には二本の角があつらわれており、戦場での彼の戦いぶりと相成ってその武勇は赤鬼に例えられるほどである。
ネルガルの軍勢がどれだけこようがびくともするまい。
その佇まいはそれをロウエンに信じさせるに充分なものであった。

やがてオスティア兵たちが砦の近辺を固め終えた頃…ネルガルの軍勢は姿を見せた。
漆黒の髪と金色の瞳を持つ同じ顔の兵団である。
彼らは決して死を恐れぬ幽鬼の如き者達であり無数に押し寄せてくる様はまさに脅威。
だが今回は少し勝手が違った。
彼らの先頭に様相の違う男が一人立っているのだ。
生気の無い顔をしている。
「あれは…?傀儡には時に死んだ猛者を加えている事があるが…その手合いか?」
砦の柵の上からその姿を認めたロウエンが呟く。
かつてのオズインがそうだったように死んだ強者をネルガルが傀儡に作り変えたのだろうか?
ならば油断のならない敵の筈だ。

その男は隆々たる筋肉に全身を覆った逞しい巨漢であり、青い髪を短くそろえている。
武器の類は持っておらず着物からもろ肌を脱いでその豪腕を誇示していた。
体には見事な刺青が彫られており、戦の場であるにもかかわらずどこか華やかだ。
存在感に溢れた大男は、しかしながら死者さながらの生気の無い瞳をオスティア軍に向けている。

「門を開けろ。私が討って出て奴を討ち取る。御殿様へのよい土産になろう」
その姿に戦意を刺激されたのであろう。若々しい猛々しさを持ってロイが歩み出た。
「お気をつけて。お館様…」

ロウエンは小さく呟くと砦の門を押し開いていった――――――

次回

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~ ヘクトルの章 魂 ~