8-169

Last-modified: 2008-03-10 (月) 22:09:15

■第1話

 それは、某年、2月12日の夜。

 たまたま姉妹だけが揃って、居間のコタツに入ってみかんを食べていた時のことだった。

セリカ 「ねぇエリンシア姉さん。明日、友達を家に呼んでもいい?」
エリンシア「えぇ、いいわよ」
セリカ 「みんなで一緒にチョコレートを作りたいの。お台所を借りても?」
エリンシア「ふふ、バレンタインの準備ね。もちろん大丈夫よ。
      私は出かける用事があるから、手伝ってはあげられないけど…」
セリカ 「うぅん、大丈夫。私もどこに何があるかくらいはわかっているし」
エリンシア「そうね、セリカはいつもお手伝いしてくれているものね」
リン  「何だか耳が痛いんだけど…」
エリンシア「あら、いいのよリン。気にしないで。人にはそれぞれ向き、不向きがあるものよ」
リン  「私、そんなにお料理に向いてない…?」
エリンシア「そ、そんなことないわ」
エイリーク「そうそう、ほら、前に作ってくれた鹿の丸焼き。とてもおいしかったもの」
ミカヤ 「そうですよ。材料の鹿から自分で獲ってくるなんて、なかなかできることではないのですから」
セリカ 「うん、リン姉さんは本当にすごいわ!」
リン  「そ、そう…?」
 嬉しそうな、はにかんだような笑みを浮かべる彼女の後ろから、
マルス 「繊細さの欠片もない料理なら上手だよね」
 と弟の声がかけられる。即座にリンがコタツから飛び出して、逃げるマルスを追いかけた。
リン  「マールースー!!」
マルス 「誉めたんですよ!」
リン  「帰ったらまず“ただいま”でしょうがー!!」
マルス 「そっち!?」

 そんな追いかけっこもいつものこと。

 翌日。

エスト 「お邪魔しまーす!」
カチュア「こらエスト、もう少し静かにしなさいよ」
パオラ 「お家の方にご迷惑をかけてはいけないわ」

 そう言いながらやって来たのは、ペガサス三姉妹こと、パオラ、カチュア、エストの三人だった。
 セリカにとっては学校こそ違うが、以前にちょっとした縁で知り合って以来、仲の良い女友達である。

セリカ 「うぅん、気にしないで。今日はみんな仕事や用事で出かけているから」
パオラ 「あら、そうなの? これ、おみやげに持ってきたのだけれど」
セリカ 「あ、マケドニア堂の飛竜まんじゅう!」
パオラ 「三日くらいは日持ちするから、また皆さんで召し上がって」
セリカ 「ありがとう! みんな大好きだから、喜んでくれるわ」

■第2話

 さっそくキッチンでチョコレート作りを始めつつも、
 この日に年頃の少女が四人揃えば当然、話題は恋愛に関することになる。

エスト 「でもみんな留守かぁ。そうだよね、今日だけはアルムがいたら、セリカも困るしねー」
パオラ 「グレイくんたちが連れ出してくれているんですってね」
エスト 「好きな人と距離が近すぎるっていうのも大変だよね~」
カチュア「でも、遠すぎるよりはいいわよ」
エスト 「そりゃ、カチュア姉様はね…(にやにや)」
セリカ 「え? 私、カチュアの好きな人の話って聞いたことないわ」
カチュア「い、いいの! エストの言っている人は、その…
     好きとかそういうんじゃなくて、単なる憧れ…みたいなものなんだから!」
セリカ 「同じアカネイア学園の人?」
カチュア「う、うん…まぁ…でも、とても人望のある人で、
     いつも周りにたくさんの人がいるから…正直、チョコも渡せるかどうかわからないの…」
セリカ 「そうなんだ…」
エスト 「カチュア姉様はこういことには意気地がないんだから。やってみなくちゃわからないのに!」
カチュア「それは、アンタの押しが強すぎるだけ!」
パオラ 「でも案外、エストの言うとおりかもね…」
エスト 「そうそう! 好きなら好きって言った方がいいよ。
     好きって言われて、嫌な気分になる人なんていないって。
     そりゃ、私が好きだからあなたも私のこと好きになってー!とか言われたら鬱陶しいだろうけどさ」
カチュア「べ、別に私はそんなつもりはないもん! 大体、あの人にはもう立派な恋人がいるんだし…」
パオラ 「ただ、好きだから笑顔でいてほしいのよね…。となりにいるのが自分じゃなくても」
カチュア「うん…」
セリカ 「そう…二人とも、やさしいのね」
エスト 「あたしの自慢の姉様たちだもの!」
カチュア「あ、あのね……そ、そういうのを大声で言わないでよ…」
エスト 「だって本当にそう思うもーん」
パオラ 「エストったら…」
セリカ 「わかるわ。私も弟はいるけど、姉妹の中じゃ末っ子だもの。姉さんたちは私の誇りなの」
エスト 「ねーっ!」
セリカ 「あ、そうだ! 私の兄もひとり、アカネイア学園に通っているの。
     お願いすればきっと、カチュアの好きな人にチョコを渡せる機会を作ってくれるわ」
カチュア「え…! そ、そんなの悪いわ。まずは自分で頑張ってみるから…!」
セリカ 「そう…?」
エスト 「セリカのお兄さんって、ウチの学校に通ってたんだ!
     兄弟が多いとは聞いていたけど、そういえばあんまり詳しく聞いたことないなぁ」
セリカ 「そういえばそうかも…。みんなの話を聞く方が楽しいから、ついつい忘れちゃうの」

 そこに、「ただいまぁ」と玄関から声が響いた。

エスト 「あ、誰か帰ってきたね」
パオラ 「それじゃあ、ご挨拶しないとね」
カチュア「て、ていうか…あの声…」

セリカ 「おかえり、マルス兄さん!」

 玄関に向かって張り上げられたセリカの言葉に、三姉妹が凍りついた。

■第3話

マルス 「いい匂いだね。お菓子作り?」

 そう言ってキッチンに顔を見せたマルスは、あれ、と目を丸くした。

エスト 「うわー! マルス先輩があらわれたー!!」
マルス 「…ぼく、どこかのRPGのモンスターみたいだね」
カチュア「え、エスト! 失礼なこと言わないで!」
セリカ 「え? 知り合いなの?」
マルス 「同じ学校だよ。カチュアとはクラスも一緒だし、パオラ先輩とは生徒会の仲間だし。
     エストはアベルと仲が良いから、ぼくもよく会うし」
セリカ 「そうだったんだ…」
パオラ 「お邪魔しております、マルスさん」
マルス 「ようこそ、パオラ先輩。今日来るセリカの友達って、先輩たちだったんだね。
     そういえば、以前に天馬術の大会の合宿でバレンシア学園に行ったって言っていたっけ」
パオラ 「えぇ、そのときにセリカと出会って…。
     でも、まさかマルスさんの妹さんだったなんて思いませんでしたわ」
マルス 「そうだね。うちの兄弟は、一見しただけじゃわからないからなぁ」
カチュア「びびびびびビックリしました!!!」
マルス 「きっと縁があるんだね。これからもセリカと仲良くしてあげて」
カチュア「ははははははい!!!」
マルス 「カチュア…顔が赤いけど、大丈夫?」
カチュア「だだだだだだいじょうぶです!!! ちょ、チョコを湯煎していたから暑くって!」
マルス 「あ、もしかしてバレンタインのチョコレート作り?
     そうかぁ…三人とも人気があるから、明日は賑やかになるだろうね。誰にあげるか、聞いてもいい?」
パオラ 「私はぜんぶ義理チョコですわ。もちろんマルスさんの分も用意しますわね。ねえ、カチュア」
カチュア「う、うん! わ、私も姉さんと同じ!」

 その答えにマルスがくすくすと笑う。

マルス 「そうなんだ、ありがとう。でも、全部義理チョコって…学園の男連中が嘆きそうだね、それは。
     エストはもちろんアベルにあげるんだろう?」
エスト 「うん! 特大の本命チョコをあげるの。でも義理チョコも何個か用意しようと思って」
マルス 「誰にあげるの?」
エスト 「ミシェイル先輩とか!」
マルス 「へぇ…彼に義理チョコとは、エストも大胆だね」
エスト 「ミネルバ様のお兄さんだし…それにね、美形だから!
     美形はとにかく讃えるものだよ、マルス先輩」
マルス 「うんうん、エストのそういうところ、ぼくは好きだよ」
エスト 「あとはねぇ、カミ…じゃない、シ…でもない、えぇと、ジークさん!
     以前に困っていたところ助けてもらったこともあるし、やっぱり美形だし!」
マルス 「カミ…でもシ…でもないジークさん…?」
エスト 「うん、FE4作品に渡って共演したのって、あの人くらいだし―――って、んがぐっぐっ!?」

 瞬間、エストの口にはチョコレートの塊が突っ込まれていた。
 パオラ、カチュア、そしてセリカの3人による、ある意味トライアングルアタックである。

エスト 「は、はひふんほほー!(な、なにすんのよー!)」
パオラ 「あらあらエスト、メタな話題は控えた方がいいわ」
カチュア「そうそう、さすがにこのことはね…」
セリカ 「ごめんね、エスト。何故か“それを言わせちゃいけない”ってアルムの声がした気がして…」

マルス 「…?」

■第4話

 ともあれ、少女たちのチョコレート作りは無事に終わり、
 おうちのお台所を使わせていただいた御礼に、と貰ったチョコレートは、
 バレンタインには一足早く、一家の団らんのデザートとなった。

セリカ 「マルス兄さん。おいしい?」
マルス 「うん。特にカチュアの作った分はすごい丁寧に作られている、って感じだね。
     やっぱり、まっすぐな性格が出るんだろうね」
セリカ 「……(マルス兄さん、意外と鈍いところもあるんだ)」
マルス 「ん? どうしたの?」
セリカ 「うぅん…何でもない」
マルス 「この飛竜まんじゅうもおいしいね。(もぐもぐ)」

 そんな兄妹のやりとりの背後で、

リーフ 「年上の綺麗なお姉さんの手作りチョコ!? それはぼくが…!」
アイク 「ただいま。ん? チョコか。貰うぞ。(ざらざらざら)」
リーフ 「帰って来るなり口に流しこまないでアイク兄さんー!!」
アイク 「ん? いや、すまん。今日は飯を食う暇がなかったから、腹が減っているんだ」
リーフ 「この人でなしー!!」

 という、いつものやりとりもあり。
 2月13日の一家の夜はこうして更けていったとさ…。

(おしまい)