35-543 の変更点

ある羊飼いが羊の群れに川を渡らせようとした。 
だが浅い川にも関わらず羊たちは頑として動かなかった。 
困り果てた羊飼いは叱り付け怒鳴り散らした。 

そこへミラ様がお出でになった。 
ミラ様は子羊を抱き上げると黙って川を渡り始めた。 
他の羊たちはミラ様の衣に口をつけると一斉に川を渡り始めた。 

親羊たちは弱く小さな子羊が万一にも溺れる事を恐れて動かなかったのだ。 
羊飼いは悟った。「ああ、これが人間の道だ」 
怒鳴りつけてもうまくはいかない。 
相手の心を知って慈しみをもって接しなくてはならない、と。 
羊飼いは親羊の心を理解していなかったことを悟った。 

~ ミラ経典 仏説 慈悲より抜粋 ~ 


薄暗い空の下に子供達の声が木霊する。 
きっかけなんて些細な物だろう。三人ほどの子供が取っ組み合いの喧嘩をしていた。 
そこに砂利を踏みしめて一人の尼が姿を見せた。 
「駄目よ三人とも。暴力はよくないわ」 
彼女の言葉は慈しみに溢れつつもどこか反駁を許さない強さを兼ね備えていた。 
人を圧する気に触れた子供達はつかみ合っていた手を離して頭を垂れてしょげかえる。 
「はい…セリカ様…」 
「そうよ。それでいいの。暴力を奮っていい相手は異教徒と背教者だけよ」 
それがまるでこの世の真理のごとく言い切るとセリカは太陽のごとき笑みをたたえて踵を返した。 

そう…討ち滅ぼしてよいのは背教者ドゼー……… 

ここはミラ教総本山。 
ミラ教徒達の最後の砦――――――― 

544 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 セリカの章 殉教:2011/06/09(木) 15:17:51.16 ID:ZxofZ39z

 炎正十三年。 
南国ソフィアとリゲルはただならぬ混沌に満ちていた。 
前年の屍竜山の噴火以来、米は取れず窮民は世に溢れ、 
ソフィアの大名ドゼーとリゲルの大名ルドルフは対立し騒乱を繰り返した。 

ある意味で乱世の象徴とも言うべきやも知れぬのが今やミラのノーヴァ総本山である。 
本来教徒たちに教えを説くべきその寺は周囲に堀や石垣を張り巡らし、 
槍をもった僧兵たちが周囲に目を光らせている。 

今を去ること一年前、大名ドゼーの領国内での異教の布教許可にミラ宗は猛烈に反発し幾度も使者を送って布告の撤回を求めた。 
だがドゼーは一切取り合わなかった。 
国内で布教を認めれば異国から宣教師とともに商人もやってくる。 
異国の歓心を買って経済活動を活発にしたいという事情があったのだ。 
幾度も行われた交渉は難航し、ミラ宗内部での強硬派は先鋭化の一途を辿った。 
平和を望んだ教団法主ノーマは高齢ゆえか病に倒れ…… 
ほぼその直後の事であった。 
全国の信徒にノーマの名で檄文が送られたのだ。 
「仏敵ドゼー誅すべし」と……… 
これが後の世に言うミラ宗一揆の始まりである。 
それ以来各地から武装して集まった信徒達は総本山の周囲に堀を掘り柵を張り巡らし強固に要塞化を推し進めていた。 

信徒達が土木作業に精を出す現場を見やるとセリカは合掌し声を張り上げる。 
「南無ミラ菩薩南無ミラ菩薩…仏敵を討つ者には極楽が、仏敵から逃げる者には地獄がもたらされます! 
 信徒一丸となりソフィアの地を背教者から取り戻しましょう!」 
「おおセリカ様じゃ!」 
「セリカ様!」 
信徒達は歓声を挙げ手を合わせて合掌する。 
セリカはいまだ十五の若年ながら敬虔さと深い信仰の持ち主として敬愛されていた。 
病の床に臥せり人前に姿を見せられなくなったノーマの代理人としてその言葉を信徒達にもたらしており、 
いまや次期法主候補の筆頭ともいうべき立場にある。 

片手を挙げて彼らに応じるとセリカは工事の進み具合に満足気に頷いた。 
ああ…ミラ様……貴女様の信徒達は信仰と寺を守ろうとこうして集っております…… 
窮民を救い不義を討つ力を我らにお与えください…… 
小さく祈りの言葉を唱えていると僧兵の一人メイが駆け寄ってきた。 
セリカとは幼い頃からともにこの総本山で育てられた妹分のような娘である。 
「セリカ様セリカ様にご注進!」 
「メイ?」 
「ラムの村で百姓一揆です!ドゼーに反発せし村人たちが近隣より集まっているとの事!」 

ソフィア国の南端、ラムの村近辺は前年より酷い飢饉に悩まされていた。 
にも関わらずドゼーが重い年貢を取り続けたために農民たちの不満が限界に達したのであろう。 
もともとミラ宗の多いソフィア国に置いては大概の者はミラ宗の檀家だ。 
捨て置くわけにはいかない。 
「…わかったわ。すぐに手勢を連れて救援にゆきましょう」 
だが…その前に一つだけ仕事を終えてゆかねばならない。 
これも御仏のために……ミラ宗のために…… 
セリカは法衣を翻して寺の一角に視線を向けた。 
その瞳は自らが悪と確信する輩への無条件の憎悪に満ち溢れていた。 

545 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 セリカの章 殉教:2011/06/09(木) 15:18:51.10 ID:ZxofZ39z

 セリカが足を向けた離れの建物の一つは牢として使われている。 
本来は戒律を破った僧侶を懲らしめのために閉じ込めておく施設だが今は別の目的に使われていた。 
門前を固めていた僧兵のボーイはセリカの姿を認めると躊躇わず錠前を外す。 
彼ら若手の僧兵にとってセリカはすでに法主ノーマ以上の存在だった。 
そう思わせるだけのもの…自然に人を従わせるだけのものをセリカは持っていた。 
敬虔な信徒に対する慈悲と敵対者への容赦のなさ… 
凡人にはとうていそこまで割り切れぬものを断じて行う人間に人はついていきたくなるものかも知れない。 

建物内は通路の両脇に座敷牢が敷き詰められており、そのいずれにも個別に錠前がかかっている。 
セリカは迷わずにとある座敷牢の前まで歩を進めた。 
かび臭さが鼻を突き、両脇に従うボーイとメイは思わず眉を顰める。 
「時間よ……」 
座敷牢の中で一人祈りを捧げる男にセリカは告げた。 
彼はひたすら頭を垂れて神への祈りを続けていた。 
「お静かに…私の静謐を乱さないでいただきたい」 
「お前…セリカ様になんて口の利き方だ!」 
激昂したボーイを片手で制するセリカの瞳はどこまでも冷ややかだった。 
彼は西洋エッダ教圏よりドゼーの布教許可を受けてこの地を訪れた宣教師スルーフという異国人であった。 
無論そのような事をセリカが許すはずも無く村人の告発を受けて僧兵によって捕らわれの身となっていたのだ。 

「悪なるもの異教徒よ。貴方はこの地で死に果て大地に帰るのよ。 
 ミラの地の人心を惑わした大罪を償いなさい」 
「貴女達教徒の説く慈悲にかなう行いと思うならそうなさい」 
彼はどこまでも涼しげで動じる色も無い。 
その様にセリカはふと興味を覚えたのだろうか。 
試みに問うた。 
「ならば聞きます。我が行いに慈悲が無いと言うのなら正しく慈悲を体現する者はどこにいるのか?」 
…どうぜ神とでもいうつもりだろう。エッダの神ブラギなど存在しない。 
唯一絶対なのはミラ様だけよ…… 

546 :侍エムブレム戦国伝 邂逅編 セリカの章 殉教:2011/06/09(木) 15:19:14.09 ID:ZxofZ39z

 だが彼の返事はセリカの意表を付いた。 
スルーフは片手を挙げると自分が入れられている向かいの座敷牢を指差したのだ。 
「そこにいますよ。ほら」 
そこに入れられているのは近隣の村々から略奪を繰り返していた悪逆非道の山賊である。 
村人の訴えを受けて僧兵がひっとらえてきたのだ。 
いや…入れられて”いた”と言った方が正しいだろう。 
その者はこの日の朝方急病で息を引き取り今は座敷牢の中でゴザをかぶせられて供養を待っていた。 
「彼は死んでどんな聖者よりも美しくなった。慈悲…愛そのものと言っていい…」 
ボーイが瞬きをしている。メイも唖然としている。 
驚きが彼らを包んでいた。 
「彼はもはや憎む事も奪う事も殺す事もしません。彼はやがて土に埋められ、その肉を虫たちに…あるいは掘り返した獣に惜しみなく与えるでしょう。 
 それで一言半句の文句も言いません。死は人間を完成させるのです」 
「慈悲の本質が…死だというの?」 
「はい」 
宣教師の言葉には迷う気配もない。 
「ならば親が子を…夫婦が互いを大切に思う気持ちはなんだというの?慈悲ではないと?」 
「…差別です。君主に媚び、奴隷に鞭打つ事と大してかわりません… 
 親はわが子を第一に考えます。他の子よりも… 
 貴女にとってミラ教徒は何と引き換えにしても守るべきものなのでしょう。 
 他の誰よりも大切なのでしょう。貴女自身の命よりも…貴女はミラのために他の全てを犠牲に捧げようとしています。差別です」 
その瞬間である。 
宣教師の体から炎が吹き上がった。 
彼は全身を法力の炎で焼かれ蝕まれていく。 
セリカの手には一枚の符が握られていた。 
燃え尽きた宣教師の灰を前に呆然とするボーイとメイに振り向きすらせずセリカはつぶやく。 
「…異教徒は無に帰りました。支度をなさい。これよりラムの村に向かいます」 
「…は…はいっ…」 
慌しくかけてゆく二人の背を見つめながらセリカは法衣の袖を握った。 
「…悪なるもの…人心を惑わす者…捨ててはおかれじ… 
 ミラ様の慈悲があまねく紋章国を照らすまで…このセリカ明王となりて仏敵に懲罰をくだしましょう……」 

この日…セリカは僧兵の一団を率いて総本山を出た。 
行く先はラムの村。 
行く先には一人の青年がいる。 
まるでミラに導かれるかのごとくセリカはかの地を目指して歩を進めていった。 

次回 

侍エムブレム戦国伝 邂逅編  

~ アルムの章 忍 ~