20-398 の変更点

398 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:25:28 ID:wunllD67
 紋章町の兄弟さん家の近くに、一本の電柱が立っている。 
 その陰に潜み、高鳴る胸を押さえながら一人ぶつぶつと呟く少女が一人。 

「大丈夫、大丈夫、いける……!」 

 すう、はあ、と目を瞑って何度か深呼吸。 

「……ナンナは家の都合で遠出、ティニーも同人誌のイベントがどうのこうのでいないし、 
サラは一日中ジジイいびりに精を出すとか何とか……つまり、今日はわたし一人……!」 

 カッと目を見開き、鼻息も荒く、 

「チャンスよ、ミランダ!」 

 ……と、自分に言い聞かせていることからも分かる通り、彼女はミランダである。 
 いつも兄弟さん家のリーフ君を追いかけ回している、ごく一部で有名な四人娘の一人だ。 
 ミランダは電柱の陰に隠れながら緊張に顔を強張らせ、睨みつけるように兄弟さん家の 
玄関を見つめている。 

「大丈夫、落ち着くのよ。そりゃ、わたし一人でリーフの家に遊びに来たことなんて一度 
もないけど。別に、何かしら迷惑かけたとかそういうこともないし。っていうか、他の娘 
たちと一緒にだったら何度でも来てるわけだから。変じゃない。何も、変じゃない……!」 

 重ねてそう言い聞かせた後、ミランダは拳をぎゅっと握りながら「よし」と呟く。 

「1、2の3、で向かいましょう。よし、1、2の……3!」 

 ミランダは気力を振り絞って一歩踏み出すと、そのままの勢いでズンズンと兄弟さん家 
の玄関に向かって歩き始めた。気分は単身敵陣突入。スキル突撃で死ぬまで戦い抜く所存 
である。持ってないが。 
 そしてミランダは兄弟さん家の門柱までたどり着くと、そのままUターンして電柱まで 
戻って来た。 

「って、ちがーう!」 

 一人叫びながら、電柱に額を押しつける。 

「なにやってんのわたし!? あそこまで行って戻って来るとか、どう見ても変質者じゃ 
ないの! ええい、落ち着け、落ち着くのよミランダ、今日はわたし一人でチャンスだし、 
今までだって来たことがないわけじゃないんだから別に変なことじゃないし」 
「なにやってんだお前」 
「ひゃあっ!?」 

 急に声をかけられて、飛び上がりそうになるほど驚く。 
 慌てて振り向くと、そこにがっしりとした大きな男が立っていた。青い髪をオールバッ 
クにした、やや威圧感のある顔立ち。学生服を着ているから一応高校生なのだろうが、そ 
れにしては変に貫禄のある少年だった。 
 無論、ミランダは彼のことを知っている。数人いるリーフの兄の内の一人、ヘクトルだ。 
線が細く、ともすれば貧弱にすら見えかねないリーフと違って、この兄は竜の突進を受け 
ても倒れなさそうに見える。正直言って全く似ていない。とても兄弟とは思えない。 

(……でも、ちゃんと同じお父様とお母様から生まれてきてるのよねえ) 

 この似ていない兄弟のことは、紋章町の七不思議の一つとして数えられているとか数え 
られていないとか、そういう噂である。 
 ともかく、意中の人のご兄弟だ。ミランダはヘクトルの強面に多少気圧されつつも、貴 
族の娘として鍛え抜いてきた精一杯の愛想笑いを浮かべて、優雅に会釈した。 

「こ、こんにちは、ヘクトルさん」 
「おう。お前あれだろ、いっつもリーフについて回ってる女どもの一人で……あー……」 


399 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:26:31 ID:wunllD67
 ヘクトルはかすかに眉根を寄せて、首を傾げた。 

「……お前、名前なんだっけ?」 

 貴族の娘として鍛え抜いてきた精一杯の愛想笑いが、自分でも分かるほどに大きく引き 
つった。 
 ミランダとて怒りスキル持ちの少女。これが他の場面ならば、「この無礼者!」だのと 
叫んで必殺サンダーでもぶちかましているところだ。 
 だが、今の彼女はそう出来なかった。ただ俯いて、強く唇を噛むばかりである。 
 ヘクトルはそんな彼女の様子に気付く素振りも見せず、「まあいいやな」と素っ気なく 
呟いた。 

「で、こんなところで何してんだ、お前。リーフならいないぜ?」 
「え。そ、そうなんですか……?」 
「おう。出かけててな。あいつに用があんなら中で待ってりゃ」 
「ああいえ、そういうんじゃないですから。お構いなく」 

 気付けば、ミランダは早口にそう言ってしまっていた。こんなチャンス滅多にないのに、 
と心の中では自分に文句をぶつけているのだが、口に出るのは遠慮の言葉ばかりである。 

「ちょっと、たまたま通りかかっただけで。お宅に用事とか、そういうんじゃ、ないです。 
それじゃ、失礼」 

 ミランダが頭を下げかけたところへ、 

「ヘクトルちゃーん」 

 と、なんとも気の抜ける、穏やかな声が飛んできた。目の前のヘクトルがガクッと肩を 
落として赤い顔で振り返るのを、ミランダは確かに見た。 

「姉貴っ!」 

 叫ぶヘクトルの視線を辿れば、エプロン姿にサンダルをつっかけて、のほほんとした笑 
顔でぱたぱた歩いてくる、緑色の髪の女性が一人。 
 兄弟さん家から出てきたこの人、名前はエリンシアと言って、この家の二女である。 

「ああ良かったヘクトルちゃん、まだいたのね。ほら、ハンカチ忘れてるわ」 

 エリンシアがほっとした様子でハンカチを差し出すと、ヘクトるは額を押さえて小さく 
呻いた。 

「……あのな姉貴。俺はラグビー部の助っ人に行こうとしてるんだぜ? ハンカチなんて 
やわな布っきれ持ってったって使い道がねえんだよ」 
「まあ、ヘクトルちゃんたら」 

 エリンシアがちょっと眉をつり上げて、人差し指を立てた。 

「駄目よ、そんなことを言っては。こういうのはエチケット、身だしなみ。使い道以前の 
問題なんですからね、もう。エリウッドちゃんやセリスちゃんは言わなくても持って行っ 
てくれるのに、どうしてあなたやエフラムちゃんはこう」 
「だー、もう、やめろ! わーった、持ってきゃいいんだろ、持ってきゃ! ったく、往 
来で恥ずかしい真似を……」 

 ぶつぶつと呟きながら、ヘクトルがハンカチをポケットに押し込む。にこにこ笑いなが 
らそれを見ていたエリンシアが、ふと弟の陰にいるミランダに気が付き、「まあ」と目を 
丸くした。 

「ごめんなさいね、気づかなくって」 
「あ、いいえ」 


400 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:28:03 ID:wunllD67
 お構いなく、とミランダが言う前に、エリンシアが穏やか微笑みを浮かべて小さく会釈した。 

「こんにちは、ミランダちゃん」 

 自然にそう言われて、ミランダは言葉に詰まる。その間に、「ああ、そういやそんな名 
前だったか」と呟きつつ、ヘクトルがこちらに背を向けて立ち去った。 

「いってらっしゃーい、気をつけてねー」 

 手を振って弟を見送ったあと、「さて」と呟き、エリンシアが笑顔で振り返った。 

「ミランダちゃん、リーフちゃんに用事だったかしら?」 
「あ。え、ええと」 

 どう答えたものか迷っている内に、エリンシアが自然にミランダの手を取った。 

「ごめんなさいね、今リーフちゃん、ちょっと出かけてて。中で待っていてもらえるかしら」 
「あの」 
「遠慮しないで。リーフちゃんのお客様だったら、わたしにとってもお客様ですもの」 

 強引ではないが少々断り辛いエリンシアの勢いに流されるまま、ミランダは結局兄弟さ 
んの家にお邪魔することになってしまったのだった。 



 ミランダを居間に導いたエリンシアは、コップ一杯の麦茶を出した後、「あと少しだけ 
洗い物が残っているから、ちょっとだけ待っていてちょうだいね」と言い置いて台所へと 
去っていった。 
 ミランダにとって、兄弟さん家に上がるのはこれが初めてではない。だが今日は、割と 
見慣れていたはずの居間の光景も、何となく新鮮に見える。どうしてかな、と考えて、す 
ぐに気がついた。 

(いつもは四人だものね) 

 ここでリーフを待つとき、いつものミランダならばナンナとティニーに彼のことで文句を言って、サラにぼそっと突っ込みを喰らったりしながら過ごすのが常だ。 
 それが今日は、誰もいない。話相手もいないから、行儀が悪いと思いつつも自然と居間のあちこちに目がいくのである。 
 そしてふと、ミランダはテーブルの近くに積まれているものに目を止めた。 

(アルバム……?) 

 いかにも大家族のものらしい、両手で抱えるサイズの大きなアルバムが何冊も積まれて 
いる。非常に、興味を惹かれた。 
 勝手に見たら失礼かな、と思いつつも、ミランダはそろそろと手を伸ばし、一番上のア 
ルバムを手に取っていた。 
 好奇心に駆られるまま、中を開く。数年ほど前の兄弟さんたちを写したと思しき写真が、 
無数に貼りつけられていた。偶然と言うかなんというか、この冊子は特にリーフが中心と 
なった写真が多いようだ。 
 ボロボロになって泣きじゃくり、姉さんたちに慰められている写真。今よりは若干小さ 
なヘクトルにプロレス技をかけられて泣いている写真。悪戯がバレでもしたのか、庭先に 
逆さづりにされてやっぱり泣いている写真。 

「……昔から酷い目に遭ってんのね、あいつ」 

 クスッと笑ってページを一枚めくり、ミランダは顔を曇らせた。 
 そのページに貼り付けられている写真は、多分、どこか遠くへキャンプに行ったときの 
ものなのだろうと思われた。バレンシア地区辺りだろうか、深い森や清らかな川などが背 
景に写っており、少なくともこの辺りの風景だとは思えない。 
 そんな風景の中でも、リーフは転んで泣いたり木の棒を振り回すヘクトルに追いかけら 
れたりして泣いているのだが、先程のページとは決定的に違う点が一つだけある。 

 


401 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:30:19 ID:wunllD67
 それは、リーフの隣にいる金髪の少女の存在だ。見覚えのある羽飾りをつけた、幼いな 
がらも気品のある少女。 

「……ナンナ、か」 

 二人は幼馴染みだとは聞いていたが。 
 こんな、昔からとは。 

「懐かしいわねえ」 

 急に耳元で柔らかい声がして、ビクリと肩を震わせる。気がつくと、エリンシアがミラ 
ンダの肩越しにアルバムを覗き込んで、クスクスと笑っていた。 

「何年前だったかしら、これ。多分まだリーフちゃんが小学校の低学年生ぐらいのときね。 
二人とも変わったようでいて少しも変わっていないわ」 
「……すみません、勝手に見ちゃって」 

 ミランダが小さな声で謝ると、「いいのよ」とエリンシアは気楽に笑った。 

「お掃除の途中で見つけちゃって。アルバムって、たまに見ると懐かしく思えちゃって、 
ついつい見入ってしまうのよね」 
「そう、ですね。あの」 

 少し迷ったが、ミランダは思い切って聞いてみることにした。 

「ここに写ってるのって、ナンナですよね?」 
「ええ、そうよ」 
「あの子は、いつ頃からリーフと……?」 

 エリンシアはちょっと首を傾げた。 

「確か、5歳か、6歳……ぐらいだったかしら」 
「どんなきっかけで?」 
「さあ。リーフちゃんは『忘れた』って言ってたし、ナンナちゃんも『二人だけの秘 
密』って言って教えてくれないから。でも」 

 エリンシアは悪戯っぽく笑った。 

「とっても素敵な出会いだったみたいね。ナンナちゃん、この頃からリーフちゃんにべっ 
たりだったもの。マルスちゃんは『お姫様と貧乏農民の息子って感じですね』なんて笑っ 
ていたけれど、なかなか可愛いカップルさんだったと思うわ」 
「そうですか。そうですね」 

 確かに、写真を見るとそんな感じである。 

(どんな出会いだったんだろう) 

 想像したところで、分かるわけもない。それこそ、二人だけの秘密なのだろう。 
 特別な思い出、というやつ。リーフとナンナは、そういうものをたくさん持っているのだ。 
 ティニーやサラ、それに自分とも共有しているものとは別に、たくさん。 

「……わたしの場合は」 

 ぽつりと、ミランダは呟いた。 

「ロクな出会いじゃなかったんですよね」 
「そうなの?」 
「ええ。その。ちょっと、恥ずかしいんですけど」 

 頬が熱くなるのを感じながら、ミランダは打ち明けた。 


402 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:33:36 ID:wunllD67
「わたしが通ってた中学校で、盗撮騒ぎがありまして」 
「……盗撮騒ぎ、ね……」 

 エリンシアが苦笑する。 

「リーフちゃん、過去にも何度かそういう類の軽犯罪の濡れ衣を着せられたことが……」 
「ええまあ。彼らしいと言えば彼らしいんですけど。そのご多分に漏れず、わたしもたま 
たま近くを通りすがった彼を犯人だと思い込んじゃって」 

 思い出すとますます恥ずかしい。 
 ミランダは当時その中学の生徒会長を務めていた。何分、スキル怒り判定を受けた猪突 
猛進の少女。しかも妙なほどの潔癖さを発揮しがちな中学生という年齢である。彼女は、 
何件も相次いでいた盗撮騒ぎの犯人を自分の手で捕まえてやろうと息巻いていた。 
 それで騒ぎがあった日、現場から逃走した犯人を追いかけた挙句に一度見失って、たま 
たま近くを通りすがったリーフに喰ってかかったのである。喰ってかかったというか、勢 
いで怒りの必殺サンダーをぶちかましたのだ。彼にしてみれば物凄いとばっちり。 
 しかしリーフは平然と起き上がって、ボロボロのままで「よく分かんないけど事情を説 
明してくれないかな」と言ってきたのである。 
 ミランダが怒りに任せて半分なじるように説明すると、リーフはちょっと考えたあとで 
「じゃ、とりあえず真犯人捕まえれば納得してくれる?」と言ってのけ、実際ものの数十 
分ほどで潜伏中だった盗撮犯を捕まえてきたのだ。 

「凄いわねえ。リーフちゃんたら、探偵の才能でもあったのかしら」 
「本人は『リン姉さんの真似して臭いを辿ってみた』とか言ってましたけど」 
「……どこまで本当なのかしら……」 

 ともあれ、濡れ衣で無関係の少年にサンダーをぶちかましてしまったことが判明。その 
上最悪なことに、罪悪感やら何やらで気が動転したミランダは「あんなところ歩いている 
あなたが悪いのよ!」だのと無茶苦茶なことを言ってしまったのである。 

「逆恨みっていうか誤解っていうか……ホント、酷いことしちゃって」 

 しかしリーフは怒るどころか「いやあ、それもそうかもねえ」と、のほほんと言ったあとに、 

「でも誤解しないでほしいな! 僕が盗撮するとしたら君みたいな乳臭いのじゃなくて、 
もっと大人のおねいさんにするさ!」 

 と叫んだのである。それで例によって瞬間的に頭が沸騰したミランダは、その日二度目 
の必殺サンダーをぶっ放して、怒り狂ったままその場を後にした。 

「でも後々になっていろいろ考えたんです。もしかしてあの人はわたしに罪悪感を感じさ 
せないようにって、わざと変なこと言ったんじゃないかなって。そうじゃなくてもわたし、 
本当は謝ってお礼まで言わなきゃならない立場だったのに……」 

 後悔して悩みに悩んだミランダは、貴族の娘という立場やら財力やらを利用してリーフ 
の素性を探り、彼が紋章町内でも有名な兄弟さん家の一員であることを知った。 
 その後何度か彼に連絡を取ろうとしたのだが、いざとなると何を言っていいのか分から 
ず、結局ずるずると時だけが過ぎた。そうしている内にリーフのいい噂や悪い噂、両方を 
聞くことになり、彼への興味がますます募っていったのである。 
 一体どういう人なんだろう。自分の目で見て、直接確かめてみたい。 
 そう思い込んだら、そこはスキル怒りの猪突猛進娘。両親や家臣の反対も押し切って 
リーフと同じ高校へと進学し、偶然を装って彼に再会することを画策。その流れであのと 
きのお礼と謝罪も済ませて、あわよくばもっといろいろ、などと考えていたのである。 
 ところが、その作戦決行当日になって、事態は急変する。 
 入学式から数日ほど経った日の放課後、人気のない廊下で待ち伏せしていたミランダ 
だったが、てっきり一人でやって来るかと思っていたリーフが女連れでやって来たのである。 
 もちろんそれはナンナであり、現在同様彼とはまだ恋人同士でもなんでもなかったのだ 
が、当時のミランダはそんなことなど知る由もない。恋人はいないようだ、という家臣の 
正確極まりない報告を、鵜呑みにしていたのだ。 


403 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:34:38 ID:wunllD67
 そうしてミランダは、いろいろ気になっている男の子が明らかに自分よりも可愛らしい女の子と 
一緒に歩いてくるのを見てすっかり動転。その勢いと妙な怒りに任せて必殺サンダーをぶちか 
ましてしまったのである。 

「いきなりなにするんですか!」 

 詰め寄って来たのは、もちろん黒焦げになっているリーフではなくてナンナの方だ。そ 
んな彼女に対して、まだ混乱しきっていたミランダは、彼は盗撮犯だ、だの、あなたは騙 
されているのだ、だのと訳の分からないことを喚き散らした。 
 それをじっと聞いていたナンナは、「分かりました」と一言言うと、リーフにライブを 
かけた後、「ついてきてください」とミランダの手を引いて、近くの教室に引っ張り込んだ。 
 てっきり文句を言われたり仕返しをされたりするのかと思いこんでいたミランダだった 
が、実際にナンナが始めたことは「いかにリーフ様が立派で格好いい方であるか」という 
長々としたリーフ語りであった。それはもう物凄い勢いで、陽がとっぷり暮れて当直の教 
師が見回りに来るまで続けられたものである。 

「まあ、そんな感じでなし崩し的にリーフやナンナと友達になったんですけど」 

 しかし、そういうきっかけであったが故に、ミランダはナンナに対して引け目のような 
ものを感じるようになった。 
 ただでさえ自分よりも可愛い上に性格も気高く優しく、それでいてなんでもそつなくこ 
なす優等生。対等なものといえば身分ぐらいのものだ、とミランダは思っている。 
 その上、リーフへの想いの深さでも、思い出の数でも負けている、と。 
 彼らの隣にいるからこそ、毎日のように理解させられるのだ。 
 リーフに似合うのは、自分ではなくて彼女の方だ、と。 

「それでも、諦めきれないんですよね」 

 その後、昔リーフに助けられたとかなんとかでサラが仲間に加わり、さらにいろいろ 
あってティニーが加わってからも。 
 どれ程劣等感を味わわされようとも、リーフのことを諦めきれない自分がいる。 
 近くで彼のことを見るようになったからこそ、ナンナほどではないが彼の魅力が理解で 
きるようになったのだ。 
 やたらと不幸な目に遭うせいか妙に肝が座っているところがあるし、それ故に他者の失 
敗などに関してはかなり寛容だ。器用貧乏などと笑われつつも嫌な顔一つせず裏方的な仕 
事を引き受け、目立つ生徒の影に隠れてしまっても別段気にする素振りも見せずに過ごし 
ている。 
 昔からちょっとしたことでも苛々してしまう自分の神経質さに自己嫌悪を抱いていたミ 
ランダの目に、そういったリーフの穏やかな性質はとても魅力的なものとして映っている。 
 時にミランダが理不尽な怒りをぶつけてしまっても、呆れ返らず付き合ってくれる少年。 
 できればずっとそばにいたいと思う。 
 たとえナンナの想いの深さに敵わなかったとしても、自分なりには真剣なつもりだった。 
 しかし、現実はなかなかに過酷なものだ。 
 ナンナには到底敵わず、サラのように「愛人でいい」などと開き直ることもできず、 
ティニーのように「いいお友達」のような関係に留まることに満足も出来ない。 
 そういう現状を鑑みるたび、一体自分はなんなんだろう、とミランダは深く思い悩んでしまう。 
 進むこともできず、諦めることもできず。 
 これではピエロ以下だ、と自嘲することも、日に一度や二度ではない。 

「……なんて」 

 ちょっとだけ潤んだ目元を拭いながら、ミランダは照れ笑いを浮かべた。 

「ごめんなさい。こんなこと話されても、困りますよね」 

 言いながら、じっとアルバムを見つめる。 
 何か真剣な顔つきをしているリーフと、それを見つめながら微笑んでいるナンナの写真。 
 全く、似合いの二人だと思う。 


404 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:36:03 ID:wunllD67
「兄弟の皆さんだって、ぽっと出のわたしなんかより、昔から知ってるナンナの方がリー 
フの相手として認めやすいでしょうし」 
「そうねえ」 

 それまでじっと聞いていたエリンシアは、そっと目を伏せながら穏やかに言った。 

「確かに、わたしたちにとってナンナちゃんは昔からよく知ってる妹みたいな子。ミラン 
ダちゃんのことは、まだよく知っているとは言えないかもしれないわ。わたしたちだけ 
じゃなくて、リーフちゃんにとっても」 
「……そう、ですよね」 

 きゅっと唇を噛むミランダに、「でもね」とエリンシアが微笑みかけた。 

「だからと言って、諦めてしまうことはないんじゃないかしら」 
「え?」 

 目を瞬いたそのとき、 

「ただいまー」 

 聞き慣れた声が玄関から聞こえてきて、ミランダの心臓が大きく高鳴った。 
 聞き違えるはずがない。あの声は、 

「あー、熱い熱い。いや、いくら時給がいいからって言って傭兵団の皆さん相手のサンド 
バッグってアルバイトはやっぱり割に合わない……あれ、ミランダ?」 

 何やらぼやきながら居間に顔を出したのは、予想通りリーフだった。テーブルの前で硬 
直しているミランダを見て、怪訝そうに首を傾げる。 

「どうしたの? あれ、今日はナンナたちと一緒じゃないんだね」 
「え、ええ」 

 ろくに口が利けず、ミランダは焦った。 
 なにせ、さっきまであんな話をしていた直後である。何か話さなければ。しかし、頭が上手く回らない。 
 フォローを入れてくれそうなエリンシアはいつの間にか姿を消しているし、と。 

「あーっ!」 

 突然リーフが叫び声を上げたので、ミランダはびくりと身を震わせた。 

「な、なによ!? なんか文句あるの!?」 

 思わず怒鳴り返してしまってから、またやってしまった、と後悔する。 
 しかしリーフは全く気にする素振りを見せずにあたふたと近寄って来ると、 

「そ、それ! そのアルバム!」 
「え、これ?」 

 リーフが指さしたので、手元のアルバムをひょいと上げる。すると彼が「ぎゃーっ!」 
と物凄い悲鳴を上げた。 

「やめろっ、見せないでくれ! っていうか、と、閉じて、それ閉じて!」 
「な、なによ!? わたし別に、あなたとナンナのことなんかどうでも」 
「いいから早く! と、トラウマが、トラウマが蘇る!」 
「って、恥ずかしいとかじゃないんだ!?」 

 ぎゃーぎゃーと喚き合いながら、二人はまるで子供のように、居間を舞台にアルバムを 
取り合う追いかけっこを始める。ミランダとしては別段アルバムを占有しようとかいう気 
はないのだが、あまりリーフが閉じろ閉じろというものだから、ついムキになってしまっ 
たのである。 


405 :ミランダさん、大いに怒る:2009/08/27(木) 03:37:12 ID:wunllD67
「閉じて! 閉じてってば!」 
「いやよ! 絶対、いや!」 

 そうして二人で顔を突き合わせて怒鳴り合っていたとき、突然、パシャッという音が響 
き渡った。 
 驚いてそちらを見ると、年代物らしきカメラを持ったエリンシアが、居間の入口で上機 
嫌に笑っていた。 
 彼女はファインダーから目を離すと、じっとミランダを見つめて言った。 

「まずは一枚目、ね」 
「え?」 
「二人のツーショット写真。よく撮れたと思うわ」 

 悪戯っぽく微笑んだエリンシアの言葉を理解したとき、ミランダの頬が急激に熱くなっ 
た。頭が真っ白になって、何も言えなくなる。口をぱくぱくさせている間に「隙あり!」 
と叫んだリーフがアルバムをかっさらったが、それにも気づかなかったほどだ。 
 エリンシアはにっこり笑ったまま歩み寄って来ると、ミランダの耳元でそっと囁いた。 

「これからよ」 

 カメラを撫でながら、言う。 

「これから、一枚一枚増やしていけばいいのよ。まだ全然、遅くはないわ。リーフちゃん、 
あれでも奥手だもの。おねいさんおねいさんって騒いでるけど、本気でナンパしていると 
ころなんか一度も見たことがないし。そういうことに本気になるのに照れがあるのね、 
きっと。だからまだまだ、チャンスはあるわ」 
「でも」 

 戸惑うミランダを横目に、「リーフちゃん」とエリンシアが呼びかけた。 

「今撮った写真、新しくアルバムに貼り付けてもいいかしら?」 
「んー? いいんじゃないのー? 別にトラウマになりそうなもんでもないし」 

 アルバムを厳重に封印しようとしているリーフの声を聞いて、エリンシアはにっこりと笑う。 

「ね? 本人もああ言っていることだし。もう少し頑張ってみてもいいんじゃないかしら」 
「……エリンシアさんは、それでいいんですか?」 
「もちろん。特別ミランダちゃんを応援するというわけにはいかないけれど、最後はリー 
フちゃんが選ぶことだもの。あの子の判断を尊重します。だからわたしたちのことは少し 
も気にしなくていいのよ。というわけで」 

 エリンシアはカメラを片手に、悪戯っぽく首を傾げた。 

「どうします、ミランダちゃん?」 

 問われたミランダは、カメラとリーフとを何度も何度も交互に見て、さらに顔を俯かせ 
てもじもじと指を絡み合わせた後、スキル怒り持ちとは到底思えぬほどの消え入りそうな声で、 

「……とりあえず、今の写真焼き増しお願いできますか……?」 

 それを聞いたエリンシアは、にっこり笑って満足げに頷いてみせたのだった。 



 終わり。