スタッフ/【和田洋一】

Last-modified: 2022-10-11 (火) 17:00:48

スクウェア・エニックス元社長。
経営危機であったスクウェアをエニックスと合併させ、断絶状態が続いていた任天堂との関係修復をした手腕が評価されている。
社長になって以降、叩かれがちな人。
ゲームのマルチ化については野村と意見が合わない模様。
何気にFF12ではエグゼクティブプロデューサーをやってたりする。

  • エグゼクティブプロデューサーが社長なのはそんなに珍しくなかったのだが、分業化が進んだ昨今のゲームでは割りと少ない。
    スタッフロールで「エグゼクティブプロデューサー 岩田聡」なんて流れるのをよく見るし。
    • ぶっちゃけたいていの場合はお飾りみたいなもんだからね。資金調達や制作管理を実質的に担ってるのはプロデューサーだし。

野村証券からゲーム業界に転身した経歴を持つ、無類のゲーム好きとして有名な人。
映画の失敗で社内が険悪な状況になっていたのを合併するまでに上手く立て直したらしい。

  • 実は財務状況に関してはキングダムハーツとFFXによってかなりの黒字を出しており、ギネスに載るほどの映画の大失敗を十分に補填できていた(らしい)。しかし債権に関する部分が相当に重しになっていたという話もある。
    ちなみにギネスに載ったのは興行赤字の「記録」ではなく「FFのフルCG映画のように斬新すぎて観客に受け入れられなかったもの」としての例に挙げられているだけだったりする。
  • スクウェアとエニックスの合併は、ゲームの自社開発による開発費の高騰と、デジキューブに代表される出版部門の弱さが全体の利益をボディーブローのように削っていったことと言われている。実際、採算の取れていなかったデジキューブは合併後に会社を精算している。
    一方エニックス社はガンガンを代表として出版部門が堅調であったがメインのゲーム部門のほぼ全てが外部発注であったことから、お互いの長所と短所を補うための意欲的な合併であった(と言われている)。
  • 社名を「スクウェア・エニックス」としてはいるものの、会社自体はエニックスを母体として、スクウェア社は解散したため、「和田社長がスクウェアを潰した」と批判されることもままある。

コンピュータエンターテインメント協会の会長でもある。

元・証券マンであり、ゲーム開発業務に携わったことがないことから「本当にゲーム好きなのか?」と疑問に思われていたりもする。しかし、信長の野望にドはまりして最弱大名で天下統一は序の口、大戦略やテトリスといった有名所はすべてプレイしており、海外で一時帰国費用がなくなるほどゲームにお金を使ってしまったなどのエピソードがある。学生時代に熱中したスペースインベーターの開発者・西角友宏氏との対談では造詣の深さが窺えた。


経営危機だったスクウェアの再建、任天堂との関係修復、自社タイトルの凍結やデジキューブとの連結解除、タイトーやEIDOSの買収などに辣腕を揮う。
その手法は評価を受ける一方で、「強引」「売上至上主義過ぎる」などの批判も受けているが、経営者として崩壊寸前のスクウェアを再生し、エニックスとの合併を成功させた以上そうならざるを得ないのは当然。

  • 批判されているのは「売上至上主義が売上の増加に必ずしも繋がっていない」点。ゲーム業界が成熟し、大きく拡張していった結果、業界トップレベルの技術力が陳腐化してしまったこと、選択肢として他のゲームが増加していったことなど、様々な要因が挙げられるが、結果として利益に反映されていなかったことが指摘されている。
  • 一方、レガシー化していた過去作品のリメイクやスピンオフなどには積極的にGOサインを出したことで新規ファン層を開拓した、という功績面もある。
    しかしながらそれらが大ヒットをするほどの精度があったかというと、残念ながら数字には反映されたとは言い難い。これには新しいチームに移植作業を担当させることで技術向上を図ったからといわれているが、そのせいかバグや不可解な仕様変更などもあり、オリジナルの良さを損なっているという向きもあり、評価を著しく落としてしまった。これらの様々な理由を鑑みても結果が伴わなかったとしかいいようがない。
  • 社長就任後「これからのゲーム業界はオンラインが重要になる。これはMMOだけの話ではない」として、早いうちから自社のオンライン環境を整備した。これがプレイオンラインサービスとなり、国産MMOの金字塔としてFF11を、のちに「フロントミッションオンライン」や「ダージュオブケルベロス」といった意欲的な作品をリリースしていった。
    また、世界的な潮流となりつつあったダウンロード販売やDLC型のコンテンツ販売などのオンライン化にいち早く対応できた一因となった。
    一方、当初の構想だった『音楽・動画配信やコミック作品、SNS機能に至るまでの総合オンラインコミュニティポータル』としては実現が困難と判断され、オンラインゲームの自社運営だけにとどまることとなってしまった。これは当時蜜月関係にあったソニーとの結びつきがあってのものだったが、そうした前例のない計画に携わるノウハウや人員、機材や環境が整っていなかったことで事実上頓挫してしまった。
    だが後にネットワーク環境の整備が全世界的に爆発的に広まり、音楽・動画・ゲーム、その他諸々ありとあらゆるものがオンラインへとシフトしていったことを考えると、恐るべき慧眼であったことが伺える(といっても、そのタイミングや状況の分析が甘かったともいえるかもしれない)。まさに『10年早かった』のである。

スクウェア・エニックス・ホールディングスの赤字化で引責辞任。会長へと就任。その会長職2015年には退任。惜しまれつつもステージを降りることとなった。
2014年に立ち上げた同社の子会社「シンラ・テクノロジー」は二年で解散。その後はIT企業の社外取締役をしている。


2020年に入ると、noteにアカウントを登録し、スクウェア末期からスクエニ黎明期にかけての出来事を当事者の視点から振り返るような内容などを投稿している。
FFCCリメイク発売を記念したという2020年8月末のポストには、旧スクウェアがいかにして任天堂出禁となりいかにして山内の親分と盃を交わし直し社長(当時)との会談にこぎつけたかなど、今だから語れる秘話を公開した。興味のある人は読んでみよう。

  • 任天堂の山内元社長との会談までの過程は和田さん的に「(DQ1の)竜王のようなラスボスに挑むような感じ」だったそうである。
    上下紫(!)のスーツに身を包んだ銀髪コワモテの山内氏に内心ビビリつつも「証券に何年いたか」と問われ「16年です」と答えたところ、「ほぉ…」とだけ返されたらしい。完全にラスボスムーブ。

2014年の『新生ファイナルファンタジーXIV1周年記念』生放送に登場し、吉田PDと対談を行った。
実は吉田直樹氏をプロデューサ兼ディレクターに任命したのは和田社長で、「プロデューサ兼ディレクターはあんまりない(吉田氏いわく異常な体制)」としつつも「今までの顧客とこれからの顧客に向かうにあたって、ディレクターとプロデューサが別人ではコミュニケーションが成立しない」として、あえてこうしたという。もちろん新生するにあたって必要とされた億単位の予算も付け、プロジェクトを断行。結果としてこの読みが当たり、後に全世界で大ヒットするMMOへと生まれ変わることとなった。

しかし1周年の時点ですでに「(吉田氏のP兼Dを)そろそろ考えたほうがいいかな、変えたほうがいいかな(と思っていた)」と笑っていたものの、吉田氏はその後も変わることがないまま現在に至っている(みんな吉田氏の後のプロデューサをやりたがらないらしい)。

その席では吉田氏の巧みな交渉術を「選択のしようがないじゃないか」と苦笑いしつつ紹介し、責任者目線で吉田氏の方針に耳を傾け、「異常な体制」でもゲームを作り上げてきたスタッフ達を讃えた。その最後に「FFっていうのは『FFを作る』って任された人が『今までのFFを無視して勝手にオリジナルを作る』。それをFFって名乗るのがFF」とFFシリーズの本質をを端的に示す表現を用いた。

  • 吉田氏いわく、旧FF14を開発続行しつつ新生FF14を並行して開発するという無茶なプランにも「一度も『プロジェクトがどうなっているか?』とか聞かれなかった」そうだ。和田さんはハードワークをこなす吉田氏の体調を「このままじゃ倒れちゃうんじゃないか」と気遣うことはしたが、厳しい意見の矢面に立ち、新生するFF14の舵取りをする吉田氏に一切気を遣わせないためにも「バックアップに徹する」としたのだそうだ。そうしてプロジェクトが佳境に入り、旧FF14のエンディングであり新生FF14のオープニングでもある『歴史の終焉』PVが関係者に披露された際には「どこからも(ネタバレの)情報が漏れなかった」ことで「これは絶対に成功すると確信した」という。
    • 和田氏の目が確かであったことは、その後FF14はオンラインゲームのスターダムを駆け上がり、スクウェア・エニックスに多大な利益をもたらしたことからも疑いようもない。これがもう数年ズレていれば、和田氏は今でもスクエニにいたかもしれない。

ゲーム内でモデルとなったキャラクターがちょくちょく登場しており、古き良きRPGの「お遊び」を感じさせる。
FF14のハウジングエリアにいる「ハウジングおじさん」のモデル。いつも暑そうに手であおいでいる。これはPLLでゲスト出演するたびにハウジングの資料を持ってくることや、和田氏が暑がりだからなのだそうだ。
FF零式では魔導院の支援の一人として登場。「プレジデントWD」と呼ばれているらしい。